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暁の草原 番外編1
〇番外編1-1 マルティーニという家①
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(本物語には、虐げられるシーンがあります。 理解の上、注意して読み進めてください)
ルゼリア大陸という大国がある。その国のある大陸を、祖国ではルージリア大陸と呼ぶ。そんな大陸から南東に位置するのが、ヴァジュトールという島国だ。
港は二つあり、一方は大陸、もう一方は北東に位置する景国専用の港である。どういうわけか、ヴァジュトール国は景国を敬愛しているのだ。
マリアはこの島で生まれた。そして、今日まで迫害を受けている。
これは、ネリネ歴944年12月の話である。
「まあ、汚らしいお姉さまが掃除したら、汚らしくなったわ。さすがお姉さま」
「聞こえますよ、マーシャ。放っておきなさい」
「そうだよ、マーシャ。あんな汚い子に話しかけたら汚れてしまう」
いつもの心無い声が、古びた洋館に轟く。
古びた服を着て、ぼろ雑巾を身に着けたマリアは、一人洋館の掃除をしていた。掃除する人間は自分だけであり、汚い箇所があると睨みつけられてきた。綺麗な服は要らないからと、新しい道具を強請るものの、安いものしか購入されない。
いつしか無言が多くなり、感情も公にすることができなくなっていった。
「………………」
「言いたいことも言わない。無言ばっかりで、本当に気持ち悪い」
四つ下の妹マーシャは両親に依存しており、興味関心を常に引き、マリアにマウントをとっていなけば平常心でいられない。そういう病の持ち主である。難解な性格ゆえに、縁談の話は一つもない。
「やっぱり、ほら。家系と関係のない赤毛だから」
「あれでも私の娘なのよ。驚きよね。太っていて、汚らしい。私の親戚の集まりに絶対に来ないでほしいわ」
妹と、そして母親の声が聞こえるものの、もう何の感情も湧いてこない。友達も、味方も一人もいないのだ。使用人のほとんどが自分のことを見て見ぬふりをする。そう、マリアは感じていた。
(私なんて、この世に居ない。それでも、生きているから何かしなくてはいけない)
悲しみも、怒りも沸いては来ず、無表情のまま静かに無情を噛み殺し、それでも頬を濡らす涙。それを見て母親が言った一言を、マリアは覚えている。
「みっともない。皆が指をさすから、泣くのはやめて頂戴」
そう、原因など関係がないのだ。マリアという存在が、そういう存在であるのだと、そう諦めるしかなかったのだ。やり返そうとも、残飯をあさっても、なんとも思わなかった。寒いだけなのだ。寒さだけしのげれば、それでよかった。
普段興味のない父親が、自身の胸を揉もうとも、風呂場に入ってこようとも、誰も、何も言わない。
「私が汚らしいのが悪い」
マリアはポツリとつぶやくと、掃除で汚れた体を洗い流した。使用人の使う風呂場のため、石鹸だけがちゃんとした石鹸であることが、何よりもうれしい。
「おっと間違えた」
また父親がシャワー部屋をの覗き込んできた。もう、体を隠すのも疲れてしまった。
「なんだ、その顔は! 間違えたのだと言っているだろう! それとも何か? 世間に話すか? 残念だったな、見られたり揉まれただけで、妊娠などしないのだ!」
父親という男は、そう吐き捨てると大股で出て行った。そう、それがマリアの日常だったのだ。
「お腹空いたな」
マリアは涙を魔法のシャワーを温水に変えると、すぐに洗い流していった。いくら洗い流そうとも、自身の汚らしいものは流せない。
「まだ汚いかな、におい、するかな」
12歳という若さながら、マリアは自分の人生を呪うしかなかった。誰も、助けてなどくれないのだ。絶望が支配し、すぐにでも涙を流すことが出来る特技しかないのだ。
「せめて、文字が読めて、勉強ができれば」
そこでマリアはすぐに思い出す。そう、妹マーシャの存在だ。マーシャは何かにつけてマリアに対峙するため、マリアはマーシャより劣っていなければならなかったのだ。文字が突然読めなくなり、算段も出来なくなったのだ。外来語も読めないことになっているものの、発注を外来語で受け答えしている。
「駄目ね。マーシャがまた、嫌がらせしてくる」
マリアは魔法でシャワーを止めると、タオルを浮遊させ手に取ると、その身にまとった。傷だらけの体には、柔らかなタオルが染み渡る。タオルだけが柔らかいのは、マリア自身が洗濯をしているからだ。マリアの為に安い洗剤を揃えた母親は、汚いからとマリアの洗濯物だけ別で洗濯するように伝えているのだ。だからこそ、自分で洗うことのできる洗濯物は、柔らかい。
「私だけお湯で洗濯しているの、バレたらまずいのかな」
(そんなことはない)
なぜなら。
「私は魔法が使えないのだから」
ルゼリア大陸という大国がある。その国のある大陸を、祖国ではルージリア大陸と呼ぶ。そんな大陸から南東に位置するのが、ヴァジュトールという島国だ。
港は二つあり、一方は大陸、もう一方は北東に位置する景国専用の港である。どういうわけか、ヴァジュトール国は景国を敬愛しているのだ。
マリアはこの島で生まれた。そして、今日まで迫害を受けている。
これは、ネリネ歴944年12月の話である。
「まあ、汚らしいお姉さまが掃除したら、汚らしくなったわ。さすがお姉さま」
「聞こえますよ、マーシャ。放っておきなさい」
「そうだよ、マーシャ。あんな汚い子に話しかけたら汚れてしまう」
いつもの心無い声が、古びた洋館に轟く。
古びた服を着て、ぼろ雑巾を身に着けたマリアは、一人洋館の掃除をしていた。掃除する人間は自分だけであり、汚い箇所があると睨みつけられてきた。綺麗な服は要らないからと、新しい道具を強請るものの、安いものしか購入されない。
いつしか無言が多くなり、感情も公にすることができなくなっていった。
「………………」
「言いたいことも言わない。無言ばっかりで、本当に気持ち悪い」
四つ下の妹マーシャは両親に依存しており、興味関心を常に引き、マリアにマウントをとっていなけば平常心でいられない。そういう病の持ち主である。難解な性格ゆえに、縁談の話は一つもない。
「やっぱり、ほら。家系と関係のない赤毛だから」
「あれでも私の娘なのよ。驚きよね。太っていて、汚らしい。私の親戚の集まりに絶対に来ないでほしいわ」
妹と、そして母親の声が聞こえるものの、もう何の感情も湧いてこない。友達も、味方も一人もいないのだ。使用人のほとんどが自分のことを見て見ぬふりをする。そう、マリアは感じていた。
(私なんて、この世に居ない。それでも、生きているから何かしなくてはいけない)
悲しみも、怒りも沸いては来ず、無表情のまま静かに無情を噛み殺し、それでも頬を濡らす涙。それを見て母親が言った一言を、マリアは覚えている。
「みっともない。皆が指をさすから、泣くのはやめて頂戴」
そう、原因など関係がないのだ。マリアという存在が、そういう存在であるのだと、そう諦めるしかなかったのだ。やり返そうとも、残飯をあさっても、なんとも思わなかった。寒いだけなのだ。寒さだけしのげれば、それでよかった。
普段興味のない父親が、自身の胸を揉もうとも、風呂場に入ってこようとも、誰も、何も言わない。
「私が汚らしいのが悪い」
マリアはポツリとつぶやくと、掃除で汚れた体を洗い流した。使用人の使う風呂場のため、石鹸だけがちゃんとした石鹸であることが、何よりもうれしい。
「おっと間違えた」
また父親がシャワー部屋をの覗き込んできた。もう、体を隠すのも疲れてしまった。
「なんだ、その顔は! 間違えたのだと言っているだろう! それとも何か? 世間に話すか? 残念だったな、見られたり揉まれただけで、妊娠などしないのだ!」
父親という男は、そう吐き捨てると大股で出て行った。そう、それがマリアの日常だったのだ。
「お腹空いたな」
マリアは涙を魔法のシャワーを温水に変えると、すぐに洗い流していった。いくら洗い流そうとも、自身の汚らしいものは流せない。
「まだ汚いかな、におい、するかな」
12歳という若さながら、マリアは自分の人生を呪うしかなかった。誰も、助けてなどくれないのだ。絶望が支配し、すぐにでも涙を流すことが出来る特技しかないのだ。
「せめて、文字が読めて、勉強ができれば」
そこでマリアはすぐに思い出す。そう、妹マーシャの存在だ。マーシャは何かにつけてマリアに対峙するため、マリアはマーシャより劣っていなければならなかったのだ。文字が突然読めなくなり、算段も出来なくなったのだ。外来語も読めないことになっているものの、発注を外来語で受け答えしている。
「駄目ね。マーシャがまた、嫌がらせしてくる」
マリアは魔法でシャワーを止めると、タオルを浮遊させ手に取ると、その身にまとった。傷だらけの体には、柔らかなタオルが染み渡る。タオルだけが柔らかいのは、マリア自身が洗濯をしているからだ。マリアの為に安い洗剤を揃えた母親は、汚いからとマリアの洗濯物だけ別で洗濯するように伝えているのだ。だからこそ、自分で洗うことのできる洗濯物は、柔らかい。
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