上 下
15 / 194
領地編

14 悪役令嬢を磨きましょう

しおりを挟む
 ある天気のよい昼下がりのことだった。エリーナは15歳になり、女性として成長し令嬢らしくなってきた。幼い頃に亡くなった母に似てきたと、祖父はその成長を喜んでいる。その祖父はこの一年ほど体調が優れない日が多くなり、学園を卒業したクリスが少しずつ領地の経営を引き継いでいる。

 エリーナは来年学園に入学することが決まっており、勉学も作法も最終段階に入っていた。作法の先生からは茶会も夜会も完璧にこなせるだろうと太鼓判を押され、当然よと胸を張る。張れるだけの胸もあり、ドレスもきれいに着こなせるようになった。悪役令嬢となる下地はそろったのだ。

 そのエリーナは、誕生日のお祝いに作ってもらった深紅のドレスを揺らし、廊下を足早に歩いている。そしてノックもなしに、バーンとクリスの部屋のドアを押し開けた。驚いた表情をしているクリスはソファーの上で前かがみになっており、その先に押し倒されているサリー。突然のことに言葉の出ない二人にツカツカと近づいていき、扇でピシリと指した。

「お兄様。お戯れがすぎるのではありませんか?」

「お嬢様! 申し訳ありません!」

 サリーが慌ててクリスを押しのけて起き上がり、ソファーの横で直立不動になる。顔は青ざめ、手は小刻みに震えていた。

「あなたのような下賤の子が、お兄様に相応しいとでも?」

 パシリと、閉じた扇を掌で打ち鳴らし、斜に構え厭味ったらしく声に毒を持たせる。

「い、いえ……」

 怯えるサリーを庇うように、クリスがその前に立った。その表情には突然割って入られた怒りが見える。

「エリー、邪魔をするな。僕が誰と一緒にいようが、関係ないだろう」

「お兄様、お立場をお分かりになっておいでですか? ローゼンディアナ家の次期当主ともあろう方が、侍女に現を抜かすようではなりません」

 パシリと手で扇を打ち鳴らす。
 クリスは20になったが、婚約者はおろか恋人もいない。持ち込まれる縁談は蹴り、夜会でも思いを寄せてくる令嬢を何人も袖にしている。
 令嬢たちから思慮深く、いつも落ち着いていて素敵だと評されるクリスが、怒りを露わにしてエリーナを睨みつけた。

「侍女だからなんだ。僕のことを分かってくれるのは、サリーだけなんだ!」

「そう」

 すっと目を細め、口元に扇を当てるエリーナの瞳には、ありありと侮蔑の色が映っている。見る者の肝が冷えるような目だ。

「でしたら、ここから出て行ってくださいますか? 我がローゼンディアナ家に不利益をもたらす存在は不要ですの。サリー、クリスはあなたのせいでその身を落とすのよ。あなたが身を引くというなら、クリスの処遇は考えてあげるわ」

「お嬢様! 私がこの屋敷を去りますから、どうかクリス様だけは!」

「だめだ! サリーのいない日々など、考えられない! 僕はこの身分を捨てでも、サリーと一緒に生きる」

 浅はかな考えねと、エリーナは鼻を鳴らし憐憫のまなざしを送る。

「そう、じゃぁおじい様のところへ……」

 それは最終通告。

 二人の表情に絶望の色がよぎった時、コンコンとノックの音がした。三人がそちらに視線を向ければ、開け放たれたドアをノックするエルディの姿。

「クリス様、エリーナ様。ラウル殿がいらっしゃいました」

 エルディは顔色一つ変えず、淡々と用件を告げる。


 ある休日の一幕。次期当主と侍女の身分差恋愛を邪魔する悪役令嬢という設定の寸劇であった。


 今日の悪役令嬢劇場はここまでと、三人は何食わぬ顔で次の行動へと移っていく。エリーナとクリスはラウルが待つサロンへ向かい、サリーはもてなすために厨房へと走る。ローゼンディアナ家の使用人にとって、突発的に劇場が始まるのはもはや日常であった。時たま他の侍女もエリーナの取り巻きとして出演しており、皆演技のレベルは相当なものだ。

 そして二人がサロンへ入れば、苦笑を浮かべたラウルが立ち上がって挨拶をした。ラウルはよく手紙をくれ、長期休みの度にここへ顔を出している。

「クリス様、エリー様、ご健勝のようで何よりです」

「ラウル先生も、元気そうね」

「大学では優秀なようで、社交界まで評判が届いているよ」

 エリーナはスカートをつまんで挨拶をし、ラウルとクリスは握手を交わした。
 3人で丸テーブルを囲み、サリーが手際よくお茶を淹れる。ラウルはお土産にチョコレートケーキを持参しており、エリーナは上機嫌で頬張った。

「見事な悪役でしたよ、エリー様」

 挨拶もそこそこにしてティーカップを片手に、ラウルは呆れ顔をエリーナに向けた。

「あら、お覗きになったの?」

 お茶をすすりながら意地悪な笑みを浮かべて茶化せば、挨拶の時と同じ苦笑が返って来た。

「ここまで迫真の演技が聞こえていましたよ。心臓に悪い」

 サロンとクリスの部屋は同じ廊下にある。ドアを開けていたこともあり、筒抜けだったようだ。

「僕はラウル先生より演技がうまいので」

 クリスの所作はいつ見ても優美で、お茶を飲むだけでも絵になる。そこにラウルも加われば、美術館に飾られる絵画のような光景になる。まさしく目の保養だ。

「ローゼンディアナ家はどこを目指しているんですか……。クリス様がご令嬢方にロマンス小説のおすすめばかり訊いてお買い求めになるものだから、エリーナ様がロマンス令嬢などと噂されるんですよ」

「どういうことですの?」

 聞き捨てならない言葉がラウルの口から出たため、エリーナはジト目をクリスに向ける。エリーナはまだ茶会に出たことがなく、社交界ではローゼンディアナ家にはご令嬢がいらっしゃるぐらいの認識だったはずだ。それがなぜ、よくわからない呼び名がつけられているのか。
 目で説明を求めれば、クリスは悪びれもせず、あははと笑う。

「エリー、ロマンス小説好きでしょ? だから、茶会や夜会でお嬢様方にお勧めの小説を教えてもらってたんだよ。もちろん、僕が好んで読んでるなんて思われたくないから、妹が愛読していると強調はしたけどね。ついでに、社交界にデビューしたら妹をよろしくって言ってあるから、安心して」

 その結果、ローゼンディアナ家に養子に入ったクリスは妹を溺愛しており、仲も良好。そしてその妹はロマンス小説が好きな無垢な少女というのが、社交界での定評となった。
 それを聞いたエリーナは頬を引きつらせ、なんてことだと顔を両手で覆う。

「来年から学園に行くのに……変な目で見られるわ」

 なにより、せっかくヒロインを見つけて悪役令嬢としていじめても、ロマンス小説の真似事でしょうと鼻で笑われないかが心配だ。クリスに悪意がないのが、逆にたちが悪い。

「そう? ロマンス小説が好きな子はけっこういたから、友達になれると思うよ」

「……えぇ。ありがとうございます」

 私が欲しいのは友達ではなく、ヒロインと取り巻きですとは口が裂けても言えない。
 そしてしばらく談笑した後、ラウルは祖父を見舞い、夕食をともにして帰っていった。王都に来るのを楽しみにしていると言い残して。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

(完結)だったら、そちらと結婚したらいいでしょう?

青空一夏
恋愛
エレノアは美しく気高い公爵令嬢。彼女が婚約者に選んだのは、誰もが驚く相手――冴えない平民のデラノだった。太っていて吹き出物だらけ、クラスメイトにバカにされるような彼だったが、エレノアはそんなデラノに同情し、彼を変えようと決意する。 エレノアの尽力により、デラノは見違えるほど格好良く変身し、学園の女子たちから憧れの存在となる。彼女の用意した特別な食事や、励ましの言葉に支えられ、自信をつけたデラノ。しかし、彼の心は次第に傲慢に変わっていく・・・・・・ エレノアの献身を忘れ、身分の差にあぐらをかきはじめるデラノ。そんな彼に待っていたのは・・・・・・ ※異世界、ゆるふわ設定。

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

ざまぁされるのが確実なヒロインに転生したので、地味に目立たず過ごそうと思います

真理亜
恋愛
私、リリアナが転生した世界は、悪役令嬢に甘くヒロインに厳しい世界だ。その世界にヒロインとして転生したからには、全てのプラグをへし折り、地味に目立たず過ごして、ざまぁを回避する。それしかない。生き延びるために! それなのに...なぜか悪役令嬢にも攻略対象にも絡まれて...

処理中です...