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第13輪「白銀と廻るオモイ」
⑬-8 インヴェンション第4章③
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それは湖鏡が何であるかよりも先に、少女の疑問へと繋がる。
「アルお兄ちゃん、そんな昔から、ティニア様のこと見ていたの?」
「ああ、そういうことなのね。…………ごめん。ちょっとドン引き」
アルベルトは照れながら頭をかきつつ、フリージアを掴む腕に力を入れた。
「……だから言いたくなかったんだよ」
「それで、その。みずうみかがみってなに?」
「レスティン・フェレスに居た水龍、水を司る龍の力でな、遠くを見ることが出来る力なんだ。その力が備わった湖というものがあって、普通の人はただの湖にしか見えないんだが……」
「ティニア様が狐さんだった時を、ずーっと見ていたんですね!」
キラキラとした瞳で、青い瞳を煌めかせたフリージアは腕を組む手に力を入れた。アルベルトは逃げることが出来ずに、赤面させながら頷いた。
「まあ、そうなんだが。竜だった時代の幼い俺は、その湖鏡を伝っていたんだ。よく湖鏡に影を送って、レンと遊んでいたんだ」
「遊んでたって……。なにそれ、例えば?」
「強い騎士が居るって聞いたら、喧嘩吹っ掛けるとか……。宝さがしとか……」
「…………なにそれ」
色気のある話を期待していたマリアにとっては拍子抜けした話だった。要するにアルベルトとティニアの前世は、地球で楽しく冒険していたということなのだろう。
「レンが仲良くなったお姫様をこっそり連れてきて、連れ去りだって大騒ぎになったり……」
「しょうもないことしてたのね」
マリアは呆れた顔で答えた。今までの緊張が嘘のようである。フリージアだけではなく、ヴァルクとコルネリアも呆れてしまっている。
「そういう事じゃなくてだな。その時に、俺がいたずらで両方の星を結んでしまったんだ」
「しょうもないことやって、両方の星を扉で結んだんですね。それで、俺たちの遠い先祖が迷い込んでレスティン・フェレスへやってきた」
「そうだな。子供ながら、馬鹿なことをしていたよ」
「レンもいたってことは……」
「元々、ゲートで繋げたのはレンをレスティン・フェレスへ連れて行こうと思ったからなんだ……」
「それまでは、その。影で会っていたの?」
影というものがよくわからないまま、マリアは訪ねた。そもそも竜という生き物についてもあやふやだ。火を噴くドラゴンといったところなのだろうか。そして狐がレンであり、竜と小動物の出会いから意味がわからない。そんな途方もなく昔から、二人は知り合いだったということに驚きが隠せない。
「実体を通すには、湖鏡では力不足だったんだ。水龍はもう亡くなっていたからな」
「それで、通ってしまった人々は、地球へ戻れなかったの?」
「往来が自由に出来る状態は短期間だった。俺はとんでもない事をしたと思って、すぐにゲートを、扉を閉めて水中深くに沈めたんだ。俺はレスティン・フェレスに渡ってしまった人々の子孫を地球へと帰し、ゲートを破壊して帰るつもりだった」
「そう。そういう目的もあったのね」
黙って聞いていたレオンとティナは俯いたままだ。何かほかの理由があるのだろう。
「レオン先生とティナは何か言いたげね。話せること話してほしいの」
「……そうですね。もしそれが過ちだとしても。その悪戯がなければ、レンはそこで死んでいたと聞いていましたから」
「……え?」
レオンの言葉に、フリージアは身震いした。『死んでいた』とはどういう事なのか。
「言葉通りです。これはレンから聞いたのですが、話しても?」
「あ、ああ……。アイツ、覚えてたのか」
「レンは、白銀の狐で珍しいことに背中に十字架を背負っていた。その為に捕獲令が各地で出されていたそうです」
「捕獲って……」
「はく製にするためだったと聞いています」
「……は、はく製⁉」
その言葉にアドニスが反応し、あまりいい表情を浮かべず、淡々と語る。
「かつての昔。地球での当時、十字架は神を意味するものではありませんでした。だからこそ、ただの珍しい白銀の狐で通っていたのです。十字架が神を意味するものへ変わった瞬間、レンは神の捧げものに丁度良かったわけですよ」
「…………」
「西暦元年ごろでしょうね。レンはすぐにアルブレヒトという緋竜に拾われ、レスティン・フェレスへのゲートをくぐって逃げてきたそうです。そして、地球側から、レンを追えないように扉をレスティン・フェレス側で破壊した。そうですよね」
「そうだ。だから、レスティン・フェレス、そして地球との往来は出来なくなった」
「じゃあ、その前に移動してしまった地球人は……」
「ああ。帰れなくなったんだ。両星間で交流していた彼らは、突然祖国へ、地球へ帰れなくなり行き別れになってしまった」
「そんな……」
フリージアの生き別れという言葉へのショックは、腕を掴むアルベルトへダイレクトに伝わった。その震えが心にグサリと刺さる。それでも、レンを死なせるわけにはいかなかったという、幼い竜アルブレヒトの葛藤が垣間見える。
「あの。アルベルト様、いやアルベルトさん……」
コルネリアがアルベルトへ何かを言おうとしたとき、ヴァルクがそれを制止した。幼い少年に代わり、その言葉を伝える。
「元々、祖先もバカだったんですよ。あんただけの責任じゃない」
「ヴァルク……」
「祖先は緋竜に通るなと言われていたゲートを通り、貿易して儲けようとしてたんだ。俺の一族、ラダ族のチェーニー一家がそうだった。レスティン・フェレスからやってきた人もそうでしょう。それを通って貿易していて、帰れなくなった。それだけだったのに、アルブレヒト様は自身の罪だと言って、地球帰還作戦を立案なさったと。故郷、地球の話を聞いていた祖先は、その話を大いに嘆き喜び、およそ部族の半数が戦艦へ乗り込もうと名乗り出た、そう聞いています」
ヴァルクは今までにない程真面目な表情で訴える。それは本来生き残った大人たちが言う言葉であり、少年はその言葉を代弁しているのだ。
「誰もあんたやレンを責めた人はいなかった。むしろ途方に暮れていた我々を、ラダ族として受け入れて下さったのは、セシュールという国と、彼らが慕うレンだったと聞いています。レンは狐の部族、ラダ族の守護獣になりましたから」
「じゃあ、ラダの子って……」
「レンの部族民という意味です。素早く、足が早いことしか能力はなかったのに。セシュールという国で受け入れて下さったと聞きます」
ヴァルクの言葉に、強く頷くコルネリア。この里の名はセシュールの里だ。彼らにとってここは第二の故郷、第二のセシュール国なのだろう。
「アルお兄ちゃん、そんな昔から、ティニア様のこと見ていたの?」
「ああ、そういうことなのね。…………ごめん。ちょっとドン引き」
アルベルトは照れながら頭をかきつつ、フリージアを掴む腕に力を入れた。
「……だから言いたくなかったんだよ」
「それで、その。みずうみかがみってなに?」
「レスティン・フェレスに居た水龍、水を司る龍の力でな、遠くを見ることが出来る力なんだ。その力が備わった湖というものがあって、普通の人はただの湖にしか見えないんだが……」
「ティニア様が狐さんだった時を、ずーっと見ていたんですね!」
キラキラとした瞳で、青い瞳を煌めかせたフリージアは腕を組む手に力を入れた。アルベルトは逃げることが出来ずに、赤面させながら頷いた。
「まあ、そうなんだが。竜だった時代の幼い俺は、その湖鏡を伝っていたんだ。よく湖鏡に影を送って、レンと遊んでいたんだ」
「遊んでたって……。なにそれ、例えば?」
「強い騎士が居るって聞いたら、喧嘩吹っ掛けるとか……。宝さがしとか……」
「…………なにそれ」
色気のある話を期待していたマリアにとっては拍子抜けした話だった。要するにアルベルトとティニアの前世は、地球で楽しく冒険していたということなのだろう。
「レンが仲良くなったお姫様をこっそり連れてきて、連れ去りだって大騒ぎになったり……」
「しょうもないことしてたのね」
マリアは呆れた顔で答えた。今までの緊張が嘘のようである。フリージアだけではなく、ヴァルクとコルネリアも呆れてしまっている。
「そういう事じゃなくてだな。その時に、俺がいたずらで両方の星を結んでしまったんだ」
「しょうもないことやって、両方の星を扉で結んだんですね。それで、俺たちの遠い先祖が迷い込んでレスティン・フェレスへやってきた」
「そうだな。子供ながら、馬鹿なことをしていたよ」
「レンもいたってことは……」
「元々、ゲートで繋げたのはレンをレスティン・フェレスへ連れて行こうと思ったからなんだ……」
「それまでは、その。影で会っていたの?」
影というものがよくわからないまま、マリアは訪ねた。そもそも竜という生き物についてもあやふやだ。火を噴くドラゴンといったところなのだろうか。そして狐がレンであり、竜と小動物の出会いから意味がわからない。そんな途方もなく昔から、二人は知り合いだったということに驚きが隠せない。
「実体を通すには、湖鏡では力不足だったんだ。水龍はもう亡くなっていたからな」
「それで、通ってしまった人々は、地球へ戻れなかったの?」
「往来が自由に出来る状態は短期間だった。俺はとんでもない事をしたと思って、すぐにゲートを、扉を閉めて水中深くに沈めたんだ。俺はレスティン・フェレスに渡ってしまった人々の子孫を地球へと帰し、ゲートを破壊して帰るつもりだった」
「そう。そういう目的もあったのね」
黙って聞いていたレオンとティナは俯いたままだ。何かほかの理由があるのだろう。
「レオン先生とティナは何か言いたげね。話せること話してほしいの」
「……そうですね。もしそれが過ちだとしても。その悪戯がなければ、レンはそこで死んでいたと聞いていましたから」
「……え?」
レオンの言葉に、フリージアは身震いした。『死んでいた』とはどういう事なのか。
「言葉通りです。これはレンから聞いたのですが、話しても?」
「あ、ああ……。アイツ、覚えてたのか」
「レンは、白銀の狐で珍しいことに背中に十字架を背負っていた。その為に捕獲令が各地で出されていたそうです」
「捕獲って……」
「はく製にするためだったと聞いています」
「……は、はく製⁉」
その言葉にアドニスが反応し、あまりいい表情を浮かべず、淡々と語る。
「かつての昔。地球での当時、十字架は神を意味するものではありませんでした。だからこそ、ただの珍しい白銀の狐で通っていたのです。十字架が神を意味するものへ変わった瞬間、レンは神の捧げものに丁度良かったわけですよ」
「…………」
「西暦元年ごろでしょうね。レンはすぐにアルブレヒトという緋竜に拾われ、レスティン・フェレスへのゲートをくぐって逃げてきたそうです。そして、地球側から、レンを追えないように扉をレスティン・フェレス側で破壊した。そうですよね」
「そうだ。だから、レスティン・フェレス、そして地球との往来は出来なくなった」
「じゃあ、その前に移動してしまった地球人は……」
「ああ。帰れなくなったんだ。両星間で交流していた彼らは、突然祖国へ、地球へ帰れなくなり行き別れになってしまった」
「そんな……」
フリージアの生き別れという言葉へのショックは、腕を掴むアルベルトへダイレクトに伝わった。その震えが心にグサリと刺さる。それでも、レンを死なせるわけにはいかなかったという、幼い竜アルブレヒトの葛藤が垣間見える。
「あの。アルベルト様、いやアルベルトさん……」
コルネリアがアルベルトへ何かを言おうとしたとき、ヴァルクがそれを制止した。幼い少年に代わり、その言葉を伝える。
「元々、祖先もバカだったんですよ。あんただけの責任じゃない」
「ヴァルク……」
「祖先は緋竜に通るなと言われていたゲートを通り、貿易して儲けようとしてたんだ。俺の一族、ラダ族のチェーニー一家がそうだった。レスティン・フェレスからやってきた人もそうでしょう。それを通って貿易していて、帰れなくなった。それだけだったのに、アルブレヒト様は自身の罪だと言って、地球帰還作戦を立案なさったと。故郷、地球の話を聞いていた祖先は、その話を大いに嘆き喜び、およそ部族の半数が戦艦へ乗り込もうと名乗り出た、そう聞いています」
ヴァルクは今までにない程真面目な表情で訴える。それは本来生き残った大人たちが言う言葉であり、少年はその言葉を代弁しているのだ。
「誰もあんたやレンを責めた人はいなかった。むしろ途方に暮れていた我々を、ラダ族として受け入れて下さったのは、セシュールという国と、彼らが慕うレンだったと聞いています。レンは狐の部族、ラダ族の守護獣になりましたから」
「じゃあ、ラダの子って……」
「レンの部族民という意味です。素早く、足が早いことしか能力はなかったのに。セシュールという国で受け入れて下さったと聞きます」
ヴァルクの言葉に、強く頷くコルネリア。この里の名はセシュールの里だ。彼らにとってここは第二の故郷、第二のセシュール国なのだろう。
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