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第13輪「白銀と廻るオモイ」
⑬-12 巡り巡るクラヴィーア
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ラウルは右眼に眼帯を付けたまま、洞窟から現れた。服装は変わっておらず、厚手のコートを羽織っているが、その服には返り血が広がっている。
「ラウル!」
「ラウルお兄ちゃん!」
ヴァルクとコルネリアの叫び声は、マリアに『拳銃を撃つな』と懇願するかのようだ。それでも、マリアは拳銃を向けたが、すぐにその手を緩めた。そのまま拳銃をラウルの前に差し出したのだ。
「はい。これはあなたの拳銃よね」
「どういうつもりだ。俺に拳銃を渡していいとでも?」
「あなたが姉想いで、どうしようもないレン好きなのはわかったわ」
「…………」
マリアの言葉に、ラウルは表情を崩さない。そこへ駆け出してきたのはアルベルトだった。
「ラウル!」
「……その表情。記憶を、俺たちのことを思い出したのか。馬鹿皇子」
「悪かった。お前を一人にして……」
「はあ⁉」
ラウルの表情はあっという間に崩れ、怒りではない感情をむき出しにした。マリアにとってその表情は初めて見るものであり、親しみのある表情だった。
「今頃何なんですか! いい加減にしてくださいよ。あんたはいつもそうだ!」
「すまない、本当に悪かった…………」
「悪い? 悪いと言えば、あんたは生き返ったとでも?」
「……そう言われても仕方がない。優しいお前に、惨い事を強いてしまった」
「優しすぎるのはあんたでしょう! 敵に同情して、隙を突かれるなんて……」
「何、この痴話喧嘩」
「誰がだ! おいラーレ、黙れ」
「はいはい」
その場の一行が和む中、フリージアだけが足をすくませる。フリージアにとって、ラウルは初めて見る者だ。その男が自身の親代わり兄代わりのアルベルトといきなり親しくしていては困惑するだろう。
「フリージア、大丈夫か」
「ごめん、ヴァルクくん……」
その光景を見たラウルはすぐに拳銃をコートの内ポケットへしまった。そしてすぐに跪くと、アルベルトへ忠誠を誓う様に首を垂れる。
「無礼な真似を致しました。申し訳ございません。アルブレヒト様、どうか寛大な処罰を」
「な……、やめてくれ。ラウル。俺はもう、ただのアルベルトだ。何でもないだろ」
「…………抜け駆けはしないと約束したのに」
「は?」
ラウルは顔を上げると懇願するように吠えた。それはまるで悪戯をしでかした犬のようだ。バツが悪そうに視線を逸らしていく。
「あの後、何度もレンに告白してしまって……‼ その上、抱きしめていたなんて」
「お前……。今それ言う所か!」
呆れた顔をしたのは、マリアだけではない。
「で、ですが……」
「大体なんだよ、処置室襲撃は!」
「あ、あれはレンがもう暴走していて……。貴方様はまだ記憶がありませんでしたから……」
「アイツに触れて、キスまで……、しておいて」
「そのことは……」
「ちょっとアルベルト黙って! 落ち着いて!」
マリアが腕を引っ張ると、アルベルトは顔を真っ赤にしたまま視線を逸らした。ティニア、レンのこととなると、やはりこの男は、ポンコツだ。
「アンタ、どうやってここに来たの? アンチ・ニミアゼルの拠点から補足されたりしないの⁉」
「……どうやら、説明がなされているようで、なされていないな」
「…………」
「最後の拠点を潰してきた。もう黒龍、アンチ・ニミアゼルの拠点はもうない。だから俺の素性がバレても良くなった。もう奴らはほほ壊滅状態だ。まだ息の在る者もいるだろうが、何もできまい。人造人間たちは俺の指示で避難している。皆被害者だからな。ヴァルクとコルネリアが良ければ、ここで引き取ってほしい。まだ罪のない子どもばかりなんだ!」
「なんですって……」
ラウルは頷くとともに、ヴァルクとコルネリアもまた頷いた。ラウルはそしてそのまま大きく頷いたが、表情は明るくはない。
「ああ。最後と思われる拠点をぶっ潰してきたから間違いない。改造された子供たちは全員保護できた。それより……」
思い詰めた表情のまま、ティナの前へ進み出る。懐かしい姉を前に、ラウルの険しい顔もほころぶ。
「ごめん、姉さん。辛く当たってしまった」
「いいのよ。ああ、ラウル……」
ティナはラウルを抱き留めるように、優しく迎え入れた。
「……姉さん、あの時。最期の場面で、ウイルスが仕込まれていたのか?」
「はい……。やはり知らなかったようですね」
「やっぱりそうか。レンがずっと、可笑しいと言っていたんだ」
「ラウル、待ってくれ。レンは、アイツは無事なのか!?」
不安は募る。ラウルはひどく張り詰めた表情を浮かべながら、抱きしめるティナから体を離した。
すぐにアルベルトへ跪くと、苦痛を浮かべた。
「…………レンは、もう壊れてしまった。俺じゃどうにも出来ない。止めることも……。助けて欲しくて、ここへ来たんだ。その為に、奴らの拠点も破壊してきた。今更こんなことを言うのはおこがましいが、レンのことだけは……!!」
「ラウル……」
「ラウル、だから言ったでしょう。最初から彼らに相談すべきだったと!!」
アドニスが憤慨しながら話したところで、ラウルは立ち上がった。前のように思い詰め、怒りを秘めた表情だ。アドニスはマリアたちに話そうとしていたとでもいうのだろうか。過ぎてしまったことは、彼の憤りは、もうどうする事も出来ない。
「アルブレヒト様に、そんな酷いことをさせられるか!! 抗えるなら抗うつもりだった!」
「どういうことだ。酷いって……」
「…………」
黙り込むアドニスとラウルに、アルブレヒトは強く抗議する。
「説明しろ!!」
「…………ッ!! ……君に……」
全てが言葉にならないかのように、ラウルは黙り込む。アドニスもそれは同じだ。
意を決したラウルは神妙な面持ちで、アルベルトをじっと見つめる。
「……彼女を、レンを愛しているんだろう?」
「何?」
「それでも、レンを愛し続けられるかと……」
「こんな時に何なんだ! おい、話を逸らすなら……」
「大事なことなんです!」
ラウルは尚も訴える。
「…………アルブレヒト様はレンを、撃ち殺して止めても。それでも、彼女を愛せるか!?」
「誰が、なんだって……」
静まり返る一同を前に、アルベルトの顔色がみるみる青白くなっていった。
追い打ちをかけるように、ラウルの言葉が悲しき里へ響いていく。
「レンを止められるのは貴方しかいないんです。お願いします、アルブレヒト様。あいつを、どうか殺してやってください……」
それは悲鳴のような、張り詰めた声であった。
水のコポコポとした音だけが響き渡り、湿度の高い湿った里を静寂が包み込む――――。
「ラウル!」
「ラウルお兄ちゃん!」
ヴァルクとコルネリアの叫び声は、マリアに『拳銃を撃つな』と懇願するかのようだ。それでも、マリアは拳銃を向けたが、すぐにその手を緩めた。そのまま拳銃をラウルの前に差し出したのだ。
「はい。これはあなたの拳銃よね」
「どういうつもりだ。俺に拳銃を渡していいとでも?」
「あなたが姉想いで、どうしようもないレン好きなのはわかったわ」
「…………」
マリアの言葉に、ラウルは表情を崩さない。そこへ駆け出してきたのはアルベルトだった。
「ラウル!」
「……その表情。記憶を、俺たちのことを思い出したのか。馬鹿皇子」
「悪かった。お前を一人にして……」
「はあ⁉」
ラウルの表情はあっという間に崩れ、怒りではない感情をむき出しにした。マリアにとってその表情は初めて見るものであり、親しみのある表情だった。
「今頃何なんですか! いい加減にしてくださいよ。あんたはいつもそうだ!」
「すまない、本当に悪かった…………」
「悪い? 悪いと言えば、あんたは生き返ったとでも?」
「……そう言われても仕方がない。優しいお前に、惨い事を強いてしまった」
「優しすぎるのはあんたでしょう! 敵に同情して、隙を突かれるなんて……」
「何、この痴話喧嘩」
「誰がだ! おいラーレ、黙れ」
「はいはい」
その場の一行が和む中、フリージアだけが足をすくませる。フリージアにとって、ラウルは初めて見る者だ。その男が自身の親代わり兄代わりのアルベルトといきなり親しくしていては困惑するだろう。
「フリージア、大丈夫か」
「ごめん、ヴァルクくん……」
その光景を見たラウルはすぐに拳銃をコートの内ポケットへしまった。そしてすぐに跪くと、アルベルトへ忠誠を誓う様に首を垂れる。
「無礼な真似を致しました。申し訳ございません。アルブレヒト様、どうか寛大な処罰を」
「な……、やめてくれ。ラウル。俺はもう、ただのアルベルトだ。何でもないだろ」
「…………抜け駆けはしないと約束したのに」
「は?」
ラウルは顔を上げると懇願するように吠えた。それはまるで悪戯をしでかした犬のようだ。バツが悪そうに視線を逸らしていく。
「あの後、何度もレンに告白してしまって……‼ その上、抱きしめていたなんて」
「お前……。今それ言う所か!」
呆れた顔をしたのは、マリアだけではない。
「で、ですが……」
「大体なんだよ、処置室襲撃は!」
「あ、あれはレンがもう暴走していて……。貴方様はまだ記憶がありませんでしたから……」
「アイツに触れて、キスまで……、しておいて」
「そのことは……」
「ちょっとアルベルト黙って! 落ち着いて!」
マリアが腕を引っ張ると、アルベルトは顔を真っ赤にしたまま視線を逸らした。ティニア、レンのこととなると、やはりこの男は、ポンコツだ。
「アンタ、どうやってここに来たの? アンチ・ニミアゼルの拠点から補足されたりしないの⁉」
「……どうやら、説明がなされているようで、なされていないな」
「…………」
「最後の拠点を潰してきた。もう黒龍、アンチ・ニミアゼルの拠点はもうない。だから俺の素性がバレても良くなった。もう奴らはほほ壊滅状態だ。まだ息の在る者もいるだろうが、何もできまい。人造人間たちは俺の指示で避難している。皆被害者だからな。ヴァルクとコルネリアが良ければ、ここで引き取ってほしい。まだ罪のない子どもばかりなんだ!」
「なんですって……」
ラウルは頷くとともに、ヴァルクとコルネリアもまた頷いた。ラウルはそしてそのまま大きく頷いたが、表情は明るくはない。
「ああ。最後と思われる拠点をぶっ潰してきたから間違いない。改造された子供たちは全員保護できた。それより……」
思い詰めた表情のまま、ティナの前へ進み出る。懐かしい姉を前に、ラウルの険しい顔もほころぶ。
「ごめん、姉さん。辛く当たってしまった」
「いいのよ。ああ、ラウル……」
ティナはラウルを抱き留めるように、優しく迎え入れた。
「……姉さん、あの時。最期の場面で、ウイルスが仕込まれていたのか?」
「はい……。やはり知らなかったようですね」
「やっぱりそうか。レンがずっと、可笑しいと言っていたんだ」
「ラウル、待ってくれ。レンは、アイツは無事なのか!?」
不安は募る。ラウルはひどく張り詰めた表情を浮かべながら、抱きしめるティナから体を離した。
すぐにアルベルトへ跪くと、苦痛を浮かべた。
「…………レンは、もう壊れてしまった。俺じゃどうにも出来ない。止めることも……。助けて欲しくて、ここへ来たんだ。その為に、奴らの拠点も破壊してきた。今更こんなことを言うのはおこがましいが、レンのことだけは……!!」
「ラウル……」
「ラウル、だから言ったでしょう。最初から彼らに相談すべきだったと!!」
アドニスが憤慨しながら話したところで、ラウルは立ち上がった。前のように思い詰め、怒りを秘めた表情だ。アドニスはマリアたちに話そうとしていたとでもいうのだろうか。過ぎてしまったことは、彼の憤りは、もうどうする事も出来ない。
「アルブレヒト様に、そんな酷いことをさせられるか!! 抗えるなら抗うつもりだった!」
「どういうことだ。酷いって……」
「…………」
黙り込むアドニスとラウルに、アルブレヒトは強く抗議する。
「説明しろ!!」
「…………ッ!! ……君に……」
全てが言葉にならないかのように、ラウルは黙り込む。アドニスもそれは同じだ。
意を決したラウルは神妙な面持ちで、アルベルトをじっと見つめる。
「……彼女を、レンを愛しているんだろう?」
「何?」
「それでも、レンを愛し続けられるかと……」
「こんな時に何なんだ! おい、話を逸らすなら……」
「大事なことなんです!」
ラウルは尚も訴える。
「…………アルブレヒト様はレンを、撃ち殺して止めても。それでも、彼女を愛せるか!?」
「誰が、なんだって……」
静まり返る一同を前に、アルベルトの顔色がみるみる青白くなっていった。
追い打ちをかけるように、ラウルの言葉が悲しき里へ響いていく。
「レンを止められるのは貴方しかいないんです。お願いします、アルブレヒト様。あいつを、どうか殺してやってください……」
それは悲鳴のような、張り詰めた声であった。
水のコポコポとした音だけが響き渡り、湿度の高い湿った里を静寂が包み込む――――。
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