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第六環「予兆、約束の果てに」
⑥-5 不穏な予兆①
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「義兄様、おはようございます」
「ティトーが誤解してびっくりするから、それはやめてくれ」
「あら。そんなことはありませんわ。ティトーちゃんは賢いですもの」
サーシャはそういうとティトーとレオポルトが顔を洗いに行った川辺を見つめた。その眼差しは優しく、悲しげである。
「どうした。ティトーに何かあるのか」
「そうですわね。何もない訳がない、と云う事は義兄様がよくご存じでは?」
霊峰ケーニヒスベルクから暖かな心地の良い風が立ち込め、ある意味で不穏な、不可思議さを誘っていた。
◇
一方、川辺ではティトーが顔を洗い終えた所だった。川の流れは穏やかであり、初夏ともいえる緩やかな流れだが、レオポルトの過保護さは過熱していた。
「ティトー、それ以上行くと川に落ちる」
「わわ、ごめんなさい。顔洗ってると、バランス崩れちゃうね」
「洗い終わったら、俺が変わるから、少し待っていて欲しい」
「うん、待つよ。お兄さま」
「……その」
レオポルトは躊躇いながら言い淀むと、ティトーが安全な位置に座ったことを確かめて顔を洗った。タオルを受け取ると一瞬表情を強張らせた。
「どうしたのですか、お兄さま?」
「いや。なんでも……その、お兄ちゃんでいい。様なんて、仰々しいだろう。無理をするな」
「でも、お兄さまは王子さまだから」
またしても表情を曇らせたレオポルトは、急にそっぽを向き、屈んだ。突然のことに、ティトーはあたふたと兄へ向かう。
「あんまり好きじゃないのですか。王子さまって」
「…………ああ、それはな。俺はもう、ルゼリアでの地位はな」
レオポルトはティトーを手で静止させると、そのまま遠ざけるように手を振るった。
「お、おにいさ……。じゃなくて、どうしたのですか」
「………………ゴホッ」
一瞬だけ咳払いしたかと思うと、立て続けに咽始めた。そのまま体勢を崩し、地面に手をつく。
「おにいちゃん! …………ああ」
レオポルトの手には赤い鮮血が垂れており、口は赤く染まっている。その光景に圧倒され、ティトーの顔まで青白く血の気が引いていく。
「ゴハッ…………いいから、騒ぐな」
「お兄ちゃん!」
「すまない、すぐに、納まる」
ティトーはレオポルトの背をさすりながら、半泣きで兄を見つめていた。レオポルトは深呼吸をすると、青ざめた顔を上げた。髪は白髪に戻り、その顔色の悪さは素の青白い肌をより酷く見せてしまう。
レオポルトは鮮血を川で洗い流すと、ティトーの持ったタオルを受け取った。タオルに鮮血はない。
「お兄ちゃん……」
「あいつ等には、特に、アルには黙っていてくれ」
「で、でも…………」
「いつもの事だ。心配するな」
レオポルトはティトーの頭を優しく撫でると、手を伸ばした。ティトーは躊躇したものの、すぐに手を受け取ると、ギュッと手を繋いだ。ティトーの手は震え、それは嫌でも兄へ伝わっていく。
「大丈夫だ」
説得力のない言葉に涙を流す弟を、兄は優しく抱き留めると、優しき弟の震えは収まっていった。
「お医者様に」
「身分がバレてしまう」
「おくすりは」
「もう何年もこうだ。だから」
レオポルトは抱き留めた弟を強く抱き寄せると、耳元で優しく囁いた。
「早く、真相を突き止めなければならないのだ。わかるな」
優しき弟は頷くこともせず、ただただ兄の胸を濡らすことしか出来なかった。
「ティトーが誤解してびっくりするから、それはやめてくれ」
「あら。そんなことはありませんわ。ティトーちゃんは賢いですもの」
サーシャはそういうとティトーとレオポルトが顔を洗いに行った川辺を見つめた。その眼差しは優しく、悲しげである。
「どうした。ティトーに何かあるのか」
「そうですわね。何もない訳がない、と云う事は義兄様がよくご存じでは?」
霊峰ケーニヒスベルクから暖かな心地の良い風が立ち込め、ある意味で不穏な、不可思議さを誘っていた。
◇
一方、川辺ではティトーが顔を洗い終えた所だった。川の流れは穏やかであり、初夏ともいえる緩やかな流れだが、レオポルトの過保護さは過熱していた。
「ティトー、それ以上行くと川に落ちる」
「わわ、ごめんなさい。顔洗ってると、バランス崩れちゃうね」
「洗い終わったら、俺が変わるから、少し待っていて欲しい」
「うん、待つよ。お兄さま」
「……その」
レオポルトは躊躇いながら言い淀むと、ティトーが安全な位置に座ったことを確かめて顔を洗った。タオルを受け取ると一瞬表情を強張らせた。
「どうしたのですか、お兄さま?」
「いや。なんでも……その、お兄ちゃんでいい。様なんて、仰々しいだろう。無理をするな」
「でも、お兄さまは王子さまだから」
またしても表情を曇らせたレオポルトは、急にそっぽを向き、屈んだ。突然のことに、ティトーはあたふたと兄へ向かう。
「あんまり好きじゃないのですか。王子さまって」
「…………ああ、それはな。俺はもう、ルゼリアでの地位はな」
レオポルトはティトーを手で静止させると、そのまま遠ざけるように手を振るった。
「お、おにいさ……。じゃなくて、どうしたのですか」
「………………ゴホッ」
一瞬だけ咳払いしたかと思うと、立て続けに咽始めた。そのまま体勢を崩し、地面に手をつく。
「おにいちゃん! …………ああ」
レオポルトの手には赤い鮮血が垂れており、口は赤く染まっている。その光景に圧倒され、ティトーの顔まで青白く血の気が引いていく。
「ゴハッ…………いいから、騒ぐな」
「お兄ちゃん!」
「すまない、すぐに、納まる」
ティトーはレオポルトの背をさすりながら、半泣きで兄を見つめていた。レオポルトは深呼吸をすると、青ざめた顔を上げた。髪は白髪に戻り、その顔色の悪さは素の青白い肌をより酷く見せてしまう。
レオポルトは鮮血を川で洗い流すと、ティトーの持ったタオルを受け取った。タオルに鮮血はない。
「お兄ちゃん……」
「あいつ等には、特に、アルには黙っていてくれ」
「で、でも…………」
「いつもの事だ。心配するな」
レオポルトはティトーの頭を優しく撫でると、手を伸ばした。ティトーは躊躇したものの、すぐに手を受け取ると、ギュッと手を繋いだ。ティトーの手は震え、それは嫌でも兄へ伝わっていく。
「大丈夫だ」
説得力のない言葉に涙を流す弟を、兄は優しく抱き留めると、優しき弟の震えは収まっていった。
「お医者様に」
「身分がバレてしまう」
「おくすりは」
「もう何年もこうだ。だから」
レオポルトは抱き留めた弟を強く抱き寄せると、耳元で優しく囁いた。
「早く、真相を突き止めなければならないのだ。わかるな」
優しき弟は頷くこともせず、ただただ兄の胸を濡らすことしか出来なかった。
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