【完結】暁の草原

Lesewolf

文字の大きさ
上 下
16 / 228
第一環「春虹の便り」

①-13 価値を知るもの⑤

しおりを挟む
「あの僕、二晩も……、おうちに、泊めていただいたんです。すごく良くして頂いて、本当にお世話になったんです。おばあさんは少し、足が不自由そうでしたが、暖かくなってくるのと同時に、動くようになってきたって。僕とは、一緒にお風呂にいって、体を洗い合いました」
「まあそうなの! 二人は母の両親で、私にとっては祖父母なのよ」

 少年はケープの帽子を脱ぎ、慌てて頭を下げた。女性は少年の頭を優しく撫でると、女性の瞳からは涙が溢れ、頬をつたいだした。少年はハッとして、すかさず聞いてしまった。

「あ……お姉さんの目、もしかして、おじいさんと同じ色? 空色で綺麗だなって、思っていたんです。あ、でも、すみません、これ……大切な贈り物、だったのに。僕がもらってしまって。セシュールへ行くって言ったら、おばあさんが、『セシュールはまだ寒いから』って、着せて持たせてくれたんです」
「やっぱりそうだったのね。祖母ならやりそうだわ。でも大丈夫よ、毎年何着も贈ってるから、いつももういらないなんて言われてるの」

 女性は部屋の奥を指さした。そこには機織り中の機織り機があり、絶賛製作中のようだ。糸を染めるためなのか、花が壁に干されている他、大鍋も多くある。糸と同じ色の花も、少年のすぐそばに置いてある植木鉢で咲いている。

「布をああやって織って、物足りなかったら更に染めたりするの。染めた糸を紡いで、刺繍もしちゃうのよ。布も糸から全部、紡ぐの」
「すごく可愛くて、丈夫だし、それにあったかいです」
「ふふ、ありがとう。でもそれは女性ものだから、ちょっとあなたには可愛すぎたかな」
「え、そうなんですか? でもこのオレンジ色の刺繍のお花、僕好きです」
「……ふふ。褒め上手で、それに乗せ上手ね。……私の、一番好きな花なの。さあ、お水を入れ直してあげる。……そうそう、戴いた果実でパイを焼いた残りがあるから、包んであげるね」

 女性はそういうと、刺繍の入ったスカーフでパイを包んでくれた。スカーフには赤の刺繍が施されており、花が描かれているようだ。

「あ、ありがとうございます。何かお返しできたら良いのに……」
「あら、何も要らないわ。うーん、でもそうね……、今日泊るところに困っているのなら、うちへいらっしゃい」
「ええ……、でも……」
「あらやだ大変! 風が湿ってきてるわ。それに、ちょっと暗い? また雨が降るのかしら。風も強くなってるじゃない。気付かなかったわ、ごめんなさい。ちょっと出てくるけど、夕方には戻ってるから。中に入って休んでもらってもいいのよ」

 女性は早口で話すと、包みを少年に手渡した。そしてすぐに籠を片手に、小走りに走っていってしまった。何度も振り返って手を振ってくれている。

「……なんだろう、ルゼリア国から離れれば離れるほど、みんなが、すごくやさしい」

 少年は目に涙を浮かべつつ、女性の走り去った方向、そして家へ向けて一礼した。湿り気がある風が、町を包んでいるようだった。少年は包みの温かみを感じつつ、町の広場へ戻った。

 水を汲む列には、もう誰も並んでいなかった。商店の並ぶ方へ、数人の女性たちが足早に駆けていく。三つ編みの女性も、そちらへ向かったのであろう。セシュールでの露店は、ほとんどが路上に広がっていた。当然、雨など降れば店仕舞いだろう。

 ふと、少年は何かの風を感じ、それが人の視線だとわかった。すぐに後ろへ振り返ったが、木材を肩に抱えた男たちが二人、田畑のあった方角へ歩いて行っているだけで、自分に気など留めていない。
 一人は可愛らしい獣耳があり、もう一人は声がやたら大きい。

「…………疲れてるのかな。でも、甘えすぎるのは良くないよね。迷惑だもの。泊れるところ、どこかないかな。探してみよう」

 少年は、町の北へと足を運んだ。看板には旧宿場という文字が書かれてあったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

憧れの異世界転移が現実になったのでやりたいことリストを消化したいと思います~異世界でやってみたい50のこと

Debby
ファンタジー
【完結まで投稿済みです】 山下星良(せいら)はファンタジー系の小説を読むのが大好きなお姉さん。 好きが高じて真剣に考えて作ったのが『異世界でやってみたい50のこと』のリスト。 やっぱり人生はじめからやり直す転生より、転移。 転移先の条件としては『★剣と魔法の世界に転移してみたい』は絶対に外せない。 そして今の身体じゃ体力的に異世界攻略は難しいのでちょっと若返りもお願いしたい。 更にもうひとつの条件が『★出来れば日本の乙女ゲームか物語の世界に転移してみたい(モブで)』だ。 これにはちゃんとした理由がある。必要なのは乙女ゲームの世界観のみで攻略対象とかヒロインは必要ない。 もちろんゲームに巻き込まれると面倒くさいので、ちゃんと「(モブで)」と注釈を入れることも忘れていない。 ──そして本当に転移してしまった星良は、頼もしい仲間(レアアイテムとモフモフと細マッチョ?)と共に、自身の作ったやりたいことリストを消化していくことになる。 いい年の大人が本気で考え、万全を期したハズの『異世界でやりたいことリスト』。 理想通りだったり思っていたのとちょっと違ったりするけれど、折角の異世界を楽しみたいと思います。 あなたが異世界転移するなら、リストに何を書きますか? ---------- 覗いて下さり、ありがとうございます! 10時19時投稿、全話予約投稿済みです。 5話くらいから話が動き出します。 ✳(お読み下されば何のマークかはすぐに分かると思いますが)5話から出てくる話のタイトルの★は気にしないでください

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

猫の罪深い料理店~迷子さんの拠り所~

碧野葉菜
キャラ文芸
アラサー真っ只中の隅田川千鶴は仕事に生きるキャリアウーマン。課長に昇進しできない男たちを顎で使う日々を送っていた。そんなある日、仕事帰りに奇妙な光に気づいた千鶴は誘われるように料理店に入る。 しかしそこは、普通の店ではなかった――。 麗しの店主、はぐれものの猫宮と、それを取り囲む十二支たち。 彼らを通して触れる、人と人の繋がり。 母親との確執を経て、千鶴が選ぶ道は――。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

転生したら性別までも変わっていて、可愛い妹までいて幸せだけど。まさかの妹が悪役令嬢!?

にゃんこ
ファンタジー
転生して前世覚えてるなんて、小説の世界しかないなんて思っていたら…。 まさかの転生しかも性別までも変わっていて可愛い妹もいて幸せだったけど、妹に婚約者が!?妹を幸せに出来ない奴には渡さないって…思っていたら、許せる程度の奴で様子見してたら妹の周りで何やらバタバタと騒がしくなっていたが、妹が幸せにならない限り跡取りとして家を継げとか婚約者を選び結婚をと言われても断固拒否する! 本編完結。番外編完結。

異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが

倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、  どちらが良い?……ですか。」 「異世界転生で。」  即答。  転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。  なろうにも数話遅れてますが投稿しております。 誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。 自分でも見直しますが、ご協力お願いします。 感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。

処理中です...