暁の草原

Lesewolf

文字の大きさ
上 下
168 / 176
第10環「白銀の懐中時計」

⑩-5 セシュール王国というものは①

しおりを挟む
 この美しい国に王族はいないが、王はいる。それがルクヴァ・ラダだ。長らく交代せずに何年もの間、王として君臨している。
 それは、息子であるレオポルトの家を守るためではないのか、アルブレヒトはずっとそう思っていたが、黙っていた。きっとそれを言えば、気恥ずかしそうに二人は照れるであろう。似た者同士の親子だ。

 それがたまらなく愛しく、かけがえのない親友とその父親なのだ。ルクヴァは気さくであり、アルブレヒトにもよくしてくれている。それには過去の出来事が関係しているのだが、それも話さなければならない。

「ルクヴァさん」
「どうした、アルブレヒト」
「食事の前に、お話があります」
「ティトーの話か?」
「はい。ティトーと、の話です」

 歩みを止め、ゆっくりと振り返るルクヴァの表情は、丁度レオポルトには見えなかった。それでも、父親のいつもと違う気配に息子は気付いていた。
 ティニアという言葉に、ルクヴァは反応したのだ。

「……お前、もうそこまで思い出していたのか」
「ルクヴァさんは、やっぱり覚えているんですね。昔のことを」
「レオ」

 ルクヴァに呼ばれたレオポルトは姿勢を正し、敬礼を加えた。立派に敬礼する息子を見て、ルクヴァは物悲しそうな表情を浮かべている。

「どうされたのですか、父上」
「必ずお前にも話す。だから、今は少し待って欲しい」
「……構いませんよ。今更、疑う事は致しません」
「レオ……。きっと、少なからずお前にも関係ある話だ」
「わかりました。では、私はこれで」

 レオポルトは複数の兵と共に、奥へ下がっていった。ルクヴァは悲しそうにレオポルトの後姿を見つめると、すぐにアルブレヒトへ向かい直した。

「セシリアが夕食に合わせ、到着する。それまでに話してくれるか」

 ここでいうセシリアとはタウ族族長のことだろうと思い、アルブレヒトは頷いた。タウ族は男性にも女性名を付けるため、セシリアは男性である。

「はい。それまでには」
「俺の私室へ行こう」
「お待ちください、ルクヴァ様……」
「なんだよ、大丈夫だ。アルブレヒトだぞ」

 数名の兵士が同行を買って出るものの、ルクヴァはそれを拒絶した。今の状況で、アルブレヒトと二人になるということは、あまり好ましくない事なのはわかっていた。

「俺が剣を置いていく」
「アル、何もお前を疑っているわけじゃないんだ」
「どの道、使う事もないでしょうから」

 帯剣を兵士へ手渡すと、兵士はその重さに顔を歪めた。それでも、安堵の表情だけは浮かべていたのだ。アルブレヒトにとって、それは好ましいものではなかったが、心は晴れていく。ここはセシュール国である。嫌味ではなく、必要な事なのだ。

 だからこそ、セシュールは居心地が良すぎる。


 ◇◇◇

 ――ルクヴァの私室にて。

「それで、どうだった。俺の息子ティトーは」
「……娘さんだよ」
「そうか。女の子だったのか……」
「歳は6月14日で7つに……。その意味が、貴方にはわかるでしょう」

 ルクヴァは徐に椅子に座り込むと、大きく息を吐き出した。

「彼女と同じ誕生日だ」
「はい」
「ティトーと何か話したのか」
「本人に記憶はないようだった」
「そうだろうな……」

 アルブレヒトは眼を閉じると、ゆっくりと見開いた。その目は赤く、髪色もまた赤毛に戻っていた。

「ルクヴァさんの様子から、貴方が何も知らなかったことは知っています。ティトーも、貴方の娘だとは知らなかった。きっと、全てを知ったら驚きますよ」
「父親の俺が驚いているからな。そうか。その子が……」
「……ルクヴァさん、レオに。あいつにも聞いて欲しいんだ」
「そうだな。必ず話すと言っていたし、レオを呼ぼうか。お前は俺を心配して、最初からレオポルトを同席させなかったのだろう」
「どうでしょうね」

 アルブレヒトの様子に肩をすくめると、ルクヴァはレオポルトを呼んだ。レオポルトはすぐに私室までやってくると、腰に愛刀を指していた。レオポルトの愛刀、麒麟刀だ。

「もう良いのですか?」

 不安そうにルクヴァとアルブレヒトを見つめるレオポルトからは、あまりに早く呼ばれた事への気遣いが込められている。

「ああ。お前も一緒に居たんだろう、あの子と」
「それはそうですが……」
「なあ、レオ。俺がこれから突拍子もないことをいうが、お前にはそれを信じて欲しいんだ」
「……何をいまさら。アルブレヒト、私を見くびらないでもらいたい」

 そんな様子のレオポルトに対し、ルクヴァは心配そうに声をかける。

「いや、多分タウ族族長のセシリアだって最初は信じないだろうな」
「セシリアさんがですか……」
「そういう、話なんだ」

 アルブレヒトを見つめるレオポルトは、眼帯を外すとそのオッドアイで親友を見つめた。

「ティトーに関係ある話なんだな」
「ああ」
「わかった。話してくれ」

 アルブレヒトは大きく深呼吸すると、その突拍子もない話を話し出した。


「この星から遠く、遠く離れた場所に、地球という星があるんだ。その星で、俺はティニアという女性と出会った。共に前世のことだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜

よどら文鳥
恋愛
 フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。  フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。  だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。  侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。  金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。  父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。  だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。  いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。  さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。  お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

悪役令嬢さん、さようなら〜断罪のその後は〜

たたた、たん。
恋愛
無実の罪で家を勘当された元貴族エルは、その国唯一の第一級冒険者ヴォルフの元へ向かい、パーティー加入を嘆願する。ソロで動いてきたヴォルフは、エルのパーティー加入を許すが、それにはある冷酷な条件が付いてきた。 暫くして、エルの付与魔法が強力なことを知ったヴォルフはエルの魔法に執着を抱くが、数年後にはエルへの執着が利用価値によるものから何か違うものへ変化していて。そんなある日、エルとヴォルフの前に冤罪の元凶であるリード王子がやってきた。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

処理中です...