5 / 193
第一環「春虹の便り」
①-2 では、ひとつのやくそくを②
しおりを挟む
宿の窓を開けると、暖かな風が部屋に流れ込んできた。セシュールの風の心地よさは大陸一である。何故なら、彼らにとって最も尊い存在である霊峰ケーニヒスベルクから流れてくるものが、風であるからだ。この風はセシュールの大半を占める山脈、ケーニヒスベルクが浄化し、大地に降り注がれる。
「本当に良く晴れたな」
男はだらだらとつぎはぎのある服に着替えると、いつも通り鏡に映る自身の姿を確認する。
「うーん。年齢的にも、ぎりぎり若者と言えるような風貌だな。これで立派な髭こそ蓄えていれば……。おっさんだな」
それなりに年齢を重ねたようにも見える、曖昧な境界。自らの高身長や恵まれた体格もそれらを後押ししているだろう。
無理なく納得できる素材だったことについては、感謝するしかないだろう。報酬の為ならどんな依頼も受けるような、流れの傭兵の完成である。
窓を閉めると、部屋を出る前にもう一度鏡を見る。本日も問題なく、この町に溶け込めるだろう。この風体でなければ、部屋から出ることもかなわない。
「今日はいつになく完璧だな」
うんうんと頷くと、自信たっぷりに部屋を出る。かなり遅い出勤であるため、当然主人がいれば、御得意の絶対零度視線を浴びせられるであろう。だが主人はここにはいない。
その主人との合流の為に、情報を仕入れ終える必要がある。
せめて主人には穏かな日々を過ごして欲しい。自身に出来ることがあれば、どんな事でもすると決めた。
🔷
知り合いの経営しているこの宿屋は、木材の香りがよく、全体的に程よく古めかしい。大戦のあった戦場からは一番遠いはずのこの街は、他国からのならず者によって、無残な状態になっていた。ギシギシと鳴る階段を修繕したのは、誰だったか。
宿屋の一階は食堂だ。昼時の店内は、いかにも力自慢のある男達で溢れている。彼らは大戦後の復興事業の担い手だ。集められた労働者や、便利屋を称する冒険者にとって、この食堂は大切な場所であった。長い冬季、そして春の長雨で遅れていた大戦復興は、彼らに重くのしかかってしまった。
大国ルゼリアのある、ルゼリア大陸。その大陸の北西、山岳地域一帯がセシュールだ。かつてこのセシュール国が大国の属国だったなど、もはや誰も信じないであろう。比較的に小さなこの町はセシュールにとって重要な拠点である。それはこの町を出て数キロ南に進むだけで、大国との国境があるからだ。
男は食堂の空いているテーブルを探した。いつも座る、入口から一番遠い席はまだ埋まっているようだ。ホールで接客をしている女将と目が合った。女将は、慌てて傍のテーブルを片付け始めた。女将からの冷たい視線を浴びながら、男は主人を思い浮かべた。
案内された席は、カウンターに程近い、窓からは一番離れたテーブルだ。急かしたわけではないのだが、遅れてきて席が空いてないと訴えているように見られたのであろう。
女将は男の前髪を指さし、首を振った。男の猫癖毛は、いまだ前髪で自由にしていたようだ。慌てて前髪を直していると、女将が席までやってきた。
「や、やぁ女将、おはよう。今日は良い天気になったね。…………昼食をもらえるかな」
会話しながら目が泳いでいく男に対し、女将はため息をついた。
「昼食ねぇ。朝食と云ったら、締め出すところよ」
「…………こわいこわい」
男はうなだれた。数年前までは少々ふくよかな女将だったが、今は痩せてしまっている。
「本当に良く晴れたな」
男はだらだらとつぎはぎのある服に着替えると、いつも通り鏡に映る自身の姿を確認する。
「うーん。年齢的にも、ぎりぎり若者と言えるような風貌だな。これで立派な髭こそ蓄えていれば……。おっさんだな」
それなりに年齢を重ねたようにも見える、曖昧な境界。自らの高身長や恵まれた体格もそれらを後押ししているだろう。
無理なく納得できる素材だったことについては、感謝するしかないだろう。報酬の為ならどんな依頼も受けるような、流れの傭兵の完成である。
窓を閉めると、部屋を出る前にもう一度鏡を見る。本日も問題なく、この町に溶け込めるだろう。この風体でなければ、部屋から出ることもかなわない。
「今日はいつになく完璧だな」
うんうんと頷くと、自信たっぷりに部屋を出る。かなり遅い出勤であるため、当然主人がいれば、御得意の絶対零度視線を浴びせられるであろう。だが主人はここにはいない。
その主人との合流の為に、情報を仕入れ終える必要がある。
せめて主人には穏かな日々を過ごして欲しい。自身に出来ることがあれば、どんな事でもすると決めた。
🔷
知り合いの経営しているこの宿屋は、木材の香りがよく、全体的に程よく古めかしい。大戦のあった戦場からは一番遠いはずのこの街は、他国からのならず者によって、無残な状態になっていた。ギシギシと鳴る階段を修繕したのは、誰だったか。
宿屋の一階は食堂だ。昼時の店内は、いかにも力自慢のある男達で溢れている。彼らは大戦後の復興事業の担い手だ。集められた労働者や、便利屋を称する冒険者にとって、この食堂は大切な場所であった。長い冬季、そして春の長雨で遅れていた大戦復興は、彼らに重くのしかかってしまった。
大国ルゼリアのある、ルゼリア大陸。その大陸の北西、山岳地域一帯がセシュールだ。かつてこのセシュール国が大国の属国だったなど、もはや誰も信じないであろう。比較的に小さなこの町はセシュールにとって重要な拠点である。それはこの町を出て数キロ南に進むだけで、大国との国境があるからだ。
男は食堂の空いているテーブルを探した。いつも座る、入口から一番遠い席はまだ埋まっているようだ。ホールで接客をしている女将と目が合った。女将は、慌てて傍のテーブルを片付け始めた。女将からの冷たい視線を浴びながら、男は主人を思い浮かべた。
案内された席は、カウンターに程近い、窓からは一番離れたテーブルだ。急かしたわけではないのだが、遅れてきて席が空いてないと訴えているように見られたのであろう。
女将は男の前髪を指さし、首を振った。男の猫癖毛は、いまだ前髪で自由にしていたようだ。慌てて前髪を直していると、女将が席までやってきた。
「や、やぁ女将、おはよう。今日は良い天気になったね。…………昼食をもらえるかな」
会話しながら目が泳いでいく男に対し、女将はため息をついた。
「昼食ねぇ。朝食と云ったら、締め出すところよ」
「…………こわいこわい」
男はうなだれた。数年前までは少々ふくよかな女将だったが、今は痩せてしまっている。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
(完結)私より妹を優先する夫
青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。
ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。
ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる