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第13輪「白銀と廻るオモイ」
⑬-4 遅れたフーガ③
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マリアは不安そうなフリージアを見つめ、それからゆっくり頷くとアルベルトを見つめ直した。
「話してくれ」
「初めてあの子と会った時のこと、覚えてる?」
「え? ああ……。スイスで、っていうことか」
「そうよ」
アルベルトは一瞬だけ苦しげな笑みを浮かべたが、それはすぐに消え去った。不安そうに見つめるフリージアを優しく見つめると、少女を優しく撫でながら語りだした。
「あれは春だったな。1945年の教会で」
「待って、5年も前の話なの?」
「そうだが、聞いてないのか……」
突然の事実に言葉を失ったマリアに、フリージアの不安そうな表情が増していく。
「聞いてないわ……。初耳よ」
「そうか。俺は教会に、アドニスの教会には初めて行ったんだ。あいつは孤児院で作ったクッキーを売ってたな」
「……そういえば、そんな時期もあったわね」
「アイツは初めて会うのに、どこかで会ったような、昔から知っているような佇まいだった。そんな中、俺にも子供が寄ってきて、クッキーを薦められたんだ。それで、クッキー買って、話しかけようとしたら、アイツはいつの間にか居なくなっていた。子供たちが困っていたよ。あの時シャトーさんは居なかったな」
やはりそうだ。レンはティニアとして、アルベルトを避けている。その協力を、アドニスがしていたのは事実だろう。それは嫉妬だからではなく、故意によるものだ。
「それ、意図的に避けていたということよね」
「そうだよな。アドニスが出禁とか言い出すまで、教会に通ってはいたんだが」
「レンが避けているのを、アドニスさんが手助けしていたなら、アドニスさんが何か知ってそうね」
「お兄ちゃんは避けられてるのに、何度も通ってたの?」
フリージアの無邪気な言葉に、無言で頭を抱えるアルベルトは苦笑いを浮かべた。マリアがフォローを入れるわけにもいかずに黙っていると、フリージアが更に付け加える。
「たくましい! お兄ちゃん、諦めなかったんだね!」
「…………」
「…………」
「諦めないで良かったね!」
「まあ、こんな事になってしまったが……。そうだな、話せてよかったよ」
その言葉には、前世での因縁があるようには思えない。アルベルトは、あれだけレンの名を呼び気を失った。二人の間に何があったのか、マリアにはわからない。それでも最初に感じた二人のお互いへの想いの大きさに、胸が押しつぶされる。
「それが、どうしたんだ」
「アルベルトが誰なのか、前世とのつながりもあってレンは知っていたわけでしょう? なのに避けるっていうのには、何かあるのかなって」
「ティニア様はティニアの姿でお兄ちゃんと会うのが嫌だっただけかもしれないよ」
「私もそう思う。でも……」
フリージアが力強く頷いた。だが、ここでマリアの話は本題に入る。
「でも?」
「レンは、凄く怯えていたの。最初、アルベルトが家に来た時とか」
「…………」
「あの時、レンはアルベルトの出身も孤児だって云う事も知らなかったみたいなの。あれは演技じゃないと思う。情報を掴めなかったか、あるいは……、あえて調べなかったか。だと思うの」
アルベルトは神妙な面持ちで考え込むように視線を逃し、俯いた。それは思考に専念するからだろう。それからすぐにマリアに視線を戻した。
「……確かに、それは妙だな。俺の情報は軍には筒抜けだった。アイツ等なら、アレン財団なら最初から知っていそうだ」
「家に押しかけに来た後、しばらくして教会で会ったんでしょ? 何を話したのか、覚えてない?」
一瞬間があったが、すぐにアルベルトは話し出した。それは迷いか、或いは思い出に浸った時間か。
「ポツダムに、1936年のポツダムに居るかだけ教えて欲しいと言ったら、出てきてくれたんだ」
「それは、隠れてたってこと?」
「ああ」
「それで?」
マリアはアルベルトが詳細に会話を覚えていることに驚きながら、彼の記憶に感謝した。それだけ、大切な出会いだったのであろう。胸が締め付けられるのは、マリアだけではない。
「俺の名前を聞いて、スペルを聞いてきた。スパイじゃないかと疑ってはいたが」
「…………」
「……その」
「なに?」
「いや…………」
アルベルトはフリージアを一瞬見つめると、気まずそうにマリアを見つめた。
「なに? すぐに口説いちゃったの?」
「……違う」
「アルベルトお兄ちゃん……!」
「いや……」
赤面させるアルベルトに、フリージアは感激し、嬉しそうにしていた。マリアは何か重要なことを話さなかったのかを訪ねた。するとアルベルトは真剣な顔で少し考え込んでいたが、すぐに何かに気付き静かに語り始めた。
「アンナって人が言ってたんだ。ティニアは見た目通りの冷たい印象じゃなく、無邪気に微笑むって。だから、偽って演技をしているのではないかと、ティニアに尋ねたんだ。アイツは冷たくあしらうような素振りをしていたから……」
レンではなく、ティニアという呼び名で語る男は、神妙な表情を作り出す。
「偽っているのは俺の方だと言われて。ほら、最初の俺は紳士的に振舞っていただろう? だから、本性がバレたんだと思って」
「「本性?」」
マリアとフリージアがハモらせると、アルベルトは苦笑いを浮かべながら慌て修正を試みた。
「いや、だから紳士的な振舞いが、嘘くさいって。そういうことだ。で、探している人じゃないと否定した上で、僕は僕だと言って、俺の対応が気持ち悪いからすぐやめろって……」
マリアとフリージアは顔を合わせる。すぐに向き合った所で、アルベルトは更に慌てる。
「なんか可笑しいところがあったか? いや、アイツに名前を尋ねたら、ティニアだって名乗るから……」
「そこじゃないわ。僕は僕だって、そういったのね?」
「え? ああ」
「やっぱりレンは、自分自身の姿じゃないからアルベルトを警戒していたので間違いなさそうね。でも、怯えていた点が引っ掛かるわ。アドニスさんに、聞きに行きましょうよ。心をえぐられようが、真実は真実だわ」
マリアの言葉に、アルベルトがすぐに頷く。が、すぐに表情が歪む。
「…………いや、でも……」
その時、控えめなノックの音が部屋へ響いた。
「話し込んでいたから、Iが扉を開けなかったみたいだな」
「アイ?」
「あー。この船のメイン頭脳だよ。普段は扉の開閉の管理から、部屋の照明まで全てを担っている。えーっと、船の脳みそみたいなもので……。いや、今は中に通そう。あとで話すよ」
「話してくれ」
「初めてあの子と会った時のこと、覚えてる?」
「え? ああ……。スイスで、っていうことか」
「そうよ」
アルベルトは一瞬だけ苦しげな笑みを浮かべたが、それはすぐに消え去った。不安そうに見つめるフリージアを優しく見つめると、少女を優しく撫でながら語りだした。
「あれは春だったな。1945年の教会で」
「待って、5年も前の話なの?」
「そうだが、聞いてないのか……」
突然の事実に言葉を失ったマリアに、フリージアの不安そうな表情が増していく。
「聞いてないわ……。初耳よ」
「そうか。俺は教会に、アドニスの教会には初めて行ったんだ。あいつは孤児院で作ったクッキーを売ってたな」
「……そういえば、そんな時期もあったわね」
「アイツは初めて会うのに、どこかで会ったような、昔から知っているような佇まいだった。そんな中、俺にも子供が寄ってきて、クッキーを薦められたんだ。それで、クッキー買って、話しかけようとしたら、アイツはいつの間にか居なくなっていた。子供たちが困っていたよ。あの時シャトーさんは居なかったな」
やはりそうだ。レンはティニアとして、アルベルトを避けている。その協力を、アドニスがしていたのは事実だろう。それは嫉妬だからではなく、故意によるものだ。
「それ、意図的に避けていたということよね」
「そうだよな。アドニスが出禁とか言い出すまで、教会に通ってはいたんだが」
「レンが避けているのを、アドニスさんが手助けしていたなら、アドニスさんが何か知ってそうね」
「お兄ちゃんは避けられてるのに、何度も通ってたの?」
フリージアの無邪気な言葉に、無言で頭を抱えるアルベルトは苦笑いを浮かべた。マリアがフォローを入れるわけにもいかずに黙っていると、フリージアが更に付け加える。
「たくましい! お兄ちゃん、諦めなかったんだね!」
「…………」
「…………」
「諦めないで良かったね!」
「まあ、こんな事になってしまったが……。そうだな、話せてよかったよ」
その言葉には、前世での因縁があるようには思えない。アルベルトは、あれだけレンの名を呼び気を失った。二人の間に何があったのか、マリアにはわからない。それでも最初に感じた二人のお互いへの想いの大きさに、胸が押しつぶされる。
「それが、どうしたんだ」
「アルベルトが誰なのか、前世とのつながりもあってレンは知っていたわけでしょう? なのに避けるっていうのには、何かあるのかなって」
「ティニア様はティニアの姿でお兄ちゃんと会うのが嫌だっただけかもしれないよ」
「私もそう思う。でも……」
フリージアが力強く頷いた。だが、ここでマリアの話は本題に入る。
「でも?」
「レンは、凄く怯えていたの。最初、アルベルトが家に来た時とか」
「…………」
「あの時、レンはアルベルトの出身も孤児だって云う事も知らなかったみたいなの。あれは演技じゃないと思う。情報を掴めなかったか、あるいは……、あえて調べなかったか。だと思うの」
アルベルトは神妙な面持ちで考え込むように視線を逃し、俯いた。それは思考に専念するからだろう。それからすぐにマリアに視線を戻した。
「……確かに、それは妙だな。俺の情報は軍には筒抜けだった。アイツ等なら、アレン財団なら最初から知っていそうだ」
「家に押しかけに来た後、しばらくして教会で会ったんでしょ? 何を話したのか、覚えてない?」
一瞬間があったが、すぐにアルベルトは話し出した。それは迷いか、或いは思い出に浸った時間か。
「ポツダムに、1936年のポツダムに居るかだけ教えて欲しいと言ったら、出てきてくれたんだ」
「それは、隠れてたってこと?」
「ああ」
「それで?」
マリアはアルベルトが詳細に会話を覚えていることに驚きながら、彼の記憶に感謝した。それだけ、大切な出会いだったのであろう。胸が締め付けられるのは、マリアだけではない。
「俺の名前を聞いて、スペルを聞いてきた。スパイじゃないかと疑ってはいたが」
「…………」
「……その」
「なに?」
「いや…………」
アルベルトはフリージアを一瞬見つめると、気まずそうにマリアを見つめた。
「なに? すぐに口説いちゃったの?」
「……違う」
「アルベルトお兄ちゃん……!」
「いや……」
赤面させるアルベルトに、フリージアは感激し、嬉しそうにしていた。マリアは何か重要なことを話さなかったのかを訪ねた。するとアルベルトは真剣な顔で少し考え込んでいたが、すぐに何かに気付き静かに語り始めた。
「アンナって人が言ってたんだ。ティニアは見た目通りの冷たい印象じゃなく、無邪気に微笑むって。だから、偽って演技をしているのではないかと、ティニアに尋ねたんだ。アイツは冷たくあしらうような素振りをしていたから……」
レンではなく、ティニアという呼び名で語る男は、神妙な表情を作り出す。
「偽っているのは俺の方だと言われて。ほら、最初の俺は紳士的に振舞っていただろう? だから、本性がバレたんだと思って」
「「本性?」」
マリアとフリージアがハモらせると、アルベルトは苦笑いを浮かべながら慌て修正を試みた。
「いや、だから紳士的な振舞いが、嘘くさいって。そういうことだ。で、探している人じゃないと否定した上で、僕は僕だと言って、俺の対応が気持ち悪いからすぐやめろって……」
マリアとフリージアは顔を合わせる。すぐに向き合った所で、アルベルトは更に慌てる。
「なんか可笑しいところがあったか? いや、アイツに名前を尋ねたら、ティニアだって名乗るから……」
「そこじゃないわ。僕は僕だって、そういったのね?」
「え? ああ」
「やっぱりレンは、自分自身の姿じゃないからアルベルトを警戒していたので間違いなさそうね。でも、怯えていた点が引っ掛かるわ。アドニスさんに、聞きに行きましょうよ。心をえぐられようが、真実は真実だわ」
マリアの言葉に、アルベルトがすぐに頷く。が、すぐに表情が歪む。
「…………いや、でも……」
その時、控えめなノックの音が部屋へ響いた。
「話し込んでいたから、Iが扉を開けなかったみたいだな」
「アイ?」
「あー。この船のメイン頭脳だよ。普段は扉の開閉の管理から、部屋の照明まで全てを担っている。えーっと、船の脳みそみたいなもので……。いや、今は中に通そう。あとで話すよ」
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