【完結】暁の草原(改稿作業中)

Lesewolf

文字の大きさ
上 下
28 / 228
第二環「目覚めの紫雲英は手に取るな」

②-7 モルフォの羽化③

しおりを挟む
 宿屋の朝食はパンで日替わりの具材を挟んだサンドであり、持ち運びが可能の為天気さえ良ければほとんどが軒先で配られる、所謂弁当だ。

 朝がサンドになったのは、セシュール民族でそれぞれに朝の準備が異なっており、中には午前10時を回らないと朝食を取らない民族もいた。彼等には弁当として手渡し、休憩時間に食すのだ。

 獣人たちにもそれぞれで文化に違いがあり、食さない野菜や肉類もあった。それらにすべて対応出来るのは、大旦那と女将の二人だけだった。

 グリットが宿屋に戻ると、数人がもう弁当を受け取っており、個々に好きな場所で朝食を取っている。

「おう、グリット」
「朝から相変わらずでかい声だな。さすがに出てくると思ってなかった」

 すぐに声の大きな身長も態度もでかい部族民が、声を掛けてきた。というより、態々人手の多い場で声を掛けてきた男は、それなりに理由があるのだろう。見慣れてしまった男のでかさに、周囲の者たちも気にしてはいない。

「何を言う。我らタウ族無しで、この世界が回るとでも思っているのか」
「だから五月蠅いんだよ、声もでかいんだって」
「だからいいんじゃないか、何を言っているんだ!」

 グリットが苦手なわけではないが、狼族であるセシュール国の一族、タウ族は声も態度も度胸も体格もでかい。
 そのまま遠慮せずに、同じくセシュール国の一族である狐族、ラダ族にちょっかいを出すことは止めない。昔から変わらないその二大部族はセシュール国にとっては欠かせない部族だ。

 とはいえ、グリットはいつになっても反射的に警戒してしまっていた。だが彼はグリットを待っており、用事があるという事はわかっていた。とにかく真っ直ぐに突き進む彼らタウ族の精神は、常に母なる山脈ケーニヒスベルクへ捧げられる。

「見ろ、我らがタウ族の美しい筋力を」
「はいはい」

 グリットは呆れ顔のまま気だるそうに長身の男の腕を叩いてやった。グリットもそれなりの高身長だが、それよりもでかいのがこの男だ。顔もでかい上、色々とうるさい。食堂でやたらと挑発し、事あらばラダ族の話を持ち出そうとしている、典型的なタウ族の男だ。
 結局のところ、『我らタウ族が一番である』と続くだけに、何がしたいのかは不明である。

「なんだお前、雑じゃないか。我らタウ族の勇ましさが理解できないなら……」
「あーもう五月蠅いんだよ」
「何を言う。ラダのヒョロヒョロに勝つには、筋力を上げるしかないんだぞ」
「あー本当にわかったから。ラダ族は素早いからな。わかったわかった。わかってるって。タウ族すごーい」
「はっはっは、もっと褒めたまえ!」
「はいはい、その調子で次期王戦の為に族長目指して頑張れよ」
「無論だ! 次の族長はこの俺で決まりだ。ラダのルクヴァを倒すのはこの俺だからな! ガッハッハ!」

 タウ族でもかなりうるさい部類のこの男は、見かけによらず人望があり、多くの獣人労働者も慕っている。しかし、朝の五月蠅さだけは容認できず、自然とタウ族の男から離れていく。
 現に今現在も、男たちの周囲に人影は少ない。

「やはり次期王戦にはお前が出るのか」
「おうともよ! 俺がタウ族で一番強い男だからな!」
「となれば、お前がタウ族の次代族長様か」

 セシュールの王は、王戦によって決まる。それぞれの部族民の長を代表に行われる、トーナメント戦だ。その催しは既に祭りと化しているが、いつ何時行っても、最終決戦で当たるのはラダ族、そしてタウ族だ。

 王はこの二大部族がほとんど交代で行っている。その理由がこの王戦の戦いで決まるからだ。

「手渡すだけだってのに、わざわざ声かけてくる必要あったのか」

 胸筋を触ってやっているグリットの呟きに、タウ族は魔力を細めた。声に関していえば、タウ族の右に出る者はいない。その声は伝えたい相手にのみ伝わるが、ある程度の距離さえあれば届くのだから、とんでもないだろう。周囲もそんなタウ族に気など留めておらず、いたって普通に食事をしている。

 男は懐から手紙を取り出すと、グリットに手渡した。手紙には宛名等は何も書かれていない。それでも、紛れもなくグリットの主人からの手紙である。

「奴は大して驚きはしなかった。だが、父親も俺たちも知らない事案なだけに、難しい顔はしていた。その上で、合流までの間でいいから、ある程度素性を調べておいてくれとのことだ。それから」

 珍しく周囲を警戒したタウ族は瞳を輝かせてグリットに迫った。グリットは胸筋を抑えつつ、引き離そうと必死だった。言葉は抑え気味だが、圧がすごい。

「俺はいたく感動している、わかるか!? 俺の気持ちが……」
「わからねえよ! 気持ち悪い! 離れろ、うるさい、暑苦しい!」

 タウ族は雄たけびを上げ、とうとう周囲の目線を自身に集めた。グリットはげんなりした表情を抑えるのを諦めた。

「お前さあ、俺の状況わかってる?」
「もちろんだとも、わかっているとも。グリットくん!」

 ハハハと歯を見せながら笑うタウ族に、周囲を通る女性までもが笑っている。
 大旦那と女将も笑っており、味方をしてくれる様子はない。用件が済んだと判断し、グリットはそそくさ逃げ出すと、弁当を受け取らないまま、食堂へと駆け込んだ。

 そして、すぐ目の前のテーブルで食事をしている少年と目が合った。男が昨晩居たテーブル席であり、窓際だ。

 少年は大きな口を開けたまま固まると、両手に持っていたサンドを皿へ返した。音の立たないような無音であり、気付けば椅子をおりてグリットの前へやってきていた。

 グリットは息を飲むことしか出来ず、それでも呼吸を忘れてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界だろうがソロキャンだろう!? one more camp!

ちゃりネコ
ファンタジー
ソロキャン命。そして異世界で手に入れた能力は…Awazonで買い物!? 夢の大学でキャンパスライフを送るはずだった主人公、四万十 葦拿。 しかし、運悪く世界的感染症によって殆ど大学に通えず、彼女にまでフラれて鬱屈とした日々を過ごす毎日。 うまくいかないプライベートによって押し潰されそうになっていた彼を救ったのはキャンプだった。 次第にキャンプ沼へのめり込んでいった彼は、全国のキャンプ場を制覇する程のヘビーユーザーとなり、着実に経験を積み重ねていく。 そして、知らん内に異世界にすっ飛ばされたが、どっぷりハマっていたアウトドア経験を駆使して、なんだかんだ未知のフィールドを楽しむようになっていく。 遭難をソロキャンと言い張る男、四万十 葦拿の異世界キャンプ物語。 別に要らんけど異世界なんでスマホからネットショッピングする能力をゲット。 Awazonの商品は3億5371万品目以上もあるんだって! すごいよね。 ――――――――― 以前公開していた小説のセルフリメイクです。 アルファポリス様で掲載していたのは同名のリメイク前の作品となります。 基本的には同じですが、リメイクするにあたって展開をかなり変えているので御注意を。 1話2000~3000文字で毎日更新してます。

だからティリアは花で染める〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花で依頼を解決する〜【六章完結】

花房いちご
ファンタジー
人間の魔法が弱まった時代。強力な魔法は、魔法植物の力を染めた魔道具がなければ使えない。しかも、染めることが出来る者も限られていた。 魔法使い【ティリア】はその一人。美しい黒髪と新緑色の目を持つ彼女は、【花染め屋(はなそめや)】と名乗る。 森に隠れ住む彼女は、訪れる客や想い人と交流する。 これは【花染め屋(はなそめや)】ティリアと、彼女の元を訪れる客たちが織り成す物語。 以下、はじまりの章と第一章のあらすじ はじまりの章 「お客様、どうかここまでたどり着いてください」 主人公であるティリアは、冒険者ジェドとの会話を思い出していた。それは十年前、ティリアがフリジア王国に来たばかりの頃のことで、ティリアが花染め屋となったきっかけだ。ティリアは懐かしさに浸りつつ、夕焼け色の魔法の花で花染めの仕事をし、新しい客を待つのだった。 第一章 春を告げる黄金 「冬は去った。雪影女王、ラリアを返してもらうぞ」 イジスは、フリジア王国の宮廷魔法使いだ。幼馴染の商人ラリアが魔物に襲われ、命の危機に陥ってしまう。彼女を救うためには【最上級治癒】をかけなければいけないが、そのためには【染魔】したての魔道具が必要だった。 イジスはジェドや古道具屋などの助けを得つつ、奔走し、冒険する。たどり着いたのは【静寂の森】の【花染め屋】だった。 あらすじ終わり 一章ごとに話が完結します。現在五章まで完成しています。ざまぁ要素が特に強いのは二章です。 小説になろう様でも【花染め屋の四季彩〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花の力で依頼を解決する〜】というタイトルで投稿しています 掲載済みの話も加筆修正することがあります

不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。 次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。 時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く―― ――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。 ※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。 ※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。 ※第二章は全体的に説明回が多いです。 <<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

私のスローライフはどこに消えた??  神様に異世界に勝手に連れて来られてたけど途中攫われてからがめんどくさっ!

魔悠璃
ファンタジー
タイトル変更しました。 なんか旅のお供が増え・・・。 一人でゆっくりと若返った身体で楽しく暮らそうとしていたのに・・・。 どんどん違う方向へ行っている主人公ユキヤ。 R県R市のR大学病院の個室 ベットの年配の女性はたくさんの管に繋がれて酸素吸入もされている。 ピッピッとなるのは機械音とすすり泣く声 私:[苦しい・・・息が出来ない・・・] 息子A「おふくろ頑張れ・・・」 息子B「おばあちゃん・・・」 息子B嫁「おばあちゃん・・お義母さんっ・・・」 孫3人「いやだぁ~」「おばぁ☆☆☆彡っぐ・・・」「おばあちゃ~ん泣」 ピーーーーー 医師「午後14時23分ご臨終です。」 私:[これでやっと楽になれる・・・。] 私:桐原悠稀椰64歳の生涯が終わってゆっくりと永遠の眠りにつけるはず?だったのに・・・!! なぜか異世界の女神様に召喚されたのに、 なぜか攫われて・・・ 色々な面倒に巻き込まれたり、巻き込んだり 事の発端は・・・お前だ!駄女神めぇ~!!!! R15は保険です。

追放された宮廷錬金術師、彼女が抜けた穴は誰にも埋められない~今更戻ってくれと言われても、隣国の王子様と婚約決まってたのでもう遅い~

まいめろ
ファンタジー
錬金術師のウィンリー・トレートは宮廷錬金術師として仕えていたが、王子の婚約者が錬金術師として大成したので、必要ないとして解雇されてしまった。孤児出身であるウィンリーとしては悲しい結末である。 しかし、隣国の王太子殿下によりウィンリーは救済されることになる。以前からウィンリーの実力を知っていた 王太子殿下の計らいで隣国へと招かれ、彼女はその能力を存分に振るうのだった。 そして、その成果はやがて王太子殿下との婚約話にまで発展することに。 さて、ウィンリーを解雇した王国はどうなったかというと……彼女の抜けた穴はとても補填出来ていなかった。 だからといって、戻って来てくれと言われてももう遅い……覆水盆にかえらず。

処理中です...