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第13輪「白銀と廻るオモイ」
⑬-10 シンフォニア 第9番①
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アドニスは人差し指を上げたまま、一行を見下ろすようにじっと見つめた。陰湿な瞳はその場にいるもの全てを射貫くかのようだ。
「その一つは、レン様の意識がまだあると仮定した場合です」
「待ってよ。仮定って何? レンは、ティニアはまだ」
「レン様の意識がなくなるということは、すなわち完全にティニアとなった場合を指すのですよ」
「そんなの、まだわからないじゃない!」
マリアの叫びをアドニスは冷たい視線で受け止める。アルベルトはフリージアを背中へ守るように隠した。フリージアはアルベルトを抱きしめるように顔を埋めたが、すぐにアドニスを睨んだ。睨まれたアドニスは、そのまま冷ややかに絶望を語る。
「君はどうなると思いますか、ティナ」
「…………」
「やめてください、アドニスさん……」
ティナを庇うレオンに、アドニスは更なる睨みを利かせる。しかし、その視線には悪意より哀れみが漂っており、アドニスの悲しみが伝わってくるようだ。
ティナは歯がゆそうにアドニスを見つめ返した。
「アドニスさんの言いたいことはわかりました」
「ティナ……」
マリアの呼びかけに、ティナは口元を閉めながら神妙な面持ちで頷いた。
「私やマリアに、自滅機能はありません。私が自爆プログラムによって貴重な躯体を壊しましたから、その影響なのだと思います。彼らは命令を仕損じた躯体を廃棄処分しても、またリサイクルしていましたから」
マリアたちには自滅機能はない。死にたくても生き続け、再利用されて生きる運命にある。それは単なる部品に過ぎないのか。
「もし、レンがティニアに飲み込まれたら、ウイルスに飲み込まれたらどうなるの?」
「抗うことは難しいと思います。ティニアとなったレン様がこの場所を突き止めてしまえば、真っ先にアルベルト様を殺しに来るでしょう……」
「しかし問題なのは、アルベルトが死んだところで、レン様は元に戻りません。やることは一つ。レン様を破壊、殺すことです」
「なッ……」
「…………‼」
フリージアは衝撃でたじろぐと絶句してしまう。その場にいる誰もが、それは望んでいない事だ。それでも現実では、頭ではわかって居たことである。そんな恐ろしい選択肢しか残っていないのだろうか。
「だからこそレン様の意識がある場合、それらは躊躇われるでしょう。ですが、それはあくまでこちらの話。レン様が隙を作ってくだされば、我々だろうとコアを撃ち抜くことが出来るというわけです」
「ちょ、ちょっと待ってよ。レンを、……殺すなんて」
「レン様のコアは額にあると聞いています。そこを破壊、威力の高い拳銃で撃ち抜くしかありません。……僕は攻撃魔法を教わっておりませんのでね」
「待って、アドニスさん。待ってよ!」
「もう方法はないのです。レン様が飲まれてしまえば……」
「なんでそんなことになるのよ。そんな事、絶対にさせない」
それは予感していた最も恐ろしい選択だ。レンを、撃つなどあってはならない。まして、破壊するなど。コアを撃てばレンの機能は停止する。それは死を意味するというのに。
(何か、何か方法があるはずよ……‼)
考えを巡らせる中、マリアの脳裏に浮かんだのは隻眼のラウルだった。ラウルは何故、彼女に拳銃を渡したのか。渡してしまえば、レンはティニアとしてアルベルトを撃つだろう。
ラウルはアルベルトを殺したかったのだろうか。嫉妬とはいえ、かつて共に戦艦に乗船した仲間を撃つことにつながる。あの殺意に見覚えはあった。それでも、どこか不自然さを感じるのだ。
そもそも、ラウルは敵なのか。
絶望の表情を浮かべるアルベルトではなく、アドニスへ質問をぶつける。
「アドニスさん」
「何ですか」
マリアは神妙な面持ちでアドニスを見つめる。アドニスもじっと見つめ返すと、根負けしたように肩をすくめた。
「ラウルは、アルベルトと。アルブレヒトと親しかったんじゃないの? 一緒に船へ乗る間柄でしょ?」
「…………」
「親しかったですよ」
「ティナ! やっぱりそうだったのね」
「……ラウルは」
アルベルトが重い口を開く。当初あった嫉妬だけの嫌悪とは違い、親しみを込めた呼び方だ。フリージアが強くアルベルトを掴む。
「ラウルは俺にとって二人目の親友で、機械人形だった。ラウルは酷く真面目で、曲がったことは嫌いな奴だ。それでいて頑固で、……優しい奴だ」
「アルベルト様……。ラウルのことを思い出されたのですね」
「……ああ。アイツは元々レンが好きで、戦艦でもずっと俺と言い争いをしていたな」
アルベルトは遠い目をして、天空へ広がる青い螺旋に広がる泡の広がりを見つめる。その泡に、何を見ているのかはマリアにはわからなかった。そっとフリージアを抱き寄せ、撫でながら。
数百年の航海、長い命であったであろうアルベルトの前世、竜の化身アルブレヒト。
それに付き添った機械人形ラウルは、歳を取らない。その関係は唯一無二ではなかったのだろうか。
「あの、アルベルト様」
ティナは落ち着いた様子でアルベルトへ語り掛ける。時折フリージアを見つめ、優しく微笑んだ。
「私も、ラウルが戦艦に乗ってアルベルト様と旅立ったとレオン達から聞き、驚きました。ラウルまで、レンと離れる道を選んだのかと。ラウルは作られてすぐにレンと会っていて、ずっと片思いをしていたそうですから」
「そうなの?」
「はい。レスティン・フェレスでも何度か告白をしていましたが、悉皆振られていましたよ」
「ええ? あのラウルが…………?」
隻眼だと思っていた眼帯男。その右眼には、彼の愛するレンの眼を秘めている。
人相の悪い、殺意にあふれたラウルしか思い浮かばないマリアにとって、その印象は最悪だった。
それでも、イタリアの謎の拠点で再会したラウルは、多少親しみやすいキャラであった。それこそ、ラウルの本来の姿だったのであろう。そうであるのなら嫉妬に狂ったとはいえ、彼が本気でアルベルトを殺そうなどとは思えない。
「その一つは、レン様の意識がまだあると仮定した場合です」
「待ってよ。仮定って何? レンは、ティニアはまだ」
「レン様の意識がなくなるということは、すなわち完全にティニアとなった場合を指すのですよ」
「そんなの、まだわからないじゃない!」
マリアの叫びをアドニスは冷たい視線で受け止める。アルベルトはフリージアを背中へ守るように隠した。フリージアはアルベルトを抱きしめるように顔を埋めたが、すぐにアドニスを睨んだ。睨まれたアドニスは、そのまま冷ややかに絶望を語る。
「君はどうなると思いますか、ティナ」
「…………」
「やめてください、アドニスさん……」
ティナを庇うレオンに、アドニスは更なる睨みを利かせる。しかし、その視線には悪意より哀れみが漂っており、アドニスの悲しみが伝わってくるようだ。
ティナは歯がゆそうにアドニスを見つめ返した。
「アドニスさんの言いたいことはわかりました」
「ティナ……」
マリアの呼びかけに、ティナは口元を閉めながら神妙な面持ちで頷いた。
「私やマリアに、自滅機能はありません。私が自爆プログラムによって貴重な躯体を壊しましたから、その影響なのだと思います。彼らは命令を仕損じた躯体を廃棄処分しても、またリサイクルしていましたから」
マリアたちには自滅機能はない。死にたくても生き続け、再利用されて生きる運命にある。それは単なる部品に過ぎないのか。
「もし、レンがティニアに飲み込まれたら、ウイルスに飲み込まれたらどうなるの?」
「抗うことは難しいと思います。ティニアとなったレン様がこの場所を突き止めてしまえば、真っ先にアルベルト様を殺しに来るでしょう……」
「しかし問題なのは、アルベルトが死んだところで、レン様は元に戻りません。やることは一つ。レン様を破壊、殺すことです」
「なッ……」
「…………‼」
フリージアは衝撃でたじろぐと絶句してしまう。その場にいる誰もが、それは望んでいない事だ。それでも現実では、頭ではわかって居たことである。そんな恐ろしい選択肢しか残っていないのだろうか。
「だからこそレン様の意識がある場合、それらは躊躇われるでしょう。ですが、それはあくまでこちらの話。レン様が隙を作ってくだされば、我々だろうとコアを撃ち抜くことが出来るというわけです」
「ちょ、ちょっと待ってよ。レンを、……殺すなんて」
「レン様のコアは額にあると聞いています。そこを破壊、威力の高い拳銃で撃ち抜くしかありません。……僕は攻撃魔法を教わっておりませんのでね」
「待って、アドニスさん。待ってよ!」
「もう方法はないのです。レン様が飲まれてしまえば……」
「なんでそんなことになるのよ。そんな事、絶対にさせない」
それは予感していた最も恐ろしい選択だ。レンを、撃つなどあってはならない。まして、破壊するなど。コアを撃てばレンの機能は停止する。それは死を意味するというのに。
(何か、何か方法があるはずよ……‼)
考えを巡らせる中、マリアの脳裏に浮かんだのは隻眼のラウルだった。ラウルは何故、彼女に拳銃を渡したのか。渡してしまえば、レンはティニアとしてアルベルトを撃つだろう。
ラウルはアルベルトを殺したかったのだろうか。嫉妬とはいえ、かつて共に戦艦に乗船した仲間を撃つことにつながる。あの殺意に見覚えはあった。それでも、どこか不自然さを感じるのだ。
そもそも、ラウルは敵なのか。
絶望の表情を浮かべるアルベルトではなく、アドニスへ質問をぶつける。
「アドニスさん」
「何ですか」
マリアは神妙な面持ちでアドニスを見つめる。アドニスもじっと見つめ返すと、根負けしたように肩をすくめた。
「ラウルは、アルベルトと。アルブレヒトと親しかったんじゃないの? 一緒に船へ乗る間柄でしょ?」
「…………」
「親しかったですよ」
「ティナ! やっぱりそうだったのね」
「……ラウルは」
アルベルトが重い口を開く。当初あった嫉妬だけの嫌悪とは違い、親しみを込めた呼び方だ。フリージアが強くアルベルトを掴む。
「ラウルは俺にとって二人目の親友で、機械人形だった。ラウルは酷く真面目で、曲がったことは嫌いな奴だ。それでいて頑固で、……優しい奴だ」
「アルベルト様……。ラウルのことを思い出されたのですね」
「……ああ。アイツは元々レンが好きで、戦艦でもずっと俺と言い争いをしていたな」
アルベルトは遠い目をして、天空へ広がる青い螺旋に広がる泡の広がりを見つめる。その泡に、何を見ているのかはマリアにはわからなかった。そっとフリージアを抱き寄せ、撫でながら。
数百年の航海、長い命であったであろうアルベルトの前世、竜の化身アルブレヒト。
それに付き添った機械人形ラウルは、歳を取らない。その関係は唯一無二ではなかったのだろうか。
「あの、アルベルト様」
ティナは落ち着いた様子でアルベルトへ語り掛ける。時折フリージアを見つめ、優しく微笑んだ。
「私も、ラウルが戦艦に乗ってアルベルト様と旅立ったとレオン達から聞き、驚きました。ラウルまで、レンと離れる道を選んだのかと。ラウルは作られてすぐにレンと会っていて、ずっと片思いをしていたそうですから」
「そうなの?」
「はい。レスティン・フェレスでも何度か告白をしていましたが、悉皆振られていましたよ」
「ええ? あのラウルが…………?」
隻眼だと思っていた眼帯男。その右眼には、彼の愛するレンの眼を秘めている。
人相の悪い、殺意にあふれたラウルしか思い浮かばないマリアにとって、その印象は最悪だった。
それでも、イタリアの謎の拠点で再会したラウルは、多少親しみやすいキャラであった。それこそ、ラウルの本来の姿だったのであろう。そうであるのなら嫉妬に狂ったとはいえ、彼が本気でアルベルトを殺そうなどとは思えない。
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