大江戸妖怪恋モノ帳

岡本梨紅

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 翌日、黎明は宿直とのいの仕事を終えた神流を捕まえて、比奈の悩みの原因を説明した。
「ーーだとさ」
「ぶっ殺す」
「待て待て待て!」
 今すぐにでも走り出しそうな神流の襟を、黎明が慌てて掴む。
「お放し下さい! 黎明様!」
「おまえがそんなんだから、比奈は話さなかったんだよ! 俺の考えを言うから、ちょっと落ち着け!」
 黎明に宥められ、神流は息を吐きだす。
「では、どうするおつもりですか?」
「敵を知るには、まずは情報ってな」
 黎明が歩きだしたので、神流はおとなしくついて行くことにした。
 まず最初に黎明がしたことというと、独自の情報網を使って、呉服屋の若旦那のことを徹底的に調べ上げることだった。
「ありがとな、助かった」
「若君のためならいくらでも、俺たちをこき使ってくださって、構いませんぜ」
「そうですぜ。俺たちは若君に救われたんだ。この程度なんて、安いもんでさ」
 そう言って、鎌鼬かまいたちの二人は、風に消えた。
「今のは?」
「妖怪、鎌鼬。昔は結構な悪さをしてたんだ。んで、懲らしめたらなんか懐かれた。神流と知り合う前だな」
「昔から、やんちゃをしていたのですね」
「やんちゃ言うな。兄上にも、言われたんだから」
 神流は彼らが去った空を見上げる。
「それより、神流。どう思う?」
「女癖が悪い。使わない手はないでしょう」
「おまえなら、そういうと思った!」
 二人はにぃっと、悪どい笑みを浮かべた。
 早速、黎明と神流は手分けして、若旦那の被害に遭った女性たちに会いに行った。人間から妖怪までいろいろ生物学上、女と言われている相手なら誰でも良いのか、年齢にも差がある女性たち。
 二人は彼女らに報復をしないかと持ちかける。事情を知った女性らは喜んで協力すると言って、呉服屋に押しかけていった。
 陰から様子を見ていた二人は、店から聞こえる怒声や情けない男の悲鳴に、晴れやかな顔をする。
「これで、比奈への被害もなくなるな」
「私としては物足りませんが、まぁいいでしょう」
「おまえさぁ。そんなんだから、比奈から相談されないんだよ」
 神流の言葉に、黎明は呆れた。
「ありがとうございました。やはり黎明様に、ご相談してよかった」
「おぉ。俺もあそこまですんなり片付くとは思わなかったが」
「では、私はこれで失礼いたします」
 城まで黎明を送り届けた神流は、帰宅しようと背を向ける。
「あぁそうだ。神流」
「はい?」
 だが、黎明が何かを思い出したように、神流を呼びとめた。
「比奈に、伝言を頼みたい。二、三日の間、やることがあるから、行けそうにないって」
「わかりました」
 神流は頷いたが、ある考えにいたり、眉を寄せた。
「あの、黎明様。その、まさか、上様に比奈のことでなにか?」
 神流が心配そうに尋ねると、黎明は苦笑した。
「ちげえって。少し、坊さんのことを調べてみようと思ってな」
 すると神流は、顔を曇らせる。
「黎明様。比奈のために、親身になってくださるのは、とても嬉しく思います。ですがもう少し、ご自分の立場をご理解ください。あなた様の身になにかあれば」
「わかってるって。比奈を悲しませる気はない」
 神流は思わず「そうじゃねぇよ」と言いそうになったが、咳払いで誤魔化した。
「黎明様は上様のご子息です」
「だから鬼である俺は、そうそうにそこらの妖怪には、負けねぇぞ?」
 かみ合わない会話に、神流は片手で目を覆って、天を仰いだ。
 対して黎明は、不思議そうに首をかしげている。その仕草がどことなく妹と重なり、何を言っても無駄だと悟った神流は深々と息を吐き出した。
「もう、いいです。くれぐれも、くれぐれも! お気を付けください。無茶をなさらぬよう。お願いですから、無茶をなさらないでくださいね!」
「なんで二回も言ったし」
 黎明は不満だというように、口を尖らせた。
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