【完結】暁の荒野

Lesewolf

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最終話「朱の祝福を手のひらに」

⑯-5 お別れ会

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 戦艦の講堂内で行われるお別れ会には、里に居る者全員と、ミュラー夫妻そしてアドニスが参加した。大きくは無いものの、祭壇にはレンが眠っている。額の銃撃痕はガーゼで隠されている。

 アルベルトが渋っていたのか、会場へ最後にやってきた。

「アルベルト……。来ないのかと思ったわ」
「身内だけみたいなものじゃなかったら、来られなかっただろうな」
「あまり自分を責めないでよ。お別れ会を開くって言ってくれて、嬉しかったのよ。きっと、レンだって……」

 マリアの言葉に、アルベルトの横に居たフリージアが強く頷く。その真剣な眼差しに、アルベルトは恥ずかしそうに微笑んだ。

「ありがとう、マリア」
「アルベルトさん」
「ミュラーさん。いや、ミランダさん。丁度あなた方が来られると聞いて、お別れ会を開こうと思えたのです。ありがとうございます」
「何を言っているの。来るのが遅くなって申し訳ないと思っているのに……。また会えてよかったよ」

 会場でミュラー夫人ミランダと再会を喜んでいると、ディートリヒとアドニスが傍へ寄ってきた。当然だが、黒服なのはミュラー夫妻だけであり、神父服のアドニスだけは変わらず神父の恰好をしていた。

 ティニアのお別れ会らしい、バラバラの装いだ。

「それでは、花を手向けたら、祈りましょうか。レン様は特に神を信仰しているわけでも、天国を信じているわけでもありませんでしたから、来世で我々と会えることを祈りましょう」
「輪廻転生ね。アドニスさんが言うと不思議だな」

 ミランダの言葉に、マリアは首を傾げる。そんなマリアに気付いたミランダは、マリアに輪廻転生の説明をした。命が失われると、再び新たな命として生まれてくるという、廻りの話だ。

「聞いたことがある気がするわ。その時も、ミュラーさんだったかもしれない」
「色々あったものね。忘れても仕方ないわ。忘れたら、また私が教えてあげるよ」
「……うん」

 歯切れの悪いマリアに、心配したミランダは手に持った花をマリアに見せた。美しいフリージアはその甘い香りを漂わせている。

「花、手向けに行きましょう」
「うん」

 マリアたちが席を立った時、レオンとティナが共に花を手向け、跪いて祈りをささげていた。二人にとっては前世からの、そのまた前の前世からの付き合いだ。マリアは無宗教ではあるが、輪廻転生というものを信じざるを得ない。

 人は死んだら産まれてくる。それは精霊であるレンも同じであるのだろうか。レンは意図的に人間に生まれ変わり、人造人間に改造されている。レンはまた生まれ変わるのだろうか。それとも、今ももうどこかで。

 生まれ変わって居れば、会場の端でメイと立っているラウルが黙っていないだろう。車いすに座っているのは、リェイラだ。リェイラはまだ歩くことは出来ないだけでなく、言葉も話せない。衰弱が酷かったショックだと言われている。

「ティニア……」

 震える声を掛け、馴染みの名を口にするマリアを心配そうに見つめていたミランダはレンへ微笑んだ。

「レン。今までありがとう。あなたのこと、忘れないわ。また出会って、最高の友達になって見せる」
「ミュラーさん……。そうよね。私も、最高の友達になりたいな、レン……」

 二人が祈りをささげていると、フリージアがアルベルトの服の裾を引っ張った。早く献花したくてたまらないのだろう。渋っているのはアルベルトだ。周囲にヴァルクとコルネリアが駆け寄ってくると、二人はアルベルトを誘導しようとしていた。子供たちはアルベルトの背中を押しに来たのだ。

「アルベルトお兄ちゃん、行こうよ」
「わかった」

 説得に応じ、カーネーションを手に取る。花言葉などアルベルトは知らないが、レンは綺麗な花を拒むような人ではない。例え摘まれた花だとしても、彼女は受け取るだろう。
 命を大事にする彼女なりに、丁寧に花を扱って。


 ゆっくりと歩む足取りが重く感じていく。レンの前にはマリアが待っていた。フリージアが先に献花し、祈りを捧げる。その熱心無いの祈りは再び会いたいという願いが込められているのだろう。

「レン……」

 目の前に横たわるのは、愛しき者だ。そして、愛しき者の魂の入っていた器といってもいいだろう。ティニアの躯体が横たわっている。あの時、黒龍へ攻撃する際に現した姿は、紛れもなくレンであった。

 奇跡など、そう何度も起きることではない。

「レン、ありがとう。ティニア、また会おう……。レスティン・フェレスで、必ず……」
「必ず会えるわ。だって、レンだもの。物理法則を超えちゃうんだから」
「そうだな……」
「そうですよ! 絶対会えるんです!」

 フリージアは大きな声でその望みを高らかに宣言した。講堂に集まった者が涙を流し、レンであったティニアを見送った。
 マリアはそこには無い十字架を思い浮かべ、講堂の天井を見つめた。ここには教会のステンドグラスもない。そのままアルベルトへ向かうと、男は涙を浮かべていた。

「会えるわ。だから、アルベルト。私も、レスティン・フェレスへ行く」
「え⁉ いや、でも……。お前はフローリストに」
「ううん。決めたの。今ね」

 マリアの言葉に、ミランダが涙を止めどなく流しているのが、マリアの目に入った。ミランダを気遣うディートリヒと目が合うと、マリアはフリージアのように大きく頷いた。

「私は友達と再会を果たして見せる。そして、アルベルトとレンの再会も、この目で見てくるわ。だから、レスティン・フェレスへ渡る。私は人造人間だから、長く生きられるもの。何百年かかろうと、絶対にたどり着いて見せるわ」
「マリア……」
「だから、アルベルト。レンとまた会いましょうよ。ふふ、ティニアって言った方がいいかな!」
「ああ。必ず会おう、ティニアと……」

 マリアとアルベルトが握手を交わすと、フリージアを含めた子供たちが手を叩いた。それに呼応して皆が手を叩き、それが収まるとレオンとティナが駆け寄ってきたのだ。

「私たちも、レスティン・フェレスへ向かいます」
「いいのか?」
「はい。後悔はありません」
「シュタインアムラインの現状は聞いたのか?」
「聞くまでもないよ。患者の移送は終わっている。僕らは、君についていく」
「ありがとう…………」

 横たわるレンの安らかな微笑みが、更に笑ったように感じたアルベルトは、その躯体を見つめた。もう動くことはない躯体は、特殊な機械に入れられて土に還るという。

「ありがとう、レン。また会おうな」

 しめやかに、お別れ会は進んでいく。

 マリアの言葉に涙を流していたミランダだったが、席を立ち上がってマリアを抱きしめに来るまで時間を要した。ミランダ、そしてディートリヒもレスティン・フェレスへ渡るという発言はあったものの、よく考えるようにマリアは勧める程度だった。

「せめて、シュタインアムラインのことを聞いてからでも良かっただろうに」

 ディートリヒの言葉は最もだが、それを聞いたところで何も変わらない。自分のしたいことは、レンと再会を果たすことなのだ。

「そうかもしれないけれど、私はこの戦艦に乗って、レンに会いたいの。一番の友達なんだもの、当然でしょう」
「そうね、そうだと思うよ。マリア……」
「ミランダさん、ディートリヒさん。今までありがとう。メアリーさんにも、宜しく伝えてね」
「もちろんよ。ありがとう、マリア……」
「もう、なんでミランダさんがお礼を言うのよ!」

 お別れ会が終わり、ミランダとディートリヒは旅立ちまでに何度も来ることを宣言し、帰っていった。彼らの帰るシュタインアムラインは、戦時中に誤爆攻撃を多く受けていた。

 そんな最中、立ち向かったレンは人々に受け入れられた。そして、今改めて旅立ったのだった。
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