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領地編
8 先生と話しましょう
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着きましたよとやさしく揺り動かされ、エリーナは目を覚ました。すっかりラウルに身を預けて寝てしまっており、取り繕おうとすまし顔をするがすでに遅い。
「お手をどうぞ」
先に降りたラウルの手を取って、馬から降りる。屋敷に入るとサリーに出迎えられ、そのまま湯あみへと連れていかれた。汗と砂埃を落とせば、夕食の時間だ。
食事はいつも、ラウルを含めた三人でとっている。ラウルがいることで、食卓はにぎやかになった。ラウルは若いのに博識で、祖父と国内外の政治や歴史についてよく議論している。特に歴史に興味があるようで、歴史書に載っていない話を祖父から聞いては、目を輝かせていた。
エリーナにはわからないところが多いが、笑顔を浮かべながら頷くのも淑女の嗜みだ。
「エリー。街はどうだった?」
食事が始まると、祖父はそう尋ねてきた。
「とても楽しかったです。本がたくさんあって、お菓子がおいしかったですわ」
その返答に、祖父は声を上げて笑う。
「お菓子か。エリーは女の子だからな。何を食べたんだ?」
エリーナは喜んで街で見たものを話す。ラウルの知り合いに会った話はしなかったが、祖父は柔和な笑みを浮かべて、話を聞いてくれた。
連れまわされたラウルは少し苦笑いを浮かべていたが……。
そして、食事が終わったらすぐに自室にこもってロマンス小説を読み耽る。いいセリフがあれば、ノートに書き写した。
(あぁぁぁ、いい。この罵倒……最高)
このセリフをヒロインに向けて言うところを想像すると、ゾクゾクする。ページをくる手は止まらず、ノートにはいじめるシチュエーションとセリフが埋まっていく。
気づけば、とっくに寝る時間が過ぎていた。
(あ……どうしましょ。すっかり目が冴えているわ)
昼間歩き回って疲れているはずなのに、帰りに寝たからか眠気が吹き飛んでいた。なにより、先ほどの小説が良すぎた。
少し夜の風に当たろうと、薄いガウンを羽織って部屋を出る。音に気付いたサリーが、向かいの部屋からドアを開け、顔を出した。その部屋はサリーや他の侍女の待機場所となっている。
侍女たちの部屋は二階にあるが、何かあった時のためにエリーナの傍に一人は控えるようにしていた。
「サリー。少し庭に出てくるわ」
「かしこまりました。お供します」
安全上断れないのは知っているため、黙って前を進む。
「遅くまで本を読んで、目が冴えていらっしゃるのでしょう。寝つきがよくなるハーブティーを用意しますね」
サリーはお見通しで、近くを通った侍女にお茶の手配をする。
「ありがと」
庭園は屋敷の裏に広がっており、花壇には色とりどりの花が植えられている。その間をレンガの遊歩道があり、所々休めるベンチがあった。母が花を好きだったらしく、この庭園は母の好みで作られたとエルディが教えてくれた。
「涼しい」
夜気はひんやりして気持ちよく、月が池に映っているのはなんとも美しい。
(……あれ?)
池の手前にあるベンチに人がいるのに気が付き、近づいてく。サリーは庭園の入り口で待っているようだ。
「ラウル先生」
名前を呼ばれ、驚いたラウルは肩を跳ねさせて振り向いた。
「エリー様!? まだお眠りになってなかったんですか?」
「つい読み過ぎちゃって」
ラウルの隣りに座ると、彼はやっぱりとかみ殺すように笑っていた。
「先生、ひどい」
わざとらしく膨れるエリーナに、ごめんごめんとラウルは軽く謝る。半年も一緒にいれば、軽い冗談も言い合うようになっていた。
二人して庭を眺めていると、エリー様、と小さな声が聞こえ、エリーナはラウルを見上げる。
彼は池をぼんやり眺めながら、言葉を続けた。
「今日は、不快なものを見せてしまい。申し訳ありませんでした。さらに、お手も煩わせてしまって」
「気にしてないわ。滑稽な茶番劇よ」
ラウルは茶番劇を思い出したのか、クスリと小さく笑った。だが、その表情には悲しさが残っている。
「誰かから話を聞く前に、話しておきたいんですが……少し、話を聞いてもらえますか?」
昼間の馬鹿二人の話を聞く限り、ラウルは難しい事情を抱えているようだった。
(こう見えても経験豊富だから、どんな相談でも乗るわよ!)
悲惨な人生を散々歩んできたため、ちょっとやそっとの悲劇では動じない自信がある。
「えぇ、もちろん」
そして、ラウルはポツポツと話し出した。
「私の家は、もともと伯爵位を頂いていて、父は前王時から財務大臣を務めていたんです」
財務大臣は財務部のトップであり、家柄だけでなく実力も伴わなければなれない役職だ。
「ですが、昨年父は国費横領の罪を着せられ、爵位剥奪の末に、田舎に引っ込まざるを得なくなりました。今は、母方の領地に身を寄せています」
淡々と話すラウルの横顔は落ち着いていて、憤る時も悲しむ時も過ぎたのだろう。
「父は前王を慕っており、現王とはあまり意見が合わなかったようです。父に近い人は、そのせいではないかと言っていましたが、真相はわかりません。私は学園を卒業し、行く当てもなく両親の住む田舎へ行こうとしていた時、ディバルト様に声をかけられたのです」
「おじい様が……」
ラウルは、はいと嬉しそうに頷き、表情が少し柔らかくなった。
「本当に、ディバルト様のおかげです。こうしてエリーナ様に出会うことができた」
ラウルはエリーナに顔を向け、にこりと甘い笑みを浮かべた。月の光も相まって、色気を感じさせる笑みだ。
「か、感謝しなさい!」
正面から見つめられ、エリーナは照れ隠しにプイと顔を背ける。焦って、先ほど読んでいた悪役令嬢の高飛車なセリフが口をついて出た。
「はい、感謝しています」
ラウルは人のよい笑みを浮かべているが、その裏で多くの苦労をしたのだろう。それを表に出さないことに、好感を持てた。
「さて、これ以上はサリーさんに怒られそうですから、戻りますか」
そう言われて振り返ると、こちらをじっと見ているサリーの姿があった。美しい立ち姿と微笑が、怖さに輪をかけている。
「エリー様、お手をどうぞ」
先に立ち上がったラウルに、すっと手を差し伸べられた。こういったエスコートの上手さも、伯爵家に生まれたと聞けば納得だ。
「立派な紳士ね」
そのまま手を引かれて、屋敷へと向かう。サリーに怒られはしなかったが、自室に戻ってハーブティーを飲んでいると、朝はいつも通り起こしますからねと笑顔で言われた。
そしてベッドに入れば、ハーブティーの効果か、ラウルと話したからか、すぐに眠りに落ちたのだった。
「お手をどうぞ」
先に降りたラウルの手を取って、馬から降りる。屋敷に入るとサリーに出迎えられ、そのまま湯あみへと連れていかれた。汗と砂埃を落とせば、夕食の時間だ。
食事はいつも、ラウルを含めた三人でとっている。ラウルがいることで、食卓はにぎやかになった。ラウルは若いのに博識で、祖父と国内外の政治や歴史についてよく議論している。特に歴史に興味があるようで、歴史書に載っていない話を祖父から聞いては、目を輝かせていた。
エリーナにはわからないところが多いが、笑顔を浮かべながら頷くのも淑女の嗜みだ。
「エリー。街はどうだった?」
食事が始まると、祖父はそう尋ねてきた。
「とても楽しかったです。本がたくさんあって、お菓子がおいしかったですわ」
その返答に、祖父は声を上げて笑う。
「お菓子か。エリーは女の子だからな。何を食べたんだ?」
エリーナは喜んで街で見たものを話す。ラウルの知り合いに会った話はしなかったが、祖父は柔和な笑みを浮かべて、話を聞いてくれた。
連れまわされたラウルは少し苦笑いを浮かべていたが……。
そして、食事が終わったらすぐに自室にこもってロマンス小説を読み耽る。いいセリフがあれば、ノートに書き写した。
(あぁぁぁ、いい。この罵倒……最高)
このセリフをヒロインに向けて言うところを想像すると、ゾクゾクする。ページをくる手は止まらず、ノートにはいじめるシチュエーションとセリフが埋まっていく。
気づけば、とっくに寝る時間が過ぎていた。
(あ……どうしましょ。すっかり目が冴えているわ)
昼間歩き回って疲れているはずなのに、帰りに寝たからか眠気が吹き飛んでいた。なにより、先ほどの小説が良すぎた。
少し夜の風に当たろうと、薄いガウンを羽織って部屋を出る。音に気付いたサリーが、向かいの部屋からドアを開け、顔を出した。その部屋はサリーや他の侍女の待機場所となっている。
侍女たちの部屋は二階にあるが、何かあった時のためにエリーナの傍に一人は控えるようにしていた。
「サリー。少し庭に出てくるわ」
「かしこまりました。お供します」
安全上断れないのは知っているため、黙って前を進む。
「遅くまで本を読んで、目が冴えていらっしゃるのでしょう。寝つきがよくなるハーブティーを用意しますね」
サリーはお見通しで、近くを通った侍女にお茶の手配をする。
「ありがと」
庭園は屋敷の裏に広がっており、花壇には色とりどりの花が植えられている。その間をレンガの遊歩道があり、所々休めるベンチがあった。母が花を好きだったらしく、この庭園は母の好みで作られたとエルディが教えてくれた。
「涼しい」
夜気はひんやりして気持ちよく、月が池に映っているのはなんとも美しい。
(……あれ?)
池の手前にあるベンチに人がいるのに気が付き、近づいてく。サリーは庭園の入り口で待っているようだ。
「ラウル先生」
名前を呼ばれ、驚いたラウルは肩を跳ねさせて振り向いた。
「エリー様!? まだお眠りになってなかったんですか?」
「つい読み過ぎちゃって」
ラウルの隣りに座ると、彼はやっぱりとかみ殺すように笑っていた。
「先生、ひどい」
わざとらしく膨れるエリーナに、ごめんごめんとラウルは軽く謝る。半年も一緒にいれば、軽い冗談も言い合うようになっていた。
二人して庭を眺めていると、エリー様、と小さな声が聞こえ、エリーナはラウルを見上げる。
彼は池をぼんやり眺めながら、言葉を続けた。
「今日は、不快なものを見せてしまい。申し訳ありませんでした。さらに、お手も煩わせてしまって」
「気にしてないわ。滑稽な茶番劇よ」
ラウルは茶番劇を思い出したのか、クスリと小さく笑った。だが、その表情には悲しさが残っている。
「誰かから話を聞く前に、話しておきたいんですが……少し、話を聞いてもらえますか?」
昼間の馬鹿二人の話を聞く限り、ラウルは難しい事情を抱えているようだった。
(こう見えても経験豊富だから、どんな相談でも乗るわよ!)
悲惨な人生を散々歩んできたため、ちょっとやそっとの悲劇では動じない自信がある。
「えぇ、もちろん」
そして、ラウルはポツポツと話し出した。
「私の家は、もともと伯爵位を頂いていて、父は前王時から財務大臣を務めていたんです」
財務大臣は財務部のトップであり、家柄だけでなく実力も伴わなければなれない役職だ。
「ですが、昨年父は国費横領の罪を着せられ、爵位剥奪の末に、田舎に引っ込まざるを得なくなりました。今は、母方の領地に身を寄せています」
淡々と話すラウルの横顔は落ち着いていて、憤る時も悲しむ時も過ぎたのだろう。
「父は前王を慕っており、現王とはあまり意見が合わなかったようです。父に近い人は、そのせいではないかと言っていましたが、真相はわかりません。私は学園を卒業し、行く当てもなく両親の住む田舎へ行こうとしていた時、ディバルト様に声をかけられたのです」
「おじい様が……」
ラウルは、はいと嬉しそうに頷き、表情が少し柔らかくなった。
「本当に、ディバルト様のおかげです。こうしてエリーナ様に出会うことができた」
ラウルはエリーナに顔を向け、にこりと甘い笑みを浮かべた。月の光も相まって、色気を感じさせる笑みだ。
「か、感謝しなさい!」
正面から見つめられ、エリーナは照れ隠しにプイと顔を背ける。焦って、先ほど読んでいた悪役令嬢の高飛車なセリフが口をついて出た。
「はい、感謝しています」
ラウルは人のよい笑みを浮かべているが、その裏で多くの苦労をしたのだろう。それを表に出さないことに、好感を持てた。
「さて、これ以上はサリーさんに怒られそうですから、戻りますか」
そう言われて振り返ると、こちらをじっと見ているサリーの姿があった。美しい立ち姿と微笑が、怖さに輪をかけている。
「エリー様、お手をどうぞ」
先に立ち上がったラウルに、すっと手を差し伸べられた。こういったエスコートの上手さも、伯爵家に生まれたと聞けば納得だ。
「立派な紳士ね」
そのまま手を引かれて、屋敷へと向かう。サリーに怒られはしなかったが、自室に戻ってハーブティーを飲んでいると、朝はいつも通り起こしますからねと笑顔で言われた。
そしてベッドに入れば、ハーブティーの効果か、ラウルと話したからか、すぐに眠りに落ちたのだった。
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