【完結】暁の荒野

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第13輪「白銀と廻るオモイ」

⑬-11 シンフォニア 第9番②

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 そもそも、無から作り上げられた機械人形である筈のラウルに、恋愛感情があったことに驚いているのではない。そのことに、マリアは衝撃を受けていた。マリアにとって、人形だろうと無から作り上げられても命が宿り、そして恋をして、人を愛することに抵抗はない。それはマリアが人造人間であり、人間から作られたからなのか。機械も大して、人と変らないからなのか。

「そう、ラウルが…………」
「ラウル、ラウルっていうけどさあ……」

 不満そうにヴァルクがぼやいた。

「レンもレンだよ。なんでラウルなんかに、右眼を渡したりしたんだろ……」
「優しいから、レンお母さん……。ラウルお兄ちゃんが壊れたままだったら、きっとアルベルト様が悲しむと思ったんだよね」
「情報も知りたかっただろうしな」
「右眼……」
「そういえば、そうだったわね。ラウルの右眼はレンの……。あれ? レンの右眼って、もしかして」


「ラウルの右眼は、レンの眼だわ!」
「アイツの右眼は、レンの眼か!」


 アルベルトと目を合わせたマリアは同時に叫んだ。大声を上げずにはいられなかった。

「どうしたの? お兄ちゃん、お姉ちゃん……」
「フリージア! ラウルの右眼、襲撃してきた男の右眼は、精霊のような存在だった狐のレンの眼なの!」
「え? そうなんですか?」

 その言葉に、アドニスまでが大声を上げる。

「ああ! そうか。右眼を使って、レン様に力を返せれば……」
「そんなこと出来るの⁉ ねえ、そうしたらレンは元に」
「どうでしょう。レンの身体は私の躯体ですから……」
「だからよ! ラウルに右眼が渡れたのなら、同じ姉弟機体のティニアにだって、右眼はわたるわ!」
「‼ そうか、レンが力を取り戻せるかもしれないのか!」

 レオンも声を上げる。その言葉に、ティナだけではなくフリージアも明るい表情を浮かべる。

「ラウルは気付いてたんじゃない⁉ あえてレンの要求に応えて、錯乱させないようにしていたんだとしたら……」

 ティナはすぐに顔を伏せると、表情に暗い影が差した。

「だとしても、拳銃を渡す必要はなかったと思います。私はあの場に拳銃を持ち込んでいきましたが、守り切れなくて……。アルベルト様は良く避けられましたね」
「あ、ああ……」

 ラウルは、アルベルトならレンの銃撃なら避けられると思っていたのだろうか。思い返せば、ラウルは殆ど発砲してはないのだ。だとしてもレンはレオンとティナを撃ち、アルベルトは頬を銃弾が掠めている。

「ねえ、アドニスさん。ラウルとは何かなかったの? 処置室に来るの、遅かったじゃない」
「ああ。あれはラウルから頼まれて、ミュラー夫妻たちと先手を打っていただいたのですよ」
「え? ミュラーさんに?」

 マリアは驚きの声を上げる。そして、あの日に何が起こっていたのかの全貌を知るのだ。


 アドニスは遠い目をすると、アルベルトのように天井の青を見つめた。水面の波紋が丁度、覆いつくそうとしている。

「まず、銃声でもって我々を牽制したラウルは、確実に通報されるでしょう。ラウルはそれを見込んでいました。その通報を最初にしたのが、ミュラー夫妻です」
「ええ。軍を呼んだのが、ミュラー夫妻だっていうの?」

 あの素早い通報は故意だったというのか。マリアは驚きの声を上げる。しかし、そうでなくてはいけなかった理由はなんとなくだが理解できた。それをアドニスが補足する。

「軍が来れば、ティニアを引かせる充分な理由になりますからね。アンチ・ニミアゼルにとっても、軍に捕捉されることはあってはなりません。充分引き上げるには、都合の良い理由なのですよ」
「意図的に、軍を呼んだのか」
「ええ、そうです。そして、通報の中身はこうです。『謎の武装組織が診療所を襲撃、医師と薬剤師を人質に取り逃走した』です」
「なっ……なんですって⁉」
「なるほど。僕やティニア、レンが居ない理由をあえて作り上げたという訳ですか」

 アドニスは何度も頷いた。

「必要以上に孤児院へ動揺が広がるといけませんからね。表向きはそういう事にしておけばいいのです。子供たちは動揺するでしょうが」
「手際が良すぎるけれど、もしかして最初からそういう計画だったの?」
「そうです。私は一応現場に居た者として軍へ証言しましたから、そのまま報告が上がっているでしょうね」
「私やアルベルトはどうするの? ティナは私と同居しているからいいとして」

 その言葉に反応したのはアルベルトだった。

「そうか、アレン財団が動いているのか」
「アレン財団が?」
「シュタイン親分は、あれでいてアレン財団の人なんだ。そうなんだな。俺が居なくなった所で、別に誤魔化そうと思えば誤魔化せるというわけだ」
「親分……。なんだかんだレンと親しかったのは、そういう事なのね」
「ねえ、シュタイン親分って。タウ族の?」

 コルネリアの言葉に反応したのはアドニスだった。

「ええ。そうです。アデライド・ティエリー氏はタウ族の方ですよ」

 その言葉にコルネリアが深くお辞儀をしながら、丁寧に自己紹介をする。

「ごめんなさい。ご紹介しませんでしたっけ。僕の名前は、コルネリア・タウ・シュタインです。シュタインはタウ族でもレスティン・フェレスの北方にいた部族の名だと聞いています」
「ミュラー夫人。ミランダ氏の旧姓がシュタインですよ」

 アドニスが説明を付け加える。その言葉に、アルベルトが驚きの声を上げた。

「親分とミュラー夫人は親戚関係だったのか」
「ええ、そうです。あとは想像にお任せしますが、アレン財団によって隠蔽されますので、表沙汰に大騒ぎされることはないでしょうね。医師レオンと薬剤師ティニアの捜索については、頑張ってもらう事になるでしょうが、まあまず見つかりませんからね」
「……入院していた患者については」
「軍が既にほかの病院へ手配していますよ」
「そうですか……」

 レオンがホッと胸を撫で下ろした時、アドニスの表情が変わった。同時にティナ、そしてマリアが洞窟のあった方角を睨みつける。

「どうした」
「誰か来たわ……」
「おい、ここは誰も来れないんじゃなかったのか」
「来られませんよ! まさか……」

 アドニスが駆け出す前に、マリアが駆け出していた。

「マリア!」

 アドニスの声を気にすることなく、走り抜け、そして洞窟の手前で拳銃を構える。

「撃ちたければ撃ち殺せ。俺のコアはここだ」

 その声は先ほどまで噂していた人物であり、そして来られるはずがないと言っていた男。男は額を指さした。

「ラウル…………」

 眼帯をしたまま、くたびれた様子のラウルは返り血を浴びている姿で現れた。訪れる事はないと言っていただけに、一同は驚きの表情を浮かべた。
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