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第八環「モノクロの日々」

⑧-2 朝焼け前の②

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 今世では、セシュールがフェルド共和国という獣人たちの国を甲斐甲斐しく支援する。一方、ルゼリアは事実上の支配下に置きながら、支援など無いに等しい。それだけでなく、ルゼリアでの獣人の扱いは、奴隷のそれと変らない。最も、奴隷などという制度はルゼリアにしか存在しない筈だったのだ。それ忌まわしき制度の一部は、ヴァジュトール国という大陸から離れた、南東の島国に残っていた歴史もある。

「僕も、狐だったら、狐という獣人であったら。そう思う時がある」
「お前が?」
「狐は、伝説の生き物だ。狐人という獣人は存在しない。それだけでなく、狐という動物を見たという奴も、もう残っちゃいない。グリフォンが語るだけに過ぎない幻の存在だ。景国に居た時、よく麒麟きりんと龍の伝承を聞いたよ」
「……そんなに、力が欲しいのか。お前」
「そうだ。狐という幻獣の力を、俺は手にしたい」

 レオポルトは自身の手のひらを見つめる。白く、アルビノの肌は青白く、それは手のひらとて同じことだった。細い腕、細い指、何もかもが華奢な青年は肩を震えさせる。
 アルブレヒトの前では昔のような一人称で話す彼は、男を真似ることで俺と人称する。それこそ、力を欲するという顕れでもあった。

「全てを、守れる力を欲するのは当然だろう」
「悪魔と契約するみたいなことを口走るな。お前はラダの男だろ。アキレアを定期的に摂取すれば、お前の体調も落ち着く。そうすれば、体力だって備わるさ」

 レオポルトはセシュール民族に多い白鷺病という病にかかっている。その病は体内のエーテルを喰らい尽くす、恐ろしい病だ。彼は大戦前から白鷺病を疾患しており、時々吐血していたという。

「気休めにすぎない。それに、どちらかといえば狐は悪魔の部類だろう。そう、伝わっている筈だ。俺は力を得るためなら、悪魔にも魂を売る」
「レオ……」

 レオポルトはその手を握りしめると、ベッドを強く殴った。

「俺は無力だ。せめて、刀を持ってくれば……」
「愛刀は、きっと親父さんが。ルクヴァさんが大切に手入れをしている。そういう人だろう、あの人は」
「洋刀は好かん。俺には軽すぎる。いくら振るっても、振るっている感覚がない」
「言ってることが無茶苦茶なんだが。まあ、そうだな。刀はさすがに俺には重すぎるが、重剣の方が、まだ振り回せそうだ」

 アルブレヒトもまた無茶苦茶な事を口走り、二人は笑みを浮かべるだけでなく、声を出して笑った。

「なあ、レオ」
「どうした」
「マリアをどう思う」

 突拍子のない言葉に、レオポルトは笑みを辞めると真顔となった。アルブレヒトの言動が、理解できないのだ。

「どうして、そう、マリアを俺に薦めてくる。可笑しいぞ、お前。マリアに対し、失礼ではないのか」
「マリアには幸せになってもらいたいんだ」
「だから、それはお前が…………」

 アルブレヒトは銀時計を取り出すと、その輝きを見つめながら、愛しそうに笑みを浮かべた。

「……お前」
「俺は、過去にとある女性を不幸にした。どうやっても償えず、抗えることでもない。一生背負っていくつもりだ。例え俺が死んだところで、その思いは時空すら超越するだろう」
「! ……まさかお前、その銀時計」
「ティトーには内緒な」
「ティトーの銀時計と、お前の銀時計、入れ替えていたのか! どうしてそんなことを」

 アルブレヒトは銀時計を懐にしまうと、ベッドの脇へ座り窓を見つめた。窓からは、風が唸りを上げ雨を誘い込む。

「ティトーは背負い過ぎている。もう、これ以上抱えなくていい。それは、お前もだ。レオ」
「だが、君がそれを背負って、どうする。ティトーの巫女という地位はもう確立したようなものだ。そもそも、素質があるだけではなく、継承の儀をするということは、力を承るという事だ」
「背負いたくなるのさ。アイツのすべてを、俺は」


 アルブレヒトはそれ以上何も話さず、無言でベッドへ戻った。

「ティトーに話してやれないのか」

 手をヒラヒラとさせるだけで、それ以上何も語るつもりはないと言わんばかりに、アルブレヒトは何も語ろうとはしない。レオポルトは一言、男へ雑な言葉をかけると無理やり眼を閉じた。

 右に青く、煌めきのあるルゼリアの瞳。そして、左は緑に呼応する金の瞳は、ゆっくりと暗闇へと眠る。
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