暁の草原

Lesewolf

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第11環「ルゼリア事変」

⑪-2 第一報を聞いて②

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 セシュール王国の再会の町は、中央広場にある噴水がメインの町だ。噴水が出来たのはネリネ歴元年というからかなり古い。かつてのルゼリア王国からの贈り物だという噴水は、見事なまでにドラゴンを形どっていた。
 6月初夏の気候は町にとって、人々にとって良い気候であり、快適に過ごせることが約束されている筈であった。

 近づくグリフォンを知らせる鐘が鳴り響き、グリフォンはその広場へ降り立った。周囲の人間が慌てて駆け寄ってくる。その中の一人に、大旦那が居た。

「大旦那!」
「グリット、アンリ!」
「ディートリヒ殿。出迎え、ありがとう。今は正式な訪問ですので、偽名ではないほうがいい。現状を報告して欲しい」

 レオポルトの言葉に、大旦那ディートリヒはすぐに首を垂れると、すぐにアルブレヒトを見つめた。

「わかりました、レオポルト様。新聞は読んでるからな、アルブレヒト様!」
「ああ。いつぞやは世話になったな」

 再会の町で宿屋兼食堂を営むディートリヒは、タウ族の妻と結婚したラダ族だ。夫婦二人とも、ティトーと出会った際に世話になるだけではなく、旧知の間柄故に国境で情報を集めさせていた。ディートリヒが絶叫するのかについては、レオポルトもアルブレヒトも見たことはない。

「まず、最新の情報だが、王都は陥落している。4時間ほど前に、ルゼリアの首都ノーブル・ルミヴェイルは既にミリティア軍によって抑えられていて、代王が籠城している王城は包囲された」
「本当にミリティアが……」

 アルブレヒトに憧れていた、密編みの似合う妹しか思い浮かばないレオポルトは、その名を口にした。まだ信じられることではない。まだ12歳だったはずだ。7歳を迎えたばかりのティトーの倍近くは年上ではあるものの、まだ幼い。

「武にしか興味のなかったミリティア王女が何でそんな暴挙に出たか、なんて情報はないぞ」
「トゥルクは無事だろうか」
「離宮に幽閉されてたという情報があるが、正確かはわからん」

 ディートリヒは目配せすると、小さく頷いた。トゥルク王子の情報に関しては、何かあるらしい。アルブレヒトは黙って聞いていたが、その拳に力を込めている。情報はありがたいものの、欲しい情報がないのだ。

「ティトーが、行方不明なんだ」
「……ああ。聞いている。大巫女になったんだな、嬢ちゃん」
「女だと知っていたのか、ディートリヒ」
「ああ、妻がな。それで、一緒に居たって言う聖女様や神官見習いの情報もないから、襲撃にあったが逃げ切って隠れている可能性が高いんじゃないか」
「だと、いいが」

 その間にグリフォンは空へ飛び立ち、やがて見えなくなった。向かった先はセシュール城だ。ルクヴァから何か動きがあるかもしれないと、レオポルトは考えていた。

「とにかく、こちらへ」


 ◇◇◇

 ディートリヒは二人を宿屋まで案内した。懐かしいとも思える宿屋に、あの時の少年は居ない。かつてティトーの泊まっていた部屋へ案内されると、通された部屋にはやせ細った青年がおり、慌てて布団から起き上がろうとする瞬間だった。

「トゥルク!」
「兄さん、レオポルト兄さん……!」

 青年の名はトゥルク・フォン・ルージリア。レオポルトの弟であり、クーデターを起こしたミリティアの双子の弟だ。身なりは病院着のままであり、所々擦り切れている。

「ああ、レオポルト兄さんにまた会えるなんて……。貴方は、アルブレヒト王子ですね……。お二人にまたお会いできるとは思いませんでした。ああ、女神ニミアゼルよ……」
「ディートリヒ、どういうことだ! どうしてここにトゥルクが!」
「それについては私が説明致します」

 慌てて振り返ると、ディートリヒの横にはショートカットの女性騎士が佇んでいた。騎士は王族であったレオポルトだけではなく、アルブレヒトをも見つめた。二人の素性を知っているのだ。

「君は……、まさか!」
「その話は後です。今の私はメリーナ・シュタインです。レオポルト殿下」

 驚く二人を尻目に、女性騎士はシュタインを名乗った。

「殿下は辞めてくれ」
「かしこまりました」
「それで。トゥルクと君は、どうしてセシュールに?」
「義父コルネリア・シュタインからの言伝です」

 メリーナはそのヘーゼルの瞳を瞬かせ、二人ではなくトゥルクへ向き合った。トゥルクは怯えながらも彼女の影から出るように二人を見て頷いた。

「王都にて、救援を待つ。シュタイン将軍はセシュール国へ、救援を求めると同時に、トゥルク王子の保護を求めます」
「待ってくれ、今までのルゼリア国の行いは君もわかっているだろう? セシュール国が同意するとでも?」
「それは……」

 女性騎士メリーナは黙り込んだが、彼女を庇うようにトゥルクが起き上がろうとする。

「トゥルク様、お体に障ります」
「兄さん、父さんに連絡して欲しい」
「…………」
「レオ……。今は、わだかまりの話をする場ではない、わかるだろう」

 レオポルトは歯を食いしばり、目を閉じたまま頷いた。タウ族の遠吠えではなく、コンドルによってシュタイン将軍の言伝は伝えられた。

 コンドルが戻るまで、宿屋はレオポルトの指示の元、厳戒態勢が敷かれていた。

「……メリーチェ嬢」

 レオポルトの呼びかけに、メリーナは首を横に振った。

「今はただの騎士メリーナです。やはり覚えておいででしたか、レオポルト殿下」
「それならば尚の事、俺を殿下とは呼ばないことだ。そうだろう、アルブレヒト王子」
「…………」
「アルブレヒト殿下……。我らルゼリアのしたことは、決して許されるべきことではありません」

 黙り込むアルブレヒトへ、トゥルクは咳き込みながら頭を下げた。あまり体調が優れないのだろう、顔色も悪い。白鷺病のレオポルトように、トゥルクは咳き込んだまま胸を押さえた。

「トゥルク王子……」
「それでも、貴方様が生きておられて本当に良かった。であるメリーチェがどれほど心配していたことか」
「トゥルク王子も知っていたのか……」
「コルネリア将軍と親しい者は、ですね。僕は個人的にコルネリア将軍と親しくさせてもらっていたので。それに大切なアルブレヒト王子の妹、メリーチェ王女も傍に居てくれました」

 メリーナは複雑そうな表情を浮かべると、首を横に振った。

「お辞めください、トゥルク殿下。今の私は、ただのシュタイン家の……」
「いや。だったら尚更だ。君は、アルブレヒト王子の妹君メリーチェ王女だろ」
「メリーチェ王女。ルゼリア国内で公表していないにしろ、ここはセシュール国だ。何も怯える必要はない。今だけでいいから……。お兄さんとの再会を喜んだっていいんだ」

 トゥルク、そしてレオポルトの言葉に、感極まったのかメリーナは目に涙を浮かべながらアルブレヒトを見つめた。見つめただけで、抱きしめるようなことはしない。

「ああ、アルお兄様……」
「メリーチェ……。心配かけたな。元気にやっていると聞いていたが、ルゼリア国で身分を隠しながら生きるのは辛く大変だったろう」
「いえ……。戦災孤児としてシュタイン家に引き取られたことになっていますから。その、私は幸せでしたよ。お兄様こそ、よくご無事で……」

 その場に留まっていたディートリヒは、テーブルに置かれた大量の新聞を指差した。所々メリーナの涙なのか、濡れたあとが見える。
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