【完結】暁の荒野

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第14輪「白銀の回想録」

⑭-11 そして、君は作られた④

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「捧げものって、……どういうこと?」

 マリアはティナを見つめた。恐らく彼女は知っていたのだ。ティナは普段のように俯くのではなく、マリアを見つめると強く頷いた。

「マリアは、母親として黒龍への捧げものになるべく、作られたと聞いています」
「は、……母親?」
「はい。マリアは黒龍が求める母親として、捧げられるべき存在でだったと。彼らにとって神へ贈与物。贈り物であるのだと」
「……そう。特別に作られたとは思っていたけれど、まさか母親とはね」
「あまり驚かないのですね」

 ティナの言葉に、マリアは苦笑いだけを浮かべた。当然だが、驚いていないわけではない。マリアは呆れたように両手を上げると、すぐにため息を吐き出した。

「突拍子が無さ過ぎたかな。そりゃ、驚いたけれど。想像を絶するもの」
「……以前、レンたちに言われましたよね。マリアは捕まってはいけない、と。だからこそ、レンは永世中立国であるスイスに入り込む最中、貴女に出くわしたことを幸運に思ったでしょう。……自身の監視下で、貴女を守れるのですから」
「ずっとレンに守られてきたのね、私。レンはすでにあの時、アンチ・ニミアゼルとは少し距離を置いていたということなのかな……」

 どうやってレンが彼らと距離を置けたのかはわからない。里の結界が近いスイスへ渡ってしまえば、彼らの支配から逃れられたのだろうか。思えば、レンはティニアとして存在していた頃、シュタインアムラインから離れたことはない。
 それは、結界の効果外へ出ない為だったのであろうか。

「ラウルの話では、レンはすぐに任務を言い渡されたといいます。その任務に基づいた行動として、多くの人間たちを保護しながら、財団の人間たちと共にスイスへ渡ったのでしょう。それも、軍やアンチ・ニミアゼルに疑われることなく、自然と入り込んだのですから」
「スイスはセシュールの里や戦艦にも近い上に、結界によって黒龍の信徒は入り込めない。レンにとっては好都合よね。計算の上で、スイスへ入ったと考えるのが自然だわ」
「そのようですね。機械人形や人造人間は、黒龍を信仰しているわけではありませんから、スイスへ入ることは可能のようです」
「結界があっても、スイスは安全ではないということなのね……。だからこそ、レンは私の傍でずっと守ってくれていた」

 レンはずっと、マリアを守ろうとしていたのだろう。理由を話すことが出来ない苦悩の方が、想像を絶する。それに、ヴァルクと幼いコルネリアだけで戦艦と里を守っていくことなど、不可能だ。二人の子育ても、レンがしていたのだ。

 レンが守ろうとしていた全てが、行き詰っていたということがわかる。その状態の上に、ティニアの記憶が上書きされていたのだ。そんな状態で孤児院の仕事をこなし、アスカニア家の行く末を見つめ、アルベルトに再会したのだ。アルベルトを殺さなければならないなど、あってはならない。

「どうしてもっと早く、話してくれなかったの。ううん、私がもっと早く大人の考えでいられたら……」

 レンの感情を噛み殺すしぐさを何度も見てきた。その度に力になれないものかと考えたほどだ。どうして、どうしてもっと早く動けなかったのか。マリアは自身の行動を顧みて、歯がゆく感じた。

「レンは、私を連れ帰ろうとはしなかった。そんな素振りだってなかったわ。南下を始めた時はすでに、ミュラーさんたちアレン財団と行動を共にしていた。彼らの支配や監視の目からは逸れていたんじゃないかしら。でなければ、ミュラーさんたちに危害が及ぶもの。私がもっと早くティニアを、レンを見ていたら……」
「マリアだけのせいではありません。ティニアとして、レンが稼働していること。それが彼らにとって安心の種であったのでしょう。レンは私のことも敵視していたようですから…………」

 アルベルトを巡って、レンとティナが対峙していた場面は眼にしている。それでも、その後にマリアとティナ、そしてレンの三人で食事した。あの後のレンは、普通だったのだ。アルベルトが入ることで、レンの何かが変わってしまうとでもいうのか。

「敵視していたわけではないと思う。嫉妬していたんじゃないかしら」

 その感情を、『嫉妬』というのであれば、レンはアルベルトを想っている。レンがアルベルトに危害を加えたいなど、思うはずがない。
 思い合っている二人が命の奪い合いをするなど、以ての外だ。

「どうでしょう。私がアルベルト様の竜としての反応を引き出してしまった時、レンはかなり焦っていましたから」
「それって、上着を投げつけた時の?」
「そうです。アルベルト様の瞳が赤く呼応されていました。私が気付いた時には、レンが上着を投げつけていたのです。上着を受け取った後のアルベルト様の瞳は通常の瞳の色に戻っていました。咄嗟の判断とは言え、レンの取った行動は正しかったのです」

 あの時のレンの反応は確かに変であった。あの後に聞いたティナの話では、二人きりにさせようと足早に帰宅したとのことだった。それが突然、勢いのまま上着をアルベルトに投げつけたというのだ。理不尽なアルベルトの怒りを、彼女はどう受け取ったであろう。

「あれはそういうことだったのね」
「竜だと周囲に知られてはまずいと思ったのでしょう。どこに監視の目があるのか、わかりませんでしたからね」
「赤い目なんて、普通じゃないものね。普通じゃないと言えば、私もか……。異形の存在の母親で、人造人間だなんてね」

 苦笑いを浮かべるマリアに、ティナは口元をきつく締めた。眉間にしわを寄せ、困惑したような表情の彼女はティナらしくもある。

「現実を受け止められなければ、話したところで意味はありません。今のマリアになら、話せる現実です。私が黙っていた話は全てお話いたしました。ごめんなさい、黙っていて」
「そうね。以前の私なら、受け止め切れなかったでしょう。本当に幼かったわ」

 ティナは首を縦に振りながら、苦笑いを浮かべた。その表情から、黙っていた事への罪悪感に苛まれていたことがわかる。気付いた時から苦悩した表情を浮かべ、思い悩むティナしか、マリアは知らない。

「そんなに責任を背負わないでよ。私、ティナが居てくれてよかったと思う事しかないわよ」
「……ありがとう、マリア」
「それで、メイ。黒龍に関する情報はあるの?」
「レスティン・フェレスに存在する、闇を司る竜であるという不確かな情報しか、データベースに在りません。司祭という存在が、直接言葉を賜る、とあります」
「そう。黒龍については、アルベルトも知らないみたいだったけれど。……私が、その黒龍の母親だなんて。冗談じゃないわね」

 黒龍。
 それはレスティン・フェレスに居るとされるドラゴンなのか。それとも、単なるあだ名なのか。その未知なるものの母親として作られたなど、受け入れられるべきことではない。だが、ティナが今まで黙っていた事はマリアにとって歓迎すべきことであった。今のマリアなら現実として受け止められるからだ。だからこそ、ティナには悩んで欲しくはない。

 今のマリアにとって母親などと云う事実は、さほど大したことではない。

 全ての元凶、黒龍。

 その存在がレンを、アルベルトを苦しめているのであれば、やるべきことは一つであろう。
 黒龍を討伐すべきなのだ。その為には、遠い世界にあるという、レスティン・フェレスを目指さなくてはいけない。

「ティナ。私は今まで黙っていてくれたこと、感謝しているわ」
「マリア……」
「それに、今はそれどころじゃないでしょう? 私たちには、やるべきことがあるじゃない」

 マリアにとって、今の現状がその動揺を麻痺させていく。最も重要な事は、自分などのことではないのだ。
 恩人であり、友人であるレンを救うということが、何よりも大切なのだ。

 決して殺させはしない。壊させはしない。

 知らなければいけない黒龍、そしてアンチ・ニミアゼル。マリアは捧げものであるとしたとしても、ここにマリアとして存在しているのだ。
 フローリストになりたくて日々勉強に励んでいた、シュタインアムラインのマリア。
 黒龍の母親として作られた、人造人間のマリア。
 そして、ここに存在しているマリアは同一人物であり、紛れもなくマリア自身だ。

 無数に生きる花を束ね、一つの作品を作り出す。そしてその命を祈るようにお客様へ手渡し、一日でも長く生けてもらいたい。その為なら、辛い水揚げの仕事も大したことではないのだ。

 シュタインアムラインへは戻れない。それでも、諦めなければいいのだ。
 レンのことも、諦めたわけではない。


「母親として作られたと言われても、そんなこと関係ないわ。私は欲張りなの」

 里の水面にゆっくりと泡が広がり、そのまま音を立てて消えていった。それはいつもの光景であり、日常である。夕暮れを迎える夏のボーデン湖の上空には、無数の星が広がりを見せていた。その星空がまるで映し出されたかのような上空は、今まで見た中で一番煌めいていた。
 夜が始まり、そしてやがて朝を迎える。


「私は私。フローリストにもなりたい、人造人間のマリアだわ」

 当たり前が当たり前ではないこの時、無駄な自問自答など無意味だ。

「自分のことは自分で決められる。やりたいことも、やるべきこともね」
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