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第10環「白銀の懐中時計」
⑩-5 セシュール王国というものは①
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この美しい国に王族はいないが、王はいる。それがルクヴァ・ラダだ。長らく交代せずに何年もの間、王として君臨している。
それは、息子であるレオポルトの家を守るためではないのか、アルブレヒトはずっとそう思っていたが、黙っていた。きっとそれを言えば、気恥ずかしそうに二人は照れるであろう。似た者同士の親子だ。
それがたまらなく愛しく、かけがえのない親友とその父親なのだ。ルクヴァは気さくであり、アルブレヒトにもよくしてくれている。それには過去の出来事が関係しているのだが、それも話さなければならない。
「ルクヴァさん」
「どうした、アルブレヒト」
「食事の前に、お話があります」
「ティトーの話か?」
「はい。ティトーと、ティニアの話です」
歩みを止め、ゆっくりと振り返るルクヴァの表情は、丁度レオポルトには見えなかった。それでも、父親のいつもと違う気配に息子は気付いていた。
ティニアという言葉に、ルクヴァは反応したのだ。
「……お前、もうそこまで思い出していたのか」
「ルクヴァさんは、やっぱり覚えているんですね。昔のことを」
「レオ」
ルクヴァに呼ばれたレオポルトは姿勢を正し、敬礼を加えた。立派に敬礼する息子を見て、ルクヴァは物悲しそうな表情を浮かべている。
「どうされたのですか、父上」
「必ずお前にも話す。だから、今は少し待って欲しい」
「……構いませんよ。今更、疑う事は致しません」
「レオ……。きっと、少なからずお前にも関係ある話だ」
「わかりました。では、私はこれで」
レオポルトは複数の兵と共に、奥へ下がっていった。ルクヴァは悲しそうにレオポルトの後姿を見つめると、すぐにアルブレヒトへ向かい直した。
「セシリアが夕食に合わせ、到着する。それまでに話してくれるか」
ここでいうセシリアとはタウ族族長のことだろうと思い、アルブレヒトは頷いた。タウ族は男性にも女性名を付けるため、セシリアは男性である。
「はい。それまでには」
「俺の私室へ行こう」
「お待ちください、ルクヴァ様……」
「なんだよ、大丈夫だ。アルブレヒトだぞ」
数名の兵士が同行を買って出るものの、ルクヴァはそれを拒絶した。今の状況で、アルブレヒトと二人になるということは、あまり好ましくない事なのはわかっていた。
「俺が剣を置いていく」
「アル、何もお前を疑っているわけじゃないんだ」
「どの道、使う事もないでしょうから」
帯剣を兵士へ手渡すと、兵士はその重さに顔を歪めた。それでも、安堵の表情だけは浮かべていたのだ。アルブレヒトにとって、それは好ましいものではなかったが、心は晴れていく。ここはセシュール国である。嫌味ではなく、必要な事なのだ。
だからこそ、セシュールは居心地が良すぎる。
◇◇◇
――ルクヴァの私室にて。
「それで、どうだった。俺の息子ティトーは」
「……娘さんだよ」
「そうか。女の子だったのか……」
「歳は6月14日で7つに……。その意味が、貴方にはわかるでしょう」
ルクヴァは徐に椅子に座り込むと、大きく息を吐き出した。
「彼女と同じ誕生日だ」
「はい」
「ティトーと何か話したのか」
「本人に記憶はないようだった」
「そうだろうな……」
アルブレヒトは眼を閉じると、ゆっくりと見開いた。その目は赤く、髪色もまた赤毛に戻っていた。
「ルクヴァさんの様子から、貴方が何も知らなかったことは知っています。ティトーも、貴方の娘だとは知らなかった。きっと、全てを知ったら驚きますよ」
「父親の俺が驚いているからな。そうか。その子が……」
「……ルクヴァさん、レオに。あいつにも聞いて欲しいんだ」
「そうだな。必ず話すと言っていたし、レオを呼ぼうか。お前は俺を心配して、最初からレオポルトを同席させなかったのだろう」
「どうでしょうね」
アルブレヒトの様子に肩をすくめると、ルクヴァはレオポルトを呼んだ。レオポルトはすぐに私室までやってくると、腰に愛刀を指していた。レオポルトの愛刀、麒麟刀だ。
「もう良いのですか?」
不安そうにルクヴァとアルブレヒトを見つめるレオポルトからは、あまりに早く呼ばれた事への気遣いが込められている。
「ああ。お前も一緒に居たんだろう、あの子と」
「それはそうですが……」
「なあ、レオ。俺がこれから突拍子もないことをいうが、お前にはそれを信じて欲しいんだ」
「……何をいまさら。アルブレヒト、私を見くびらないでもらいたい」
そんな様子のレオポルトに対し、ルクヴァは心配そうに声をかける。
「いや、多分タウ族族長のセシリアだって最初は信じないだろうな」
「セシリアさんがですか……」
「そういう、話なんだ」
アルブレヒトを見つめるレオポルトは、眼帯を外すとそのオッドアイで親友を見つめた。
「ティトーに関係ある話なんだな」
「ああ」
「わかった。話してくれ」
アルブレヒトは大きく深呼吸すると、その突拍子もない話を話し出した。
「この星から遠く、遠く離れた場所に、地球という星があるんだ。その星で、俺はティニアという女性と出会った。共に前世のことだ」
それは、息子であるレオポルトの家を守るためではないのか、アルブレヒトはずっとそう思っていたが、黙っていた。きっとそれを言えば、気恥ずかしそうに二人は照れるであろう。似た者同士の親子だ。
それがたまらなく愛しく、かけがえのない親友とその父親なのだ。ルクヴァは気さくであり、アルブレヒトにもよくしてくれている。それには過去の出来事が関係しているのだが、それも話さなければならない。
「ルクヴァさん」
「どうした、アルブレヒト」
「食事の前に、お話があります」
「ティトーの話か?」
「はい。ティトーと、ティニアの話です」
歩みを止め、ゆっくりと振り返るルクヴァの表情は、丁度レオポルトには見えなかった。それでも、父親のいつもと違う気配に息子は気付いていた。
ティニアという言葉に、ルクヴァは反応したのだ。
「……お前、もうそこまで思い出していたのか」
「ルクヴァさんは、やっぱり覚えているんですね。昔のことを」
「レオ」
ルクヴァに呼ばれたレオポルトは姿勢を正し、敬礼を加えた。立派に敬礼する息子を見て、ルクヴァは物悲しそうな表情を浮かべている。
「どうされたのですか、父上」
「必ずお前にも話す。だから、今は少し待って欲しい」
「……構いませんよ。今更、疑う事は致しません」
「レオ……。きっと、少なからずお前にも関係ある話だ」
「わかりました。では、私はこれで」
レオポルトは複数の兵と共に、奥へ下がっていった。ルクヴァは悲しそうにレオポルトの後姿を見つめると、すぐにアルブレヒトへ向かい直した。
「セシリアが夕食に合わせ、到着する。それまでに話してくれるか」
ここでいうセシリアとはタウ族族長のことだろうと思い、アルブレヒトは頷いた。タウ族は男性にも女性名を付けるため、セシリアは男性である。
「はい。それまでには」
「俺の私室へ行こう」
「お待ちください、ルクヴァ様……」
「なんだよ、大丈夫だ。アルブレヒトだぞ」
数名の兵士が同行を買って出るものの、ルクヴァはそれを拒絶した。今の状況で、アルブレヒトと二人になるということは、あまり好ましくない事なのはわかっていた。
「俺が剣を置いていく」
「アル、何もお前を疑っているわけじゃないんだ」
「どの道、使う事もないでしょうから」
帯剣を兵士へ手渡すと、兵士はその重さに顔を歪めた。それでも、安堵の表情だけは浮かべていたのだ。アルブレヒトにとって、それは好ましいものではなかったが、心は晴れていく。ここはセシュール国である。嫌味ではなく、必要な事なのだ。
だからこそ、セシュールは居心地が良すぎる。
◇◇◇
――ルクヴァの私室にて。
「それで、どうだった。俺の息子ティトーは」
「……娘さんだよ」
「そうか。女の子だったのか……」
「歳は6月14日で7つに……。その意味が、貴方にはわかるでしょう」
ルクヴァは徐に椅子に座り込むと、大きく息を吐き出した。
「彼女と同じ誕生日だ」
「はい」
「ティトーと何か話したのか」
「本人に記憶はないようだった」
「そうだろうな……」
アルブレヒトは眼を閉じると、ゆっくりと見開いた。その目は赤く、髪色もまた赤毛に戻っていた。
「ルクヴァさんの様子から、貴方が何も知らなかったことは知っています。ティトーも、貴方の娘だとは知らなかった。きっと、全てを知ったら驚きますよ」
「父親の俺が驚いているからな。そうか。その子が……」
「……ルクヴァさん、レオに。あいつにも聞いて欲しいんだ」
「そうだな。必ず話すと言っていたし、レオを呼ぼうか。お前は俺を心配して、最初からレオポルトを同席させなかったのだろう」
「どうでしょうね」
アルブレヒトの様子に肩をすくめると、ルクヴァはレオポルトを呼んだ。レオポルトはすぐに私室までやってくると、腰に愛刀を指していた。レオポルトの愛刀、麒麟刀だ。
「もう良いのですか?」
不安そうにルクヴァとアルブレヒトを見つめるレオポルトからは、あまりに早く呼ばれた事への気遣いが込められている。
「ああ。お前も一緒に居たんだろう、あの子と」
「それはそうですが……」
「なあ、レオ。俺がこれから突拍子もないことをいうが、お前にはそれを信じて欲しいんだ」
「……何をいまさら。アルブレヒト、私を見くびらないでもらいたい」
そんな様子のレオポルトに対し、ルクヴァは心配そうに声をかける。
「いや、多分タウ族族長のセシリアだって最初は信じないだろうな」
「セシリアさんがですか……」
「そういう、話なんだ」
アルブレヒトを見つめるレオポルトは、眼帯を外すとそのオッドアイで親友を見つめた。
「ティトーに関係ある話なんだな」
「ああ」
「わかった。話してくれ」
アルブレヒトは大きく深呼吸すると、その突拍子もない話を話し出した。
「この星から遠く、遠く離れた場所に、地球という星があるんだ。その星で、俺はティニアという女性と出会った。共に前世のことだ」
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