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第九環「巫女継承の儀」
⑨-12 そして、少女は目を覚ます①
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ティトーが目を覚ましたのは、その誕生日を過ぎた6月16日だった。
誕生日の一日前、13日に巫女継承の儀を執り行い、大巫女と選定された。その一日前というのは、歴代最年少を現す6歳という記録を残すためであると同時に、紛争を起こさせないがための焦りが生んだ記録であった。
それでも、7歳であっても最年少記録となる筈だったティトーは、三日もの間、目を覚まさなかったのだ。
「ティトー……」
光で覚束ない瞳に赤い美しい髪がうつる。ティトーは言葉にならなかったが、それがマリアであることを認識していた。表情を綻ばせたティトーは、掠れた声でぽつりと話す。
「アルたちは……?」
「皆いるわよ。アルは、レオポルトと一緒に部屋にいると思うわ。今、二人とも呼んでくるわね」
「待って。マリアお姉ちゃん」
掠れた声で呼び止められたマリアは、その瞳の煌めきに映し出されていた。
「なに?」
「お姉ちゃん、あのね……。僕ね……」
「うん。なあに?」
「女の子、しなきゃダメ?」
「え?」
思わず聞き返してしまったマリアに、ティトーは悲しそうに微笑んだ。その悲しそうな微笑みに、マリアからも笑顔が消えてしまう。
「ううん。女の子だから、女の子しなきゃだよね」
「そうだよね。いきなりで、戸惑うよね。それは仕方ないことよ」
「僕、お兄ちゃんの弟だと思ってたから」
ティトーは寝返りと打つと、マリアにそっぽを向けた。辛い気持ちが痛い程伝わってくる。
ずっと男だと思い、生活をしてきたのだ。いきなり女と言われて戸惑うだけでなく、兄との距離や求められているかどうかまで考えてるのが、7歳となった少女への重荷なのだ。
「妹でも、レオは十分嬉しいと思うわ」
「お兄ちゃんは、弟が欲しかったかも」
「そんなことないわよ。ティトーにとって、お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょう?」
マリアは力強く呼びかけた。ティトーは寂しそうに呟く。
「そうかな……」
「……ティトー。体の痛いところは? お腹は空いてない? お水とか……」
「大丈夫です。ぼく、……私どれくらい寝てました?」
「三日よ。いきなり固形は良くないだろうから、スープをもらってくるわ」
「うん。ありがとう」
「レオとアルに、声かけてくるわね」
ドアノブに手をかけた時、小さな掠れた声がマリアの背中を押した。
「待って。お姉ちゃん」
「なに?」
なるべく笑顔をと心に決め、振り返ると、ティトーは心配そうに起き上がろうとしていた。
「何度もごめんね」
「ううん。どうしたの?」
「わたし、大巫女になったの?」
巫女になれたのか、ではない。大巫女になったのか、だ。ティトーは、自分の事をよくわかっている。それがあまりに、年齢にそぐわない地位に、マリアは心が熱くなる。
なるべく笑顔を心掛け、マリアはゆっくりと頷いた。
「そっか」
あまり興味のなさそうな返事だ。マリアにとって、大巫女という地位の重さは理解している。考えるだけで息苦しい、不自由な生活となるだろう。
「ねえ、ティトー。無理に女の子って考えなくていいのよ」
マリアはティトーの傍へ来ると、頭をゆっくりと撫でた。くたびれた笑顔だが、表情は綻んでいく。
「でも……」
「私はね、ずっと女であることに苦痛を感じていたわ。でも女じゃなかったら、家からは出られなかったかもしれないの」
「そうなの?」
「そう。でも私はね、女で良かったとはまだ思えていないの。それは私が私として、まだ何も成し遂げていないからなの」
「まだ、何も?」
ティトーはマリアに支えられ、もう一度横になった。頭を撫でられながら、ティトーの表情がさらに和らいでいく。
ティトーは、不安だったのだ。
巫女になれるか、大巫女となるかよりも。女の子として兄に受け入れられるのかどうかを。
ずっとレオポルトではなく、アルブレヒトを頼っていたのはそのせいではないか。マリアはそんな少女の大きな悲しみに気付いてあげられなかった。
「怖かったよね。巫女継承の儀なんて」
「うん」
「うん。怖がっても良かったのよ。いやなら嫌って言えたの。ティトーは、もっと我儘になってもいいのよ」
「ありがとう。マリアお姉ちゃん。僕ね大巫女として、頑張るよ」
「頑張らなくてもいいの。疲れたら休んでもいいの。ね?」
自然と笑顔でその言葉を伝えられたマリアは、自然な笑みを浮かべる少女を見つめていた。
「うん……。お姉ちゃん、ありがとう」
「ティトーは、私にとっては今も可愛い弟であって、妹だからね」
「うん!」
ティトーは嬉しそうに笑った。そのあどけなさが、ティトー本来の笑顔だ。
「それじゃあ、二人に声をかけてくるわ」
「うん」
ゆっくりと扉を閉めるまで、マリアは笑顔でティトーを見つめていた。扉が閉まるまでティトーは笑っていたが、閉まる瞬間に寂しそうに俯いたのをマリアは見逃さなかった。
誕生日の一日前、13日に巫女継承の儀を執り行い、大巫女と選定された。その一日前というのは、歴代最年少を現す6歳という記録を残すためであると同時に、紛争を起こさせないがための焦りが生んだ記録であった。
それでも、7歳であっても最年少記録となる筈だったティトーは、三日もの間、目を覚まさなかったのだ。
「ティトー……」
光で覚束ない瞳に赤い美しい髪がうつる。ティトーは言葉にならなかったが、それがマリアであることを認識していた。表情を綻ばせたティトーは、掠れた声でぽつりと話す。
「アルたちは……?」
「皆いるわよ。アルは、レオポルトと一緒に部屋にいると思うわ。今、二人とも呼んでくるわね」
「待って。マリアお姉ちゃん」
掠れた声で呼び止められたマリアは、その瞳の煌めきに映し出されていた。
「なに?」
「お姉ちゃん、あのね……。僕ね……」
「うん。なあに?」
「女の子、しなきゃダメ?」
「え?」
思わず聞き返してしまったマリアに、ティトーは悲しそうに微笑んだ。その悲しそうな微笑みに、マリアからも笑顔が消えてしまう。
「ううん。女の子だから、女の子しなきゃだよね」
「そうだよね。いきなりで、戸惑うよね。それは仕方ないことよ」
「僕、お兄ちゃんの弟だと思ってたから」
ティトーは寝返りと打つと、マリアにそっぽを向けた。辛い気持ちが痛い程伝わってくる。
ずっと男だと思い、生活をしてきたのだ。いきなり女と言われて戸惑うだけでなく、兄との距離や求められているかどうかまで考えてるのが、7歳となった少女への重荷なのだ。
「妹でも、レオは十分嬉しいと思うわ」
「お兄ちゃんは、弟が欲しかったかも」
「そんなことないわよ。ティトーにとって、お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょう?」
マリアは力強く呼びかけた。ティトーは寂しそうに呟く。
「そうかな……」
「……ティトー。体の痛いところは? お腹は空いてない? お水とか……」
「大丈夫です。ぼく、……私どれくらい寝てました?」
「三日よ。いきなり固形は良くないだろうから、スープをもらってくるわ」
「うん。ありがとう」
「レオとアルに、声かけてくるわね」
ドアノブに手をかけた時、小さな掠れた声がマリアの背中を押した。
「待って。お姉ちゃん」
「なに?」
なるべく笑顔をと心に決め、振り返ると、ティトーは心配そうに起き上がろうとしていた。
「何度もごめんね」
「ううん。どうしたの?」
「わたし、大巫女になったの?」
巫女になれたのか、ではない。大巫女になったのか、だ。ティトーは、自分の事をよくわかっている。それがあまりに、年齢にそぐわない地位に、マリアは心が熱くなる。
なるべく笑顔を心掛け、マリアはゆっくりと頷いた。
「そっか」
あまり興味のなさそうな返事だ。マリアにとって、大巫女という地位の重さは理解している。考えるだけで息苦しい、不自由な生活となるだろう。
「ねえ、ティトー。無理に女の子って考えなくていいのよ」
マリアはティトーの傍へ来ると、頭をゆっくりと撫でた。くたびれた笑顔だが、表情は綻んでいく。
「でも……」
「私はね、ずっと女であることに苦痛を感じていたわ。でも女じゃなかったら、家からは出られなかったかもしれないの」
「そうなの?」
「そう。でも私はね、女で良かったとはまだ思えていないの。それは私が私として、まだ何も成し遂げていないからなの」
「まだ、何も?」
ティトーはマリアに支えられ、もう一度横になった。頭を撫でられながら、ティトーの表情がさらに和らいでいく。
ティトーは、不安だったのだ。
巫女になれるか、大巫女となるかよりも。女の子として兄に受け入れられるのかどうかを。
ずっとレオポルトではなく、アルブレヒトを頼っていたのはそのせいではないか。マリアはそんな少女の大きな悲しみに気付いてあげられなかった。
「怖かったよね。巫女継承の儀なんて」
「うん」
「うん。怖がっても良かったのよ。いやなら嫌って言えたの。ティトーは、もっと我儘になってもいいのよ」
「ありがとう。マリアお姉ちゃん。僕ね大巫女として、頑張るよ」
「頑張らなくてもいいの。疲れたら休んでもいいの。ね?」
自然と笑顔でその言葉を伝えられたマリアは、自然な笑みを浮かべる少女を見つめていた。
「うん……。お姉ちゃん、ありがとう」
「ティトーは、私にとっては今も可愛い弟であって、妹だからね」
「うん!」
ティトーは嬉しそうに笑った。そのあどけなさが、ティトー本来の笑顔だ。
「それじゃあ、二人に声をかけてくるわ」
「うん」
ゆっくりと扉を閉めるまで、マリアは笑顔でティトーを見つめていた。扉が閉まるまでティトーは笑っていたが、閉まる瞬間に寂しそうに俯いたのをマリアは見逃さなかった。
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