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第13輪「白銀と廻るオモイ」
⑬-6 インヴェンション第4章①
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アドニスは待っていたかのように、木陰に一人で立っていた。その佇まいはアドニスそのものだが、年若い姿でアルベルトをじっと見据えている。
「起きましたか。随分と悠長ですね」
「悪かった」
「……アドニスさん、聞きたいことがあるの」
相変わらず悪態をつくアドニスは、マリアの問いかけを予想していた。ただ、アドニスはアルベルトだけを見つめている。
「マリアに話をさせるとは。君が聞きたいのではないのですか?」
「そうだ。マリア、俺が聞く」
「うん……」
フリージアはアドニスとアルベルトを交互に、心配そうに見つめると、アルベルトの腕をしっかりと抱きしめた。それは自身のためというより、アルベルトを守るかのようだ。その想いに応えるように、フリージアをしっかりと抱き寄せ、アルベルトはアドニスに向かった。
「ティニアは俺に会ったとき、最初の時に酷く怯えていた。避けていた理由を知っていたら、教えて欲しい」
「ほう。彼女を今でもティニアと呼ぶのですか」
「俺やフリージアにとって、アイツはティニアだ。レンだと名乗られた訳じゃない」
「…………」
フリージアもじっとアドニスを睨むように見つめる。その背後で、ヴァルクとコルネリアが心配そうに見ている。
「ふう。仕方ないですね。ええ、知っていますよ。知っていますが」
アドニスは手を上げると、すぐに後方からティナとレオンがやってくる。レオンはまだ足を引きずっており、ティナに支えられている。
「先ほど、君が来る前に丁度二人も来ましてね。その話をしていたのですよ。どうです? 二人とも、考えはまとまりましたか」
その問いに、レオンがすぐ答える。レオンが伊達であると語っていた眼鏡はなく、その瞳には決意が秘められている。
「はい。考えをまとめるために時間を頂戴していました。アルが起きたら、すぐに話そうと」
「二人も、何か知っているんだな」
「はい……」
レオンの代わりに俯いたティナを、レオンが支えるように頷く。二人は今も愛し合う夫婦のような佇まいだ。その姿は、奇しくもアルベルトの心をえぐる。支え合う姿に、レン、ティニアとラウルを見ているからだ。
「教えて欲しい。アイツに、何が起こってる」
レオンは一瞬だけ目を閉じると、アルベルトを見据えた。少々の沈黙の後、レオンは語りだした。
「……ティニアであった私に、ウイルスが仕込まれた話はしましたね」
「ああ。逃れられない病だと…………」
「もし、私のデータをそのまま書き換えているのであれば、ウイルスもそのままレンに伝わっている可能性があるのです」
「……え。病気がそのままってこと?」
「はい」
そのウイルスという未知の存在、病が何であるのかがマリアにはわからない。人造人間のマリアにとって、病とは無縁の存在だったからだ。
「どういう、ウイルスだったんだ」
アルベルトはウイルスが何であるのかを理解しているように語り、それはティナへ、レオンへ向けられた。ティナは恐怖におびえた表情を浮かべると、しっかりとレオンの手を握った。
「勅命が、ずっと下っていました」
「勅命?」
「皇帝の名の下、……竜の化身である貴方を、殺せと」
「何?」
ティナはもう一度、その勅命というウイルスを語る。
「我は皇帝、ゲオルギウス。汝は黒龍を信仰し、竜の化身アルブレヒトを殺せ。そう頭の中で繰り返されていました」
「当時の皇帝はゲオルギウスではない。ゲオルギウスはゲオルクと同じ意味だ。実質、僕の命令でそれは行われていた」
「どうして……」
「黒龍はアンチ・ニミアゼルであると同時に、反守護竜を掲げていた。それは昔から続いていたのだ。機械人形人権団体の正体が、実際はアンチ・ニミアゼルだったんだ」
「ウイルスを仕込む目的で、彼らは私を呼び出しました。……私はその命に抗えずにいました。その結果、自滅プログラムを実行し、命を絶つしかなかったのです。申し訳ありません、アルブレヒト様……」
「…………ティナさん」
アルベルトは立ち上がると、ティナへ深く頭を下げた。突然の行為に、ティナは慌ててしゃがみ込む。許しを乞う様に。
「ティナさん、俺はアルベルトです。今、その名で呼ばれても何も応えられません。貴女の前世には感謝しております。辛い最期に遭ったことも、そのことで俺が暴走し、のちの時代で辛い目に遭わせてしまった」
「……そんなことは」
「であれば、俺は貴女に謝るべきであって、様付けで呼ばれるような身じゃない」
「ですが……」
「それに」
アルベルトは頭を上げると、ティナを見下ろした。しゃがみ込んだ彼女へ屈み、手を差し出す。
「思い出した以上、貴女の性格はわかっている筈です。貴女は結構頑固だけど、俺の御願いは聞いてくれました。そうですよね。ティニア」
「………………」
「でも、その名はもう過去のものですよね。貴女は今、ティナとして存在しているのですから」
「……はい。そうですね、アルベルトさん……」
「ええ。そうです。ティナさん」
アルベルトはすぐにレオンを見つめると、レオンへも頭を下げた。
「二人には、ずっと迷惑をかけていた。辛い思いも、過酷な前世も、俺のせいだ。俺がそうさせてしまった。俺が地球へ来たせいで、皆を巻き込んでしまった」
「そんな事はない。君が地球へ渡ったのは……」
「はいはい、もう辞めてください。見ていると吐き気がします」
「ちょっとアドニスさん!」
アドニスはため息をわざと大きくして見せると、頭を下げ合っていた3者を見つめた。
「私にとっては不愉快極まりない。レン様は今も苦しんでいるのですよ、ウイルスに!」
ウイルス。その言葉は重く圧し掛かる。
アドニスにとって、レンは大切な人なのだろう。その人が不治の病に侵されているのだ。人造人間であり、病がわからないマリアにとってわからないからこそ、恐怖だけが身に染みて感じられる。
「起きましたか。随分と悠長ですね」
「悪かった」
「……アドニスさん、聞きたいことがあるの」
相変わらず悪態をつくアドニスは、マリアの問いかけを予想していた。ただ、アドニスはアルベルトだけを見つめている。
「マリアに話をさせるとは。君が聞きたいのではないのですか?」
「そうだ。マリア、俺が聞く」
「うん……」
フリージアはアドニスとアルベルトを交互に、心配そうに見つめると、アルベルトの腕をしっかりと抱きしめた。それは自身のためというより、アルベルトを守るかのようだ。その想いに応えるように、フリージアをしっかりと抱き寄せ、アルベルトはアドニスに向かった。
「ティニアは俺に会ったとき、最初の時に酷く怯えていた。避けていた理由を知っていたら、教えて欲しい」
「ほう。彼女を今でもティニアと呼ぶのですか」
「俺やフリージアにとって、アイツはティニアだ。レンだと名乗られた訳じゃない」
「…………」
フリージアもじっとアドニスを睨むように見つめる。その背後で、ヴァルクとコルネリアが心配そうに見ている。
「ふう。仕方ないですね。ええ、知っていますよ。知っていますが」
アドニスは手を上げると、すぐに後方からティナとレオンがやってくる。レオンはまだ足を引きずっており、ティナに支えられている。
「先ほど、君が来る前に丁度二人も来ましてね。その話をしていたのですよ。どうです? 二人とも、考えはまとまりましたか」
その問いに、レオンがすぐ答える。レオンが伊達であると語っていた眼鏡はなく、その瞳には決意が秘められている。
「はい。考えをまとめるために時間を頂戴していました。アルが起きたら、すぐに話そうと」
「二人も、何か知っているんだな」
「はい……」
レオンの代わりに俯いたティナを、レオンが支えるように頷く。二人は今も愛し合う夫婦のような佇まいだ。その姿は、奇しくもアルベルトの心をえぐる。支え合う姿に、レン、ティニアとラウルを見ているからだ。
「教えて欲しい。アイツに、何が起こってる」
レオンは一瞬だけ目を閉じると、アルベルトを見据えた。少々の沈黙の後、レオンは語りだした。
「……ティニアであった私に、ウイルスが仕込まれた話はしましたね」
「ああ。逃れられない病だと…………」
「もし、私のデータをそのまま書き換えているのであれば、ウイルスもそのままレンに伝わっている可能性があるのです」
「……え。病気がそのままってこと?」
「はい」
そのウイルスという未知の存在、病が何であるのかがマリアにはわからない。人造人間のマリアにとって、病とは無縁の存在だったからだ。
「どういう、ウイルスだったんだ」
アルベルトはウイルスが何であるのかを理解しているように語り、それはティナへ、レオンへ向けられた。ティナは恐怖におびえた表情を浮かべると、しっかりとレオンの手を握った。
「勅命が、ずっと下っていました」
「勅命?」
「皇帝の名の下、……竜の化身である貴方を、殺せと」
「何?」
ティナはもう一度、その勅命というウイルスを語る。
「我は皇帝、ゲオルギウス。汝は黒龍を信仰し、竜の化身アルブレヒトを殺せ。そう頭の中で繰り返されていました」
「当時の皇帝はゲオルギウスではない。ゲオルギウスはゲオルクと同じ意味だ。実質、僕の命令でそれは行われていた」
「どうして……」
「黒龍はアンチ・ニミアゼルであると同時に、反守護竜を掲げていた。それは昔から続いていたのだ。機械人形人権団体の正体が、実際はアンチ・ニミアゼルだったんだ」
「ウイルスを仕込む目的で、彼らは私を呼び出しました。……私はその命に抗えずにいました。その結果、自滅プログラムを実行し、命を絶つしかなかったのです。申し訳ありません、アルブレヒト様……」
「…………ティナさん」
アルベルトは立ち上がると、ティナへ深く頭を下げた。突然の行為に、ティナは慌ててしゃがみ込む。許しを乞う様に。
「ティナさん、俺はアルベルトです。今、その名で呼ばれても何も応えられません。貴女の前世には感謝しております。辛い最期に遭ったことも、そのことで俺が暴走し、のちの時代で辛い目に遭わせてしまった」
「……そんなことは」
「であれば、俺は貴女に謝るべきであって、様付けで呼ばれるような身じゃない」
「ですが……」
「それに」
アルベルトは頭を上げると、ティナを見下ろした。しゃがみ込んだ彼女へ屈み、手を差し出す。
「思い出した以上、貴女の性格はわかっている筈です。貴女は結構頑固だけど、俺の御願いは聞いてくれました。そうですよね。ティニア」
「………………」
「でも、その名はもう過去のものですよね。貴女は今、ティナとして存在しているのですから」
「……はい。そうですね、アルベルトさん……」
「ええ。そうです。ティナさん」
アルベルトはすぐにレオンを見つめると、レオンへも頭を下げた。
「二人には、ずっと迷惑をかけていた。辛い思いも、過酷な前世も、俺のせいだ。俺がそうさせてしまった。俺が地球へ来たせいで、皆を巻き込んでしまった」
「そんな事はない。君が地球へ渡ったのは……」
「はいはい、もう辞めてください。見ていると吐き気がします」
「ちょっとアドニスさん!」
アドニスはため息をわざと大きくして見せると、頭を下げ合っていた3者を見つめた。
「私にとっては不愉快極まりない。レン様は今も苦しんでいるのですよ、ウイルスに!」
ウイルス。その言葉は重く圧し掛かる。
アドニスにとって、レンは大切な人なのだろう。その人が不治の病に侵されているのだ。人造人間であり、病がわからないマリアにとってわからないからこそ、恐怖だけが身に染みて感じられる。
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