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第11環「ルゼリア事変」
⑪-6 魔女と聖女③
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「大巫女様は、ルゼリア城に……」
心臓の音が聞こえるように鳴り響きだし、マリアは狼狽えた。
「誰の仕業?」
「……反ニミアゼル教という者たちです」
獣人の一人が言った言葉は、サーシャの顔色を青白く変化させてしまった。
「黒龍を信仰してるとか言って、俺たちの家族を人質に、しばらく前からフェルド共和国を乗っ取ってたんです」
「なんですって? じゃあ、家族は……」
「今はさっき痛めつけた奴以外、出払ってるんです」
のびている男はしばらく起きそうもない。マリアは獣人たちに男を縛り上げさせると、目覚めた時に情報を聞き出すため、厳重に拘束した。
「あなた達は今のところ、自由なのね?」
優しく尋ねたマリアに対し、獣人たちは顔を見合わせた。まだ不安そうな表情のままだ。
「それは……。でも、奴らいつ戻ってくるか」
「聖女アレクサンドラの名にかけて、皆さんをお守りします。きっと大丈夫。女神さまが見ていてくれるわ」
「ああ、女神ニミアゼル様……」
祈るように小窓を見つめる獣人たちを前に、サーシャは頷いた。
「とにかく、ティトー様のいるルゼリア城まで行かなければ……」
「そんな、無茶です! ルゼリアの王都ノーブル・ルミヴェイルはクーデターで陥落寸前だと聞いています!」
「な、なんですって? 陥落寸前⁉ 一体何が……」
すると、奥から長い耳を持った獣人が歩み出てきた。ウサギ族だろうか、すっかりやせ細っている。
「王女ミリティア派のクーデターだと聞いています」
「嘘でしょう。そんな場所に、ティトーはいるというの? 城のはどうなっているの?」
「代王が籠城し、戦っていると聞いています」
「そんな、じゃあティトーを攫ったのは……」
顔を見合わせた獣人たちは、俯きながら言葉を濁した。
「実は、ルゼリア貴族の中には、アンチ・ニミアゼル。反ニミアゼル教徒がいるのです……!」 「クーデターも、奴らが煽ったに違いない!」
「ルゼリア国はニミアゼル教を信仰しているのに……」
マリアが驚くのも無理はない。ルゼリア国の住人は、そのほとんどがニミアゼル教を信仰しているからだ。
「代王は傀儡だったという話も聞いています。ミリティア派も、そこへ付け込んだのではないでしょうか」
「なんてこと……!」
サーシャは考え込むようにマリアを見つめると、獣人たちへ向かった。
「私たちは、どうやってここへ連れてこられたのですか?」
「それは……。転移魔法陣とかいうやつを、奴らが使ったんです!」
「ワシらは、ただ言われるがまま……。申し訳ありません!」
転移魔法陣。それは高度な技術が必要であり、何人もの人間のエーテルを使用した魔術であり、マリアは当然未習得だ。簡単な移動手段があるのであれば良かったのだが、どうもそうはいかないらしい。
「マリア」
澄んだ声がした。
サーシャの顔からは笑みが消えており、マリアを澄んだ瞳で見つめた。
「ど、どうしたの、サーシャ。改まって……」
サーシャは立ち上がると、獣人たちの前にしゃがみ込んだ。そして祈るように願いを込めたのだ。
「あの。獣人さんたち、しばらく二人にしてくれませんか。この男は、私たちが見張っていますので、どうぞ家族の無事を確認してきてください。今のうちです! さあ……!」
顔を見合わせていた獣人たちは、すぐに我に返り、階段を下りて行った。周囲には槍が散乱している。
「ど、どうしたの。サーシャ……」
「マリア。貴女を信頼しています」
「え? うん。どうしたの?」
そう言われれば言われるほどに、不安になっていくものである。サーシャはスカートの裾を直すと、その場に座った。マリアのその手前に座り込む。部屋の隅では、まだ伸びている男しかいない。
「突拍子のない話をします」
「ど、どうしたのよ……」
「女神さまのお告げがあったのです。お願いします、信じてください……」
「!」
マリアは口に手を当てると、慌てて姿勢を正した。マリアは女神など信じてはいないものの、友人であるサーシャの言葉なら信じられる。
「お告げって……」
「貴女のことです、マリア」
「わ、私?」
サーシャは手を合わせると、その手は光に包まれた。その光を優しく包み込むように、サーシャは光を持ち上げた。赤く、燃え上がるような金色の光だ。
「この光に触れて欲しいのです」
「この、光に?」
「熱くはありませんし、火傷もしません。これは、エーテルの光です」
「…………」
見覚えのある、金色の光だった。それでも、それが何であるのかが思い出せない。
「手を掲げたら、元には戻れないかもしれません。それでも、貴女は思い出すべきなのです」
「…………」
「お願いマリア、勇気を出して……」
サーシャの言葉に、息を飲んだマリアはその手を光へ掲げた。次の瞬間、様々な記憶が蘇っては消えていく。それは過去のフラッシュバックのようであり、想い出のようであり、そして――。
「私は……」
「私は。私の前世は、黒龍の母として、作られた母マリア……」
マリアはそれだけ呟くと気を失い、その場に倒れ込んでしまった。
心臓の音が聞こえるように鳴り響きだし、マリアは狼狽えた。
「誰の仕業?」
「……反ニミアゼル教という者たちです」
獣人の一人が言った言葉は、サーシャの顔色を青白く変化させてしまった。
「黒龍を信仰してるとか言って、俺たちの家族を人質に、しばらく前からフェルド共和国を乗っ取ってたんです」
「なんですって? じゃあ、家族は……」
「今はさっき痛めつけた奴以外、出払ってるんです」
のびている男はしばらく起きそうもない。マリアは獣人たちに男を縛り上げさせると、目覚めた時に情報を聞き出すため、厳重に拘束した。
「あなた達は今のところ、自由なのね?」
優しく尋ねたマリアに対し、獣人たちは顔を見合わせた。まだ不安そうな表情のままだ。
「それは……。でも、奴らいつ戻ってくるか」
「聖女アレクサンドラの名にかけて、皆さんをお守りします。きっと大丈夫。女神さまが見ていてくれるわ」
「ああ、女神ニミアゼル様……」
祈るように小窓を見つめる獣人たちを前に、サーシャは頷いた。
「とにかく、ティトー様のいるルゼリア城まで行かなければ……」
「そんな、無茶です! ルゼリアの王都ノーブル・ルミヴェイルはクーデターで陥落寸前だと聞いています!」
「な、なんですって? 陥落寸前⁉ 一体何が……」
すると、奥から長い耳を持った獣人が歩み出てきた。ウサギ族だろうか、すっかりやせ細っている。
「王女ミリティア派のクーデターだと聞いています」
「嘘でしょう。そんな場所に、ティトーはいるというの? 城のはどうなっているの?」
「代王が籠城し、戦っていると聞いています」
「そんな、じゃあティトーを攫ったのは……」
顔を見合わせた獣人たちは、俯きながら言葉を濁した。
「実は、ルゼリア貴族の中には、アンチ・ニミアゼル。反ニミアゼル教徒がいるのです……!」 「クーデターも、奴らが煽ったに違いない!」
「ルゼリア国はニミアゼル教を信仰しているのに……」
マリアが驚くのも無理はない。ルゼリア国の住人は、そのほとんどがニミアゼル教を信仰しているからだ。
「代王は傀儡だったという話も聞いています。ミリティア派も、そこへ付け込んだのではないでしょうか」
「なんてこと……!」
サーシャは考え込むようにマリアを見つめると、獣人たちへ向かった。
「私たちは、どうやってここへ連れてこられたのですか?」
「それは……。転移魔法陣とかいうやつを、奴らが使ったんです!」
「ワシらは、ただ言われるがまま……。申し訳ありません!」
転移魔法陣。それは高度な技術が必要であり、何人もの人間のエーテルを使用した魔術であり、マリアは当然未習得だ。簡単な移動手段があるのであれば良かったのだが、どうもそうはいかないらしい。
「マリア」
澄んだ声がした。
サーシャの顔からは笑みが消えており、マリアを澄んだ瞳で見つめた。
「ど、どうしたの、サーシャ。改まって……」
サーシャは立ち上がると、獣人たちの前にしゃがみ込んだ。そして祈るように願いを込めたのだ。
「あの。獣人さんたち、しばらく二人にしてくれませんか。この男は、私たちが見張っていますので、どうぞ家族の無事を確認してきてください。今のうちです! さあ……!」
顔を見合わせていた獣人たちは、すぐに我に返り、階段を下りて行った。周囲には槍が散乱している。
「ど、どうしたの。サーシャ……」
「マリア。貴女を信頼しています」
「え? うん。どうしたの?」
そう言われれば言われるほどに、不安になっていくものである。サーシャはスカートの裾を直すと、その場に座った。マリアのその手前に座り込む。部屋の隅では、まだ伸びている男しかいない。
「突拍子のない話をします」
「ど、どうしたのよ……」
「女神さまのお告げがあったのです。お願いします、信じてください……」
「!」
マリアは口に手を当てると、慌てて姿勢を正した。マリアは女神など信じてはいないものの、友人であるサーシャの言葉なら信じられる。
「お告げって……」
「貴女のことです、マリア」
「わ、私?」
サーシャは手を合わせると、その手は光に包まれた。その光を優しく包み込むように、サーシャは光を持ち上げた。赤く、燃え上がるような金色の光だ。
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「この、光に?」
「熱くはありませんし、火傷もしません。これは、エーテルの光です」
「…………」
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「手を掲げたら、元には戻れないかもしれません。それでも、貴女は思い出すべきなのです」
「…………」
「お願いマリア、勇気を出して……」
サーシャの言葉に、息を飲んだマリアはその手を光へ掲げた。次の瞬間、様々な記憶が蘇っては消えていく。それは過去のフラッシュバックのようであり、想い出のようであり、そして――。
「私は……」
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