【完結】暁の荒野

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第14輪「白銀の回想録」

⑭-3 金色の回想カルテット②

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 生い茂った針葉樹が鬱蒼と広がる森だった。そこが比較的に寒い地域であり、低い山脈であることがわかる。

「ここは……。レンはどこだ」

 アルベルトが呟いた瞬間、枝の折れるぽきりという音がした。

「うわわわああ……」

 そこには白銀の十字架を背負った狐が罠にかかっていた。縄で足を縛られている。

「ちぇ~。力使い切ったら、これだよ。なんで獣用の罠がこんなところに仕掛けてあるの! 誰だよ!」
「レン! 大変だ……」

 慌てて駆け寄ったが、縄はおろか、レンに触れることは出来ない。

「そんな! レン……!」
「やっば、人が来た。あいたたた……」

 草を踏みぬく足音が聞こえたかと思うと、その足取りは複数であった。

「はあ。ごめんね、ゲオルク、ティニア。ボクはここで狐鍋の運命だ」
「そんな、レン! 駄目だ、諦めるな」

 足音の聞こえた方角から、若い男の声が聞こえる。

「おい、そろそろいいぞ。お前たちは引き返してくれ」
「はい。貴方様はどうされるので?」
「少し見回ったら戻る」
「わかりました。どうかお気を付けて」

 複数の足音が遠ざかっていくと、若い男は罠にかかった狐を見つけてしまった。

「なんだ、狐か」
「…………」
「狐は臭いんだよなあ。それでいて、尻尾は……。うん⁉ なんだこの狐、白銀で……初めて見るぞ! 背中に十字架‼ おおなんてことだ、主よ……」

 若い男は天を十字出来ると、狐を拝むように手を組んで祈った。その意味が分からないレンはじたばたと暴れ、威嚇攻撃をしている。

「ぐるるる!」
「おっと、いけない。暴れないでおくれよ、今縄を切るからな……。ようし、いいぞ。どうした? 逃げないのか?」
「…………ぐるるる」
「ああ、足を怪我したのか。それじゃあ野生を生き抜くのは難しいだろう。なんてことだ」

 若い男は手を差し出し、そのままじっとレンの前に開いて見せた。

「ほら、何もしないぞ! どうだ、ちょっとは信用する気になったか⁉ 俺は、お前を助けたい!」
「…………」
「そうだ。いい子だ。ああ、足が折れているな。可哀そうに、待っていなさい」

 若い男は小枝を右足に括り付けると、服を破ってひも状にし、それでもって固定した。

「拠点がすぐそこにあるんだ。どうだ、飯付きの宿だ。大丈夫、お前を取って食いやしない」
「ぐるる……」
「よしよし、言葉わかるか? なんて、わかるわけがないな」
「わかるぞ」
「そうか。うんうん、わかるか。流石は狐……。うん⁉」

 若い男はしりもちをつくと、慌てて狐に向かった。

「しゃしゃしゃしゃべった!」
「しゃべる狐もいるんだよ」
「……そうか! 俺が知らないだけか! 世界は広いな、ガッハッハ!」
「…………」
「よしよし、拠点で飯食わせてやるから、少し休んでいけ。ここじゃ凍えてしまう。もうすぐに雪が降り出すぞ」

 若い男に抱えられ、そのままレンはその場を後にした。

 ◇◇◇

 泡が立ち込め、一つの泡が大きくなったときには、木材が周囲に建てられた拠点へ入っていくところだった。レンは男に抱きかかえられ、キョロキョロと周囲を警戒している。

「おお、あれは俺の妻だ!」
「おかえりなさい、貴方。遅いので心配していたのですよ」

 そこには場違いに着飾った美しい美女が立っていた。服装からそれなりの地位であることが見て取れる。

「お前こそ、どうしてこんな場所まで」
「まあ! 狐じゃありませんか! 臭いから近寄らせないで!」
「失礼な! ボクは臭くないもん!」

 レンは若い男の懐でぬくぬくしながら、プイっと機嫌が悪そうにそっぽを向いた。

「しゃしゃしゃべりましたわ!」
「もう! 何なんだよ。しゃべる狐もいるんだい!」
「貴方、これはどういうことですか」
「それはだな……。ああ、自己紹介がまだだったな」

 若い男はゆっくりとレンを落とすと自らの上着を周囲に掛けてやった。

「俺はオットー・フォン・バレンシュテット。ここの頭だ。お前、名前は?」
「レン、……だけど」
「…………そうか。レンか」
「本当にしゃべりますのね。私はエイリカですわ」
「ドン引きしないでまともに喋れる人が、まだ地球にいたんだね」
「ちきゅ……? それは何ですの?」
「なあんでもない」

 レンはそう言いながら、暖かい上着を前足でほりほりした。

「レンは足を怪我しているんだ。レン、あまり動くと足に障るぞ」
「大丈夫大丈夫」
「そうだわ、あなた。今日はあの子も来ていますの」
「おお、そうだったのか。遠路遥々ありがとう、エイリカ。愛しているよ」
「人前でやめてください。ほら、おいで……」

 エイリカと名乗った貴婦人が物陰に隠れた小さな影の主を手招きした。小さな少年がしっかりとした足取りでやってくる。

「レン。紹介するよ、俺たちの息子。アルブレヒトだ」
「お父様、狐に言ってもわかりませんよ」
「むむ!」
「あー。アルブレヒト、この子はな……」

 するとレンは思いっきりバク転すると、すぐに人間の女性姿に化けて見せた。あまりの瞬時の光景に慌てたエイリカ夫人がアルブレヒト少年に駆け寄る。驚きつつも笑みを浮かべているのは、オットーと名乗った若い男だ。

「ボクはしゃべれるし、賢いんだよ! どうだ、驚いたか! えっへん!」
「うわー! しゃべった、すっげー! 化けた!」
「こら、アルブレヒト! どこでそんな話し方を覚えたのです!」
「お母様申し訳ありません。ですが、凄いですよ。この子は何ですか?」
「ボクはレン! えっへん!」

 レンが偉そうに腕を組んだところで、ぼふんと煙りが湧きたち、小さな子狐が煙から現れた。

「んがー! 力が出ない、お腹減った」
「はっはっは。飯にしよう。エイリカ、案内してやってくれ」
「ええ。こちらよ、レン」
「ままままままって! 今の話、聞いてた? ボク、化ける狐だよ? 駄目だよ、なんでそんな狐。どうして直ぐおうちにあげちゃうの⁉」
「ああ。怪我をしていたのですね。臭く……はないようなので、私が連れて行って差し上げますわ。あら、ふわふわ」
「わわ、もこもこしないで! もふるなー!」

 じたばたするレンの首筋をしたエイリカ夫人によって、レンはすぐにそれを辞めて大人しくなった。その様子をじっと見つめているアルブレヒト少年は不思議そうにオットー氏に尋ねた。

「あの子はどうされるのですか?」
「ああ。あの子はもう、うちの家族だ。そのように振舞いなさい。いいですね」
「わかりました、父上」

 泡が立ち込めると、一気に場面が展開していく。オットー氏とアルブレヒト少年を見つめていたアルベルトは、ふと思い出した記憶を手繰り寄せる。

 泡は金色を纏い、そして再び大きくなった。
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