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黎明は比奈が苦しんでいるのを感じ、軽く手を振って、鬼火を消す。そして彼女のもとに戻ってきた。
「比奈」
黎明に優しく声をかけられ、比奈は顔を上げる。黎明は涙をこぼす彼女の目元に触れて、そっと雫を払った。
「比奈は悪くない。悪いのは、比奈を狙ってきた奴らだ」
「でもっ」
「悪くない」
黎明は比奈に言い聞かせるように、力強く言う。
「人間にも妖怪にも欲がある。無欲なものなんて、いないんだ。特に金銭が絡むと、誰もが変わる。だから比奈は悪くないし、あの人たちだって、一概に悪いとは断言できない」
比奈は黎明が自分を傷つけないように、言葉を選んでいるのが、痛いほどよく理解出来た。
「……黎明様」
「ん?」
「どうすれば、父様と母様を守ることが、できますか?」
比奈の問いかけに、黎明は言葉に詰まった。自己犠牲な性格の彼女なら、間違いなくその答えを選ぶと分かっていたからだ。
だが比奈は覚悟をしているのか、強い瞳で訴えてくる。
「……俺が思いつく最善策は、比奈がこの家を出て、二度と彼らに関わらないことだ」
「それだけで、守ることができるのですか?」
黎明は頷く。
「妖怪は人質を取るとか、考えない。直接、本人を狙うんだ。だから、ここを離れればいい」
「そんな簡単なことで、守れるのですね。よかった」
比奈は安心したように、息をつく。
「比奈。俺のところに来い」
比奈が悪いほうに考えるより先に、黎明が提案する。
「比奈が家を出れば、たしかにここは安全になる。だが、きみは狙われ続ける。だけど、俺のところなら、俺と一緒なら、比奈を守ることができる」
「……でも、それでは黎明様のご迷惑に「ならない!」
黎明は比奈の言葉を遮って、断言した。
「迷惑だったら、こんなこと言わない。それに俺は、比奈を守りたい。一緒にいたいんだ」
「黎明様」
比奈は両親に視線を向ける。すると二人は、気まずそうに目をそらす。それはもう、彼女とは関わらないという意思表示でもあった。
比奈は悲しさでいっぱいになりながら、黎明の顔を見上げる。
「……黎明様。わたしをここから、連れ出していただけますか?」
「もちろん」
黎明は比奈に微笑み、軽々と抱き上げた。
彼に抱きかかえられたまま、比奈は再び両親のほうを見る。
「父様。母様。今までわたしを育ててくださり、ありがとうございました。わたしがここに残れば、これからもご迷惑をおかけしてしまうことになります。なので、わたしはもう死んだ者と、思ってくださいませ」
「比奈っ!」
母は比奈の言葉に、泣きそうな顔をする。比奈は申し訳なさそうに眉尻をさげ、黎明に顔を向けた。
「行くか。捕まってろ」
「はい」
比奈は黎明の首に腕を回して、密着する。
黎明は比奈をしっかりと抱きかかえ、彼女の両親に背を向けると、いつかの夏の日のように、比奈を抱えて塀を飛び越えた。
彼は地面に下りたと思ったら、再び足に力を込めて宙に飛び上がる。そして民家の屋根伝いに、走り出した。
だが黎明は、かなり神経を集中させているのか、比奈はほとんど、揺れを感じなかった。
「黎明様。そこまで気を使っていただかなくとも」
「苦じゃないから、気にするな。そういえば、神流はどうしたんだ?」
黎明は走りながら、比奈に問う。
「急遽、宿直になってしまったんです。本来するはずのお方が、体調不良だそうで」
「なるほど。だからいなかったのか。まあいたらいたで、もっと大きな騒ぎになっているか」
黎明の呟きに、比奈は苦笑した。兄が暴れる様子を、簡単に想像できたからだ。
「あの、黎明様。いったい、どこへ向かわれているのですか?」
「城」
比奈は目を瞬かせる。
「城って、大江戸城?」
「あ。そっか。もうひとつ、大事なこと言い忘れてた」
黎明は足を止め、比奈を見つめた。
「俺は現将軍の二番目息子。継承権は兄上と甥っ子がいるから第三位。といっても、継ぐつもりは、まったくないんだけどな」
比奈は黎明との身分差に顔を青くした。すると黎明は苦笑をこぼした。
「俺からしたら、鬼って時点で身分に気付いていたかと思ったんだが」
「す、すみません。わたしは、どうも世間に疎いようでして」
黎明は「だろうな」と納得する。
「まあ言わなかった俺が悪い。言わなかったのは、妖怪ってこともあったが、身分で距離を置かれたくなかったんだ。だから、神流にも口止めをしていたんだよ」
「そう、でしたか。なんだか、黎明様には、とても気を使わせてしまっていますね」
「俺が好きでしていることさ」
そのとき風が吹いて、比奈は寒さで身体を震わせた。
「寒いよな。急ごう」
黎明は足を動かした。
「比奈」
黎明に優しく声をかけられ、比奈は顔を上げる。黎明は涙をこぼす彼女の目元に触れて、そっと雫を払った。
「比奈は悪くない。悪いのは、比奈を狙ってきた奴らだ」
「でもっ」
「悪くない」
黎明は比奈に言い聞かせるように、力強く言う。
「人間にも妖怪にも欲がある。無欲なものなんて、いないんだ。特に金銭が絡むと、誰もが変わる。だから比奈は悪くないし、あの人たちだって、一概に悪いとは断言できない」
比奈は黎明が自分を傷つけないように、言葉を選んでいるのが、痛いほどよく理解出来た。
「……黎明様」
「ん?」
「どうすれば、父様と母様を守ることが、できますか?」
比奈の問いかけに、黎明は言葉に詰まった。自己犠牲な性格の彼女なら、間違いなくその答えを選ぶと分かっていたからだ。
だが比奈は覚悟をしているのか、強い瞳で訴えてくる。
「……俺が思いつく最善策は、比奈がこの家を出て、二度と彼らに関わらないことだ」
「それだけで、守ることができるのですか?」
黎明は頷く。
「妖怪は人質を取るとか、考えない。直接、本人を狙うんだ。だから、ここを離れればいい」
「そんな簡単なことで、守れるのですね。よかった」
比奈は安心したように、息をつく。
「比奈。俺のところに来い」
比奈が悪いほうに考えるより先に、黎明が提案する。
「比奈が家を出れば、たしかにここは安全になる。だが、きみは狙われ続ける。だけど、俺のところなら、俺と一緒なら、比奈を守ることができる」
「……でも、それでは黎明様のご迷惑に「ならない!」
黎明は比奈の言葉を遮って、断言した。
「迷惑だったら、こんなこと言わない。それに俺は、比奈を守りたい。一緒にいたいんだ」
「黎明様」
比奈は両親に視線を向ける。すると二人は、気まずそうに目をそらす。それはもう、彼女とは関わらないという意思表示でもあった。
比奈は悲しさでいっぱいになりながら、黎明の顔を見上げる。
「……黎明様。わたしをここから、連れ出していただけますか?」
「もちろん」
黎明は比奈に微笑み、軽々と抱き上げた。
彼に抱きかかえられたまま、比奈は再び両親のほうを見る。
「父様。母様。今までわたしを育ててくださり、ありがとうございました。わたしがここに残れば、これからもご迷惑をおかけしてしまうことになります。なので、わたしはもう死んだ者と、思ってくださいませ」
「比奈っ!」
母は比奈の言葉に、泣きそうな顔をする。比奈は申し訳なさそうに眉尻をさげ、黎明に顔を向けた。
「行くか。捕まってろ」
「はい」
比奈は黎明の首に腕を回して、密着する。
黎明は比奈をしっかりと抱きかかえ、彼女の両親に背を向けると、いつかの夏の日のように、比奈を抱えて塀を飛び越えた。
彼は地面に下りたと思ったら、再び足に力を込めて宙に飛び上がる。そして民家の屋根伝いに、走り出した。
だが黎明は、かなり神経を集中させているのか、比奈はほとんど、揺れを感じなかった。
「黎明様。そこまで気を使っていただかなくとも」
「苦じゃないから、気にするな。そういえば、神流はどうしたんだ?」
黎明は走りながら、比奈に問う。
「急遽、宿直になってしまったんです。本来するはずのお方が、体調不良だそうで」
「なるほど。だからいなかったのか。まあいたらいたで、もっと大きな騒ぎになっているか」
黎明の呟きに、比奈は苦笑した。兄が暴れる様子を、簡単に想像できたからだ。
「あの、黎明様。いったい、どこへ向かわれているのですか?」
「城」
比奈は目を瞬かせる。
「城って、大江戸城?」
「あ。そっか。もうひとつ、大事なこと言い忘れてた」
黎明は足を止め、比奈を見つめた。
「俺は現将軍の二番目息子。継承権は兄上と甥っ子がいるから第三位。といっても、継ぐつもりは、まったくないんだけどな」
比奈は黎明との身分差に顔を青くした。すると黎明は苦笑をこぼした。
「俺からしたら、鬼って時点で身分に気付いていたかと思ったんだが」
「す、すみません。わたしは、どうも世間に疎いようでして」
黎明は「だろうな」と納得する。
「まあ言わなかった俺が悪い。言わなかったのは、妖怪ってこともあったが、身分で距離を置かれたくなかったんだ。だから、神流にも口止めをしていたんだよ」
「そう、でしたか。なんだか、黎明様には、とても気を使わせてしまっていますね」
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そのとき風が吹いて、比奈は寒さで身体を震わせた。
「寒いよな。急ごう」
黎明は足を動かした。
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