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それから二時間後。
「――できました!」
「お疲れ様。真島さんは理解が早いから、教えてるこっちも楽しかったよ。ありがとう」
「いえ。こちらこそ、ありがとうございました」
千尋は由美に、ペコリと頭を下げた。
「いつも、九条君に教わってるの?」
「はい。あまり、学校に行けないから、いつも颯人君が家に来てくれて」
「へぇ。いいなぁ。わたしには幼馴染っていう存在がいないから、ちょっと羨ましいわ」
「でも、近すぎても……」
千尋は自分で言ったにも関わらず、言葉につまって黙りこんだ。由美もなにかを察したのか、口を閉じた。しばらく部屋の中は無音に包まれる。
(どうしよう。うっかり、あんなこと言っちゃった。あれじゃあ、自分から颯人くんのことが好きだって、松岡さんに言ってるようなものだよ)
視線をあちこちにさ迷わせていた千尋は、ふと颯人と由美が初めて病室に訪れた時に抱いた違和感を、思い出した。
(今なら、聞けるかも……)
悩み続けていた千尋だが、由美の顔を見て覚悟を決めたように、息を吐き出した。そして彼女と向き合う。
「あの、まだ時間は、ありますか?」
「うん。大丈夫よ」
由美の返事に、千尋は少し俯いた。
「すごく、すごく失礼なことを、聞きますけど、いいですか?」
「うん? よくわかんないけど、いいよ」
千尋は緊張で口を震わせながら、ゆっくりと声を発する。
「その……松岡さんと颯人君って、本当にお付き合いを、してるんですか?」
「……」
千尋の言葉に、由美はスッと感情を削ぎ落としたような表情になる。それに千尋は慌てた。
「ご、ごめんなさい! で、でも、あの……颯人君にとって、松岡さんが特別であることに、代わりはないです! だから、その、えっと……ごめんなさい」
「……ふふっ。私のほうこそ、ごめんなさい。怖がらせちゃったね」
千尋のあわあわした様子を見て、由美は怒るどころか、クスクスと小さく笑いだした。
「すごいなぁ。やっぱり幼馴染のことは、よく気が付くんだね。それとも、真島さんが九条君のことを好きだから、気づいたのかな?」
「うっ」
言葉に詰まる千尋に、由美は再び笑う。
「ねえ、聞かせてくれない? どうして、私たちが本当の恋人じゃないって、気づいたのかを。怒らないから。純粋な興味で知りたいの」
千尋は由美が怒っているのではと、恐る恐ると彼女を見る。だが由美の顔には怒りはなく、言葉通り、興味を示しているようだった。
「……実は、自信があったわけじゃないんです。ただ二人の雰囲気が、一般的っていうと私は、世間を知らないから言えないんですけど」
「ドラマや小説みたいに、甘酸っぱくないって感じかな?」
由美の問いかけに、千尋は頷く。
「さっき、特別であることには代わりはないって言ったのは? どこら辺が特別だと思ったの?」
「それは、颯人君が私と松岡さんを引き合わせたからです」
由美は自分が颯人のことを「九条君」と呼んでいるせいだと思っていたが、千尋の答えは違った。そのことに彼女は、目を瞬かせる。
「私が同年代の子が苦手なの、初めてお会いしたときに、颯人君が言ったのでわかると思います。なので、颯人くんは一度も自分の彼女さんを、私に紹介してきたことはないんです」
「そうなんだ。というより、紹介されていないのに、知ってたの? 九条君に今まで恋人がいたこと」
千尋は気まずそうに、視線をそらした。
「見かけたことがあるんです。一人だけですけど」
「見かけた? デートしてる場面を?」
「い、いえ。その、颯人君がフラれてる場面を……。盛大にビンタされてました」
「プッ。アハハハハッ!」
由美は突然、大きな声で笑いだした。
突然なことに、千尋は肩をビクつかせるが、由美本人は気づかず、笑い続けている。
「九条君、昔もビンタされてたんだ! だから慣れてるって。アハハハハッ!」
「あ、あの……」
「ああ、ごめんなさい」
由美は笑いすぎて、でてきた涙をぬぐった。
「わたしも九条君がビンタされてる場面を、見たことがあるのよ。だから思わずね」
「そう、なんですか。私、すごいびっくりしちゃって」
「まあ驚くの、無理はないわ。わたしもそうだったもの。
でもそっか。わたしを、真島さんに紹介してくれたってことが、九条君に信頼されている証なのね」
由美は胸元に手を当てて、小さくそう呟いた。
「真島さんの言う通り、わたしと九条君は、本物の恋人同士じゃないの」
彼女は静かに、颯人と恋人だと偽ることになった経緯を、話し出した。
「――できました!」
「お疲れ様。真島さんは理解が早いから、教えてるこっちも楽しかったよ。ありがとう」
「いえ。こちらこそ、ありがとうございました」
千尋は由美に、ペコリと頭を下げた。
「いつも、九条君に教わってるの?」
「はい。あまり、学校に行けないから、いつも颯人君が家に来てくれて」
「へぇ。いいなぁ。わたしには幼馴染っていう存在がいないから、ちょっと羨ましいわ」
「でも、近すぎても……」
千尋は自分で言ったにも関わらず、言葉につまって黙りこんだ。由美もなにかを察したのか、口を閉じた。しばらく部屋の中は無音に包まれる。
(どうしよう。うっかり、あんなこと言っちゃった。あれじゃあ、自分から颯人くんのことが好きだって、松岡さんに言ってるようなものだよ)
視線をあちこちにさ迷わせていた千尋は、ふと颯人と由美が初めて病室に訪れた時に抱いた違和感を、思い出した。
(今なら、聞けるかも……)
悩み続けていた千尋だが、由美の顔を見て覚悟を決めたように、息を吐き出した。そして彼女と向き合う。
「あの、まだ時間は、ありますか?」
「うん。大丈夫よ」
由美の返事に、千尋は少し俯いた。
「すごく、すごく失礼なことを、聞きますけど、いいですか?」
「うん? よくわかんないけど、いいよ」
千尋は緊張で口を震わせながら、ゆっくりと声を発する。
「その……松岡さんと颯人君って、本当にお付き合いを、してるんですか?」
「……」
千尋の言葉に、由美はスッと感情を削ぎ落としたような表情になる。それに千尋は慌てた。
「ご、ごめんなさい! で、でも、あの……颯人君にとって、松岡さんが特別であることに、代わりはないです! だから、その、えっと……ごめんなさい」
「……ふふっ。私のほうこそ、ごめんなさい。怖がらせちゃったね」
千尋のあわあわした様子を見て、由美は怒るどころか、クスクスと小さく笑いだした。
「すごいなぁ。やっぱり幼馴染のことは、よく気が付くんだね。それとも、真島さんが九条君のことを好きだから、気づいたのかな?」
「うっ」
言葉に詰まる千尋に、由美は再び笑う。
「ねえ、聞かせてくれない? どうして、私たちが本当の恋人じゃないって、気づいたのかを。怒らないから。純粋な興味で知りたいの」
千尋は由美が怒っているのではと、恐る恐ると彼女を見る。だが由美の顔には怒りはなく、言葉通り、興味を示しているようだった。
「……実は、自信があったわけじゃないんです。ただ二人の雰囲気が、一般的っていうと私は、世間を知らないから言えないんですけど」
「ドラマや小説みたいに、甘酸っぱくないって感じかな?」
由美の問いかけに、千尋は頷く。
「さっき、特別であることには代わりはないって言ったのは? どこら辺が特別だと思ったの?」
「それは、颯人君が私と松岡さんを引き合わせたからです」
由美は自分が颯人のことを「九条君」と呼んでいるせいだと思っていたが、千尋の答えは違った。そのことに彼女は、目を瞬かせる。
「私が同年代の子が苦手なの、初めてお会いしたときに、颯人君が言ったのでわかると思います。なので、颯人くんは一度も自分の彼女さんを、私に紹介してきたことはないんです」
「そうなんだ。というより、紹介されていないのに、知ってたの? 九条君に今まで恋人がいたこと」
千尋は気まずそうに、視線をそらした。
「見かけたことがあるんです。一人だけですけど」
「見かけた? デートしてる場面を?」
「い、いえ。その、颯人君がフラれてる場面を……。盛大にビンタされてました」
「プッ。アハハハハッ!」
由美は突然、大きな声で笑いだした。
突然なことに、千尋は肩をビクつかせるが、由美本人は気づかず、笑い続けている。
「九条君、昔もビンタされてたんだ! だから慣れてるって。アハハハハッ!」
「あ、あの……」
「ああ、ごめんなさい」
由美は笑いすぎて、でてきた涙をぬぐった。
「わたしも九条君がビンタされてる場面を、見たことがあるのよ。だから思わずね」
「そう、なんですか。私、すごいびっくりしちゃって」
「まあ驚くの、無理はないわ。わたしもそうだったもの。
でもそっか。わたしを、真島さんに紹介してくれたってことが、九条君に信頼されている証なのね」
由美は胸元に手を当てて、小さくそう呟いた。
「真島さんの言う通り、わたしと九条君は、本物の恋人同士じゃないの」
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