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第12環「業火のルゼリア」
⑫-5 王都ノーブル・ルミヴェイル②
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王都の南門は殆ど無法地帯だった。兵士はおらず、交戦はない。その代わりに逃げ遅れた王都民であふれかえっていた。王都から逃れた所で、行く当てなどない。
「凄惨だな」
「……クーデタ―起こすだけなら、王都を攻撃する意味など無いだろうに」
ネリネ歴941年にルゼリア王都から離れたレオポルトにとって、およそ13年の月日が流れている。久しぶりに訪れた王都にかつての面影はない。レオポルトは誕生日が3月のため、9歳目前の頃まで王城で暮らしていた。それは代王の起こした「カミソリ事件」に由来している。当然レオポルトは思い出に浸る余裕などなく、セシュール軍によって崩れた瓦礫から救助される王都民を見つめていた。
「ここは彼らに任せよう。俺たちは王城へ向かう」
「わかった」
レオポルトの指示で王城へ向かう最中、轟音鳴り響き黒煙が舞い上がった。王城が突破されたのだ。すぐに雄たけびが響き渡り、セシリアが何かを知らせている。
「雄たけびだ!」
「……報告してくれ」
「王城が突破されました。ルクヴァ王とセシリア様は北側の避難誘導に向かわれました。北側ではミリティア軍と騎士団が交戦中とのことです!」
「そうか……。コルネリアだろうか」
「それから、お二人は王城に迎えとのことです!」
タウ族の若者はそれだけ言うと一礼し、瓦礫の撤去へ向かった。
「ティトー! 無事でいてくれ……」
アルブレヒトとレオポルトは祈るように王城を目指して進軍していった。
◇◇◇
―― 一方、王都北側。
「お前は……」
黒衣のローブの男がローブをゆっくりと脱ぎ捨てた。男は初老であり、瞳は青いブルーサファイア如く煌めいていた。
「アドニス……!」
「やあ。ルクヴァ、久しぶりですね。コルネリウスも」
アドニスは黒衣のローブの下に白いローブを着込んでおり、悍ましい笑みを浮かべ余裕を見せた。アドニスは教会の司教であるのだ。いつも細目であり、60を超えた初老の男だ。
「お前……。お前の仕業か、これは! お前がミリティアを煽ったんだな」
「何のことでしょう。王女が勝手に焦っただけですよ。幼い姫が大巫女になって凱旋したとね」
「ティトー! ティトーは無事なんだろうな⁉」
「ええ、今頃兵士によって捕らえられている事でしょう」
両手を広げ、宙に浮くアドニスは異常であった。まるで悪魔のように笑みを浮かべ、そこに存在している。
「ティトーをどうする気だ!」
「どうもこうも。あの子はルゼリアの姫でしょう? ならば、王位継承権は一位だ。ミリティア王女は可哀そうに、2位に転落でしょうね。魔力がないのですから」
「貴様……」
「大巫女になったとはいえ、王位継承権を放棄するなど以ての外だ。魔力の在る王族はもうトゥルク王子しかいないのですから。そのトゥルク王子は病弱で役に立たない。だとすれば、魔力の在るティトー王女が王になる他あるまい?」
アドニスは道化のように身振り手振りでルクヴァ達を圧倒していった。あまりに異形な光景に、ルクヴァは剣を構えた。
「ほう? 私を攻撃するというのですか?」
「お前は何者だ! 司教という立場を利用して、何をしようとしている!」
「何者? 何者ですか……」
アドニスは眼を見開き大声で嘲笑って見せた。
「そういうあなた方も何者ですか?」
「なに?」
「前世の記憶を保有しているなど、普通は考えられませんからね」
「な……‼」
「やはりお前、あのアドニスなのか⁉」
アドニスはニタリと嗤い、浮遊を解いて大地に降り立った。警戒したコルネリアが盾を前ににじり出る。
「あのアドニスなわけがない! お前は何者だ! アドニスさんの顔で、何をしようとしている!」
「ほう? あのアドニスが何であるのか、あなた方はわかっていたのですか?」
「何?」
「ルクヴァ、耳を傾けるな!」
アドニスは再び嗤うと、手に持った杖で大地を一突きして見せた。空は一気に薄暗くなり、黒煙が立ち込めたように黒い雲に覆われていく。
「ルクヴァとは。君はヴァルクだろう、地球生まれのラダ族の生き残り。その生まれ変わりだ」
「な……」
「コルネリウスはタウ族の生き残りだったか。それがどういう訳か、シュタイン家の当主になるとは。滑稽だな、生まれ変わりというものは」
「なんでお前がそれを知っている!」
動揺するルクヴァに対し、コルネリアが盾を突き出した。アドニスは杖を振りかぶり、詠唱を始めていた。黒煙が杖に集まりだし、一気に杖から放出される。コルネリアが盾でそれを受け止めるものの、盾はどす黒く変色した。
「私はアドニス。それが何を意味するのか、貴方は判っているでしょう?」
「アドニスはお前のような悪趣味な奴じゃない! もっと飄々として、いい加減な奴だった!」
「ルクヴァ、それ今云う所じゃないぞ」
「ははは。連れないじゃないか。地球であんなに過ごしたというのに」
アドニスはゆっくりと歩みだした。歩いた足元から黒い渦は巻きおこり、大地は腐っていく。
「お前はアドニスじゃない! お前は偽物だ……。でなければ、ティトーを、あんな眼に遭わせるわけがない」
「ティトー? 何故今、大巫女が出てくるのです? ああ、君の娘だからか」
「アドニスは、地球で小さな教会の神父だった。実際は歳を取らず、若い少年のままだったが、人間たちと暮らすために初老に化けていたんだ。アドニスはとある方の弟子で、ずっと忠誠を誓っていた。お前がそのような事をするはずがないと言っている」
ルクヴァは剣を向けると、アドニスへ向かって振りかぶった。アドニスは宙を浮遊しながらそれを避けると、嘲笑いながら杖で剣を受け止めた。
「だから何だというのだ。私は私だ」
「お前はアドニスじゃない! お前は……」
「お前が、黒龍だ。そうなんだろ、アドニス」
「くっ‼ あっはっは‼」
アドニスは今まで以上に嗤うと、杖を槍へ変化させた。
「なあんだ。バレてたんですか。しょうがないですね。そうですよ」
「初めまして。黒龍のアドニスと申します」
「凄惨だな」
「……クーデタ―起こすだけなら、王都を攻撃する意味など無いだろうに」
ネリネ歴941年にルゼリア王都から離れたレオポルトにとって、およそ13年の月日が流れている。久しぶりに訪れた王都にかつての面影はない。レオポルトは誕生日が3月のため、9歳目前の頃まで王城で暮らしていた。それは代王の起こした「カミソリ事件」に由来している。当然レオポルトは思い出に浸る余裕などなく、セシュール軍によって崩れた瓦礫から救助される王都民を見つめていた。
「ここは彼らに任せよう。俺たちは王城へ向かう」
「わかった」
レオポルトの指示で王城へ向かう最中、轟音鳴り響き黒煙が舞い上がった。王城が突破されたのだ。すぐに雄たけびが響き渡り、セシリアが何かを知らせている。
「雄たけびだ!」
「……報告してくれ」
「王城が突破されました。ルクヴァ王とセシリア様は北側の避難誘導に向かわれました。北側ではミリティア軍と騎士団が交戦中とのことです!」
「そうか……。コルネリアだろうか」
「それから、お二人は王城に迎えとのことです!」
タウ族の若者はそれだけ言うと一礼し、瓦礫の撤去へ向かった。
「ティトー! 無事でいてくれ……」
アルブレヒトとレオポルトは祈るように王城を目指して進軍していった。
◇◇◇
―― 一方、王都北側。
「お前は……」
黒衣のローブの男がローブをゆっくりと脱ぎ捨てた。男は初老であり、瞳は青いブルーサファイア如く煌めいていた。
「アドニス……!」
「やあ。ルクヴァ、久しぶりですね。コルネリウスも」
アドニスは黒衣のローブの下に白いローブを着込んでおり、悍ましい笑みを浮かべ余裕を見せた。アドニスは教会の司教であるのだ。いつも細目であり、60を超えた初老の男だ。
「お前……。お前の仕業か、これは! お前がミリティアを煽ったんだな」
「何のことでしょう。王女が勝手に焦っただけですよ。幼い姫が大巫女になって凱旋したとね」
「ティトー! ティトーは無事なんだろうな⁉」
「ええ、今頃兵士によって捕らえられている事でしょう」
両手を広げ、宙に浮くアドニスは異常であった。まるで悪魔のように笑みを浮かべ、そこに存在している。
「ティトーをどうする気だ!」
「どうもこうも。あの子はルゼリアの姫でしょう? ならば、王位継承権は一位だ。ミリティア王女は可哀そうに、2位に転落でしょうね。魔力がないのですから」
「貴様……」
「大巫女になったとはいえ、王位継承権を放棄するなど以ての外だ。魔力の在る王族はもうトゥルク王子しかいないのですから。そのトゥルク王子は病弱で役に立たない。だとすれば、魔力の在るティトー王女が王になる他あるまい?」
アドニスは道化のように身振り手振りでルクヴァ達を圧倒していった。あまりに異形な光景に、ルクヴァは剣を構えた。
「ほう? 私を攻撃するというのですか?」
「お前は何者だ! 司教という立場を利用して、何をしようとしている!」
「何者? 何者ですか……」
アドニスは眼を見開き大声で嘲笑って見せた。
「そういうあなた方も何者ですか?」
「なに?」
「前世の記憶を保有しているなど、普通は考えられませんからね」
「な……‼」
「やはりお前、あのアドニスなのか⁉」
アドニスはニタリと嗤い、浮遊を解いて大地に降り立った。警戒したコルネリアが盾を前ににじり出る。
「あのアドニスなわけがない! お前は何者だ! アドニスさんの顔で、何をしようとしている!」
「ほう? あのアドニスが何であるのか、あなた方はわかっていたのですか?」
「何?」
「ルクヴァ、耳を傾けるな!」
アドニスは再び嗤うと、手に持った杖で大地を一突きして見せた。空は一気に薄暗くなり、黒煙が立ち込めたように黒い雲に覆われていく。
「ルクヴァとは。君はヴァルクだろう、地球生まれのラダ族の生き残り。その生まれ変わりだ」
「な……」
「コルネリウスはタウ族の生き残りだったか。それがどういう訳か、シュタイン家の当主になるとは。滑稽だな、生まれ変わりというものは」
「なんでお前がそれを知っている!」
動揺するルクヴァに対し、コルネリアが盾を突き出した。アドニスは杖を振りかぶり、詠唱を始めていた。黒煙が杖に集まりだし、一気に杖から放出される。コルネリアが盾でそれを受け止めるものの、盾はどす黒く変色した。
「私はアドニス。それが何を意味するのか、貴方は判っているでしょう?」
「アドニスはお前のような悪趣味な奴じゃない! もっと飄々として、いい加減な奴だった!」
「ルクヴァ、それ今云う所じゃないぞ」
「ははは。連れないじゃないか。地球であんなに過ごしたというのに」
アドニスはゆっくりと歩みだした。歩いた足元から黒い渦は巻きおこり、大地は腐っていく。
「お前はアドニスじゃない! お前は偽物だ……。でなければ、ティトーを、あんな眼に遭わせるわけがない」
「ティトー? 何故今、大巫女が出てくるのです? ああ、君の娘だからか」
「アドニスは、地球で小さな教会の神父だった。実際は歳を取らず、若い少年のままだったが、人間たちと暮らすために初老に化けていたんだ。アドニスはとある方の弟子で、ずっと忠誠を誓っていた。お前がそのような事をするはずがないと言っている」
ルクヴァは剣を向けると、アドニスへ向かって振りかぶった。アドニスは宙を浮遊しながらそれを避けると、嘲笑いながら杖で剣を受け止めた。
「だから何だというのだ。私は私だ」
「お前はアドニスじゃない! お前は……」
「お前が、黒龍だ。そうなんだろ、アドニス」
「くっ‼ あっはっは‼」
アドニスは今まで以上に嗤うと、杖を槍へ変化させた。
「なあんだ。バレてたんですか。しょうがないですね。そうですよ」
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