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第10環「白銀の懐中時計」
⑩-4 グリフォンの背に乗って
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ティトーと別れた二人はエーディエグレスに近い、エーディエグレスの森へ入っていった。レオポルトの病に効くアキレアの薬草を仕入れれば、一石二鳥である。アルブレヒトの案内で森へ入っていくと、程なくしてそのアキレアの花畑に遭遇した。
「此処に咲いていたのか、アキレアは」
「ああ。袋に入るだけ摘んでいこう。お前、その後調子はどうなんだ」
「白鷺病は完治しないからな……。まあ、アキレアの茶を飲む以前よりは断然体が軽い」
「そうか。それは良かった……」
胸を撫で下ろしたアルブレヒトに、レオポルトは照れながら笑みを浮かべた。そんなアルブレヒトも、セシュールへ帰れば怒涛の日々が待っているであろう。アンセム国の王族として、だ。
「アル。どうやってセシュールまで行くつもりだ。こんなところに、グリフォンがいるのか?」
「少し行った先に洞窟がある。……その前でこの笛を吹くから、すぐにグリフォンがやってくるさ」
「洞窟……。ティトーが雨宿りしていたという、洞窟か?」
「ああ、そうだ」
そしてその洞窟はすぐに姿を現し、アルブレヒトは小さなティトーを抱えてたことを思い出し、自身の肩に手を触れた。ティトーはもういないが、すぐに会えるとは思えない。あのルゼリアが、簡単にティトーを手放すとは思えないからだ。
アルブレヒトは胸元から笛を取り出すと、ピーという音色を奏でた。しばらくして鐘の音が鳴り響くと、その二体の獣は上空から現れた。
グリフォンだ。
「よう、久しぶりだな。笛の音、まだ覚えていてくれたんだな」
グリフォンは獅子の身体に翼の生えた不思議な生物だ。グリフォンは意思疎通が各個体と記憶を共有しているという。その首に小さな鐘を下げている。
「そうか。俺を覚えていてくれていたか。ああ、そうだ。あの時の、セシュールのレオだ」
「まさか、アンセムから引き揚げた時に乗っていった、あのグリフォンと同じ固体か?」
「ああ、そうだ」
「そうか。……また乗せてくれるか?」
グリフォンは静かに頷いた。レオポルトがすぐにグリフォンへ跨ると、アルブレヒトもすぐに跨った。お互いで一匹のグリフォンに乗るのは、戦争が終結したあの日以来だ。
グリフォンはそのまま地面を蹴り上げ、空へ舞い上がった。大きな月の幻影が広がる空へ、二体のグリフォンが滑空していく。
「あの時、戦争が終わって、フェルド平原の光の柱が立った」
レオポルトが静かに語りだす。それは戦争が本当に終わり、アンセム国が滅びた後だった。フェルド平原に光の柱が立ち込め、レオポルトとティトーの母親、ミラージュ王女が行方不明となったのだ。
「フェルド平原か……」
後方には、その美しい平原が広がっている事だろう。光の柱が立ったとはいえ、竜の炎で焼かれた訳ではないのだ。前方には、美しい山脈であるケーニヒスベルクが広がっている。初夏の山は緑色に色づいており、様々な花が咲き乱れていることだろう。
アルブレヒトが俯いた時、グリフォンが目線を向けてきた。アルブレヒトは心配いらないと、グリフォンの頭をゆっくりと撫でた。
「見えてきた、セシュール城だ」
レオポルトの声に、美しい山脈ケーニヒスベルクがより一層色を深めたようにも見える。セシュール城からは鐘の音が鳴り響き、グリフォンの訪れを歓迎している。恐らく、グリフォンが来たことでアルブレヒトだけではなく、レオポルトの帰還も王には知れ渡っているだろう。そう、王であるルクヴァ・ラダに。
「大丈夫か、レオ。親父さんと、喧嘩するなよ」
「努力するよ」
屋上の庭園に数人の兵士が見える。そして、その前に立つ大男。紛れもなく、レオポルトの父親であるルクヴァ・ラダだ。
◇◇◇
グリフォンが降り立つと、兵士はすぐに跪いて首を垂れた。それはレオポルトへの敬意の現れだ。
「レオポルト!」
すぐにルクヴァの声が響き、レオポルトが恥ずかしそうに視線を逸らした。が、すぐに父親であるルクヴァに視線を合わせる。その仕草に、気恥ずかしそうに表情を緩ませたのはルクヴァだ。
「やはり、アルブレヒトと一緒だったか」
「父さん……」
「心配したんだぞ、刀まで置いていって……!」
「申し訳ありません。その、新聞読みました」
「ああ、もう。そんな事は後で良い!」
ルクヴァはレオポルトを強く抱きしめると、背中を何度も撫でた。そして体を離すと、頭を何度も撫でまわしたのだ。愛しい息子を撫でない父親がどこにいるだろうか。それはもはや父親ではない。
「辞めてください。俺はもう子供ではないのですよ」
「俺の子だろう! 馬鹿を言うな。……もっと顔を良く見せてくれ」
「……父さん…………。ごめん、信じきれなくて……」
「いや、お前が無事でいてくれたなら、それでいい。まったく。俺たちがアルブレヒトを死刑に処すわけがなかろう」
「はい……」
ルクヴァはアルブレヒトを手招きすると、アルブレヒトの頭をワシワシと撫でまわした。
「お前も! 無事でよかった! 本当に……」
強くアルブレヒトを抱きしめると、ルクヴァはレオポルトの時と同じようにその背中を何度も撫でた。
「親父さん……」
「馬鹿野郎、報告だけで安心するわけがないだろ! アルブレヒトだって、俺は心配してたんだぞ」
「はい……」
「とにかく、二人が無事にセシュールへ戻ってきてくれてよかった! 疲れただろう、夕食の手配をしているんだ、セシリアも来る」
セシリアとは、女性名ではあるがそれはタウ族族長の男性を指す。
アルブレヒトがすぐに胸ポケットから銀に輝く懐中時計を取り出した。銀時計は二つあり、一つは傷だらけの銀時計だ。ルクヴァは眼を潤ませると、その傷だらけの銀時計に手を近づけた。
「まさか、それは……。本当に…………」
「ご報告していた、ジジからメッセージです。これは、その子が持っていた銀の懐中時計です。貴方に、お見せしなければと思って……」
「それはティトーの? どうしてお前がそれを持っているのだ」
「俺に、持って居て欲しいと言われたんだ。あの子と再会するまで、俺が持っている」
ルクヴァは信じられないと言わんばかりに、その銀時計を受け取り強く抱きしめた。
「ティトーというのか、その子は……」
「はい。父上……。ティトーは、栗色の髪を持ち、青い深淵のブルーサファイアの瞳を両目に持っていました。年は7つ。6月14日が誕生日で、7つになったばかりです」
「そうか、そうか……」
「瑠竜血値は82、アドニス司教が計測しました」
「アドニス⁉ お前、アドニスに会ったのか!」
ルクヴァの声に、身近の兵士までもが身構える。慌ててアルブレヒトもレオポルトへ駆け寄るが、ルクヴァはすぐにそれを手で制止させた。
「いや、すまん。ちょっと驚いただけだ。そうか、アドニスが計測したのか」
「父上?」
「いや、なんでもない。それより、ティトーの事をもっと聞かせてくれ。報告では、ルゼリア国に向かったと聞いていたが」
「はい、そうです。ところで……」
レオポルトが城内へ入ろうという矢先、足を止めてアルブレヒトを睨みつけた。アルブレヒトは分が悪そうに視線を逸らせていく。
「お前、父上に報告を上げていたのか! なんだ、さっきから報告報告って!」
「……だ、黙ってるわけにいかないだろう」
「やっぱりタウ族を使って、逐一報告していたんだな! そうなんだな、アルブレヒト!」
「辞めないか、レオ。でなければ、セシュール一帯のタウ族に、お前の捕縛命令を出すところだったんだぞ」
「捕縛って……。親父さん、それはやり過ぎだ」
「だろう? だから、アルブレヒトから報告が来なければ、俺は……」
レオポルトを心配してのことだ。それはレオポルトにも伝わっていた。照れた表情を浮かべながら、城内へ大人しく入っていく。
数年ぶりに足を踏み入れたセシュール城は、レオポルトがずっと育ってきた家だ。
レオポルトの祖国であり、故郷である。
「此処に咲いていたのか、アキレアは」
「ああ。袋に入るだけ摘んでいこう。お前、その後調子はどうなんだ」
「白鷺病は完治しないからな……。まあ、アキレアの茶を飲む以前よりは断然体が軽い」
「そうか。それは良かった……」
胸を撫で下ろしたアルブレヒトに、レオポルトは照れながら笑みを浮かべた。そんなアルブレヒトも、セシュールへ帰れば怒涛の日々が待っているであろう。アンセム国の王族として、だ。
「アル。どうやってセシュールまで行くつもりだ。こんなところに、グリフォンがいるのか?」
「少し行った先に洞窟がある。……その前でこの笛を吹くから、すぐにグリフォンがやってくるさ」
「洞窟……。ティトーが雨宿りしていたという、洞窟か?」
「ああ、そうだ」
そしてその洞窟はすぐに姿を現し、アルブレヒトは小さなティトーを抱えてたことを思い出し、自身の肩に手を触れた。ティトーはもういないが、すぐに会えるとは思えない。あのルゼリアが、簡単にティトーを手放すとは思えないからだ。
アルブレヒトは胸元から笛を取り出すと、ピーという音色を奏でた。しばらくして鐘の音が鳴り響くと、その二体の獣は上空から現れた。
グリフォンだ。
「よう、久しぶりだな。笛の音、まだ覚えていてくれたんだな」
グリフォンは獅子の身体に翼の生えた不思議な生物だ。グリフォンは意思疎通が各個体と記憶を共有しているという。その首に小さな鐘を下げている。
「そうか。俺を覚えていてくれていたか。ああ、そうだ。あの時の、セシュールのレオだ」
「まさか、アンセムから引き揚げた時に乗っていった、あのグリフォンと同じ固体か?」
「ああ、そうだ」
「そうか。……また乗せてくれるか?」
グリフォンは静かに頷いた。レオポルトがすぐにグリフォンへ跨ると、アルブレヒトもすぐに跨った。お互いで一匹のグリフォンに乗るのは、戦争が終結したあの日以来だ。
グリフォンはそのまま地面を蹴り上げ、空へ舞い上がった。大きな月の幻影が広がる空へ、二体のグリフォンが滑空していく。
「あの時、戦争が終わって、フェルド平原の光の柱が立った」
レオポルトが静かに語りだす。それは戦争が本当に終わり、アンセム国が滅びた後だった。フェルド平原に光の柱が立ち込め、レオポルトとティトーの母親、ミラージュ王女が行方不明となったのだ。
「フェルド平原か……」
後方には、その美しい平原が広がっている事だろう。光の柱が立ったとはいえ、竜の炎で焼かれた訳ではないのだ。前方には、美しい山脈であるケーニヒスベルクが広がっている。初夏の山は緑色に色づいており、様々な花が咲き乱れていることだろう。
アルブレヒトが俯いた時、グリフォンが目線を向けてきた。アルブレヒトは心配いらないと、グリフォンの頭をゆっくりと撫でた。
「見えてきた、セシュール城だ」
レオポルトの声に、美しい山脈ケーニヒスベルクがより一層色を深めたようにも見える。セシュール城からは鐘の音が鳴り響き、グリフォンの訪れを歓迎している。恐らく、グリフォンが来たことでアルブレヒトだけではなく、レオポルトの帰還も王には知れ渡っているだろう。そう、王であるルクヴァ・ラダに。
「大丈夫か、レオ。親父さんと、喧嘩するなよ」
「努力するよ」
屋上の庭園に数人の兵士が見える。そして、その前に立つ大男。紛れもなく、レオポルトの父親であるルクヴァ・ラダだ。
◇◇◇
グリフォンが降り立つと、兵士はすぐに跪いて首を垂れた。それはレオポルトへの敬意の現れだ。
「レオポルト!」
すぐにルクヴァの声が響き、レオポルトが恥ずかしそうに視線を逸らした。が、すぐに父親であるルクヴァに視線を合わせる。その仕草に、気恥ずかしそうに表情を緩ませたのはルクヴァだ。
「やはり、アルブレヒトと一緒だったか」
「父さん……」
「心配したんだぞ、刀まで置いていって……!」
「申し訳ありません。その、新聞読みました」
「ああ、もう。そんな事は後で良い!」
ルクヴァはレオポルトを強く抱きしめると、背中を何度も撫でた。そして体を離すと、頭を何度も撫でまわしたのだ。愛しい息子を撫でない父親がどこにいるだろうか。それはもはや父親ではない。
「辞めてください。俺はもう子供ではないのですよ」
「俺の子だろう! 馬鹿を言うな。……もっと顔を良く見せてくれ」
「……父さん…………。ごめん、信じきれなくて……」
「いや、お前が無事でいてくれたなら、それでいい。まったく。俺たちがアルブレヒトを死刑に処すわけがなかろう」
「はい……」
ルクヴァはアルブレヒトを手招きすると、アルブレヒトの頭をワシワシと撫でまわした。
「お前も! 無事でよかった! 本当に……」
強くアルブレヒトを抱きしめると、ルクヴァはレオポルトの時と同じようにその背中を何度も撫でた。
「親父さん……」
「馬鹿野郎、報告だけで安心するわけがないだろ! アルブレヒトだって、俺は心配してたんだぞ」
「はい……」
「とにかく、二人が無事にセシュールへ戻ってきてくれてよかった! 疲れただろう、夕食の手配をしているんだ、セシリアも来る」
セシリアとは、女性名ではあるがそれはタウ族族長の男性を指す。
アルブレヒトがすぐに胸ポケットから銀に輝く懐中時計を取り出した。銀時計は二つあり、一つは傷だらけの銀時計だ。ルクヴァは眼を潤ませると、その傷だらけの銀時計に手を近づけた。
「まさか、それは……。本当に…………」
「ご報告していた、ジジからメッセージです。これは、その子が持っていた銀の懐中時計です。貴方に、お見せしなければと思って……」
「それはティトーの? どうしてお前がそれを持っているのだ」
「俺に、持って居て欲しいと言われたんだ。あの子と再会するまで、俺が持っている」
ルクヴァは信じられないと言わんばかりに、その銀時計を受け取り強く抱きしめた。
「ティトーというのか、その子は……」
「はい。父上……。ティトーは、栗色の髪を持ち、青い深淵のブルーサファイアの瞳を両目に持っていました。年は7つ。6月14日が誕生日で、7つになったばかりです」
「そうか、そうか……」
「瑠竜血値は82、アドニス司教が計測しました」
「アドニス⁉ お前、アドニスに会ったのか!」
ルクヴァの声に、身近の兵士までもが身構える。慌ててアルブレヒトもレオポルトへ駆け寄るが、ルクヴァはすぐにそれを手で制止させた。
「いや、すまん。ちょっと驚いただけだ。そうか、アドニスが計測したのか」
「父上?」
「いや、なんでもない。それより、ティトーの事をもっと聞かせてくれ。報告では、ルゼリア国に向かったと聞いていたが」
「はい、そうです。ところで……」
レオポルトが城内へ入ろうという矢先、足を止めてアルブレヒトを睨みつけた。アルブレヒトは分が悪そうに視線を逸らせていく。
「お前、父上に報告を上げていたのか! なんだ、さっきから報告報告って!」
「……だ、黙ってるわけにいかないだろう」
「やっぱりタウ族を使って、逐一報告していたんだな! そうなんだな、アルブレヒト!」
「辞めないか、レオ。でなければ、セシュール一帯のタウ族に、お前の捕縛命令を出すところだったんだぞ」
「捕縛って……。親父さん、それはやり過ぎだ」
「だろう? だから、アルブレヒトから報告が来なければ、俺は……」
レオポルトを心配してのことだ。それはレオポルトにも伝わっていた。照れた表情を浮かべながら、城内へ大人しく入っていく。
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