16 / 25
7-1
しおりを挟む
翌日、黎明は宿直の仕事を終えた神流を捕まえて、比奈の悩みの原因を説明した。
「ーーだとさ」
「ぶっ殺す」
「待て待て待て!」
今すぐにでも走り出しそうな神流の襟を、黎明が慌てて掴む。
「お放し下さい! 黎明様!」
「おまえがそんなんだから、比奈は話さなかったんだよ! 俺の考えを言うから、ちょっと落ち着け!」
黎明に宥められ、神流は息を吐きだす。
「では、どうするおつもりですか?」
「敵を知るには、まずは情報ってな」
黎明が歩きだしたので、神流はおとなしくついて行くことにした。
まず最初に黎明がしたことというと、独自の情報網を使って、呉服屋の若旦那のことを徹底的に調べ上げることだった。
「ありがとな、助かった」
「若君のためならいくらでも、俺たちをこき使ってくださって、構いませんぜ」
「そうですぜ。俺たちは若君に救われたんだ。この程度なんて、安いもんでさ」
そう言って、鎌鼬の二人は、風に消えた。
「今のは?」
「妖怪、鎌鼬。昔は結構な悪さをしてたんだ。んで、懲らしめたらなんか懐かれた。神流と知り合う前だな」
「昔から、やんちゃをしていたのですね」
「やんちゃ言うな。兄上にも、言われたんだから」
神流は彼らが去った空を見上げる。
「それより、神流。どう思う?」
「女癖が悪い。使わない手はないでしょう」
「おまえなら、そういうと思った!」
二人はにぃっと、悪どい笑みを浮かべた。
早速、黎明と神流は手分けして、若旦那の被害に遭った女性たちに会いに行った。人間から妖怪までいろいろ生物学上、女と言われている相手なら誰でも良いのか、年齢にも差がある女性たち。
二人は彼女らに報復をしないかと持ちかける。事情を知った女性らは喜んで協力すると言って、呉服屋に押しかけていった。
陰から様子を見ていた二人は、店から聞こえる怒声や情けない男の悲鳴に、晴れやかな顔をする。
「これで、比奈への被害もなくなるな」
「私としては物足りませんが、まぁいいでしょう」
「おまえさぁ。そんなんだから、比奈から相談されないんだよ」
神流の言葉に、黎明は呆れた。
「ありがとうございました。やはり黎明様に、ご相談してよかった」
「おぉ。俺もあそこまですんなり片付くとは思わなかったが」
「では、私はこれで失礼いたします」
城まで黎明を送り届けた神流は、帰宅しようと背を向ける。
「あぁそうだ。神流」
「はい?」
だが、黎明が何かを思い出したように、神流を呼びとめた。
「比奈に、伝言を頼みたい。二、三日の間、やることがあるから、行けそうにないって」
「わかりました」
神流は頷いたが、ある考えにいたり、眉を寄せた。
「あの、黎明様。その、まさか、上様に比奈のことでなにか?」
神流が心配そうに尋ねると、黎明は苦笑した。
「ちげえって。少し、坊さんのことを調べてみようと思ってな」
すると神流は、顔を曇らせる。
「黎明様。比奈のために、親身になってくださるのは、とても嬉しく思います。ですがもう少し、ご自分の立場をご理解ください。あなた様の身になにかあれば」
「わかってるって。比奈を悲しませる気はない」
神流は思わず「そうじゃねぇよ」と言いそうになったが、咳払いで誤魔化した。
「黎明様は上様のご子息です」
「だから鬼である俺は、そうそうにそこらの妖怪には、負けねぇぞ?」
かみ合わない会話に、神流は片手で目を覆って、天を仰いだ。
対して黎明は、不思議そうに首をかしげている。その仕草がどことなく妹と重なり、何を言っても無駄だと悟った神流は深々と息を吐き出した。
「もう、いいです。くれぐれも、くれぐれも! お気を付けください。無茶をなさらぬよう。お願いですから、無茶をなさらないでくださいね!」
「なんで二回も言ったし」
黎明は不満だというように、口を尖らせた。
「ーーだとさ」
「ぶっ殺す」
「待て待て待て!」
今すぐにでも走り出しそうな神流の襟を、黎明が慌てて掴む。
「お放し下さい! 黎明様!」
「おまえがそんなんだから、比奈は話さなかったんだよ! 俺の考えを言うから、ちょっと落ち着け!」
黎明に宥められ、神流は息を吐きだす。
「では、どうするおつもりですか?」
「敵を知るには、まずは情報ってな」
黎明が歩きだしたので、神流はおとなしくついて行くことにした。
まず最初に黎明がしたことというと、独自の情報網を使って、呉服屋の若旦那のことを徹底的に調べ上げることだった。
「ありがとな、助かった」
「若君のためならいくらでも、俺たちをこき使ってくださって、構いませんぜ」
「そうですぜ。俺たちは若君に救われたんだ。この程度なんて、安いもんでさ」
そう言って、鎌鼬の二人は、風に消えた。
「今のは?」
「妖怪、鎌鼬。昔は結構な悪さをしてたんだ。んで、懲らしめたらなんか懐かれた。神流と知り合う前だな」
「昔から、やんちゃをしていたのですね」
「やんちゃ言うな。兄上にも、言われたんだから」
神流は彼らが去った空を見上げる。
「それより、神流。どう思う?」
「女癖が悪い。使わない手はないでしょう」
「おまえなら、そういうと思った!」
二人はにぃっと、悪どい笑みを浮かべた。
早速、黎明と神流は手分けして、若旦那の被害に遭った女性たちに会いに行った。人間から妖怪までいろいろ生物学上、女と言われている相手なら誰でも良いのか、年齢にも差がある女性たち。
二人は彼女らに報復をしないかと持ちかける。事情を知った女性らは喜んで協力すると言って、呉服屋に押しかけていった。
陰から様子を見ていた二人は、店から聞こえる怒声や情けない男の悲鳴に、晴れやかな顔をする。
「これで、比奈への被害もなくなるな」
「私としては物足りませんが、まぁいいでしょう」
「おまえさぁ。そんなんだから、比奈から相談されないんだよ」
神流の言葉に、黎明は呆れた。
「ありがとうございました。やはり黎明様に、ご相談してよかった」
「おぉ。俺もあそこまですんなり片付くとは思わなかったが」
「では、私はこれで失礼いたします」
城まで黎明を送り届けた神流は、帰宅しようと背を向ける。
「あぁそうだ。神流」
「はい?」
だが、黎明が何かを思い出したように、神流を呼びとめた。
「比奈に、伝言を頼みたい。二、三日の間、やることがあるから、行けそうにないって」
「わかりました」
神流は頷いたが、ある考えにいたり、眉を寄せた。
「あの、黎明様。その、まさか、上様に比奈のことでなにか?」
神流が心配そうに尋ねると、黎明は苦笑した。
「ちげえって。少し、坊さんのことを調べてみようと思ってな」
すると神流は、顔を曇らせる。
「黎明様。比奈のために、親身になってくださるのは、とても嬉しく思います。ですがもう少し、ご自分の立場をご理解ください。あなた様の身になにかあれば」
「わかってるって。比奈を悲しませる気はない」
神流は思わず「そうじゃねぇよ」と言いそうになったが、咳払いで誤魔化した。
「黎明様は上様のご子息です」
「だから鬼である俺は、そうそうにそこらの妖怪には、負けねぇぞ?」
かみ合わない会話に、神流は片手で目を覆って、天を仰いだ。
対して黎明は、不思議そうに首をかしげている。その仕草がどことなく妹と重なり、何を言っても無駄だと悟った神流は深々と息を吐き出した。
「もう、いいです。くれぐれも、くれぐれも! お気を付けください。無茶をなさらぬよう。お願いですから、無茶をなさらないでくださいね!」
「なんで二回も言ったし」
黎明は不満だというように、口を尖らせた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
異・雨月
筑前助広
歴史・時代
幕末。泰平の世を築いた江戸幕府の屋台骨が揺らぎだした頃、怡土藩中老の三男として生まれた谷原睦之介は、誰にも言えぬ恋に身を焦がしながら鬱屈した日々を過ごしていた。未来のない恋。先の見えた将来。何も変わらず、このまま世の中は当たり前のように続くと思っていたのだが――。
<本作は、小説家になろう・カクヨムに連載したものを、加筆修正し掲載しています>
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・地名とは一切関係ありません。
※この物語は、「巷説江戸演義」と題した筑前筑後オリジナル作品企画の作品群です。舞台は江戸時代ですが、オリジナル解釈の江戸時代ですので、史実とは違う部分も多数ございますので、どうぞご注意ください。また、作中には実際の地名が登場しますが、実在のものとは違いますので、併せてご注意ください。
狐侍こんこんちき
月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。
父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。
そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、
門弟なんぞはひとりもいやしない。
寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。
かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。
のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。
おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。
もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。
けれどもある日のこと。
自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。
脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。
こんこんちきちき、こんちきちん。
家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。
巻き起こる騒動の数々。
これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
富貴楼と元老
猫宮乾
歴史・時代
とある夜の蝶が出てくる料理店と、後の元老との一幕、夜――。
若かりし日の山縣有朋は、伊藤が会席料理屋で遊んでいると聞き、本当にただ遊んでいるだけなのかと考える。時は、明治維新の直後。
※後に元老となる伊藤&山縣のお話と、その山縣の恋愛と、富貴楼のお話です。
※山縣有朋の生涯を描いておりますが、あくまでも架空の物語です。
※過去にKindleで配信していた(現在停止中)の作品です。
※かなり昔に改稿前の本編を投稿していたことがあります。
参考文献)
横浜富貴楼お倉 2016 草思社文庫
元老 ――近代日本の真の指導者たち 2016 中公新書
明治を生きた女性たち-山県有朋の妻 1999 えんじゅ2号 Wikipedia 等
京の刃
篠崎流
歴史・時代
徳川三代政権頃の日本、天谷京という無名浪人者の放浪旅から始まり遭遇する様々な事件。 昔よくあった、いわゆる一話完結テレビドラマの娯楽チャンバラ時代劇物みたいなものです、単話+長編、全11話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる