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〇暁の草原 番外編② 約束のお祭り
番外編②-5 タウ族の村③
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母と子はレオポルトに駆け寄ると、母親は屈んで目線の高さを同じにした。
「レオポルトって呼ぶと、あんたは怒るのかい」
「それは……」
「アンリって呼ばれたいって聞いたけど。女性の名で呼ばれたいなら、タウ族の方が違和感はないぞ」
そう言い放つ子に、母親はガツンと頭を叩いた。もとより、殴った。
「女性名で呼ばれたいわけがなかろ。アンリっていうのは、ルクヴァさんが名付けた名前なんだろ? そう聞いているぞ」
「僕も、そう聞いていました」
「だったらいいじゃないか。俺の名と似ているが」
「君の名は?」
「俺はアンナ。父が名付けてくれた、強い名だ」
「なぁ、その……」
レオポルトは躊躇いながらも、その質問を投げかける。
「どうして、タウ族はみんな女性名なんだ」
「それは簡単だ」
「簡単? 教えて欲しい」
「それは……」
アンナと名乗った男は、遠すぎず近しい、愛しき山脈。ケーニヒスベルクをうっとりしながら見つめた。
「ケーニヒスベルクを愛しているからさ」
「は、はあ?」
簡単と言われながら、意味が分からずに首を傾げるレオポルトに、母親は慌てて付け加えた。
「ケーニヒスベルクは女性の姿をして、町へよく降りてきてたって逸話が残っているんだ。だから、ケーニヒスベルクのように、全てを愛する存在であれ。そう願いを込めて女性名を名付けるのさ」
「…………あの、セシリアさんは、まだ牛舎ですか」
引っかかりを感じたレオポルトは、牛舎を指さした。牛舎からは、丁度セシリアが出てくるところだった。
「ちょっと、話をしてきます!」
「ああ、いっといで」
◇
「セシリアさん!」
「おう、どうした坊主アンリ」
「む……。あの、お伺いしたいことがあります」
「なんだ? 言ってみろ」
「僕の名は、父が名付けたのでしょうか」
「なんだ、それも聞いてないのか」
セシリアは屈むことなく立ったまま腰に手を当て、幼い少年を文字通り見下ろす。その圧力にたじろぎながらも、足に力を入れて立ち直した。
「そもそも。俺の子の名も、別に俺が名付けたわけじゃない」
「さっきの会話、聞こえていたのですか⁉」
「タウ族だからな。耳はいいぞ」
「…………じゃあ、誰が名付けたのですか」
「お前の母親だ」
ははおや。 その言葉に、レオポルトは立ちすくみ、目の前の男を空虚にしてしまった。何も見えなくなり、そして暗闇に足を落とす。
「王女のミラージュは、ルクヴァと結婚する前、うちの村を通ってラダ族の村へ赴いた。そりゃー、ラダ族の村は一番てっぺんだからな。どうやったって、うちを通らなきゃならん。代王のじいさんも、頑張ってここを登っていった」
代王。 祖父の顔がちらつき、レオポルトはついに目を閉じてしまう。暗闇だけが、レオポルトを支配する。
「とある日にな、うちの妻が身ごもった。丁度ミラージュが付き人のシュタインぼっちゃんと、ルクヴァを尋ねにきてた時だ。妻が早くに産気づいてな。当時はもう大巫女だったミラージュが、安産を願って儀を執り行ってくれた。その縁で、息子の名付け親になってもらったんだ」
「……そうですか」
なんとか声を紡ぎだすと、レオポルトは自分が目を閉じて何も見えないことに気づいた。それでも、目を開けることが出来ない。
「レオポルトって呼ぶと、あんたは怒るのかい」
「それは……」
「アンリって呼ばれたいって聞いたけど。女性の名で呼ばれたいなら、タウ族の方が違和感はないぞ」
そう言い放つ子に、母親はガツンと頭を叩いた。もとより、殴った。
「女性名で呼ばれたいわけがなかろ。アンリっていうのは、ルクヴァさんが名付けた名前なんだろ? そう聞いているぞ」
「僕も、そう聞いていました」
「だったらいいじゃないか。俺の名と似ているが」
「君の名は?」
「俺はアンナ。父が名付けてくれた、強い名だ」
「なぁ、その……」
レオポルトは躊躇いながらも、その質問を投げかける。
「どうして、タウ族はみんな女性名なんだ」
「それは簡単だ」
「簡単? 教えて欲しい」
「それは……」
アンナと名乗った男は、遠すぎず近しい、愛しき山脈。ケーニヒスベルクをうっとりしながら見つめた。
「ケーニヒスベルクを愛しているからさ」
「は、はあ?」
簡単と言われながら、意味が分からずに首を傾げるレオポルトに、母親は慌てて付け加えた。
「ケーニヒスベルクは女性の姿をして、町へよく降りてきてたって逸話が残っているんだ。だから、ケーニヒスベルクのように、全てを愛する存在であれ。そう願いを込めて女性名を名付けるのさ」
「…………あの、セシリアさんは、まだ牛舎ですか」
引っかかりを感じたレオポルトは、牛舎を指さした。牛舎からは、丁度セシリアが出てくるところだった。
「ちょっと、話をしてきます!」
「ああ、いっといで」
◇
「セシリアさん!」
「おう、どうした坊主アンリ」
「む……。あの、お伺いしたいことがあります」
「なんだ? 言ってみろ」
「僕の名は、父が名付けたのでしょうか」
「なんだ、それも聞いてないのか」
セシリアは屈むことなく立ったまま腰に手を当て、幼い少年を文字通り見下ろす。その圧力にたじろぎながらも、足に力を入れて立ち直した。
「そもそも。俺の子の名も、別に俺が名付けたわけじゃない」
「さっきの会話、聞こえていたのですか⁉」
「タウ族だからな。耳はいいぞ」
「…………じゃあ、誰が名付けたのですか」
「お前の母親だ」
ははおや。 その言葉に、レオポルトは立ちすくみ、目の前の男を空虚にしてしまった。何も見えなくなり、そして暗闇に足を落とす。
「王女のミラージュは、ルクヴァと結婚する前、うちの村を通ってラダ族の村へ赴いた。そりゃー、ラダ族の村は一番てっぺんだからな。どうやったって、うちを通らなきゃならん。代王のじいさんも、頑張ってここを登っていった」
代王。 祖父の顔がちらつき、レオポルトはついに目を閉じてしまう。暗闇だけが、レオポルトを支配する。
「とある日にな、うちの妻が身ごもった。丁度ミラージュが付き人のシュタインぼっちゃんと、ルクヴァを尋ねにきてた時だ。妻が早くに産気づいてな。当時はもう大巫女だったミラージュが、安産を願って儀を執り行ってくれた。その縁で、息子の名付け親になってもらったんだ」
「……そうですか」
なんとか声を紡ぎだすと、レオポルトは自分が目を閉じて何も見えないことに気づいた。それでも、目を開けることが出来ない。
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