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暁の荒野 番外編2「白狐のB面」
番外編②-1 白狐のB面①
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※この物語は、暁の荒野 本編 第七輪「嫉妬の狼煙」とリンクしています。
時は1950年6月14日。ティニアは、スイスのシュタインアムラインでぼんやりと目を開けた。辺りはまだ薄暗く、早朝というよりも明朝のという言葉が正しいであろう。
ゆっくりと起き上がると、いつも通り櫛で髪を溶かしていく。前髪を念入りに梳かすと、ティニアは鏡に向かってポツリと呟いた。
「おはよう、ティニア。今日もティニアだね」
うんざりした表情を浮かべ、ティニアは着替えをすませると部屋を後にした。向かいの閉まった扉からは明かりが漏れており、同居を始めた男が寝れずにいたのを知る。
「…………」
ティニアは無言でその扉を見つめると、白銀の懐中時計を胸に家を後にした。
◇◇◇
美しいシュタインアムラインの旧市街には、美しいフレスコ画が描かれており、中世の時代に人々を誘う。ティニアはこの町が好きだ。たとえ中世の時代に飛ぶことが出来ずとも、その街並みから懐かしみを感じることが出来るのだ。
明朝ということもあり、町に人影はない。薄暗い町を一人、金髪碧眼の美女が歩いてく。
「今日もいい天気になるよ。アルブレヒト様」
ポツリと呟いたティニアは、そのまま町の小さな教会へ向かった。教会の中には誰もおらず、真っ暗な空間にただ一人たたずんで居た。声を出すように、ゆっくりと大きく息を吐き出し、そしてゆっくりと息を吸い込む。
毎朝の恒例とはいえ、ティニアにとってそれは日に日に難しくなっていく恒例であった。
「あと何日、僕はボクで居られるんだろうか」
白銀の懐中時計を見つめ、ティニアは寂しそうに銀時計を見つめた。音もなく現れた神父アドニスは、その光景を静かに見守っていた。
「その銀時計、懐かしいですね。もう一対は、どうされたのですか?」
アドニスは対になっている、二つの白銀の懐中時計を知っている。だからこそ、一つしかその手にないことを不思議に思ったのだ。ティニアは物悲しそうに銀時計を撫でながら答えた。
「あの子達に預けているよ。暫く行けていないからね」
あの子たちとは、セシュールの里にいるヴァルクとコルネリアのことだ。ヴァルクは反抗期なのかあまりティニアに甘えようとはせず、反抗的な態度が目立ってきた。一方でコルネリアの方はティニアに甘えており、いつも寂しそうにしていたのだ。
「そうですか。そちらは貴女ので?」
「ボクのじゃないよ。あの子たちが、そう言ってたから」
ティニアに、銀時計の意味は分からない。もうすべて忘れてしまった。ティニアというプログラムが入り込んだ瞬間、レンとして、ケーニヒスベルクとして生きていた記憶の半数が失われてしまったのだ。
全てはラウルと、里の二人。そしてアドニスから聞いた話でそういうものだと思い込むことしか出来ない。
どんな意図をもって、作成者はこれをレンへ手渡したのだろうか。何か話があると言っていたが、何の話であったのだろうか。
それでも、誰も帰って来なかった。銀時計はただの銀時計となってしまうのだろうか。
「……中身は、そのままなのですか」
「そうなんじゃないかな。人の物を勝手に開けるようなこと、ボクがするとでも?」
「そうですよね」
銀時計には魔法がかけられており、その中に小さなものなら収納することが出来る。そして、それらは緻密に保存され、腐り果てることはない。それは紛れもなく、竜の魔法だ。
竜。その緋色の竜は何処へ行ってしまったのか。
見る影もない人間になってしまったとして、それは果たして同じ竜と呼べるのだろうか。
かけがえのない、親友の竜はもうこの世にはいない。
「さすがに、ずっと会えていないから、寂しがってくれているかな」
「あの子達がですか? それとも、あなたがですか? いや、何でも有りませんよ」
あの子たち。ヴァルクとコルネリアのことであろう。当然だが、二人のことではなく、友達であった緋色の竜は寂しがってくれるだろうか。そんな考えを振り払い、ティニアは目の前のアドニスへ向かった。
「ふふふ、ボクは寂しいよ。でもお兄ちゃんの方は、素直じゃないからなあ」
「仕方ありませんよ。思春期なのです。それで、そちらは御開けにはならないのですか」
(いつもそうだ。アドニスは、キミの時計を開けるように促して来る。そんなこと、出来るわけがない)
ティニアはアドニスを見つめと、冷めた目で答えた。
「やだよ。開ける意味なんてないでしょ」
「もう、いいではありませんか。何年経ったのです。開けてしまいなさい」
「なんでだよ。中身が個人的に気になっているだけでしょ? これは、ボクのじゃないんだから」
「無事に戻ってきたら、話があるから聞いてほしいと言われたのでしょう。もしかしたら、手紙が入っているかも」
「そう言って、誰も帰って来なかった」
だからこそ、吐き捨ててしまった。そう、誰も返ってこなかったのだ。
500年も待っていたというのに、誰一人として。
(ゲオルクも、詩阿も、死んでしまったのだろう。二人とも転生していたのだ。連れて帰ると、約束をしたのに)
二人の名を思い返した際に、それでも懐かしみを覚え、笑みが浮かべる。物悲しい微笑みは、アドニスの表情へ飛び火していった。
時は1950年6月14日。ティニアは、スイスのシュタインアムラインでぼんやりと目を開けた。辺りはまだ薄暗く、早朝というよりも明朝のという言葉が正しいであろう。
ゆっくりと起き上がると、いつも通り櫛で髪を溶かしていく。前髪を念入りに梳かすと、ティニアは鏡に向かってポツリと呟いた。
「おはよう、ティニア。今日もティニアだね」
うんざりした表情を浮かべ、ティニアは着替えをすませると部屋を後にした。向かいの閉まった扉からは明かりが漏れており、同居を始めた男が寝れずにいたのを知る。
「…………」
ティニアは無言でその扉を見つめると、白銀の懐中時計を胸に家を後にした。
◇◇◇
美しいシュタインアムラインの旧市街には、美しいフレスコ画が描かれており、中世の時代に人々を誘う。ティニアはこの町が好きだ。たとえ中世の時代に飛ぶことが出来ずとも、その街並みから懐かしみを感じることが出来るのだ。
明朝ということもあり、町に人影はない。薄暗い町を一人、金髪碧眼の美女が歩いてく。
「今日もいい天気になるよ。アルブレヒト様」
ポツリと呟いたティニアは、そのまま町の小さな教会へ向かった。教会の中には誰もおらず、真っ暗な空間にただ一人たたずんで居た。声を出すように、ゆっくりと大きく息を吐き出し、そしてゆっくりと息を吸い込む。
毎朝の恒例とはいえ、ティニアにとってそれは日に日に難しくなっていく恒例であった。
「あと何日、僕はボクで居られるんだろうか」
白銀の懐中時計を見つめ、ティニアは寂しそうに銀時計を見つめた。音もなく現れた神父アドニスは、その光景を静かに見守っていた。
「その銀時計、懐かしいですね。もう一対は、どうされたのですか?」
アドニスは対になっている、二つの白銀の懐中時計を知っている。だからこそ、一つしかその手にないことを不思議に思ったのだ。ティニアは物悲しそうに銀時計を撫でながら答えた。
「あの子達に預けているよ。暫く行けていないからね」
あの子たちとは、セシュールの里にいるヴァルクとコルネリアのことだ。ヴァルクは反抗期なのかあまりティニアに甘えようとはせず、反抗的な態度が目立ってきた。一方でコルネリアの方はティニアに甘えており、いつも寂しそうにしていたのだ。
「そうですか。そちらは貴女ので?」
「ボクのじゃないよ。あの子たちが、そう言ってたから」
ティニアに、銀時計の意味は分からない。もうすべて忘れてしまった。ティニアというプログラムが入り込んだ瞬間、レンとして、ケーニヒスベルクとして生きていた記憶の半数が失われてしまったのだ。
全てはラウルと、里の二人。そしてアドニスから聞いた話でそういうものだと思い込むことしか出来ない。
どんな意図をもって、作成者はこれをレンへ手渡したのだろうか。何か話があると言っていたが、何の話であったのだろうか。
それでも、誰も帰って来なかった。銀時計はただの銀時計となってしまうのだろうか。
「……中身は、そのままなのですか」
「そうなんじゃないかな。人の物を勝手に開けるようなこと、ボクがするとでも?」
「そうですよね」
銀時計には魔法がかけられており、その中に小さなものなら収納することが出来る。そして、それらは緻密に保存され、腐り果てることはない。それは紛れもなく、竜の魔法だ。
竜。その緋色の竜は何処へ行ってしまったのか。
見る影もない人間になってしまったとして、それは果たして同じ竜と呼べるのだろうか。
かけがえのない、親友の竜はもうこの世にはいない。
「さすがに、ずっと会えていないから、寂しがってくれているかな」
「あの子達がですか? それとも、あなたがですか? いや、何でも有りませんよ」
あの子たち。ヴァルクとコルネリアのことであろう。当然だが、二人のことではなく、友達であった緋色の竜は寂しがってくれるだろうか。そんな考えを振り払い、ティニアは目の前のアドニスへ向かった。
「ふふふ、ボクは寂しいよ。でもお兄ちゃんの方は、素直じゃないからなあ」
「仕方ありませんよ。思春期なのです。それで、そちらは御開けにはならないのですか」
(いつもそうだ。アドニスは、キミの時計を開けるように促して来る。そんなこと、出来るわけがない)
ティニアはアドニスを見つめと、冷めた目で答えた。
「やだよ。開ける意味なんてないでしょ」
「もう、いいではありませんか。何年経ったのです。開けてしまいなさい」
「なんでだよ。中身が個人的に気になっているだけでしょ? これは、ボクのじゃないんだから」
「無事に戻ってきたら、話があるから聞いてほしいと言われたのでしょう。もしかしたら、手紙が入っているかも」
「そう言って、誰も帰って来なかった」
だからこそ、吐き捨ててしまった。そう、誰も返ってこなかったのだ。
500年も待っていたというのに、誰一人として。
(ゲオルクも、詩阿も、死んでしまったのだろう。二人とも転生していたのだ。連れて帰ると、約束をしたのに)
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