【完結】暁の草原(改稿作業中)

Lesewolf

文字の大きさ
上 下
179 / 228
第11環「ルゼリア事変」

⑪-6 魔女と聖女③

しおりを挟む
「大巫女様は、ルゼリア城に……」

 心臓の音が聞こえるように鳴り響きだし、マリアは狼狽えた。

「誰の仕業?」
「……反ニミアゼル教という者たちです」

 獣人の一人が言った言葉は、サーシャの顔色を青白く変化させてしまった。

「黒龍を信仰してるとか言って、俺たちの家族を人質に、しばらく前からフェルド共和国を乗っ取ってたんです」
「なんですって? じゃあ、家族は……」
「今はさっき痛めつけた奴以外、出払ってるんです」

 のびている男はしばらく起きそうもない。マリアは獣人たちに男を縛り上げさせると、目覚めた時に情報を聞き出すため、厳重に拘束した。

「あなた達は今のところ、自由なのね?」

 優しく尋ねたマリアに対し、獣人たちは顔を見合わせた。まだ不安そうな表情のままだ。

「それは……。でも、奴らいつ戻ってくるか」
「聖女アレクサンドラの名にかけて、皆さんをお守りします。きっと大丈夫。女神さまが見ていてくれるわ」
「ああ、女神ニミアゼル様……」

 祈るように小窓を見つめる獣人たちを前に、サーシャは頷いた。

「とにかく、ティトー様のいるルゼリア城まで行かなければ……」
「そんな、無茶です! ルゼリアの王都ノーブル・ルミヴェイルはクーデターで陥落寸前だと聞いています!」
「な、なんですって? 陥落寸前⁉ 一体何が……」

 すると、奥から長い耳を持った獣人が歩み出てきた。ウサギ族だろうか、すっかりやせ細っている。

「王女ミリティア派のクーデターだと聞いています」
「嘘でしょう。そんな場所に、ティトーはいるというの? 城のはどうなっているの?」
「代王が籠城し、戦っていると聞いています」
「そんな、じゃあティトーを攫ったのは……」

 顔を見合わせた獣人たちは、俯きながら言葉を濁した。

「実は、ルゼリア貴族の中には、アンチ・ニミアゼル。反ニミアゼル教徒がいるのです……!」 「クーデターも、奴らが煽ったに違いない!」
「ルゼリア国はニミアゼル教を信仰しているのに……」

 マリアが驚くのも無理はない。ルゼリア国の住人は、そのほとんどがニミアゼル教を信仰しているからだ。

「代王は傀儡だったという話も聞いています。ミリティア派も、そこへ付け込んだのではないでしょうか」
「なんてこと……!」

 サーシャは考え込むようにマリアを見つめると、獣人たちへ向かった。

「私たちは、どうやってここへ連れてこられたのですか?」
「それは……。転移魔法陣とかいうやつを、奴らが使ったんです!」
「ワシらは、ただ言われるがまま……。申し訳ありません!」

 転移魔法陣。それは高度な技術が必要であり、何人もの人間のエーテルを使用した魔術であり、マリアは当然未習得だ。簡単な移動手段があるのであれば良かったのだが、どうもそうはいかないらしい。

「マリア」

 澄んだ声がした。
 サーシャの顔からは笑みが消えており、マリアを澄んだ瞳で見つめた。
「ど、どうしたの、サーシャ。改まって……」

 サーシャは立ち上がると、獣人たちの前にしゃがみ込んだ。そして祈るように願いを込めたのだ。

「あの。獣人さんたち、しばらく二人にしてくれませんか。この男は、私たちが見張っていますので、どうぞ家族の無事を確認してきてください。今のうちです! さあ……!」

 顔を見合わせていた獣人たちは、すぐに我に返り、階段を下りて行った。周囲には槍が散乱している。

「ど、どうしたの。サーシャ……」
「マリア。貴女を信頼しています」
「え? うん。どうしたの?」

 そう言われれば言われるほどに、不安になっていくものである。サーシャはスカートの裾を直すと、その場に座った。マリアのその手前に座り込む。部屋の隅では、まだ伸びている男しかいない。

「突拍子のない話をします」
「ど、どうしたのよ……」
「女神さまのお告げがあったのです。お願いします、信じてください……」
「!」

 マリアは口に手を当てると、慌てて姿勢を正した。マリアは女神など信じてはいないものの、友人であるサーシャの言葉なら信じられる。

「お告げって……」
「貴女のことです、マリア」
「わ、私?」

 サーシャは手を合わせると、その手は光に包まれた。その光を優しく包み込むように、サーシャは光を持ち上げた。赤く、燃え上がるような金色の光だ。

「この光に触れて欲しいのです」
「この、光に?」
「熱くはありませんし、火傷もしません。これは、エーテルの光です」
「…………」

 見覚えのある、金色の光だった。それでも、それが何であるのかが思い出せない。

「手を掲げたら、元には戻れないかもしれません。それでも、貴女は思い出すべきなのです」
「…………」
「お願いマリア、勇気を出して……」

 サーシャの言葉に、息を飲んだマリアはその手を光へ掲げた。次の瞬間、様々な記憶が蘇っては消えていく。それは過去のフラッシュバックのようであり、想い出のようであり、そして――。


「私は……」




「私は。私の前世は、黒龍の母として、作られた母マリア……」



 マリアはそれだけ呟くと気を失い、その場に倒れ込んでしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...