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第一環「春虹の便り」
①-4 では、ひとつのやくそくを④
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青年と獣人族の男は、ともに頬に泥がついている。この町の土壌改善に力を注いでくれているのであろうことがわかる。
二人の発言を皮切りに、他の客である労働者たちも次々に声をあげてくる。今の店内にいる者の多くが、晴れの日を目掛けて集まった同業仲間のようだ。
「景国は昔から、ヴァジュトール港からの船しか港に入れない」
「ああ、いつだって閉鎖的な国だ。船だって、ヴァジュトール船籍でなければ構わず撃沈すると脅して追い返すって話だからな」
ここでタウ族の青年が腕を組んだ。首をかしげている。
「だからあの時は驚いたもんだ。あの現セシュール王であるルクヴァの息子が、景国にいって武術修行に行きたいって言いだしたんだからな」
「ああ、噂のラダ族族長の長男様か!」
「あれには我らタウ族の者だけでなく、奴らラダ族ですら皆が驚いたぞ。そもそも国交だってほとんど無かったんだ。まだ幼いとはいえ、半分はラダ族だって分かっていただろうに」
「彼の武器は、たしか刀っていう景国の長い剣を使うんだろ」
「常に先陣を切って行ったんだって? 俺も近くで見たかったぜ。もはや伝説だよなあ」
「俺は戦場で見たよ」
店内に一瞬の沈黙が流れ、声の方へ皆が振り返った。猫癖毛の男がサラダを食べ終え、カップを片手に遠くを見つめていた。
「単騎で突っ込みすぎだと、いつもルゼリアのシュタイン将軍が宥めながら追いかけていたよ」
「ははは、さすがは我らセシュール王が長子! そうでなくてはな」
「やめろ、ラダ族が一番みたいな言い方をするんじゃない」
皆が笑い合い、カップを北の山脈へ掲げた。女将が心配そうに見つめていると、厨房からカウンター越しに、大旦那が煙草をくわえてやってきた。
「お前ら元気だなあ。それだけ元気なら、長雨で滞ってる仕事もすぐに片付くんだよな。いや~、本当に感謝してるよ」
個々に目を合わせ合い、労働者たちはそそくさと食堂を後にした。いつもは食べ散らかしたままの食器類が丁寧に重ねられ、テーブルの端に纏められている。
大旦那の家系は、代々この地域で顔役を務めているまとめ役であり、元を辿れば守護獣に連なる由緒正しき家系に繋がるという噂がある。
女将は皿を運びながら、長い溜息をついた。
気付けば店内の客は猫癖毛の男だけとなった。男は丁度パンを食べ終えたところで、残っていたココアで押し流した。大旦那は準備中の札を扉の表に下げ、鍵をかけた。
「ったく、目立つことやってんじゃねえよ」
男はココアを飲み干し、カップの底を見つめていた。
旦那はおかわりのココアをカップに注ぐと、カウンター席に置いた。カップからは湯気が浮ついている。男は空いた皿を重ねると、カウンターまで運んだ。
希少な砂糖の入った、おかわりのココア。厄介事の前兆である。
二人の発言を皮切りに、他の客である労働者たちも次々に声をあげてくる。今の店内にいる者の多くが、晴れの日を目掛けて集まった同業仲間のようだ。
「景国は昔から、ヴァジュトール港からの船しか港に入れない」
「ああ、いつだって閉鎖的な国だ。船だって、ヴァジュトール船籍でなければ構わず撃沈すると脅して追い返すって話だからな」
ここでタウ族の青年が腕を組んだ。首をかしげている。
「だからあの時は驚いたもんだ。あの現セシュール王であるルクヴァの息子が、景国にいって武術修行に行きたいって言いだしたんだからな」
「ああ、噂のラダ族族長の長男様か!」
「あれには我らタウ族の者だけでなく、奴らラダ族ですら皆が驚いたぞ。そもそも国交だってほとんど無かったんだ。まだ幼いとはいえ、半分はラダ族だって分かっていただろうに」
「彼の武器は、たしか刀っていう景国の長い剣を使うんだろ」
「常に先陣を切って行ったんだって? 俺も近くで見たかったぜ。もはや伝説だよなあ」
「俺は戦場で見たよ」
店内に一瞬の沈黙が流れ、声の方へ皆が振り返った。猫癖毛の男がサラダを食べ終え、カップを片手に遠くを見つめていた。
「単騎で突っ込みすぎだと、いつもルゼリアのシュタイン将軍が宥めながら追いかけていたよ」
「ははは、さすがは我らセシュール王が長子! そうでなくてはな」
「やめろ、ラダ族が一番みたいな言い方をするんじゃない」
皆が笑い合い、カップを北の山脈へ掲げた。女将が心配そうに見つめていると、厨房からカウンター越しに、大旦那が煙草をくわえてやってきた。
「お前ら元気だなあ。それだけ元気なら、長雨で滞ってる仕事もすぐに片付くんだよな。いや~、本当に感謝してるよ」
個々に目を合わせ合い、労働者たちはそそくさと食堂を後にした。いつもは食べ散らかしたままの食器類が丁寧に重ねられ、テーブルの端に纏められている。
大旦那の家系は、代々この地域で顔役を務めているまとめ役であり、元を辿れば守護獣に連なる由緒正しき家系に繋がるという噂がある。
女将は皿を運びながら、長い溜息をついた。
気付けば店内の客は猫癖毛の男だけとなった。男は丁度パンを食べ終えたところで、残っていたココアで押し流した。大旦那は準備中の札を扉の表に下げ、鍵をかけた。
「ったく、目立つことやってんじゃねえよ」
男はココアを飲み干し、カップの底を見つめていた。
旦那はおかわりのココアをカップに注ぐと、カウンター席に置いた。カップからは湯気が浮ついている。男は空いた皿を重ねると、カウンターまで運んだ。
希少な砂糖の入った、おかわりのココア。厄介事の前兆である。
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