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第九環「巫女継承の儀」
⑨-2 超えた先の日常で②
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「ねえ、戦争を起させたくないから、巫女になるの?」
「えっ」
ティトーは目を見開いて驚くと、口を開けたままマリアを見つめた。
「くすぶったものはね、簡単には無くならないのよ」
アンセム国が大国であるルゼリア国を攻めたのは、ルゼリア側からの執拗な略奪行為があったからだ。
結果的にアンセム国が宣戦布告するまで、その略奪行為や村の焼き討ちは行われていた。その上、現在は戦勝国の一方的な主張により、それらの行為はなかったことになっている。
「…………」
ティトーは口を開けたまま、呆然と立ち尽くしてしまった。慌ててレオポルトが駆け寄るが、ティトーはマリアを見つめたままだ。
「マリア……」
「権限があって、戦争を止めても、内部から壊れてしまうと思う」
「そうだな。戦争を止めるのであれば、簡単にはいかない」
「レオ……」
「そう、なんだね……」
ティトーは俯くと目を閉じ、何かを思考し始めた。再び静かに目を開けたティトーは、目の前のマリアへ向かった。
「戦争を止めるんじゃなくて、起こさせない。そうなんでしょ」
「ティトー……」
「食べるものがなくて、略奪行為をしたのなら、僕が巫女になって大地に、毎日お祈りする。土壌の浄化も覚えて、大陸中を回る。いつも豊作になるように、頑張るから」
ティトーは瞳を煌めかせると、兄であるレオポルトを見つめた。レオポルトは静かに頷くと、ティトーの表情は明るくなり、笑みが零れる。
「俺も、ティトーを全力で支えよう。兄として、出来る事はやる」
「お兄ちゃん……!」
「そもそも、巫女の起源はセシュールにあると言われている。しかし、代々継いできたのはルゼリアの王家だった。血をそれぞれ引き継ぐティトーが巫女になるというのは、良い事なんだろうとは思う」
「セシュールが起源?」
その言葉に、すぐさまマリアが反応した。
「聖教会の、経典ね」
「ああ」
「どういうこと?」
真面目な表情で尋ねるティトーへ、レオポルトが言葉を繋いだ。
「鐘の町の教会でサーシャが話していた経典、聖書があっただろう。あの話を覚えているか?」
サーシャとは聖教会が擁する聖女アレクサンドラの事である。彼女は今、巫女継承の儀のある神殿へ向かい、祈りを捧げている事だろう。
「たしか、聖女が毒を受けて倒れて、エーディエグレスへ昇って、女神さまになったんだっけ」
思い出しながら語るティトーに、レオポルトが頷いた。それを見てティトーは嬉しそうに微笑むが、すぐにその表情は固まってしまう。
「あれは、そもそもセシュールの民話、伝承と同じなんだ」
「ええ!」
「教会がいいように捻じ曲げたのよ。サーシャは私たちに気付いて、あえてその話を選んだんだわ」
「セシュールの話だったの?」
「私はセシュールの話として聞いていたわ」
マリアの言葉に、レオポルトが反応し、ティトーへ訪ねる。
「ティトーは、狐の涙という話を知っているか」
「き、つね……?」
「伝説の聖獣、ラダ族が守護獣の狐だ」
ティトーは考え込むが、想像がつかなかったのかガックリと肩を落とした。
「守護獣さまなのに、僕何も知らないや。ふさふさのしっぽとか、あるのかな……」
「俺もどんな姿をしているのかは知らない」
「狐って、伝説上の生き物なのよ。私も知らないわ」
「その狐さんの、涙のはなしなの?」
「そうだ。それは子供向けの絵本のようではあるが、かなり残酷な話だ」
淡々と語るレオポルトに、ティトーだけでなくマリアも興味津々でレオポルトを見つめる。アルブレヒトだけが目を閉じ、その話を聞き入った。
「ラダ族の守護獣でセシュールの聖獣である狐は、大陸へ注がれた光の毒を一身に受け、セシュール平原へ横たわった。その魂はエーディエグレスが拾いあげ、月へ送った。狐の身体にはやがて緑が芽生え、ケーニヒスベルクという山脈を築いた」
「…………うそ。あのお山、きつねさんなの?」
「そういう言い伝えはある。ラダ族が常に二大部族と言われるのも、タウ族がラダ族を王位に推し進めようとしてくるのも、その話があるからだ。タウ族は伝達の部族だ。何かあるのだろ」
「…………」
ティトーは考え込むように俯くと、すぐに顔を上げて兄を見つめた。煌めきは潤んではいるものの、気を張って涙を流さないようにしているようだ。
「ぼくしらなかった」
「俺が知ったのも、ずいぶん後だったよ。景国へ修行へ行ってから、その絵本を読んで知った」
「…………どうして、教会はその話を経典に入れたの? もしそうなら、聖女とか、女神様っていうのは……」
「そういうことだ。だからこそ、聖教会はうさんくさい」
「アル、アンセム地方ではどう伝わってるの? その話。私はヴァジュトール出身だから、さすがに知らないもの」
いきなり話を振られて男は無言になりながらも、目線を上げずにどこかを見つめたまま、うつろいだ瞳で答えた。
「かなり違った話ではあるが、伝わってきてはいるな」
「そうなのか?」
「ケーニヒスベルクの在り方というか、根本から違っているからな」
「なんだそれ、初耳だぞ」
アルブレヒトは遠い眼をすると、窓の向こうを見つめた。その向こうにはケーニヒスベルクが広がっているだろう。
「そもそも、ケーニヒスベルクは元々、大陸を収めていた王族の末裔。光の毒を受けて倒れて亡くなったが、すぐに生まれ変わって人々の前に姿を現して、自分の亡骸を王の山、ケーニヒスベルクと呼ぶのをやめて欲しいと懇願した変わった王だった、って」
「いきなり人間臭くなったわね、狐でもなかったってこと?」
マリアの発言に、ティトーは目を見開いたまま何度も頷いた。そこへレオポルトが疑問を投げかける。
「そもそも人間はそんなに大きくはないだろ。ケーニヒスベルクはセシュールを囲っているようなものだ」
「だから、根本が違ってるって言っただろ。同じ話が大陸で一つと存在しない、それがケーニヒスベルクであり、聖教会の経典だ。アドニスさんも経典を広めるとき、頭抱えてたぞ」
「あの人が頭を抱えてるなんて、ちょっと見たかったわね」
マリアが笑ったその瞬間、丁寧にノックされた音が響いた。少しの間を置き、玄関からアドニス司教の声が入る。
「アドニスです。巫女継承の儀について、詳しい話をするために参りました」
「えっ」
ティトーは目を見開いて驚くと、口を開けたままマリアを見つめた。
「くすぶったものはね、簡単には無くならないのよ」
アンセム国が大国であるルゼリア国を攻めたのは、ルゼリア側からの執拗な略奪行為があったからだ。
結果的にアンセム国が宣戦布告するまで、その略奪行為や村の焼き討ちは行われていた。その上、現在は戦勝国の一方的な主張により、それらの行為はなかったことになっている。
「…………」
ティトーは口を開けたまま、呆然と立ち尽くしてしまった。慌ててレオポルトが駆け寄るが、ティトーはマリアを見つめたままだ。
「マリア……」
「権限があって、戦争を止めても、内部から壊れてしまうと思う」
「そうだな。戦争を止めるのであれば、簡単にはいかない」
「レオ……」
「そう、なんだね……」
ティトーは俯くと目を閉じ、何かを思考し始めた。再び静かに目を開けたティトーは、目の前のマリアへ向かった。
「戦争を止めるんじゃなくて、起こさせない。そうなんでしょ」
「ティトー……」
「食べるものがなくて、略奪行為をしたのなら、僕が巫女になって大地に、毎日お祈りする。土壌の浄化も覚えて、大陸中を回る。いつも豊作になるように、頑張るから」
ティトーは瞳を煌めかせると、兄であるレオポルトを見つめた。レオポルトは静かに頷くと、ティトーの表情は明るくなり、笑みが零れる。
「俺も、ティトーを全力で支えよう。兄として、出来る事はやる」
「お兄ちゃん……!」
「そもそも、巫女の起源はセシュールにあると言われている。しかし、代々継いできたのはルゼリアの王家だった。血をそれぞれ引き継ぐティトーが巫女になるというのは、良い事なんだろうとは思う」
「セシュールが起源?」
その言葉に、すぐさまマリアが反応した。
「聖教会の、経典ね」
「ああ」
「どういうこと?」
真面目な表情で尋ねるティトーへ、レオポルトが言葉を繋いだ。
「鐘の町の教会でサーシャが話していた経典、聖書があっただろう。あの話を覚えているか?」
サーシャとは聖教会が擁する聖女アレクサンドラの事である。彼女は今、巫女継承の儀のある神殿へ向かい、祈りを捧げている事だろう。
「たしか、聖女が毒を受けて倒れて、エーディエグレスへ昇って、女神さまになったんだっけ」
思い出しながら語るティトーに、レオポルトが頷いた。それを見てティトーは嬉しそうに微笑むが、すぐにその表情は固まってしまう。
「あれは、そもそもセシュールの民話、伝承と同じなんだ」
「ええ!」
「教会がいいように捻じ曲げたのよ。サーシャは私たちに気付いて、あえてその話を選んだんだわ」
「セシュールの話だったの?」
「私はセシュールの話として聞いていたわ」
マリアの言葉に、レオポルトが反応し、ティトーへ訪ねる。
「ティトーは、狐の涙という話を知っているか」
「き、つね……?」
「伝説の聖獣、ラダ族が守護獣の狐だ」
ティトーは考え込むが、想像がつかなかったのかガックリと肩を落とした。
「守護獣さまなのに、僕何も知らないや。ふさふさのしっぽとか、あるのかな……」
「俺もどんな姿をしているのかは知らない」
「狐って、伝説上の生き物なのよ。私も知らないわ」
「その狐さんの、涙のはなしなの?」
「そうだ。それは子供向けの絵本のようではあるが、かなり残酷な話だ」
淡々と語るレオポルトに、ティトーだけでなくマリアも興味津々でレオポルトを見つめる。アルブレヒトだけが目を閉じ、その話を聞き入った。
「ラダ族の守護獣でセシュールの聖獣である狐は、大陸へ注がれた光の毒を一身に受け、セシュール平原へ横たわった。その魂はエーディエグレスが拾いあげ、月へ送った。狐の身体にはやがて緑が芽生え、ケーニヒスベルクという山脈を築いた」
「…………うそ。あのお山、きつねさんなの?」
「そういう言い伝えはある。ラダ族が常に二大部族と言われるのも、タウ族がラダ族を王位に推し進めようとしてくるのも、その話があるからだ。タウ族は伝達の部族だ。何かあるのだろ」
「…………」
ティトーは考え込むように俯くと、すぐに顔を上げて兄を見つめた。煌めきは潤んではいるものの、気を張って涙を流さないようにしているようだ。
「ぼくしらなかった」
「俺が知ったのも、ずいぶん後だったよ。景国へ修行へ行ってから、その絵本を読んで知った」
「…………どうして、教会はその話を経典に入れたの? もしそうなら、聖女とか、女神様っていうのは……」
「そういうことだ。だからこそ、聖教会はうさんくさい」
「アル、アンセム地方ではどう伝わってるの? その話。私はヴァジュトール出身だから、さすがに知らないもの」
いきなり話を振られて男は無言になりながらも、目線を上げずにどこかを見つめたまま、うつろいだ瞳で答えた。
「かなり違った話ではあるが、伝わってきてはいるな」
「そうなのか?」
「ケーニヒスベルクの在り方というか、根本から違っているからな」
「なんだそれ、初耳だぞ」
アルブレヒトは遠い眼をすると、窓の向こうを見つめた。その向こうにはケーニヒスベルクが広がっているだろう。
「そもそも、ケーニヒスベルクは元々、大陸を収めていた王族の末裔。光の毒を受けて倒れて亡くなったが、すぐに生まれ変わって人々の前に姿を現して、自分の亡骸を王の山、ケーニヒスベルクと呼ぶのをやめて欲しいと懇願した変わった王だった、って」
「いきなり人間臭くなったわね、狐でもなかったってこと?」
マリアの発言に、ティトーは目を見開いたまま何度も頷いた。そこへレオポルトが疑問を投げかける。
「そもそも人間はそんなに大きくはないだろ。ケーニヒスベルクはセシュールを囲っているようなものだ」
「だから、根本が違ってるって言っただろ。同じ話が大陸で一つと存在しない、それがケーニヒスベルクであり、聖教会の経典だ。アドニスさんも経典を広めるとき、頭抱えてたぞ」
「あの人が頭を抱えてるなんて、ちょっと見たかったわね」
マリアが笑ったその瞬間、丁寧にノックされた音が響いた。少しの間を置き、玄関からアドニス司教の声が入る。
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