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最終話「朱の祝福を手のひらに」
⑯-9 エピローグ・イン・シュタインアムライン
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ミランダは何事もなかったかのように、鉢植えを日光浴させようと窓を開け、窓辺に並べていた。メアリーの鼻歌が窓を伝い、シュタインアムラインの町へ流れていく。
「やあ、ミュラーさん。メアリーさんこんにちは。フリージアの花が欲しいんだけど」
「いらっしゃい。アンナ。久しぶりね」
「孤児院、思っていたよりも早く閉鎖されちゃったのねえ。ティニアにもう一度会いたかったわよぉ」
メアリーはバシバシとミランダを叩きながら、高級バッグとその美しいコートを見せつけた。
「どう? 新作よ。それで、ティニアってあの後どうなったの?」
「あの後って……」
「居たでしょ~~! アルベルトくん! あの若い子よ!」
「ああ。そうね、手のひらで踊らされるだけ踊らされて、仲良くしてるわよ」
「なによぅ。甲斐性がないわね~。見込み違いだったかしらあ」
メアリーがもくもくとフリージアの花束をこしらえていく。どうもメアリーとアンナの相性は悪い。それは単にアンナが気遣い足らずでメアリーを怒らせているからだ。それについてはアンナも身に染みてわかっている。
「そういえば、町の教会だけれど」
「ああ、神父様が変わったのよね」
「そうなのよ! イケメンじゃない~? もう彼女とかいるのかしら~」
「どうかしら。アンナは本当に面食いねえ」
「あら! 私はミランダも美男子だと思ってるわよ?」
「え?」
動きの止まったミランダと口元に手を押さえたアンナの間に、フリージアとヒガンバナ、カスミソウの見事な花束が差し出される。
「サービスするから、もっておいき」
「いやだ、メアリーさんったら! 払うわよ!」
アンナとメアリーの押し問答により、その場の危機が去ったミランダは、遠い空を見つめる。
今頃、マリアは大量に積み込んでいったフローリスト関連の書籍を読み漁っている事だろう。レスティン・フェレスでも、フローリストにはなれる。そう信じて旅立ったのだ。
マリア。妹のようで、娘のような存在であった、愛しい娘だ。
寝たきりの絶望に打ちひしがれていたマリアは、それは見ていられなかった。加えてこの美しい町への誤爆攻撃だ。
「本当に美しい町よね。シュタインアムラインは」
「どうしたのよ~。突然!」
「ふふ。ただ、そう思っただけよ」
マリアのことは忘れない。例え皆が忘れようとも、ミランダは忘れないと決めている。そして、レスティン・フェレスに転生し、また再び出会うのだ。その日を夢見て、旦那と共に幸せに暮らすのだ。この、シュタインアムラインで。
青空が広がっている夏のシュタインアムラインは、それはそれは美しい町だ。
フレスコ画が壁一面に描かれており、それぞれにストーリーを練ることが出来る。それは中世の時代へと誘ってくれる。
レンが選んだ町は、美しく、強く。そして気高いのだ。
◇◇◇
散々大騒ぎして帰っていったアンナを見送ると、ミランダはメアリーに尋ねた。
「ねえ、メアリー」
「どうしたんだい」
「マリアのこと、忘れないでね」
「忘れないよ。あの子のセンスは私には無いものだった。それに優しく、気遣いも取れる。あんないい子は他に居ない。故郷でも上手くやるさ」
「そうね。そうよね……」
メアリーは鼻歌を歌う。メアリーとここまで仲良くなれたのも、マリアがきっかけだった。元々弟子入りした関係から、ミランダにとってメアリーは師である。そんなメアリーと親しく同じ花屋で働けるのも、マリアのおかげだ。
「きっと、故郷では苦労するでしょうから、再会した時にはうんと甘えてもらわなきゃね」
「そうさね。良い男も見つけて、幸せになってるだろうよ」
「そうね、マリアも面食いだったし。きっと美男美女の夫婦なんだわ。それで、子供も可愛くて……」
想像したい。マリアのレスティン・フェレスという異世界での暮らしを。
マリアのことを、少しでも考えていたいのだ。
「おい、今暇か?」
「あら、あなた。どうしたの?」
ディートリヒが顔を出すのは珍しくない。ここ最近は毎日のように顔を出して来る。
「休憩行ってきなよ。あとはやっておくから」
「メアリー、あまり無理しないで。大丈夫よ、旦那は待たせておけばいいんだから」
「なんだよ、それ。待つけどよ」
メアリーは笑いながら、先ほどの花束を作っていた後片付けを始めた。もう歩けないとされていた足だが、奇跡的に歩けるまでに回復している。歩けると思うことが、何より大切だったのだ。
「ディートリヒ、暇ならこれ運んでおくれ」
「へいへい」
「ふふふ……」
「なーに笑ってんだ」
「だって……」
ミランダは思った。いつか旦那とお店をしたいと。何故過去の自分はそうせず、一人で店先に立ちたいと思ってしまったのか。皆でこうやってお店を作る楽しさは、マリアが教えてくれたことだ。独りよがりの自分とは卒業できたのも、マリアのおかげだ。
「ふふふ……」
「なんだよ、まったく」
ディートリヒは煙草を辞めた。それはマリアに再会した時に、魂から煙臭いと思われないためだという。
「いつかあなたとお店をしたいわね」
「んじゃあ来世でやろう。そうだな、俺は飯屋がしてみたいんだ。お前はどうだ? 可愛い恰好して給仕とかして」
「それはいやね」
「嫌なのかよ」
ミランダは旦那の口元に、人差し指を向ける。
「可愛い恰好じゃなくて、来世ではカッコいい恰好がしたいわね」
メアリーの鼻歌がより際立ち、ディートリヒはもう一度妻に恋をしていた。
命は巡る。巡り巡って、また生まれてくる。
それでも、この生を賢明に生きてこその来世だ。そうでなければ、マリアに笑われてしまう。
ミランダは、ディートリヒは、そしてメアリーは生きていく。
このシュタインアムラインで、これからも皆のことを思い描いて――。
暁の荒野 ―完―
「やあ、ミュラーさん。メアリーさんこんにちは。フリージアの花が欲しいんだけど」
「いらっしゃい。アンナ。久しぶりね」
「孤児院、思っていたよりも早く閉鎖されちゃったのねえ。ティニアにもう一度会いたかったわよぉ」
メアリーはバシバシとミランダを叩きながら、高級バッグとその美しいコートを見せつけた。
「どう? 新作よ。それで、ティニアってあの後どうなったの?」
「あの後って……」
「居たでしょ~~! アルベルトくん! あの若い子よ!」
「ああ。そうね、手のひらで踊らされるだけ踊らされて、仲良くしてるわよ」
「なによぅ。甲斐性がないわね~。見込み違いだったかしらあ」
メアリーがもくもくとフリージアの花束をこしらえていく。どうもメアリーとアンナの相性は悪い。それは単にアンナが気遣い足らずでメアリーを怒らせているからだ。それについてはアンナも身に染みてわかっている。
「そういえば、町の教会だけれど」
「ああ、神父様が変わったのよね」
「そうなのよ! イケメンじゃない~? もう彼女とかいるのかしら~」
「どうかしら。アンナは本当に面食いねえ」
「あら! 私はミランダも美男子だと思ってるわよ?」
「え?」
動きの止まったミランダと口元に手を押さえたアンナの間に、フリージアとヒガンバナ、カスミソウの見事な花束が差し出される。
「サービスするから、もっておいき」
「いやだ、メアリーさんったら! 払うわよ!」
アンナとメアリーの押し問答により、その場の危機が去ったミランダは、遠い空を見つめる。
今頃、マリアは大量に積み込んでいったフローリスト関連の書籍を読み漁っている事だろう。レスティン・フェレスでも、フローリストにはなれる。そう信じて旅立ったのだ。
マリア。妹のようで、娘のような存在であった、愛しい娘だ。
寝たきりの絶望に打ちひしがれていたマリアは、それは見ていられなかった。加えてこの美しい町への誤爆攻撃だ。
「本当に美しい町よね。シュタインアムラインは」
「どうしたのよ~。突然!」
「ふふ。ただ、そう思っただけよ」
マリアのことは忘れない。例え皆が忘れようとも、ミランダは忘れないと決めている。そして、レスティン・フェレスに転生し、また再び出会うのだ。その日を夢見て、旦那と共に幸せに暮らすのだ。この、シュタインアムラインで。
青空が広がっている夏のシュタインアムラインは、それはそれは美しい町だ。
フレスコ画が壁一面に描かれており、それぞれにストーリーを練ることが出来る。それは中世の時代へと誘ってくれる。
レンが選んだ町は、美しく、強く。そして気高いのだ。
◇◇◇
散々大騒ぎして帰っていったアンナを見送ると、ミランダはメアリーに尋ねた。
「ねえ、メアリー」
「どうしたんだい」
「マリアのこと、忘れないでね」
「忘れないよ。あの子のセンスは私には無いものだった。それに優しく、気遣いも取れる。あんないい子は他に居ない。故郷でも上手くやるさ」
「そうね。そうよね……」
メアリーは鼻歌を歌う。メアリーとここまで仲良くなれたのも、マリアがきっかけだった。元々弟子入りした関係から、ミランダにとってメアリーは師である。そんなメアリーと親しく同じ花屋で働けるのも、マリアのおかげだ。
「きっと、故郷では苦労するでしょうから、再会した時にはうんと甘えてもらわなきゃね」
「そうさね。良い男も見つけて、幸せになってるだろうよ」
「そうね、マリアも面食いだったし。きっと美男美女の夫婦なんだわ。それで、子供も可愛くて……」
想像したい。マリアのレスティン・フェレスという異世界での暮らしを。
マリアのことを、少しでも考えていたいのだ。
「おい、今暇か?」
「あら、あなた。どうしたの?」
ディートリヒが顔を出すのは珍しくない。ここ最近は毎日のように顔を出して来る。
「休憩行ってきなよ。あとはやっておくから」
「メアリー、あまり無理しないで。大丈夫よ、旦那は待たせておけばいいんだから」
「なんだよ、それ。待つけどよ」
メアリーは笑いながら、先ほどの花束を作っていた後片付けを始めた。もう歩けないとされていた足だが、奇跡的に歩けるまでに回復している。歩けると思うことが、何より大切だったのだ。
「ディートリヒ、暇ならこれ運んでおくれ」
「へいへい」
「ふふふ……」
「なーに笑ってんだ」
「だって……」
ミランダは思った。いつか旦那とお店をしたいと。何故過去の自分はそうせず、一人で店先に立ちたいと思ってしまったのか。皆でこうやってお店を作る楽しさは、マリアが教えてくれたことだ。独りよがりの自分とは卒業できたのも、マリアのおかげだ。
「ふふふ……」
「なんだよ、まったく」
ディートリヒは煙草を辞めた。それはマリアに再会した時に、魂から煙臭いと思われないためだという。
「いつかあなたとお店をしたいわね」
「んじゃあ来世でやろう。そうだな、俺は飯屋がしてみたいんだ。お前はどうだ? 可愛い恰好して給仕とかして」
「それはいやね」
「嫌なのかよ」
ミランダは旦那の口元に、人差し指を向ける。
「可愛い恰好じゃなくて、来世ではカッコいい恰好がしたいわね」
メアリーの鼻歌がより際立ち、ディートリヒはもう一度妻に恋をしていた。
命は巡る。巡り巡って、また生まれてくる。
それでも、この生を賢明に生きてこその来世だ。そうでなければ、マリアに笑われてしまう。
ミランダは、ディートリヒは、そしてメアリーは生きていく。
このシュタインアムラインで、これからも皆のことを思い描いて――。
暁の荒野 ―完―
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