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第一環「春虹の便り」
①-6 風の知らせ②
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「戦後に生まれた子か?」
「いや、どうみても三歳児未満には見えなかった。痩せては居たが、どうみても5,6歳。訳アリなのは間違いないだろうが、そんな子供が一人、あの銀時計を見せながらの兄探し」
スプーンが見当たらないため、グリットは窓の外を目線だけで追った。外は緩やかな風が吹いているようで、隣接の宿舎の前に干されたシーツがよくなびいている。
「少年が各テーブルを回っている間に、席の空きがなくなる時間になった。女将が詳しい話を聞こうと、少年に声をかけて席に案内しようとしたんだ」
大旦那は少年の居たであろう位置まで歩むと、その説明を具体的に話した。
「だが少年はそれを断った。労働者用の食堂だという札があったから、自分が座るわけにはいかないと言って出ていった」
「文字が、読めるんだな」
「そう、少年は文字を読むことが出来る。こんな町にまで子供が一人で兄探し。薄汚れてはいるものの明らかに質のよさそうな服の上に、セシュール刺繍の入ったケープを羽織っている。どう見ても怪しい」
大旦那は早口になってはいるものの、抑えられた声量だ。表情には、隠しきれないほどの笑みを浮かべ、対面者と目線が合うのを待った。グリットは窓の外を見つめたていたが、観念して目線を合わせた。
「……妙なのは少年の外観もだ。瞳は、青く深みのある、印象に残るほどのコバルトブルーだった。濃くはあるものの、光によってブルーサファイアのごとく煌めく」
大旦那はここで決めると言わんばかりの表情で、歯を見せるようにニヤリと笑った。普段から大真面目に冗談を言うような人物ではない。
グリットはカップを揺らし、なんとか底に残ったココアを混ぜようと悪足掻きをした。
「そう、それはまさに……由緒正しき崇高な血統の、ルゼリア人のような」
大旦那は自分の発言に短く頷いた。
「少年の髪色は、薄めの灰色と栗色の間。お前が今思い浮かべたような、あの色で……って、聞いてるか?」
「……はぁ、何を言い出すかと思えば。たまたま兄を探しに来た孤児の髪色が将軍のそれで、瞳は王女のそれだと?」
「そうだ」
「じゃあ何か、将軍と王女の裏に、子供がいたとでも言うのか。後継者問題を抱えた将軍がまだ独身なのは、その為だとでも? 今やシュタイン家は王家に連なる家系なんだぞ。それもすぐ傍の国境を越えた先が領地だろ、大体将軍は……」
そこまで発言し、グリットは黙り込んだ。将軍の個人的なプライバシーを、ここで公にするわけにはいかない。そして相手が大旦那だからこそ、軽々しく話していいものではない。
だが、大旦那は大国のスキャンダルを話そうとしていたわけではなかった。
「あのなあ、俺は少年がわざわざシュタイン家当主、コルネリア殿の髪色に寄せた姿で、ルゼリア王族に連なる瞳は本物で、そんな子供が一人で現れたって言おうとしてたんだよ」
「なんだそうなのか」
「あのなあ。最後まで真面目に聞けよ。最初に言っただろう、俺が見覚えのある、親しみある顔立ちだったんだって。そんな子があの銀時計を持っている、渡したのは将軍しかいないだろ」
一瞬の間が非常に長く感じる。静寂であり、何も聞こえなくなる。グリットがどうしても口にできない将軍の話とは別の、とんでもない可能性の話を、大旦那はしているのだ。
恐らく女将もそれを知っている。
「コルネリア殿は、現ルゼリア王クラウス陛下に忠誠を誓っている。陛下と将軍はほとんど親族だが、それだけじゃないだろ。しかも陛下は唯一最愛の一人娘、噂の王子たちの母親でもある、ミラージュ王女直属の騎士で幼馴染だ」
グリットは大旦那を睨むように見つめたが、大旦那はそのまま続けた。
「いや、どうみても三歳児未満には見えなかった。痩せては居たが、どうみても5,6歳。訳アリなのは間違いないだろうが、そんな子供が一人、あの銀時計を見せながらの兄探し」
スプーンが見当たらないため、グリットは窓の外を目線だけで追った。外は緩やかな風が吹いているようで、隣接の宿舎の前に干されたシーツがよくなびいている。
「少年が各テーブルを回っている間に、席の空きがなくなる時間になった。女将が詳しい話を聞こうと、少年に声をかけて席に案内しようとしたんだ」
大旦那は少年の居たであろう位置まで歩むと、その説明を具体的に話した。
「だが少年はそれを断った。労働者用の食堂だという札があったから、自分が座るわけにはいかないと言って出ていった」
「文字が、読めるんだな」
「そう、少年は文字を読むことが出来る。こんな町にまで子供が一人で兄探し。薄汚れてはいるものの明らかに質のよさそうな服の上に、セシュール刺繍の入ったケープを羽織っている。どう見ても怪しい」
大旦那は早口になってはいるものの、抑えられた声量だ。表情には、隠しきれないほどの笑みを浮かべ、対面者と目線が合うのを待った。グリットは窓の外を見つめたていたが、観念して目線を合わせた。
「……妙なのは少年の外観もだ。瞳は、青く深みのある、印象に残るほどのコバルトブルーだった。濃くはあるものの、光によってブルーサファイアのごとく煌めく」
大旦那はここで決めると言わんばかりの表情で、歯を見せるようにニヤリと笑った。普段から大真面目に冗談を言うような人物ではない。
グリットはカップを揺らし、なんとか底に残ったココアを混ぜようと悪足掻きをした。
「そう、それはまさに……由緒正しき崇高な血統の、ルゼリア人のような」
大旦那は自分の発言に短く頷いた。
「少年の髪色は、薄めの灰色と栗色の間。お前が今思い浮かべたような、あの色で……って、聞いてるか?」
「……はぁ、何を言い出すかと思えば。たまたま兄を探しに来た孤児の髪色が将軍のそれで、瞳は王女のそれだと?」
「そうだ」
「じゃあ何か、将軍と王女の裏に、子供がいたとでも言うのか。後継者問題を抱えた将軍がまだ独身なのは、その為だとでも? 今やシュタイン家は王家に連なる家系なんだぞ。それもすぐ傍の国境を越えた先が領地だろ、大体将軍は……」
そこまで発言し、グリットは黙り込んだ。将軍の個人的なプライバシーを、ここで公にするわけにはいかない。そして相手が大旦那だからこそ、軽々しく話していいものではない。
だが、大旦那は大国のスキャンダルを話そうとしていたわけではなかった。
「あのなあ、俺は少年がわざわざシュタイン家当主、コルネリア殿の髪色に寄せた姿で、ルゼリア王族に連なる瞳は本物で、そんな子供が一人で現れたって言おうとしてたんだよ」
「なんだそうなのか」
「あのなあ。最後まで真面目に聞けよ。最初に言っただろう、俺が見覚えのある、親しみある顔立ちだったんだって。そんな子があの銀時計を持っている、渡したのは将軍しかいないだろ」
一瞬の間が非常に長く感じる。静寂であり、何も聞こえなくなる。グリットがどうしても口にできない将軍の話とは別の、とんでもない可能性の話を、大旦那はしているのだ。
恐らく女将もそれを知っている。
「コルネリア殿は、現ルゼリア王クラウス陛下に忠誠を誓っている。陛下と将軍はほとんど親族だが、それだけじゃないだろ。しかも陛下は唯一最愛の一人娘、噂の王子たちの母親でもある、ミラージュ王女直属の騎士で幼馴染だ」
グリットは大旦那を睨むように見つめたが、大旦那はそのまま続けた。
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