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第五話 不安な夜は、星降る素敵な夜に
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私は思いを巡らせると、アストを見つめた。アストはたき火を見つめていたが、すぐに視線を上げてくれた。その心配そうな、優しい眼差しに、私は不安な思いを打ち明けてしまった。
「待って、くれるかな。今すぐにでも結婚したいって押し切られるんじゃないか、不安なの」
「そこまで思ってくれてる相手なんだ、話せば通じるんじゃないか?」
「無理やり、結婚させられたりしないかな。それが怖いの」
「むしろその年で振られるのであれば、プライドが許さないだろうから、怒って結婚なんてしないんじゃないか?」
「そうかもしれないけれど……」
アストは木にもたれ掛かると、星空を見上げた。私も星空を見上げたけれど、星は私の悩みなんてちっぽけと言わんばかりに煌めいている。アストは今の話が私の話だと気付いている。私はあえて自分の話だとは言わず、そのまま話を続けていた。
「クレアって、何か趣味みたいなものはあるのか?」
「何よ突然」
不意にアストが別の話題を振ってきたので、私は驚いて言い返してしまった。
「取柄みたいなものかな。好きなことだよ。何かあるのか?」
アストが話題を変えてくれたのはわかっていた。それでも、私に取柄なんてなかったから、私は俯いてしまった。
「そういう話を、伯爵としてみたらいいんだよ」
「対話をしてみろって言いたいのね」
「相手がどんな奴か知らずに、毛嫌いしてるみたいだからな」
「でも、私には取柄なんてないの。昔は勉強が好きだったけれど、弟が生まれてからは家を継ぐことも無くなったし、先生も皆弟の教育のために辞めさせられたわ」
ああ、そうだ。私には何の取柄もない。趣味はあるけれど、それが何の役に立つかはわからなかった。私は落ち込み過ぎてしまった。
「俺だって、取柄なんてないんだ」
アストはたき火を揺らしながら、パチパチと大きな音を立てた。
「それに、俺はあの女将の、実の息子じゃないんだ」
「え……?」
「俺は戦災孤児だよ。女将さんは俺を養子に迎えてくれたんだ。女将さんたちには、ちゃんと実の息子さんがいて、遠い国で騎士をしているよ。幼い頃からの夢だったんだってさ」
アストはため息を吐きながら、たき火に木の枝をくべていく。たき火の炎は勢いを増し、まるでアストの心のように燃え盛っていた。
「俺は自慢の息子じゃあないが、それでもいい思いをさせてもらってる。義両親はよくしてくれてるよ」
「セシルさんは、優しそうな女将さんだったものね」
「義父さんも優しいんだ。義母さんの尻に敷かれているけれど。でも、俺には何も取柄がないから、優秀な兄さんに比べたら、大したことはないんだ」
私はアストの話を聞いていて、疑問点ばかりだった。アストは絵が上手く、話し上手で気さくで、それでいて……。ううん、これは直接、本人に話した方が良さそうね。自己肯定感の低い人には、褒めることが大切な気がする。私も、褒められ慣れていないものの、褒められると嬉しくて舞い上がってしまう。
「アストは絵が上手いじゃない」
「画家になれるレベルとは、程遠いよ」
「剣だって、扱いに慣れているし」
「狩りをするレベルだから、魔物相手じゃ大したことは出来ない」
アストは漸く私へ視線を向けてくれた。たき火で分かりにくいが、頬が赤面しているのがわかった。アストは私に似ている。だからこそ、この話題を振ってくれたのかもしれない。
「話し上手だし、気さくだし、凄く優しいじゃない」
「……それは、取柄なのか?」
「取柄だわ。私には無いもの。もっと誇ってもいいと思う」
「…………」
アストは少し考えたように俯くと、私へまた視線を向けてきた。
「クレアの好きな事はなんだ?」
「私? そうね。私……、ダンスは好きよ。踊るのは楽しいけれど、田舎だからパーティーもあまりないし、踊る機会は少ないけれど」
「ダンスか。いかにも令嬢って感じだな」
「これでも令嬢だからね」
あ、そうだ。もう一つ、好きな事が出来たんだ。そう、この満天の星空。アストに言われるまで、気付けなかった美しい世界だ。
「それから、星空が好きになった。夜が好きになりそうよ」
「そいつは良かったよ。俺も星空を見るのが好きで、夜は好きな方なんだ」
「綺麗よね、満天の星空で、星々は煌めいていて……」
「一つ一つの星が、俺たちのいるレスティン・フェレスみたいに人が住んでいるのかって思うと、おもしろいよな」
アストは可笑しなことをいいながら、笑いだした。私も釣られて笑ってしまった。表面ばかり見てきたけれど、内面を知るって、なんて素敵な事でしょう。それに、はっきりと言葉にして想いを伝えてくれるアストの気持ちが、何よりも嬉しいの。
「そうね、これだけ星があるんだもの。きっと人が住める星もあると思うわ」
「そうだよな。確かめるすべはないけれど、想像するのは勝手だよな」
「うん。私もそう思うわ」
アストはそれだけいうと、木にもたれ掛かった。私も眠くなって、硬い地面に横になった。目の前は満天の星空で、寝そべっているのは堅い大地なんて、初めての体験だわ。もう、こういった経験は出来ないかもしれない。お父様もお母さまも、弟だって、私のことを心配してくれているかもしれない。家出をした身とはいえ、申し訳なくなってきてしまった。
「……ミーシャちゃん、見つからなかったわね」
「ほんとだな。どこいったんだか……。最悪の想定はしているんだ。魔物にやられたかもしれないし」
「大丈夫、きっと無事よ。怪我をして、身動きが取れないのかもしれないわ」
「そうかもな。早く見つけてやらないと……。でも、明日は町に戻ろう。クレアも、家に帰った方がいい」
「うん……」
私は眼を閉じた。すぐに眠りについた私は、満天の星空の一つの星で、ダンスを踊る夢を見た。一人で踊るダンスはあまり楽しくなかったけれど、相手が居たら違ったのかもしれない。もし、相手が私の好きな人だったら、なんて素敵な事なんだろう。そう思いながら、私は夢中で踊っていた。
「待って、くれるかな。今すぐにでも結婚したいって押し切られるんじゃないか、不安なの」
「そこまで思ってくれてる相手なんだ、話せば通じるんじゃないか?」
「無理やり、結婚させられたりしないかな。それが怖いの」
「むしろその年で振られるのであれば、プライドが許さないだろうから、怒って結婚なんてしないんじゃないか?」
「そうかもしれないけれど……」
アストは木にもたれ掛かると、星空を見上げた。私も星空を見上げたけれど、星は私の悩みなんてちっぽけと言わんばかりに煌めいている。アストは今の話が私の話だと気付いている。私はあえて自分の話だとは言わず、そのまま話を続けていた。
「クレアって、何か趣味みたいなものはあるのか?」
「何よ突然」
不意にアストが別の話題を振ってきたので、私は驚いて言い返してしまった。
「取柄みたいなものかな。好きなことだよ。何かあるのか?」
アストが話題を変えてくれたのはわかっていた。それでも、私に取柄なんてなかったから、私は俯いてしまった。
「そういう話を、伯爵としてみたらいいんだよ」
「対話をしてみろって言いたいのね」
「相手がどんな奴か知らずに、毛嫌いしてるみたいだからな」
「でも、私には取柄なんてないの。昔は勉強が好きだったけれど、弟が生まれてからは家を継ぐことも無くなったし、先生も皆弟の教育のために辞めさせられたわ」
ああ、そうだ。私には何の取柄もない。趣味はあるけれど、それが何の役に立つかはわからなかった。私は落ち込み過ぎてしまった。
「俺だって、取柄なんてないんだ」
アストはたき火を揺らしながら、パチパチと大きな音を立てた。
「それに、俺はあの女将の、実の息子じゃないんだ」
「え……?」
「俺は戦災孤児だよ。女将さんは俺を養子に迎えてくれたんだ。女将さんたちには、ちゃんと実の息子さんがいて、遠い国で騎士をしているよ。幼い頃からの夢だったんだってさ」
アストはため息を吐きながら、たき火に木の枝をくべていく。たき火の炎は勢いを増し、まるでアストの心のように燃え盛っていた。
「俺は自慢の息子じゃあないが、それでもいい思いをさせてもらってる。義両親はよくしてくれてるよ」
「セシルさんは、優しそうな女将さんだったものね」
「義父さんも優しいんだ。義母さんの尻に敷かれているけれど。でも、俺には何も取柄がないから、優秀な兄さんに比べたら、大したことはないんだ」
私はアストの話を聞いていて、疑問点ばかりだった。アストは絵が上手く、話し上手で気さくで、それでいて……。ううん、これは直接、本人に話した方が良さそうね。自己肯定感の低い人には、褒めることが大切な気がする。私も、褒められ慣れていないものの、褒められると嬉しくて舞い上がってしまう。
「アストは絵が上手いじゃない」
「画家になれるレベルとは、程遠いよ」
「剣だって、扱いに慣れているし」
「狩りをするレベルだから、魔物相手じゃ大したことは出来ない」
アストは漸く私へ視線を向けてくれた。たき火で分かりにくいが、頬が赤面しているのがわかった。アストは私に似ている。だからこそ、この話題を振ってくれたのかもしれない。
「話し上手だし、気さくだし、凄く優しいじゃない」
「……それは、取柄なのか?」
「取柄だわ。私には無いもの。もっと誇ってもいいと思う」
「…………」
アストは少し考えたように俯くと、私へまた視線を向けてきた。
「クレアの好きな事はなんだ?」
「私? そうね。私……、ダンスは好きよ。踊るのは楽しいけれど、田舎だからパーティーもあまりないし、踊る機会は少ないけれど」
「ダンスか。いかにも令嬢って感じだな」
「これでも令嬢だからね」
あ、そうだ。もう一つ、好きな事が出来たんだ。そう、この満天の星空。アストに言われるまで、気付けなかった美しい世界だ。
「それから、星空が好きになった。夜が好きになりそうよ」
「そいつは良かったよ。俺も星空を見るのが好きで、夜は好きな方なんだ」
「綺麗よね、満天の星空で、星々は煌めいていて……」
「一つ一つの星が、俺たちのいるレスティン・フェレスみたいに人が住んでいるのかって思うと、おもしろいよな」
アストは可笑しなことをいいながら、笑いだした。私も釣られて笑ってしまった。表面ばかり見てきたけれど、内面を知るって、なんて素敵な事でしょう。それに、はっきりと言葉にして想いを伝えてくれるアストの気持ちが、何よりも嬉しいの。
「そうね、これだけ星があるんだもの。きっと人が住める星もあると思うわ」
「そうだよな。確かめるすべはないけれど、想像するのは勝手だよな」
「うん。私もそう思うわ」
アストはそれだけいうと、木にもたれ掛かった。私も眠くなって、硬い地面に横になった。目の前は満天の星空で、寝そべっているのは堅い大地なんて、初めての体験だわ。もう、こういった経験は出来ないかもしれない。お父様もお母さまも、弟だって、私のことを心配してくれているかもしれない。家出をした身とはいえ、申し訳なくなってきてしまった。
「……ミーシャちゃん、見つからなかったわね」
「ほんとだな。どこいったんだか……。最悪の想定はしているんだ。魔物にやられたかもしれないし」
「大丈夫、きっと無事よ。怪我をして、身動きが取れないのかもしれないわ」
「そうかもな。早く見つけてやらないと……。でも、明日は町に戻ろう。クレアも、家に帰った方がいい」
「うん……」
私は眼を閉じた。すぐに眠りについた私は、満天の星空の一つの星で、ダンスを踊る夢を見た。一人で踊るダンスはあまり楽しくなかったけれど、相手が居たら違ったのかもしれない。もし、相手が私の好きな人だったら、なんて素敵な事なんだろう。そう思いながら、私は夢中で踊っていた。
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