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最終話「朱の祝福を手のひらに」
⑯-6 旅立ちを前に
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髪を切ったアルベルトは普段と変わらぬ様子で朝を迎えた。眠れない日々を過ごしていた夜も、今はよく眠れている。それでも、夢は何度も見ているため、熟睡とはいかない。
「レンの夢を見た気がする。いや、ティニアだったな……」
カフェでお茶をするという、現実で成し得なかった夢だった。共に過ごしている間も、レンの頭にはアルベルトを殺せと言う命令が下っていたのだろう。それでも、共に暮らした奇跡の日々を忘れることは出来ない。
数日前からだが、フリージアはマリアと共に眠っている。二人は姉妹のように仲がいい。
共にレスティン・フェレスへ行くレオンとティナを、今日は説得しなければいけない。フリージアは二人の娘なのだ。
機関室ではなく治療室へ向かうと、そこには既に起きていたレオンとティナが作業をしていた。
「おはよう、二人とも」
「おはよう、アル」
「おはようございます、アルベルト様。こんなに早く、どうされたのですか」
「二人に話があるんだ」
顔を合わせることなく、同時に俯く二人は今も夫婦のようだ。
「フリージアのことですか」
二人は話について理解していた様子であった。
「ああ。メイから何か聞いているか?」
「はい。資料を見せてくれましたから……」
「余所余所しくする必要なんてないだろう?」
アルベルトの言葉に、二人は視線を合わせると同時にアルベルトを見つめ返した。その瞳には決意が込められている。
「……わかりました。話します」
レオンの力強い言葉に、アルベルトは安堵した。
「そうして欲しい。フリージアには、父親と母親が必要なんだ」
「アルベルト……。ありがとう」
「フリージアは今、マリアのところで支度しているだろうから、呼んでくる。待っててくれ」
アルベルトの去った治療室で、レオンとティナは震えていた。
「置いていった私たちを、恨んでいないでしょうか」
「知らないことが多いだけだ。知ったら、ショックを受けるだけだと思って、避けていた私たちが悪い」
「ゲオルク……」
不意にコンコンという音が響き、奥からリェイラが顔を出した。車椅子に乗る彼女は、まだ言葉が話せない。
「リェイラ、おはよう。どうしました、メイを呼びましょうか」
リェイラはコクンと頷くと、レオンとティナを見つめた。そして、近くにあった紙にペンで文字を書き連ねていく。
「ありがとう、か。いや当然のことをしただけですよ。リェイラ」
リェイラは首を横に振ると、また文字を書きだした。
「フリージアは、娘? か……。ああ、そうなんだ」
「私たちの、遠い前世の娘なのです」
リェイラは驚いた表情を浮かべると、更に文字を書き足した。
「迷う事はない、一緒にいるべき。か……。そうですね、僕もそう思います」
「私たちにそれが許されるのなら、ずっと一緒に居たいと思います」
「本当?」
治療室の扉が勢い良く自動で開けられ、フリージアが飛び込んできた。彼女お得意の浮遊魔法が使われており、フリージア自身がふわふわと宙に浮いている。
「本当に、お父さんとお母さんなの?」
「……そうだ。前世とはいえ、僕たちにとって最初に生まれたのが、フリージアでした」
「あなたは病気だったの。だから、月のゆりかごへ送って、治療を受けるべきだと。……その時代のレンに言われたのよ」
「ッ……! ティニア様から?」
「そうです。あなたにとっては、ティニア様なのですね」
レオンは恐る恐る屈むと、フリージアと目線を同じにした。ティナもそれに倣う。
「フリージア。今更だけれど、……僕たちを恨んでいないか?」
「恨む? どうして?」
きょとんとしたまま、フリージアが声を上げた時、リェイラは車椅子を操作して治療室から出ていった。先に控えていたアルベルト、そしてメイと共に外へ移動したのだ。
「お父さんとお母さんは、私のために月のゆりかごへ送ってくれたんでしょう? どうして恨むの?」
「……ゲオルクとしての罪のため、遠い地球に連れて来られたのはフリージアもだろう。そして、長い航海に挑もうとしている……」
「それくらい、なんでもないです! お父さんとお母さんと居られるんでしょ? 二人もレスティン・フェレスへ渡るんですよね?」
「それはそうだけれど……」
「今まで、どうして黙っていたのかはわからないけれど、私はお父さんとお母さんに会えて嬉しいわ! ありがとう!」
何度も何度も。今まで呼べなかった分、お父さん、お母さんと呼ぶフリージアの眼からは涙がこぼれていく。
「ああ、フリージア……」
「お父さん、お母さん……!」
抱きしめ合った親子は、この日を忘れないだろう。
長い航海に挑む前に、大きな氷が溶けていく――。
「レンの夢を見た気がする。いや、ティニアだったな……」
カフェでお茶をするという、現実で成し得なかった夢だった。共に過ごしている間も、レンの頭にはアルベルトを殺せと言う命令が下っていたのだろう。それでも、共に暮らした奇跡の日々を忘れることは出来ない。
数日前からだが、フリージアはマリアと共に眠っている。二人は姉妹のように仲がいい。
共にレスティン・フェレスへ行くレオンとティナを、今日は説得しなければいけない。フリージアは二人の娘なのだ。
機関室ではなく治療室へ向かうと、そこには既に起きていたレオンとティナが作業をしていた。
「おはよう、二人とも」
「おはよう、アル」
「おはようございます、アルベルト様。こんなに早く、どうされたのですか」
「二人に話があるんだ」
顔を合わせることなく、同時に俯く二人は今も夫婦のようだ。
「フリージアのことですか」
二人は話について理解していた様子であった。
「ああ。メイから何か聞いているか?」
「はい。資料を見せてくれましたから……」
「余所余所しくする必要なんてないだろう?」
アルベルトの言葉に、二人は視線を合わせると同時にアルベルトを見つめ返した。その瞳には決意が込められている。
「……わかりました。話します」
レオンの力強い言葉に、アルベルトは安堵した。
「そうして欲しい。フリージアには、父親と母親が必要なんだ」
「アルベルト……。ありがとう」
「フリージアは今、マリアのところで支度しているだろうから、呼んでくる。待っててくれ」
アルベルトの去った治療室で、レオンとティナは震えていた。
「置いていった私たちを、恨んでいないでしょうか」
「知らないことが多いだけだ。知ったら、ショックを受けるだけだと思って、避けていた私たちが悪い」
「ゲオルク……」
不意にコンコンという音が響き、奥からリェイラが顔を出した。車椅子に乗る彼女は、まだ言葉が話せない。
「リェイラ、おはよう。どうしました、メイを呼びましょうか」
リェイラはコクンと頷くと、レオンとティナを見つめた。そして、近くにあった紙にペンで文字を書き連ねていく。
「ありがとう、か。いや当然のことをしただけですよ。リェイラ」
リェイラは首を横に振ると、また文字を書きだした。
「フリージアは、娘? か……。ああ、そうなんだ」
「私たちの、遠い前世の娘なのです」
リェイラは驚いた表情を浮かべると、更に文字を書き足した。
「迷う事はない、一緒にいるべき。か……。そうですね、僕もそう思います」
「私たちにそれが許されるのなら、ずっと一緒に居たいと思います」
「本当?」
治療室の扉が勢い良く自動で開けられ、フリージアが飛び込んできた。彼女お得意の浮遊魔法が使われており、フリージア自身がふわふわと宙に浮いている。
「本当に、お父さんとお母さんなの?」
「……そうだ。前世とはいえ、僕たちにとって最初に生まれたのが、フリージアでした」
「あなたは病気だったの。だから、月のゆりかごへ送って、治療を受けるべきだと。……その時代のレンに言われたのよ」
「ッ……! ティニア様から?」
「そうです。あなたにとっては、ティニア様なのですね」
レオンは恐る恐る屈むと、フリージアと目線を同じにした。ティナもそれに倣う。
「フリージア。今更だけれど、……僕たちを恨んでいないか?」
「恨む? どうして?」
きょとんとしたまま、フリージアが声を上げた時、リェイラは車椅子を操作して治療室から出ていった。先に控えていたアルベルト、そしてメイと共に外へ移動したのだ。
「お父さんとお母さんは、私のために月のゆりかごへ送ってくれたんでしょう? どうして恨むの?」
「……ゲオルクとしての罪のため、遠い地球に連れて来られたのはフリージアもだろう。そして、長い航海に挑もうとしている……」
「それくらい、なんでもないです! お父さんとお母さんと居られるんでしょ? 二人もレスティン・フェレスへ渡るんですよね?」
「それはそうだけれど……」
「今まで、どうして黙っていたのかはわからないけれど、私はお父さんとお母さんに会えて嬉しいわ! ありがとう!」
何度も何度も。今まで呼べなかった分、お父さん、お母さんと呼ぶフリージアの眼からは涙がこぼれていく。
「ああ、フリージア……」
「お父さん、お母さん……!」
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長い航海に挑む前に、大きな氷が溶けていく――。
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