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一ノ巻 大工仕事はお任せを 紅丸
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人間の喜助は、笑顔で大事な大工仕事を抱えながら、今日の現場に向かっていた。
(やっと、やっと俺は大工になれたんだ! 今日からは雑用ばかりの見習いとしての仕事じゃなくて、憧れの大工としての仕事ができる! まだ下っ端だけどっ)
この春、喜助はようやく、見習いから新人の大工と名乗ることを、親方である一ツ目の仁平から許された。
今日は大工としての初めての現場仕事で、喜助は浮かれ過ぎて夜もろくに眠れなかったほどだ。
現場が見えてくると、すでに仁平をはじめとした大工仲間たちが、仕事の準備をしていた。
「親方ー! おはよーございます!」
喜助が走り寄りながら声をかけると、仁平が顔をあげた。
「来るのがおせーぞ、喜助! おめぇは本来、俺たちより早く来るべきだろうが!」
「すんません! 寝坊しました!」
笑顔で素直に申告する喜助に、仁平は呆れて、額に手を当てて首を横に振る。
「親方、頭でも痛いんですか?」
「おめぇの態度に、呆れてんだ馬鹿たれ」
「はぁ。それより親方! 俺、どんな仕事を任せてもらえるんですか?」
目を輝かせて言う喜助に、仁平は道具を腰紐にぶら下げて答えた。
「仕事の前に、おまえは『化け猫亭』に行って、紅丸を借りてこい」
「へ?」
てっきり仕事を貰えると思っていた喜助は、目を瞬かせた。そして聞いたことのない店名に、首をかしげる。
「あの、親方。『化け猫亭』って、なんすか?」
「なんだ知らねぇのか? 八丁堀にある化け猫のお蘭がやってる、猫又の貸し出し屋だ」
「化け猫? 猫又?」
喜助の頭には、疑問符ばかりが浮かび上がる。
「で、そこに行って、どうするんです?」
「だから紅丸っていう猫又を借りてこいって言ってんだよ! うだうだ言ってねぇで、とっとと行きやがれ!」
「うぇ! は、はい!」
仁平に怒鳴られ、喜助は慌てて八丁堀へ向けて、走り出した。
「ったく、あいつは。まだ見習いにしとくべきだったか?」
「親方~。そんなこと言って、紅丸を喜助につけてやるってことは、喜助の腕に見込みがあるって確信したからじゃねぇんですかい?」
ひょっこりと仁平の後ろから顔をだす、化け川獺の飛八。部下でありお調子者である飛八は、にやにやとした笑みを浮かべていた。
「ふん。おめぇも紅丸に、習いてぇのか?」
「冗談。俺は猫になんて、教わりたくありやせんよ」
「だったら、文句言ってねぇで、とっとと仕事に取り掛かりやがれ!」
「へいへい。そんなに怒鳴らなくても、こんな至近距離なんだから聞こえていやすよー」
飛八は笑みをひっこめることなく、ゆっくりとした足取りで持ち場に向かった。
それを見送った仁平は、あることを思い出した。
「喜助に、紅丸の賃貸料を渡すの忘れたな」
(やっと、やっと俺は大工になれたんだ! 今日からは雑用ばかりの見習いとしての仕事じゃなくて、憧れの大工としての仕事ができる! まだ下っ端だけどっ)
この春、喜助はようやく、見習いから新人の大工と名乗ることを、親方である一ツ目の仁平から許された。
今日は大工としての初めての現場仕事で、喜助は浮かれ過ぎて夜もろくに眠れなかったほどだ。
現場が見えてくると、すでに仁平をはじめとした大工仲間たちが、仕事の準備をしていた。
「親方ー! おはよーございます!」
喜助が走り寄りながら声をかけると、仁平が顔をあげた。
「来るのがおせーぞ、喜助! おめぇは本来、俺たちより早く来るべきだろうが!」
「すんません! 寝坊しました!」
笑顔で素直に申告する喜助に、仁平は呆れて、額に手を当てて首を横に振る。
「親方、頭でも痛いんですか?」
「おめぇの態度に、呆れてんだ馬鹿たれ」
「はぁ。それより親方! 俺、どんな仕事を任せてもらえるんですか?」
目を輝かせて言う喜助に、仁平は道具を腰紐にぶら下げて答えた。
「仕事の前に、おまえは『化け猫亭』に行って、紅丸を借りてこい」
「へ?」
てっきり仕事を貰えると思っていた喜助は、目を瞬かせた。そして聞いたことのない店名に、首をかしげる。
「あの、親方。『化け猫亭』って、なんすか?」
「なんだ知らねぇのか? 八丁堀にある化け猫のお蘭がやってる、猫又の貸し出し屋だ」
「化け猫? 猫又?」
喜助の頭には、疑問符ばかりが浮かび上がる。
「で、そこに行って、どうするんです?」
「だから紅丸っていう猫又を借りてこいって言ってんだよ! うだうだ言ってねぇで、とっとと行きやがれ!」
「うぇ! は、はい!」
仁平に怒鳴られ、喜助は慌てて八丁堀へ向けて、走り出した。
「ったく、あいつは。まだ見習いにしとくべきだったか?」
「親方~。そんなこと言って、紅丸を喜助につけてやるってことは、喜助の腕に見込みがあるって確信したからじゃねぇんですかい?」
ひょっこりと仁平の後ろから顔をだす、化け川獺の飛八。部下でありお調子者である飛八は、にやにやとした笑みを浮かべていた。
「ふん。おめぇも紅丸に、習いてぇのか?」
「冗談。俺は猫になんて、教わりたくありやせんよ」
「だったら、文句言ってねぇで、とっとと仕事に取り掛かりやがれ!」
「へいへい。そんなに怒鳴らなくても、こんな至近距離なんだから聞こえていやすよー」
飛八は笑みをひっこめることなく、ゆっくりとした足取りで持ち場に向かった。
それを見送った仁平は、あることを思い出した。
「喜助に、紅丸の賃貸料を渡すの忘れたな」
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