【完結】暁の荒野

Lesewolf

文字の大きさ
上 下
244 / 257
第15輪「緋色の目覚め」

⑮-6 君と闘うということ➄

しおりを挟む
 アドニスの魔法によって、アンチ・ニミアゼルの黒いローブを着た者たちが簡単に投げられ、空間外へ吹き飛ばされていく。

「まったく。攻撃魔法は使えないことになっているんですよ。はああ、ウインドブレス! ……マリア、アルベルトをこちらへ!」
「アルベルト、早く!」

 それでも銃声が鳴り響き、銃弾はアルベルトだけではなく、マリアに目掛けて発射された。
 ラウルがそれを、大きな剣で叩き落としていく。アルベルトが出した剣だ。

「急いでください!」

 黒いローブの人間は次々と銃声を響かせていく。
 アドニスは空間を捻じ曲げ、魔法によって、次々と人間たちを蹴散らしていく。

 悍ましい程の叫び声がこだまし、次々と上空から突き飛ばされていく人間たち。
 彼らの行く末に待つのは、死だけだ。

 それでも、非人道的行為として子供たちを集め、人造人間に作り替えていた彼らの末路としては申し分ないだろう。
 マリアは人間たちの叫び声を心に刻むように、レンを抱きかかえるアルベルトを守ろうと拳銃を構えた。

 これだけでは済まされない。呆気ない彼らの最期は、こんな事では済まされていい筈が無いのだ。

 自分たちが課せられてきた想いを、道を、彼らはどう思っていただろうか。否、どうも思ってなどいない。

「マリア……?」

 アルベルトの呼びかけにも応じず、マリアは拳銃を構えたまま、目を虚ろにするとそのまま歩みだした。

「ラーレ止めろ!」
「どいて、ラウル。私が殺すわ。……こいつらのせいで、私たちは……」

 そうだ。こいつらのせいだ。元はと言えば、こいつらの始めたことで、レンは、アルベルトは、ラウルは、ティナもレオンも……。
 只では死なせない。

 恐ろしい考えが、マリアの中に湧き出していた。

 歩みだしたマリアの周囲からは、魔法陣が広がり、拳銃に呪文のような紋章が集められていくようだった。それは、レンを撃ったアルベルトの拳銃と同じ魔法だ。

「マリア……?」
「ラーレ、やめるんだ! どうしたって言うんだ!」

 二人の呼びかけに何の反応も示さず、マリアは引き金を引いた。叫び声を上げ、一人のローブの男が血吹雪を上げ、その場に崩れ落ちた。
 カチャリという音と共に、すぐに銃声が響き渡る。別の男がその場に倒れ、足を押さえて蹲る。その男の右肩を再びマリアは撃ち抜いた。

 マリアの瞳は赤く、アルベルトのように燃え上がっていた。


「どうせ殺すんでしょう。だったら、私が殺すわ」
「マリアを止めるんだ!」

 慌ててラウルがマリアを掴み、アドニスも駆け寄っていく。

「どうしたというんだ、ラーレ。止めるんだ!」
「ラウルばっかりずるいわ、何人も殺したんでしょう。私も殺したい」
「ラーレ?」

 マリアは拳銃をラウルへ向けると引き金を引いた。ラウルのすぐそばを銃弾が過ぎ去り、ローブの男を撃ち抜いた。致命傷ではないものの、銃弾は見事に命中している。その場に崩れ落ちるローブの男に対し、マリアは笑みを浮かべる。


「殺してやるわ……。みぃんな殺してあげる。皆、あんたたち滅茶苦茶にされたのよ」
「やめろ、ラーレ!」
「なんでよ! 私だって、アイツらのことは……」

 ラウルがマリアを抱きしめようとするが、マリアは狼狽えながらも、歯を食いしばってそれを拒絶しようとした。ラウルの手に込められた力が、マリアへと伝わっていく。ラウルの力であれば、マリアを強引に抱きしめる事も出来ただろうが、彼はそれをしない。

「辞めろ、マリア。お前に拳銃は似合わない!」
「離して。今更、何なのよ」
「そんなことをして、ティニアが悲しまないとでも思っているか!」

(ティニアが……?)

 ラウルはレンではなく、ティニアと呼び掛けながらマリアを強く抱きしめた。

「お前が辛かったことは、皆がわかっている! ここは引いてくれ、マリア」
「でも、だって……。わたし、わたしもう、ひとをうってしまった」

 マリアの手が震えだし、拳銃が音を立てて落ちた。浮かび上がった呪文のような紋章は消え、ただの拳銃が転がる。

「何を言っている。全部急所を外しているだろう!」
「だって、もっと苦しんで死ぬべきだと思って……」
「そうじゃない。わかっているだろう? まだ戻れる、マリア……。君に殺人などさせられない。レンだって、そんなことを望んではいなかった! だからこそ、スイスへ入る際に君を連れていくことに決めたんだ。レンは、マリアのことをとても心配していた! まだ、戻れる!」
「あ……あぁ…………」

 ラウルの腕の中で、マリアは泣き出してしまった。アドニスは結界を張ると一気にアンチ・ニミアゼルの人間を蹴散らし、外へと追い出すことに成功した。

「まったく、マリア……。大丈夫ですか」
「う……ううぅ……」
「まだ油断しないでください、黒龍が見ている!」

 アルベルトと同じ赤い瞳をこちらで睨みながら、黒龍はまだそこに佇んでいた。

「黒龍! どうしてこんなことをしたんだ! 教えてくれ、お前も竜なんだろう!?」

 黒龍と思しき影は何も言わない。無言でそこに在り続けている。
 アルベルトはレンを抱く腕に力を入れる。レンはもうすぐ、冷たく、硬くなっていくだろう。止めはさせていない。苦しませるだけだ。

 アルベルトはレンを見下ろす。男の腕の中で浅い呼吸を繰り返しながら、レンの瞳がぼんやりと開いていく。

「レン……」
「殺ス……さなければ…………ああ……。違う、違う……」
「レン、もう辞めてくれ。頼む、もう……」
「……あ、アルブレヒト」

 時が止まったような気がした。いや、この時で止まればよかったのだ。
 レンがアルベルトの腕に力なく触れ、笑みを浮かべている。

「……レン?」
「……よくやってくれたね、アルベルト…………」
「レン!」

 アルベルトの様子に、泣きじゃくっていたマリアも、抱きしめていたラウルも血相を変えて近づく。

「レン⁉」
「レン、大丈夫なのか⁉」
「……マリア、ラウル…………。ごめんね」
「レン!」

 レンはよろよろと立ち上がろうと、力を入れた。アルベルトが体を支えながら、レンを立ち上がらせていく。

「ああ、漸くこの目で見ることが出来たよ、黒龍……」
「レン……?」
「レン様、その姿は……」

 アドニスの言葉に、一行はレンを見つめた。
 レンは立ち上がる瞬間で、服装はそのままに髪は長く長髪が白銀に染まり、瞳は金色で右眼が隻眼であった。

「黒龍、お前を、ボクは許さない……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】暁の草原

Lesewolf
ファンタジー
かつて守護竜の愛した大陸、ルゼリアがある。 その北西に広がるセシュール国が南、大国ルゼリアとの国境の町で、とある男は昼を過ぎてから目を覚ました。 大戦後の復興に尽力する労働者と、懐かしい日々を語る。 彼らが仕事に戻った後で、宿の大旦那から奇妙な話を聞く。 面識もなく、名もわからない兄を探しているという、少年が店に現れたというのだ。 男は警戒しながらも、少年を探しに町へと向かった。 ===== 別で投稿している「暁の荒野」と連動しています。「暁の荒野」の続編が「暁の草原」になります。 どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。 面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ! ※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。 ===== この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。 ===== 他、Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しておりますが、執筆はNola(エディタツール)で行っております。 Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...