大江戸妖怪恋モノ帳

岡本梨紅

文字の大きさ
22 / 25

10ー1

しおりを挟む
 黎明は比奈が苦しんでいるのを感じ、軽く手を振って、鬼火を消す。そして彼女のもとに戻ってきた。
「比奈」
 黎明に優しく声をかけられ、比奈は顔を上げる。黎明は涙をこぼす彼女の目元に触れて、そっと雫を払った。
「比奈は悪くない。悪いのは、比奈を狙ってきた奴らだ」
「でもっ」
「悪くない」
 黎明は比奈に言い聞かせるように、力強く言う。
「人間にも妖怪にも欲がある。無欲なものなんて、いないんだ。特に金銭が絡むと、誰もが変わる。だから比奈は悪くないし、あの人たちだって、一概に悪いとは断言できない」
 比奈は黎明が自分を傷つけないように、言葉を選んでいるのが、痛いほどよく理解出来た。
「……黎明様」
「ん?」
「どうすれば、父様と母様を守ることが、できますか?」
 比奈の問いかけに、黎明は言葉に詰まった。自己犠牲な性格の彼女なら、間違いなくその答えを選ぶと分かっていたからだ。
 だが比奈は覚悟をしているのか、強い瞳で訴えてくる。
「……俺が思いつく最善策は、比奈がこの家を出て、二度と彼らに関わらないことだ」
「それだけで、守ることができるのですか?」
 黎明は頷く。
「妖怪は人質を取るとか、考えない。直接、本人を狙うんだ。だから、ここを離れればいい」
「そんな簡単なことで、守れるのですね。よかった」
 比奈は安心したように、息をつく。
「比奈。俺のところに来い」
 比奈が悪いほうに考えるより先に、黎明が提案する。
「比奈が家を出れば、たしかにここは安全になる。だが、きみは狙われ続ける。だけど、俺のところなら、俺と一緒なら、比奈を守ることができる」
「……でも、それでは黎明様のご迷惑に「ならない!」
 黎明は比奈の言葉を遮って、断言した。
「迷惑だったら、こんなこと言わない。それに俺は、比奈を守りたい。一緒にいたいんだ」
「黎明様」
 比奈は両親に視線を向ける。すると二人は、気まずそうに目をそらす。それはもう、彼女とは関わらないという意思表示でもあった。
 比奈は悲しさでいっぱいになりながら、黎明の顔を見上げる。
「……黎明様。わたしをここから、連れ出していただけますか?」
「もちろん」
 黎明は比奈に微笑み、軽々と抱き上げた。
 彼に抱きかかえられたまま、比奈は再び両親のほうを見る。
「父様。母様。今までわたしを育ててくださり、ありがとうございました。わたしがここに残れば、これからもご迷惑をおかけしてしまうことになります。なので、わたしはもう死んだ者と、思ってくださいませ」
「比奈っ!」
 母は比奈の言葉に、泣きそうな顔をする。比奈は申し訳なさそうに眉尻をさげ、黎明に顔を向けた。
「行くか。捕まってろ」
「はい」
 比奈は黎明の首に腕を回して、密着する。
 黎明は比奈をしっかりと抱きかかえ、彼女の両親に背を向けると、いつかの夏の日のように、比奈を抱えて塀を飛び越えた。
 彼は地面に下りたと思ったら、再び足に力を込めて宙に飛び上がる。そして民家の屋根伝いに、走り出した。
 だが黎明は、かなり神経を集中させているのか、比奈はほとんど、揺れを感じなかった。
「黎明様。そこまで気を使っていただかなくとも」
「苦じゃないから、気にするな。そういえば、神流はどうしたんだ?」
 黎明は走りながら、比奈に問う。
「急遽、宿直になってしまったんです。本来するはずのお方が、体調不良だそうで」
「なるほど。だからいなかったのか。まあいたらいたで、もっと大きな騒ぎになっているか」
 黎明の呟きに、比奈は苦笑した。兄が暴れる様子を、簡単に想像できたからだ。
「あの、黎明様。いったい、どこへ向かわれているのですか?」
「城」
 比奈は目を瞬かせる。
「城って、大江戸城?」
「あ。そっか。もうひとつ、大事なこと言い忘れてた」
 黎明は足を止め、比奈を見つめた。
「俺は現将軍の二番目息子。継承権は兄上と甥っ子がいるから第三位。といっても、継ぐつもりは、まったくないんだけどな」
 比奈は黎明との身分差に顔を青くした。すると黎明は苦笑をこぼした。
「俺からしたら、鬼って時点で身分に気付いていたかと思ったんだが」
「す、すみません。わたしは、どうも世間に疎いようでして」
 黎明は「だろうな」と納得する。
「まあ言わなかった俺が悪い。言わなかったのは、妖怪ってこともあったが、身分で距離を置かれたくなかったんだ。だから、神流にも口止めをしていたんだよ」
「そう、でしたか。なんだか、黎明様には、とても気を使わせてしまっていますね」
「俺が好きでしていることさ」
 そのとき風が吹いて、比奈は寒さで身体を震わせた。
「寒いよな。急ごう」
 黎明は足を動かした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...