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第14輪「白銀の回想録」
⑭-5 金色の回想カルテット④
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泡は無数に広がっていく。無限にあるかのように見える泡の一つ一つに、それぞれの物語がある。
それは彼女が生きた証。そして、歩んできた歴史の一端。
自らの不在を生きた、彼女の孤独の時間。
短命の命が過ぎていき、無数に広がっていく。
一つの泡が大きくなった。
「珍しい客人だね。もう君たちの一族は、ボクを忘れてしまったのかと思ったよ」
「訪れるのが遅くなってしまい、申し訳ありません。貴女様の存在を、訝しむ親族も現れてきたのは事実です。ですが、忘れだけではございませんよ」
「まあ。ボクは亡霊みたいなものだから、構わないよ。忘れたなら、それはそれで」
「……今日はお願いがあってまいりました。実は、引き取っていただきたい子供がいるのです」
「子供? ボクは子育てなんてしたことないよ」
男たちの背後から、金髪マッシュボブの小さな少年が、顔を出した。心配そうな少年は、酷く怯えている。
「この子?」
「名を、ゲオルク・カッテ。諸事情でみなしごとなってしまいました。その事情から町に置いておくことも出来ず……」
「誰が魔女の弟子になんかなるか!」
「ほほう?」
「こら、ゲオルク!」
男たちに促された少年ゲオルクは、泣きはらした顔のまま首を垂れた。
「……すいませんでした。ここに住まわせてください」
「棒読みじゃん」
「お願いできませんか」
「良くはないけれど、行く当てがないなら仕方ないね」
「では……‼」
男たちの顔が晴れていく。ゲオルクは眼を見開いて顔を見上げた。
「ただし、名前は変えてもらおう。ここは魔女の住処だからね。真名はやめておいた方がいい」
「名前、変えるの?」
「悪い魔女もいるからね。念のためだよ。そうだなあ、……今日から君は、アドニスだ」
「父上と母上からもらった名を、捨てるなんて出来ません」
「捨てる必要はない。ここでアドニスと呼ばれるだけだよ。真名は忘れないようにね」
泡が無数に沸き立った。ゴポゴポと大きな音を立てる。小さな泡にはアドニスとなった少年がレンの手伝いをする場面が映っている。
◇◇◇
「ここ、宮殿ですよね」
「そーだね、サンスーシっていうらしいよ」
「何しに来たの?」
「芋の育て方がどうのって話をしに来たの」
「なにそれ」
アドニスが呆れ顔をしたところで、フルートの演奏が聞こえてくる。
「そうだ。アドニス、ピアノの弾き方を教えよう。演奏会だよ」
泡が再び沸き立つ。アドニスは大して成長しないまま、ゆっくりと時間が過ぎていく。
「レン」
「なあに」
「熊公に、加護や祝福を与えれば、僕のように長生きできたのでは?」
「うーん。特になにもしなくても、彼は70歳まで生きていたよ。とても偉大な方だった」
「だから、与えれば……‼」
アドニスは大きな声を上げた。レンは静かに首を横に振る。
「アドニス。それはもう魔女の領域だよ。化け物は表舞台には立てないの」
「それは……。ねえ、僕は化け物なの?」
「そうだよ。それでもいいと言ったのは、君じゃない」
アドニスは納得できない様子だ。そのままゆっくりと、偶然にもアルベルトの目の前に立った。
「アルブレヒトという竜の化身どこに居るんでしょうね」
「そうだねえ。……生まれ変わって、ひょっこり現れるんじゃないかな」
「レン様のこと、覚えてますよね」
「どうかなあ。そのアルブレヒト皇子も、最初は何も覚えてなかったよ」
「薄情な奴だ!」
アドニスは口を曲げる。そのまま泡は無数に広がっていった。
泡はやがて大きくなり、あの大事件を映し出す。
◇◇◇
「レン様、町が襲撃されています!」
「知ってる。行くよ、アドニス」
夜の町は無数の人形たちであふれかえっていた。家屋が破壊されているものの、人的被害はまだない。避難する老婆が倒れ、アドニスが前へ買って出た時、その男は現れた。
「まさか、ラウル……⁉」
レンは驚愕の表情を浮かべる。その反応にアドニスも初めて怯えて見せた。長身の男は眼から赤い光を発しており、浅い呼吸を繰り返していた。その姿はアルベルトから見ても尋常ではない。
「知り合いなのですか⁉」
「……嘘だ。ラウル、どうして君が……」
「があああ‼」
ラウルはそのままレンへ襲い掛かり、レンは後方へ回避する。
「アドニス、手出ししないで。攻撃魔法は教えていないんだよ‼」
レンは空へ滑空すると、ラウルもそれを追いかけ、空へ跳ねた。闇の中で光と光が交錯し、所々で激しく光りだす。
「レン‼」
アルベルトの声は届かず、レンはそのままラウルに蹴り落され、冷たい地面へ腰を打ち付ける。
「ぐう!」
「レン様! こいつ……」
「やめて、アドニス‼ 危ない……」
「ッ……‼ がああああ」
ラウルの爪がレンへ襲い掛かったとき、レンは既に詠唱していた。
「闇を切り裂く、光は刃となれ! ライトニング・ボルト‼」
雷の攻撃が決まり、ラウルは地面に叩きつけられる。そのまま苦しそうに呻きながら、もがき苦しんでいる。
「ラウル……。やっぱり、ラウルだ」
「お知り合いですか」
「……緋竜の親友だよ」
「何ですって⁉」
レンはそのまましゃがみ込み、右肩を強く抑えた。出血しており、その量は尋常ではない。
「ぐう……」
「レン様……。回復します、光あれ‼」
「…………ありがとう。君は本当に光属性が強いね。止血技術はボクより上かも」
「今そのような事を申されましても……。あ、アイツまた動きますよ」
ラウルは呻きながら、尚もレンに歯向かってくる。先ほどの電撃で、他の人形たちは既に地面に突っ伏している。
「駄目か、やっぱり向こうのはレベルが違うね。じゃあ他のは……。うわ……ッ」
「レン様!」
「レン!」
思わず叫んだアルベルトだったが、レンはラウルの攻撃をもろに喰らってしまう、左わき腹をえぐられると、そのまま膝をついた。
「ぐう!」
「レン様!」
「コアを攻めるしかないか? ……ラウル、どうすれば。……⁉」
「レン様、避けて‼」
ラウルは尚もレンへ飛び掛かり、その爪で抉ろうとした。レンは間一髪で転がって回避すると、そのままラウルの首元を押さえつけた。
「君、その眼はどうしたの……?」
ニヤリと笑ったレンは、その右眼へ電撃を放った。悍ましい叫び声と共に、ラウルは機能を停止した。ぐったりとしたラウルにの腕を掴み抱えた所で、アドニスが駆け寄る。アルベルトも慌ててその場へ駆け寄った。
それは彼女が生きた証。そして、歩んできた歴史の一端。
自らの不在を生きた、彼女の孤独の時間。
短命の命が過ぎていき、無数に広がっていく。
一つの泡が大きくなった。
「珍しい客人だね。もう君たちの一族は、ボクを忘れてしまったのかと思ったよ」
「訪れるのが遅くなってしまい、申し訳ありません。貴女様の存在を、訝しむ親族も現れてきたのは事実です。ですが、忘れだけではございませんよ」
「まあ。ボクは亡霊みたいなものだから、構わないよ。忘れたなら、それはそれで」
「……今日はお願いがあってまいりました。実は、引き取っていただきたい子供がいるのです」
「子供? ボクは子育てなんてしたことないよ」
男たちの背後から、金髪マッシュボブの小さな少年が、顔を出した。心配そうな少年は、酷く怯えている。
「この子?」
「名を、ゲオルク・カッテ。諸事情でみなしごとなってしまいました。その事情から町に置いておくことも出来ず……」
「誰が魔女の弟子になんかなるか!」
「ほほう?」
「こら、ゲオルク!」
男たちに促された少年ゲオルクは、泣きはらした顔のまま首を垂れた。
「……すいませんでした。ここに住まわせてください」
「棒読みじゃん」
「お願いできませんか」
「良くはないけれど、行く当てがないなら仕方ないね」
「では……‼」
男たちの顔が晴れていく。ゲオルクは眼を見開いて顔を見上げた。
「ただし、名前は変えてもらおう。ここは魔女の住処だからね。真名はやめておいた方がいい」
「名前、変えるの?」
「悪い魔女もいるからね。念のためだよ。そうだなあ、……今日から君は、アドニスだ」
「父上と母上からもらった名を、捨てるなんて出来ません」
「捨てる必要はない。ここでアドニスと呼ばれるだけだよ。真名は忘れないようにね」
泡が無数に沸き立った。ゴポゴポと大きな音を立てる。小さな泡にはアドニスとなった少年がレンの手伝いをする場面が映っている。
◇◇◇
「ここ、宮殿ですよね」
「そーだね、サンスーシっていうらしいよ」
「何しに来たの?」
「芋の育て方がどうのって話をしに来たの」
「なにそれ」
アドニスが呆れ顔をしたところで、フルートの演奏が聞こえてくる。
「そうだ。アドニス、ピアノの弾き方を教えよう。演奏会だよ」
泡が再び沸き立つ。アドニスは大して成長しないまま、ゆっくりと時間が過ぎていく。
「レン」
「なあに」
「熊公に、加護や祝福を与えれば、僕のように長生きできたのでは?」
「うーん。特になにもしなくても、彼は70歳まで生きていたよ。とても偉大な方だった」
「だから、与えれば……‼」
アドニスは大きな声を上げた。レンは静かに首を横に振る。
「アドニス。それはもう魔女の領域だよ。化け物は表舞台には立てないの」
「それは……。ねえ、僕は化け物なの?」
「そうだよ。それでもいいと言ったのは、君じゃない」
アドニスは納得できない様子だ。そのままゆっくりと、偶然にもアルベルトの目の前に立った。
「アルブレヒトという竜の化身どこに居るんでしょうね」
「そうだねえ。……生まれ変わって、ひょっこり現れるんじゃないかな」
「レン様のこと、覚えてますよね」
「どうかなあ。そのアルブレヒト皇子も、最初は何も覚えてなかったよ」
「薄情な奴だ!」
アドニスは口を曲げる。そのまま泡は無数に広がっていった。
泡はやがて大きくなり、あの大事件を映し出す。
◇◇◇
「レン様、町が襲撃されています!」
「知ってる。行くよ、アドニス」
夜の町は無数の人形たちであふれかえっていた。家屋が破壊されているものの、人的被害はまだない。避難する老婆が倒れ、アドニスが前へ買って出た時、その男は現れた。
「まさか、ラウル……⁉」
レンは驚愕の表情を浮かべる。その反応にアドニスも初めて怯えて見せた。長身の男は眼から赤い光を発しており、浅い呼吸を繰り返していた。その姿はアルベルトから見ても尋常ではない。
「知り合いなのですか⁉」
「……嘘だ。ラウル、どうして君が……」
「があああ‼」
ラウルはそのままレンへ襲い掛かり、レンは後方へ回避する。
「アドニス、手出ししないで。攻撃魔法は教えていないんだよ‼」
レンは空へ滑空すると、ラウルもそれを追いかけ、空へ跳ねた。闇の中で光と光が交錯し、所々で激しく光りだす。
「レン‼」
アルベルトの声は届かず、レンはそのままラウルに蹴り落され、冷たい地面へ腰を打ち付ける。
「ぐう!」
「レン様! こいつ……」
「やめて、アドニス‼ 危ない……」
「ッ……‼ がああああ」
ラウルの爪がレンへ襲い掛かったとき、レンは既に詠唱していた。
「闇を切り裂く、光は刃となれ! ライトニング・ボルト‼」
雷の攻撃が決まり、ラウルは地面に叩きつけられる。そのまま苦しそうに呻きながら、もがき苦しんでいる。
「ラウル……。やっぱり、ラウルだ」
「お知り合いですか」
「……緋竜の親友だよ」
「何ですって⁉」
レンはそのまましゃがみ込み、右肩を強く抑えた。出血しており、その量は尋常ではない。
「ぐう……」
「レン様……。回復します、光あれ‼」
「…………ありがとう。君は本当に光属性が強いね。止血技術はボクより上かも」
「今そのような事を申されましても……。あ、アイツまた動きますよ」
ラウルは呻きながら、尚もレンに歯向かってくる。先ほどの電撃で、他の人形たちは既に地面に突っ伏している。
「駄目か、やっぱり向こうのはレベルが違うね。じゃあ他のは……。うわ……ッ」
「レン様!」
「レン!」
思わず叫んだアルベルトだったが、レンはラウルの攻撃をもろに喰らってしまう、左わき腹をえぐられると、そのまま膝をついた。
「ぐう!」
「レン様!」
「コアを攻めるしかないか? ……ラウル、どうすれば。……⁉」
「レン様、避けて‼」
ラウルは尚もレンへ飛び掛かり、その爪で抉ろうとした。レンは間一髪で転がって回避すると、そのままラウルの首元を押さえつけた。
「君、その眼はどうしたの……?」
ニヤリと笑ったレンは、その右眼へ電撃を放った。悍ましい叫び声と共に、ラウルは機能を停止した。ぐったりとしたラウルにの腕を掴み抱えた所で、アドニスが駆け寄る。アルベルトも慌ててその場へ駆け寄った。
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