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第15輪「緋色の目覚め」
⑮-1 決意を新たに
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アルベルトが目覚めると、手を握ったまま心配そうに見つめるフリージアが目に入った。その横にはラウルが居り、フリージアのように心配しているのか落ち着かない様子で、アルベルトを見つめている。
「ここは……」
なんとか声を絞り出すと、フリージアが白銀の髪を揺らし、アルベルトの手を両手で握った。
「アルベルトお兄ちゃん! セシュールの里の、アルベルトお兄ちゃんの部屋だよ」
「俺の部屋? ……ああ、そうか。前世の、皇子だったアルブレヒトの部屋か」
ここはスイス国ではない。スイスのシュタインアムラインであれば、隣の部屋で眠る彼女が居た。それが、もう居ないという現実に押し戻されていく。先ほど会話したレンはレンではない。自らのことを、エーテルの残留思念と呼んでいた。あれはそういう空間だったのだ。
少しでもレンを、ティニアのぬくもりを感じたくとも、彼女がどこに居るのかすらわからない。
「ラウル、レンは今どこに居るんだ」
「言うことは出来ない」
「レンに会いたい」
そう、会いたいのだ。会って、抱きしめて。そして……。
「……会わせられない。レンはもう、レンではなくなってしまった。完全にティニアになってしまったんだ」
「会った所で、どうする事も出来ないのか?」
「ティニアは姉さんじゃない。ウイルスに侵されたティニアだ。会う時は、……彼女を殺す時だ」
「ラウル……」
ラウルはレンを愛している。その言葉を言うのがどれほど辛いのか、アルベルトには痛いほどわかっていた。
記憶が際立っていく。自分はレンを救いたいと思い、レンの眼を使って記憶を見てきたのだ。そして、これから緋竜の力を得る。
――君は怖がっている。
彼女はそう言った。あれは眉唾ではない、事実だ。残留思念とはいえ、見透かされていた。今もアルベルトの両手は震えているのは、決して彼女と再会できた喜びだけではない。
「竜の力を継承するのは、そんなにも恐ろしいことなのか?」
ラウルの言葉に、アルベルトは首を横に振る。そうではないのだ。
「その力で俺は過去、竜のブレスでレンを焼いているだろう」
「姉さんの死に悲しんだ後の?」
「そうだ。またそうなってしまうのであれば、尚のこと……」
「レンはあの時」
ラウルは遠い目をしたように、窓の向こうを見つめた。窓の向こうにはボーデン湖の水面が映っていた天井が広がっている。
「アルブレヒトは絶対に自分を焼いたりしない。調整してくれるよ、優しいからと言って、お前に向かっていったんだ」
「その結果が、あの大火傷だった。俺はもう、レンを痛めつけたくはない。どうして、もっと早く記憶を思い出せなかった……」
「アルブレヒト様……。いえ、今はアルベルト様でしたね」
「本当に、止める方法は、殺すことなのか……」
ラウルは拳に力を入れると、アルベルトを見つめた。アルベルトもまた、ラウルを見つめ返す。そこには一握りの願いが込められていた。
「殺すというより、壊すという方が正しいです」
「同じことだろ」
「アルベルト様……」
不意に、ずっと黙っていたフリージアが歩み出ると、アルベルトをギュッと抱きしめた。小さな願いが、断ち切られてしまった。
「覚悟を、決めるしかないのか」
「……はい。俺も、力の限りサポートを…………」
「させられない。お前はお前でやるべきことがあるんじゃないか」
「やるべきこと?」
アルベルトはフリージアを撫でながら、声をかけた。フリージアは震えており、悲しみをこらえているかのようだった。
「フリージア、大丈夫か」
「うん。大丈夫。ティニア様のほうが、心配なの」
「そうだな。俺も心配だよ。……なあ、そうだろ。ラウル」
「…………」
「あいつが死ぬなんて、そんな悲しいこと……。子供たちはどう思うか」
アルベルトはフリージアの頬が濡れているのに気づき、屈んだまま抱きしめた。フリージアはついに嗚咽交じりに泣き出してしまった。
「うう、ティニア様……」
「皆辛いよな。きっと、ヴァルクやコルネリアも辛いんだ。お前がついてやったほうがいいだろ」
「アルベルト様……。そうですね。そうします」
アルベルトはフリージアを抱きしめながら、その手にある金色の光を取り出した。レンの瞳だ。
「お前に返すよ」
「記憶の継承はされたのでしょう? であれば、それは銀時計に、入れておいてください。俺には不要です」
「……そうか。いつか必要になるかもしれないよな。それなら、レンの銀時計に入れよう。弟子のアドニスにも、何か出来る事があるかもしれない」
傷だらけの白銀の懐中時計。これを贈ったのは、自分自身の過去だ。かつてレンであったティニアと喧嘩をしたとき、随分と酷いことを言ってしまった。
――昔の男のことなんて、忘れろよ。
――なんだそんなもの、くだらない。
記憶がなかったことを理由にはしたくない。嫉妬で狂っていたのは自分自身だ。壊れていたのは、アルベルトの方だ。レンは壊れてなどいない。普通に怒るべきことだったのだ。その感情を、想いがどれほどのものだったのか。平手打ちなどで終わらせられるべきことではなかった。
頬に触れたとしても、もうその痛みはない。
アルベルトは懐中時計に手をかざした。懐中時計はカチリと音を立てると、ふわりと開いた。
中からは指輪が二つ現れ、複数の折り紙が入っていた。
折り紙は赤いドラゴン、茶色のドラゴン、そして白で折られた狐だ。レンが折ったものだろうか。
そして、両方とも見覚えのある指輪だ。一つは過去、地球を探索した際にレンと見つけた指輪だ。緑色の宝石が埋め込まれている。
もう一方の指輪は、レンが手柄を立てた見返りに受け取った、アスカニア家からの報酬だ。受け取る際に、アルブレヒト熊公とじゃれあっていたレンが目に浮かぶ。
大切そうにしまい込んであった指輪は真新しく、銀時計の傷がより一層酷く見えてくる。
アルベルトはレンの瞳をエーテルに戻すと、その力を銀時計に封じた。カチリと音を立て、銀時計は再び眠りについてしまった。二つの指輪と、思い出の折り紙と共に。
アルベルトは大切そうに銀時計を胸ポケットへしまう。温かみのある銀時計は、胸へ軽く収まった。
「竜の力を継承するにしても、ひとまずマリアたちの所に行こう」
その言葉に、フリージアは何とか泣き止むと、強くアルベルトに向かって頷いた。ラウルもまた、アルベルトに向かって強く頷くと三人は部屋を後にしたのだった。
「ここは……」
なんとか声を絞り出すと、フリージアが白銀の髪を揺らし、アルベルトの手を両手で握った。
「アルベルトお兄ちゃん! セシュールの里の、アルベルトお兄ちゃんの部屋だよ」
「俺の部屋? ……ああ、そうか。前世の、皇子だったアルブレヒトの部屋か」
ここはスイス国ではない。スイスのシュタインアムラインであれば、隣の部屋で眠る彼女が居た。それが、もう居ないという現実に押し戻されていく。先ほど会話したレンはレンではない。自らのことを、エーテルの残留思念と呼んでいた。あれはそういう空間だったのだ。
少しでもレンを、ティニアのぬくもりを感じたくとも、彼女がどこに居るのかすらわからない。
「ラウル、レンは今どこに居るんだ」
「言うことは出来ない」
「レンに会いたい」
そう、会いたいのだ。会って、抱きしめて。そして……。
「……会わせられない。レンはもう、レンではなくなってしまった。完全にティニアになってしまったんだ」
「会った所で、どうする事も出来ないのか?」
「ティニアは姉さんじゃない。ウイルスに侵されたティニアだ。会う時は、……彼女を殺す時だ」
「ラウル……」
ラウルはレンを愛している。その言葉を言うのがどれほど辛いのか、アルベルトには痛いほどわかっていた。
記憶が際立っていく。自分はレンを救いたいと思い、レンの眼を使って記憶を見てきたのだ。そして、これから緋竜の力を得る。
――君は怖がっている。
彼女はそう言った。あれは眉唾ではない、事実だ。残留思念とはいえ、見透かされていた。今もアルベルトの両手は震えているのは、決して彼女と再会できた喜びだけではない。
「竜の力を継承するのは、そんなにも恐ろしいことなのか?」
ラウルの言葉に、アルベルトは首を横に振る。そうではないのだ。
「その力で俺は過去、竜のブレスでレンを焼いているだろう」
「姉さんの死に悲しんだ後の?」
「そうだ。またそうなってしまうのであれば、尚のこと……」
「レンはあの時」
ラウルは遠い目をしたように、窓の向こうを見つめた。窓の向こうにはボーデン湖の水面が映っていた天井が広がっている。
「アルブレヒトは絶対に自分を焼いたりしない。調整してくれるよ、優しいからと言って、お前に向かっていったんだ」
「その結果が、あの大火傷だった。俺はもう、レンを痛めつけたくはない。どうして、もっと早く記憶を思い出せなかった……」
「アルブレヒト様……。いえ、今はアルベルト様でしたね」
「本当に、止める方法は、殺すことなのか……」
ラウルは拳に力を入れると、アルベルトを見つめた。アルベルトもまた、ラウルを見つめ返す。そこには一握りの願いが込められていた。
「殺すというより、壊すという方が正しいです」
「同じことだろ」
「アルベルト様……」
不意に、ずっと黙っていたフリージアが歩み出ると、アルベルトをギュッと抱きしめた。小さな願いが、断ち切られてしまった。
「覚悟を、決めるしかないのか」
「……はい。俺も、力の限りサポートを…………」
「させられない。お前はお前でやるべきことがあるんじゃないか」
「やるべきこと?」
アルベルトはフリージアを撫でながら、声をかけた。フリージアは震えており、悲しみをこらえているかのようだった。
「フリージア、大丈夫か」
「うん。大丈夫。ティニア様のほうが、心配なの」
「そうだな。俺も心配だよ。……なあ、そうだろ。ラウル」
「…………」
「あいつが死ぬなんて、そんな悲しいこと……。子供たちはどう思うか」
アルベルトはフリージアの頬が濡れているのに気づき、屈んだまま抱きしめた。フリージアはついに嗚咽交じりに泣き出してしまった。
「うう、ティニア様……」
「皆辛いよな。きっと、ヴァルクやコルネリアも辛いんだ。お前がついてやったほうがいいだろ」
「アルベルト様……。そうですね。そうします」
アルベルトはフリージアを抱きしめながら、その手にある金色の光を取り出した。レンの瞳だ。
「お前に返すよ」
「記憶の継承はされたのでしょう? であれば、それは銀時計に、入れておいてください。俺には不要です」
「……そうか。いつか必要になるかもしれないよな。それなら、レンの銀時計に入れよう。弟子のアドニスにも、何か出来る事があるかもしれない」
傷だらけの白銀の懐中時計。これを贈ったのは、自分自身の過去だ。かつてレンであったティニアと喧嘩をしたとき、随分と酷いことを言ってしまった。
――昔の男のことなんて、忘れろよ。
――なんだそんなもの、くだらない。
記憶がなかったことを理由にはしたくない。嫉妬で狂っていたのは自分自身だ。壊れていたのは、アルベルトの方だ。レンは壊れてなどいない。普通に怒るべきことだったのだ。その感情を、想いがどれほどのものだったのか。平手打ちなどで終わらせられるべきことではなかった。
頬に触れたとしても、もうその痛みはない。
アルベルトは懐中時計に手をかざした。懐中時計はカチリと音を立てると、ふわりと開いた。
中からは指輪が二つ現れ、複数の折り紙が入っていた。
折り紙は赤いドラゴン、茶色のドラゴン、そして白で折られた狐だ。レンが折ったものだろうか。
そして、両方とも見覚えのある指輪だ。一つは過去、地球を探索した際にレンと見つけた指輪だ。緑色の宝石が埋め込まれている。
もう一方の指輪は、レンが手柄を立てた見返りに受け取った、アスカニア家からの報酬だ。受け取る際に、アルブレヒト熊公とじゃれあっていたレンが目に浮かぶ。
大切そうにしまい込んであった指輪は真新しく、銀時計の傷がより一層酷く見えてくる。
アルベルトはレンの瞳をエーテルに戻すと、その力を銀時計に封じた。カチリと音を立て、銀時計は再び眠りについてしまった。二つの指輪と、思い出の折り紙と共に。
アルベルトは大切そうに銀時計を胸ポケットへしまう。温かみのある銀時計は、胸へ軽く収まった。
「竜の力を継承するにしても、ひとまずマリアたちの所に行こう」
その言葉に、フリージアは何とか泣き止むと、強くアルベルトに向かって頷いた。ラウルもまた、アルベルトに向かって強く頷くと三人は部屋を後にしたのだった。
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