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第八環「モノクロの日々」
⑧-9 平和への使者③
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何かとぎくしゃくした二人は、会話はするものの他人行儀であり、そのまま夜を迎えた。間に立つべきマリアがティトーの看病に付き添い続けていたのだ。マリアは意図的でもあり、それが原因だなどと云う事も出来ない。
夜になるとティトーの容態も安定し、一行は安堵するとともに、小さなティトーへの負担を考えなければならなかった。
「アルブレヒト」
レオポルトが声をかけた時、アルブレヒトは夕食の片づけを終えた所だった。
「片付けは終わったぞ」
「すまない。間に合わなかった」
「これくらい構わない。どうだ、落ち着いたか」
「ああ。その、マリアと看病を後退しようとしたのだが、断られてしまって。お前に頼めないかと」
「ああ。マリアも少しは休んだ方がいいからな」
レオポルトは視線を合わせることなく、アルブレヒトの遠くを見つめていた。
「ティトーの一件が落ち着いたら、セシュール城へ戻ろう」
「…………だが、それでは」
「戦争の真実。それはルクヴァ王も知りたいところだろう。協力を仰ぐべきだ。きな臭い邪教の存在だって、報告を入れなければならない」
邪教。聖ニミアゼルとは別であり、黒龍という謎の存在を崇拝する一派だ。古くから存在していたものの、表立った活動は今まで一つもなかったのだ。それが、大戦時に突如として表れていたのを、二人は聞いていた。その邪教こそ、ルゼリア国内からだったのだ。
その足取りはセシュールとの国境で途絶え、それ以降の情報はない。
「邪教か。聖ニミアゼル教よりも、根強そうだからな」
「月の幻影のように、昔からそこにあって当たり前で、誰も疑わなかった。その月を崇拝しているなんて、気味が悪い」
「ああ。あの月が、あの巨大な幻影が可笑しいなど、誰も思わないさ。……マリアと看病を代わる間、お前が休んでいろ。俺の後は、お前と交代する」
「すまない」
アルブレヒトは上着を羽織ると、ティトーの部屋をノックした。
「どうしたの」
「交代しよう。お前は一回風呂にでも入って休んでくれ」
「馬鹿王子はどうしたの? ぶっ倒れそうな顔してたけど」
「やっぱり、それで断ったんだな。先に寝るように伝えた」
「通じたの? それ」
ティトーは寝息を立て、静かに眠っている。熱も引いたようだ。
「通じた、と思う。お前が倒れないか案じていた。その、あまりレオを虐めないでやってくれ」
「別に虐めてないわよ。じゃあ、お風呂もらってくるわ」
「水桶、レオが変えてくれたのか」
「そう。細い腕で目いっぱい変えてくれたわ。ティトーはやっと眠ったの。しばらくは起きないと思うけど、起きたらこのお茶を飲ませてあげて」
「わかった。アキレアの茶だな」
マリアは頷くと、着替えを手に部屋を後にした。残された男は、眠る少年を見つめる。
傍らのテーブルに置かれた、大切に布袋に入れられたものがある。銀の懐中時計だ。
「そういや。声が聞こえるって言ってたっけ。バレたかな、入れ替えたの」
アルブレヒトは懐から銀時計と取り出す。エーテルを移しとり、中身を開けた。
「お前は、開け方も忘れてしまったのか」
アルブレヒトは銀時計の中身を見つめると、そっと蓋を閉めた。
「いっそ、開けてくれていたら。俺は……」
アルブレヒトは微睡を覚える。かつて、共に過ごした女性を。
無邪気に笑い、時に無表情なり固まってしまった、小さな女性を。金髪の碧眼に隠れた、銀に輝く碧き眼を、金色の瞳を。
夜になるとティトーの容態も安定し、一行は安堵するとともに、小さなティトーへの負担を考えなければならなかった。
「アルブレヒト」
レオポルトが声をかけた時、アルブレヒトは夕食の片づけを終えた所だった。
「片付けは終わったぞ」
「すまない。間に合わなかった」
「これくらい構わない。どうだ、落ち着いたか」
「ああ。その、マリアと看病を後退しようとしたのだが、断られてしまって。お前に頼めないかと」
「ああ。マリアも少しは休んだ方がいいからな」
レオポルトは視線を合わせることなく、アルブレヒトの遠くを見つめていた。
「ティトーの一件が落ち着いたら、セシュール城へ戻ろう」
「…………だが、それでは」
「戦争の真実。それはルクヴァ王も知りたいところだろう。協力を仰ぐべきだ。きな臭い邪教の存在だって、報告を入れなければならない」
邪教。聖ニミアゼルとは別であり、黒龍という謎の存在を崇拝する一派だ。古くから存在していたものの、表立った活動は今まで一つもなかったのだ。それが、大戦時に突如として表れていたのを、二人は聞いていた。その邪教こそ、ルゼリア国内からだったのだ。
その足取りはセシュールとの国境で途絶え、それ以降の情報はない。
「邪教か。聖ニミアゼル教よりも、根強そうだからな」
「月の幻影のように、昔からそこにあって当たり前で、誰も疑わなかった。その月を崇拝しているなんて、気味が悪い」
「ああ。あの月が、あの巨大な幻影が可笑しいなど、誰も思わないさ。……マリアと看病を代わる間、お前が休んでいろ。俺の後は、お前と交代する」
「すまない」
アルブレヒトは上着を羽織ると、ティトーの部屋をノックした。
「どうしたの」
「交代しよう。お前は一回風呂にでも入って休んでくれ」
「馬鹿王子はどうしたの? ぶっ倒れそうな顔してたけど」
「やっぱり、それで断ったんだな。先に寝るように伝えた」
「通じたの? それ」
ティトーは寝息を立て、静かに眠っている。熱も引いたようだ。
「通じた、と思う。お前が倒れないか案じていた。その、あまりレオを虐めないでやってくれ」
「別に虐めてないわよ。じゃあ、お風呂もらってくるわ」
「水桶、レオが変えてくれたのか」
「そう。細い腕で目いっぱい変えてくれたわ。ティトーはやっと眠ったの。しばらくは起きないと思うけど、起きたらこのお茶を飲ませてあげて」
「わかった。アキレアの茶だな」
マリアは頷くと、着替えを手に部屋を後にした。残された男は、眠る少年を見つめる。
傍らのテーブルに置かれた、大切に布袋に入れられたものがある。銀の懐中時計だ。
「そういや。声が聞こえるって言ってたっけ。バレたかな、入れ替えたの」
アルブレヒトは懐から銀時計と取り出す。エーテルを移しとり、中身を開けた。
「お前は、開け方も忘れてしまったのか」
アルブレヒトは銀時計の中身を見つめると、そっと蓋を閉めた。
「いっそ、開けてくれていたら。俺は……」
アルブレヒトは微睡を覚える。かつて、共に過ごした女性を。
無邪気に笑い、時に無表情なり固まってしまった、小さな女性を。金髪の碧眼に隠れた、銀に輝く碧き眼を、金色の瞳を。
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