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最終話「朱の祝福を手のひらに」
⑯-4 君がいない世界で④
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ティナの姿が見えなくなるまで見つめていると、ミランダは笑みを浮かべながらマリアに声をかけた。
「噂のティニアも美人ね」
「噂って何よ」
「……ティニアだった人でしょう?」
「ああ……」
そうであった。マリアはレン=ティニア、そしてティナの前世がティニアであることを忘れていたのだ。マリアにとってティニアと言われれば、それはレンを意味する。
「ねえミュラーさん。改めて思うと、本当に似てないわよね」
「ええ? 似ているって話したばかりじゃない」
「……レンと、ティニアだったティナよ」
「それは……。元々別人だったんだ。仕方ない」
「もっと早く、私が気付いていたら。大人になっていたら。もっと早くに、ティニアと話せていたら……」
思いつめるマリアに、ミランダは花束を持たせると頭をゆっくりと撫でた。手に持ったカーネーションがくしゃりと音を立てる。自然と手に力が入っていたのだ。慌ててその手を緩めるものの、今度はこめかみが熱くなり、涙が浮かんでくる。
「マリア……。後悔というのは、それだけ相手を想っていたという証拠よ。でも、あまり思いつめないで。私たちだって、事情を知っていたのに、何も出来なかったわ……。後手に回っていたもの」
「うん……」
「花を手向けましょう。お別れ会、するんでしょう?」
「うん。ちゃんと、……お別れしないとね」
マリアは一滴の涙で頬を濡らすと、慌ててその頬を袖で拭った。お別れという言葉を口にするのは、やはり堪える。
ミランダは無言でマリアの背中を撫でると、マリアの方を抱き寄せた。
その優しさが心に刺さり、涙がとめどなく流れてゆく。
「レンと、ティニアともっと話がしたかった……!」
「マリア……。そうだよな、辛いよな……」
力強くマリアを抱きしめるミランダの胸で、マリアは泣きじゃくってしまった。
背中を擦りながら、ミランダもまた自らの無力を悟っていた。
◇◇◇
一方、機関室を目指していたディートリヒは迷子になっていた。
「ここはどこだ? 機関室ってのはこっちだったはずだが……」
「おじちゃん誰?」
「おじちゃんはおじちゃんだ。って、おじちゃんと言われるほど歳は………。うん? なんでこんなところに子供が……」
ディートリヒの目の前には、コルネリア少年が立っていた。コルネリアは怯えながらも、恐る恐る声をかけたようだ。
「僕はここに住んでいますから。おじちゃん、もしかしてミュラーさん?」
「あ、ああそうだが……。住んでるって、もしかしてテオドールさんの?」
「テオドール?」
首を傾げるコルネリア少年を前に、ディートリヒはしゃがみ込んで頭を撫でた。
「多分、お前さんのお祖父ちゃんだよ。俺の妻はそいつの子供でな、確かにお前にとっておじちゃんだったな」
「そうなんですか」
「名前は、ジジ、もしくはコルネリアか?」
ディートリヒおじちゃんは嬉しそうに笑いながら、ハッとしたように改まった。
「ああ、名前を名乗っていなかったな。俺はディートリヒ・ミュラー」
「はじめまして。コルネリア・タウ・シュタインです」
「やっぱりそうか! 君もタウ族か!」
「おじちゃんも!?」
コルネリアは嬉しそうにディートリヒを見上げた。人見知りだったのが嘘のように、ディートリヒを見つめている。
「そうか、ミュラーさん! レンお母さんから聞いてます。ミランダさんはフローリストなんですよね」
「ああ、そうだ。とびっきりの美人だ!」
ディートリヒは得意げになってみせると、相手が少年な事に気付いた。
「じゃあ、ミランダおじちゃんも来てるの?」
「おお、ミランダを知っていたか! 会ったら、おじちゃんだなんて言えなくなるぞ!」
「そうなんですね! 楽しみです。それで、ディートリヒおじさんはどこかへ行くの?」
コルネリアの言葉に、ディートリヒは手を叩いた。
「そうなんだ。機関室へ。アルベルトに会っておこうと思ってな」
「アルベルト様に? でしたら、こっちです」
「おお、助かるよ」
コルネリアの案内で機関室へ到着すると、入り口には休憩しているアルベルトとラウル、そしてフリージアがいた。
「アルベルト!」
「……ディートリヒじゃないか!」
ラウルは眉をひそめたが、フリージアは驚いて一歩後方へ下がってしまった。
「久しぶりに会ったが、大変だったな……」
「……ッ。大変だったのは、俺じゃないさ」
「アルベルト……。こんなに髪が伸びて、本当にお前がドラゴンだって感じがするぜ」
「髪なんて関係ないだろう。もう切るから、これ」
「おお? そうなのか? 別に切らなくても……」
「あの……」
フリージアは歩み出ると、スカートの裾を持って挨拶した。
「フリージアです。コルネリアくんの案内で回っておられるのですか?」
「ああ、さっき会ってな。そうか、君がフリージアか。俺はディートリヒ・ミュラーだ」
差し出された手に、戸惑いを見せるフリージアに、ラウルの横槍が入る。
「おっさんとは手を合わせたくないらしい」
「なんだと! って、お前は……」
「直接会うのは久しぶりだな、ディートリヒ・タウ」
「おう。お前もな、ジークフリート・ボレード。目はどうしたんだ?」
ラウルが右目に触れた時、その表情は強張ってしまった。
「レンの目は、アルベルト様が目を通して記憶を見た後に、銀時計に封じました」
「銀時計、アルベルトが持っているのか?」
ディートリヒの言葉に、アルベルトは胸ポケットを軽く叩いた。
「ああ、持ってるよ」
「そうか。……本当にお前が、アルブレヒト様だったのか」
「そうか。タウ族ならそういうことになるのか。俺はお前たちの祖先と共に、地球へ渡ったのだからな」
アルベルトの表情が曇りかけた時、フリージアの声が通路に響いた。
「そろそろ、お別れ会に行きましょうよ。あ、この花はティニア様に?」
「ああ、そうだ。この花はフリージアっていうんだ」
「この花が、フリージア……。きれい。香りもすごく甘い。きっと、ティニア様が喜びますね! 好きな花だって、仰っていたので……」
フリージアの瞳から、涙が溢れていく。アルベルトはそっとフリージアを抱き寄せると、そのまま抱き上げた。
「ごめんなさい」
「気にするな。……それじゃあ、そろそろ講堂へ行こうか」
「うん。ありがとう、アルベルトお兄ちゃん」
「こちらこそ、ありがとう。お嬢さん」
フリージアは顔を埋めたまま、アルベルトを抱きしめた。
「噂のティニアも美人ね」
「噂って何よ」
「……ティニアだった人でしょう?」
「ああ……」
そうであった。マリアはレン=ティニア、そしてティナの前世がティニアであることを忘れていたのだ。マリアにとってティニアと言われれば、それはレンを意味する。
「ねえミュラーさん。改めて思うと、本当に似てないわよね」
「ええ? 似ているって話したばかりじゃない」
「……レンと、ティニアだったティナよ」
「それは……。元々別人だったんだ。仕方ない」
「もっと早く、私が気付いていたら。大人になっていたら。もっと早くに、ティニアと話せていたら……」
思いつめるマリアに、ミランダは花束を持たせると頭をゆっくりと撫でた。手に持ったカーネーションがくしゃりと音を立てる。自然と手に力が入っていたのだ。慌ててその手を緩めるものの、今度はこめかみが熱くなり、涙が浮かんでくる。
「マリア……。後悔というのは、それだけ相手を想っていたという証拠よ。でも、あまり思いつめないで。私たちだって、事情を知っていたのに、何も出来なかったわ……。後手に回っていたもの」
「うん……」
「花を手向けましょう。お別れ会、するんでしょう?」
「うん。ちゃんと、……お別れしないとね」
マリアは一滴の涙で頬を濡らすと、慌ててその頬を袖で拭った。お別れという言葉を口にするのは、やはり堪える。
ミランダは無言でマリアの背中を撫でると、マリアの方を抱き寄せた。
その優しさが心に刺さり、涙がとめどなく流れてゆく。
「レンと、ティニアともっと話がしたかった……!」
「マリア……。そうだよな、辛いよな……」
力強くマリアを抱きしめるミランダの胸で、マリアは泣きじゃくってしまった。
背中を擦りながら、ミランダもまた自らの無力を悟っていた。
◇◇◇
一方、機関室を目指していたディートリヒは迷子になっていた。
「ここはどこだ? 機関室ってのはこっちだったはずだが……」
「おじちゃん誰?」
「おじちゃんはおじちゃんだ。って、おじちゃんと言われるほど歳は………。うん? なんでこんなところに子供が……」
ディートリヒの目の前には、コルネリア少年が立っていた。コルネリアは怯えながらも、恐る恐る声をかけたようだ。
「僕はここに住んでいますから。おじちゃん、もしかしてミュラーさん?」
「あ、ああそうだが……。住んでるって、もしかしてテオドールさんの?」
「テオドール?」
首を傾げるコルネリア少年を前に、ディートリヒはしゃがみ込んで頭を撫でた。
「多分、お前さんのお祖父ちゃんだよ。俺の妻はそいつの子供でな、確かにお前にとっておじちゃんだったな」
「そうなんですか」
「名前は、ジジ、もしくはコルネリアか?」
ディートリヒおじちゃんは嬉しそうに笑いながら、ハッとしたように改まった。
「ああ、名前を名乗っていなかったな。俺はディートリヒ・ミュラー」
「はじめまして。コルネリア・タウ・シュタインです」
「やっぱりそうか! 君もタウ族か!」
「おじちゃんも!?」
コルネリアは嬉しそうにディートリヒを見上げた。人見知りだったのが嘘のように、ディートリヒを見つめている。
「そうか、ミュラーさん! レンお母さんから聞いてます。ミランダさんはフローリストなんですよね」
「ああ、そうだ。とびっきりの美人だ!」
ディートリヒは得意げになってみせると、相手が少年な事に気付いた。
「じゃあ、ミランダおじちゃんも来てるの?」
「おお、ミランダを知っていたか! 会ったら、おじちゃんだなんて言えなくなるぞ!」
「そうなんですね! 楽しみです。それで、ディートリヒおじさんはどこかへ行くの?」
コルネリアの言葉に、ディートリヒは手を叩いた。
「そうなんだ。機関室へ。アルベルトに会っておこうと思ってな」
「アルベルト様に? でしたら、こっちです」
「おお、助かるよ」
コルネリアの案内で機関室へ到着すると、入り口には休憩しているアルベルトとラウル、そしてフリージアがいた。
「アルベルト!」
「……ディートリヒじゃないか!」
ラウルは眉をひそめたが、フリージアは驚いて一歩後方へ下がってしまった。
「久しぶりに会ったが、大変だったな……」
「……ッ。大変だったのは、俺じゃないさ」
「アルベルト……。こんなに髪が伸びて、本当にお前がドラゴンだって感じがするぜ」
「髪なんて関係ないだろう。もう切るから、これ」
「おお? そうなのか? 別に切らなくても……」
「あの……」
フリージアは歩み出ると、スカートの裾を持って挨拶した。
「フリージアです。コルネリアくんの案内で回っておられるのですか?」
「ああ、さっき会ってな。そうか、君がフリージアか。俺はディートリヒ・ミュラーだ」
差し出された手に、戸惑いを見せるフリージアに、ラウルの横槍が入る。
「おっさんとは手を合わせたくないらしい」
「なんだと! って、お前は……」
「直接会うのは久しぶりだな、ディートリヒ・タウ」
「おう。お前もな、ジークフリート・ボレード。目はどうしたんだ?」
ラウルが右目に触れた時、その表情は強張ってしまった。
「レンの目は、アルベルト様が目を通して記憶を見た後に、銀時計に封じました」
「銀時計、アルベルトが持っているのか?」
ディートリヒの言葉に、アルベルトは胸ポケットを軽く叩いた。
「ああ、持ってるよ」
「そうか。……本当にお前が、アルブレヒト様だったのか」
「そうか。タウ族ならそういうことになるのか。俺はお前たちの祖先と共に、地球へ渡ったのだからな」
アルベルトの表情が曇りかけた時、フリージアの声が通路に響いた。
「そろそろ、お別れ会に行きましょうよ。あ、この花はティニア様に?」
「ああ、そうだ。この花はフリージアっていうんだ」
「この花が、フリージア……。きれい。香りもすごく甘い。きっと、ティニア様が喜びますね! 好きな花だって、仰っていたので……」
フリージアの瞳から、涙が溢れていく。アルベルトはそっとフリージアを抱き寄せると、そのまま抱き上げた。
「ごめんなさい」
「気にするな。……それじゃあ、そろそろ講堂へ行こうか」
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