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第二環「目覚めの紫雲英は手に取るな」
②-3 白銀先生栄花夢②
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体にかかる重さ、全身に響き渡る恐怖により、呆けた意識が覚醒していく。徐々に明るくなっていく部屋と、徐々に鮮明になる意識が交錯していく。目の前のオレンジ色が木目であるとわかるまで、少年は天井を眺めていた。周囲が更に明るくなっていく事で、おそらく朝を迎えたのだと解釈した。
横たわっているのがベッドであり、布の柔らかさから自身が優遇されているのがわかる。
周囲は静寂に包まれているわけではなく、鳥のさえずりや羽ばたきが聞こえるのだ。外からの喧騒はまだ聞こえてこないが、すぐに聞こえだすだろう。
育ったルゼリア国では、朝から鳴り響く鐘の音が礼拝等の合図であり、間隔こそあるものの一日中鳴り響いている。少年は町の教会にすら訪れた事は無く、未だに一度も赴いたことは無い。そんな鐘の音が聞こえない朝は、少年は確かにセシュール国入りし、今もセシュール国内にいると言う事なのであろう。この外国と育った国は殆どが違っていたのだ。
「う…………力、入らないや」
起き上がろうと全身に力を入れるものの、それらはすぐに脱力した。鈍い重圧が全身の記憶を遡り、重たく堅い鈍器で頭をたたき割られたかのような、強い衝撃がその機会を奪った。
「僕、どうしたんだっけ……」
なんとか右腕だけを布団からだし、目の前まで持ってくる。いたるところが青く紫に変色した腕は、自分の思う通りに動いてみせた。間違いなく自分の腕である。すぐに苦みのある吐き気がこみ上げ、眉間に力が入る。ぼんやりとその痣を見つめた少年は、曖昧な記憶が現実であったのだと認識し、深長く息を吐き出した。
アザの圧迫痕とは違う、重たい圧迫が小さな体を吹き飛ばし、底なしの泥沼へと引きずり込んでいくようだ。刻み込まれた人への恐怖心という衝撃は、容易く少年を踏み潰してしまった。
「そっか。僕、襲われたんだ。僕、生きてる。痛いってことは、そういうことだよね。当主様」
当主はいつも少年に言っていた。
『いいかい。私という存在は、確かに存在している。だから当主であり、当主としての仕事も存在する。領地、そして領民も守らなければならない。だけれど、親族には私が見えないんだ。認識できないのだけど、見えないんだよ。でも仕事の指示があればやってくれる、そういう人達なんだ。幼いあなたをここで閉じ込めてしまっているが、当主の命令があるからこそ、外に情報が漏れだすことはないんだ。ここに居たら安全なんだ。それだけはどうか、この庭までなら、出てもらって構わない。どうか安心してほしい。私たちはあなたを愛しているし、大切に思っている。悲しい辛い痛いと思えば思うほど、わかって欲しい』
「あなたは確かに生きている……」
少年は幼く、その言葉の意味がよくわからなかった。少年が理解できていないことを、当主の男は理解していた。長い言葉の文末に本音と、一番理解してほしい言葉を入れたのだ。少年は特に意識することなく、最後の言葉だけを受け入れた。
異質な屋敷の一部だけが、少年の生活範囲だった。屋敷の執事やメイド、言葉を話さない桃色の髪の少女とお姉さんだけが、少年を知っている。
当主には養女が居るだけで結婚してはおらず、その養女も親族からは見えない存在だ。それが異質であるから、それが当たり前だと思わないよう、少女は訪れるたびに、何度も何度も念を押していった。
養女となった少女は、少年より僅かに年上であるという。大戦での孤児であり、私の瞳がヘーゼルであっただけで引き取ってもらえたのだと、寂しそうに語るのだ。
「僕の瞳がヘーゼルなら、当主様の役に立てたのに。おねえさんの役にも」
断絶することが確定している一族にとって、これからの当主はただのお飾りなのだ。養女であっても、ヘーゼルの瞳であれば当主になれるだろう。当主と少女は、それを明確に否定した。少女が当主になることはなくなった。ヘーゼルの瞳があるが故の縁であり、孤児の少女と養子縁組しただけに過ぎないと言ったのだ。その言葉通り、お姉さんは王都の騎士団、それも養父の師団に所属した。この義理親子の行動が、長年続いた古き血筋の、一族の、家名の、歴史の終わりを示すのだという。それでも、当主の立場はまだ難しいままだ。
「僕でも、出来ること……。大丈夫、起き上がれる。大丈夫、怖くない、痛くない、恐れるな」
少年は瞳に煌めきを灯すと、その瞳は蒼くも金色に煌めくように朝日を取り入れた。
わずかに風がなびき、穏かな風がセシュール国を包んだが、それがわかるのはラダ族の、それも限られた能力のある極々一部だろう。勢いに乗りベッドから木目の床に降りたつと、少年は自らの足で立った。そして両手を腰に手を当て、自信たっぷりに呟いたのだ。
「ふふん、立てるじゃん! ちょろい! ……いてて」
横たわっているのがベッドであり、布の柔らかさから自身が優遇されているのがわかる。
周囲は静寂に包まれているわけではなく、鳥のさえずりや羽ばたきが聞こえるのだ。外からの喧騒はまだ聞こえてこないが、すぐに聞こえだすだろう。
育ったルゼリア国では、朝から鳴り響く鐘の音が礼拝等の合図であり、間隔こそあるものの一日中鳴り響いている。少年は町の教会にすら訪れた事は無く、未だに一度も赴いたことは無い。そんな鐘の音が聞こえない朝は、少年は確かにセシュール国入りし、今もセシュール国内にいると言う事なのであろう。この外国と育った国は殆どが違っていたのだ。
「う…………力、入らないや」
起き上がろうと全身に力を入れるものの、それらはすぐに脱力した。鈍い重圧が全身の記憶を遡り、重たく堅い鈍器で頭をたたき割られたかのような、強い衝撃がその機会を奪った。
「僕、どうしたんだっけ……」
なんとか右腕だけを布団からだし、目の前まで持ってくる。いたるところが青く紫に変色した腕は、自分の思う通りに動いてみせた。間違いなく自分の腕である。すぐに苦みのある吐き気がこみ上げ、眉間に力が入る。ぼんやりとその痣を見つめた少年は、曖昧な記憶が現実であったのだと認識し、深長く息を吐き出した。
アザの圧迫痕とは違う、重たい圧迫が小さな体を吹き飛ばし、底なしの泥沼へと引きずり込んでいくようだ。刻み込まれた人への恐怖心という衝撃は、容易く少年を踏み潰してしまった。
「そっか。僕、襲われたんだ。僕、生きてる。痛いってことは、そういうことだよね。当主様」
当主はいつも少年に言っていた。
『いいかい。私という存在は、確かに存在している。だから当主であり、当主としての仕事も存在する。領地、そして領民も守らなければならない。だけれど、親族には私が見えないんだ。認識できないのだけど、見えないんだよ。でも仕事の指示があればやってくれる、そういう人達なんだ。幼いあなたをここで閉じ込めてしまっているが、当主の命令があるからこそ、外に情報が漏れだすことはないんだ。ここに居たら安全なんだ。それだけはどうか、この庭までなら、出てもらって構わない。どうか安心してほしい。私たちはあなたを愛しているし、大切に思っている。悲しい辛い痛いと思えば思うほど、わかって欲しい』
「あなたは確かに生きている……」
少年は幼く、その言葉の意味がよくわからなかった。少年が理解できていないことを、当主の男は理解していた。長い言葉の文末に本音と、一番理解してほしい言葉を入れたのだ。少年は特に意識することなく、最後の言葉だけを受け入れた。
異質な屋敷の一部だけが、少年の生活範囲だった。屋敷の執事やメイド、言葉を話さない桃色の髪の少女とお姉さんだけが、少年を知っている。
当主には養女が居るだけで結婚してはおらず、その養女も親族からは見えない存在だ。それが異質であるから、それが当たり前だと思わないよう、少女は訪れるたびに、何度も何度も念を押していった。
養女となった少女は、少年より僅かに年上であるという。大戦での孤児であり、私の瞳がヘーゼルであっただけで引き取ってもらえたのだと、寂しそうに語るのだ。
「僕の瞳がヘーゼルなら、当主様の役に立てたのに。おねえさんの役にも」
断絶することが確定している一族にとって、これからの当主はただのお飾りなのだ。養女であっても、ヘーゼルの瞳であれば当主になれるだろう。当主と少女は、それを明確に否定した。少女が当主になることはなくなった。ヘーゼルの瞳があるが故の縁であり、孤児の少女と養子縁組しただけに過ぎないと言ったのだ。その言葉通り、お姉さんは王都の騎士団、それも養父の師団に所属した。この義理親子の行動が、長年続いた古き血筋の、一族の、家名の、歴史の終わりを示すのだという。それでも、当主の立場はまだ難しいままだ。
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少年は瞳に煌めきを灯すと、その瞳は蒼くも金色に煌めくように朝日を取り入れた。
わずかに風がなびき、穏かな風がセシュール国を包んだが、それがわかるのはラダ族の、それも限られた能力のある極々一部だろう。勢いに乗りベッドから木目の床に降りたつと、少年は自らの足で立った。そして両手を腰に手を当て、自信たっぷりに呟いたのだ。
「ふふん、立てるじゃん! ちょろい! ……いてて」
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