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第12輪「暁の星はいと麗しき」
⑫-9 つかの間の休息①
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怒涛の連続を話し切った頃、アルベルトはそのまま気を失った。鼻息を荒くしたアドニスだったが、ヴァルク達によって宥められた。
マリアの頼みを聞いたヴァルクの指示の元、アルベルトが医療用ベッドへと運ばれていく。ベッドに移動する際は、未知の機械たちが彼を軽々と持ち上げ運んで行った。心配そうに見つめるフリージアであったが、未知の技術にも恐れていた。
それが未知なる技術、レスティン・フェレスの技術なのだと、マリアたちは身をもって知る。
◇◇◇
アルベルトの横たわる医療室へ移動すると、フリージアは気が抜けたのかため息をついた。
「凄い技術よね。レスティン・フェレスの技術って」
ぼんやりと横たわるアルベルトを見つめていたフリージアに、マリアが声をかける。
「そうですね。想像以上で、ついていけません」
「技術も、歴史も、年数も。地球と同じくらい長いのね」
「ティ…………。レン様は、ずっとアルベルトお兄ちゃんを探してたんですね」
「…………」
マリアはふと違和感に気付き、フリージアに率直に尋ねた。
それは子供に対してはあまり話ではなかったが、彼女に聞くのが一番であった。
「その割に、仲が良くなかったんじゃない?」
「……そうですね。じゃれてるようで、本気で喧嘩してました」
「そんなに長い年月を待って、探し続けていたアルベルトに会えたのに、凄く素っ気ないじゃない。どうして……」
フリージアは一瞬考え込むように俯くと、マリアを見上げた。美しい青い瞳が煌めきを放つ。
「レン様は、ティニア様に改造されていたんですよね」
「うん。何か目的があったのよね、きっと。それがわからないわ。レスティン・フェレスの技術にしても、ティナの前世は詩阿で、そのまた前世がティニアなんでしょう? そんな昔の機械人形をどうして……」
人形という言葉が自然と口に出る。それは違和感であり、真実だ。マリアは言葉だけでなく、人形であることを受け入れてしまっていた。
「思うんですけど」
「なに? 言ってみて」
「レン様は、ティニア様になってました。だから、その姿でアルベルトお兄ちゃんと仲良くしたくなかったんじゃないですか」
「そういう事もあるのね。確かに、偽りの姿で愛されても嬉しくないかも。……そもそも、なんでレンは何も言わなかったの? それに……」
俯いたマリアに、心配そうに声をかけるフリージア。声が震えている。
「マリアお姉ちゃん?」
「ご、ごめんね。黙っちゃって。えっと…………」
「皆さんを呼んで、話してみますか?」
「それは必要だけれど、アルベルトがまだ……」
マリア自身も、その疑問を整理したかったのだ。それが本音であり、現状の精一杯であった。
ティニアの、レンのアルベルトへの反応だ。最初の頃、家まで押しかけてきたアルベルト相手に、レンは恐怖で震えていた。それが引っ掛かるのだ。
となれば、ティナやレオン。そしてアドニスがまだ話していないことがあるのではないか、と。
「ちょっと、頭整理してくる。フリージアも無理しないで、休めるなら休んでね」
「はい」
部屋を後にしたマリアは一人、外へ向かった。
◇◇◇
外はオレンジ色の天井が広がっており、それが夕日を示しているのだと気付くのに、さほど時間はかからなかった。オレンジ色の光が差し込み、美しい青とのコントラストを演出している。
「きれい……」
「きれいでしょ~。俺もあれは綺麗だと思うよ」
気の抜けた声の方向には、野菜の入った木箱を運ぶヴァルクだった。
「その野菜どうしたの?」
「どうしたのって、アドニスさん経由で調達した野菜ですよ。皆さん昼はおろか、朝から騒動だったでしょ? さすがに俺らもお腹空いたよ」
「…………そ、そうよね。」
「おねーさんも、人形だのなんだの言われてたけど、補給は必要でしょ? レスティン・フェレスの技術で作ったなら、食事は必要なはずだよ」
「…………」
思わず俯いたマリアに、少年はため息をしながら語り掛ける。
「あのさ。悪いけど、人形ってそんな悪い意味だと思ってないから、俺ら」
「え?」
「人間も動物も、人形も同じでしょ? ただの個体とか複数を示す言葉なんじゃないの? 俺はそこまで学はないけど」
「………………」
「ここで動いてくれてる機械は、全部先祖が残してくれてったものです。俺らは彼らを整備することはおろか、修理する事も出来ません。皆、個々に修理して自活してますよ。心もあると思ってるから、敬意も払ってる。それに、あなたは食事を必要としているんだから、人形でも俺らとそんな変わらないじゃん」
ヴァルクは重そうに木箱を下ろすと、その中のジャガイモを手に取った。
「これはジャガイモでしょ。これは人参。で、これらは野菜。俺はラダの子で人間、おねーさんは人造人間だけど、人形でしょ。なんか違ってる?」
「…………繊細過ぎてわかんないわ」
「わかんないのかよ」
「でも、君の気持ちは伝わったわ。ありがとう」
「ん」
ヴァルクは恥ずかしそうに、再び木箱を持ち上げようと手をかけた。その反対側に回ったマリアも、手をかける。
「重たいんでしょ? 手伝うわ」
「ありがと。でも、俺ら料理まだできないんだ。ゆでるだけならいいけど、危ないからって包丁とか握らせてもらってなくて。皮引きの道具がやっとなんだけど」
「私も料理はそこまで自信ないわ。ティナの方がずっと上手い」
「ティナさん、怪我してるんだっけ。アドニスさんも人が悪いよな。完治させないんだもん」
「あの魔法はすごいけれど、君たちも使えるの?」
その言葉に、ヴァルクは首を横に振った。その動きに合わせ、木箱が揺れる。
「まさか。生まれ持った属性が合わないからね。あれは水とか地を持ってないと使えない。あとはレンの魔法だろうから、風かな」
「魔法かあ。一気にファンタジーね。私も使えたらなあ」
微笑むマリアに、ヴァルクは考え込むと頷いた。何か提案があるようだ。
「おねーさんの属性は、多分。火が強くて、それから風も割とあるから、使えるんじゃないかなとは思う」
「ええ! 私にも、属性があるの⁉」
「わわ。しっかり持ってよ」
木箱がよろけ、慌てて抑えるヴァルク。それを笑ってごまかすマリア。
「ご、ごめん。だってびっくりしちゃって」
「普通の機械人形ならないよ」
「それは、私が人間を使って作られたからかあ」
「そうなんじゃないかな。気に障ったならごめんね」
台所に到着し、木箱をゆっくり降ろしたところで、ヴァルクは続けて話した。
「だって、ラウルさんは属性ないもん」
「ラウル……。ラウルも、ここには来ていたの?」
「まあ、時々ね。ラウルさんはスパイやってるから、レンへ会いに来るときに来てた感じだよ」
「ラウルって、レンが好きなの……?」
一瞬だけ、ヴァルクの手が止まった。そのままマリアを見据えると、ジャガイモを持ったまま話した。
「そりゃーね。あの竜の兄ちゃん、アルブレヒト様に仕えていた時代から好きだったって聞いてるよ」
「…………それ、私が聞いていい話だったの?」
「いいんじゃない。ラウルさん隠しごと下手だし、今更隠す気ないでしょ」
ヴァルクはジャガイモを更に手に取ると、その泥を指で払った。すぐに台所で野菜を洗おうと、荷台の上に上がる。マリアは野菜を流し台まで運んでやると、一緒に隣で泥を流しだした。その水は現実であることをマリアに知らせるかのように、酷く冷たい。
「ヴァルクも、レンの事が好きなのね」
「なんで、そうなるかなあ。安直だよ。ジジじゃあるまいし」
「ふふふ」
「で。誰が料理するんだよ?」
「あっ」
ちゃんぷんと音を立て、水が跳ねた。
マリアの頼みを聞いたヴァルクの指示の元、アルベルトが医療用ベッドへと運ばれていく。ベッドに移動する際は、未知の機械たちが彼を軽々と持ち上げ運んで行った。心配そうに見つめるフリージアであったが、未知の技術にも恐れていた。
それが未知なる技術、レスティン・フェレスの技術なのだと、マリアたちは身をもって知る。
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「凄い技術よね。レスティン・フェレスの技術って」
ぼんやりと横たわるアルベルトを見つめていたフリージアに、マリアが声をかける。
「そうですね。想像以上で、ついていけません」
「技術も、歴史も、年数も。地球と同じくらい長いのね」
「ティ…………。レン様は、ずっとアルベルトお兄ちゃんを探してたんですね」
「…………」
マリアはふと違和感に気付き、フリージアに率直に尋ねた。
それは子供に対してはあまり話ではなかったが、彼女に聞くのが一番であった。
「その割に、仲が良くなかったんじゃない?」
「……そうですね。じゃれてるようで、本気で喧嘩してました」
「そんなに長い年月を待って、探し続けていたアルベルトに会えたのに、凄く素っ気ないじゃない。どうして……」
フリージアは一瞬考え込むように俯くと、マリアを見上げた。美しい青い瞳が煌めきを放つ。
「レン様は、ティニア様に改造されていたんですよね」
「うん。何か目的があったのよね、きっと。それがわからないわ。レスティン・フェレスの技術にしても、ティナの前世は詩阿で、そのまた前世がティニアなんでしょう? そんな昔の機械人形をどうして……」
人形という言葉が自然と口に出る。それは違和感であり、真実だ。マリアは言葉だけでなく、人形であることを受け入れてしまっていた。
「思うんですけど」
「なに? 言ってみて」
「レン様は、ティニア様になってました。だから、その姿でアルベルトお兄ちゃんと仲良くしたくなかったんじゃないですか」
「そういう事もあるのね。確かに、偽りの姿で愛されても嬉しくないかも。……そもそも、なんでレンは何も言わなかったの? それに……」
俯いたマリアに、心配そうに声をかけるフリージア。声が震えている。
「マリアお姉ちゃん?」
「ご、ごめんね。黙っちゃって。えっと…………」
「皆さんを呼んで、話してみますか?」
「それは必要だけれど、アルベルトがまだ……」
マリア自身も、その疑問を整理したかったのだ。それが本音であり、現状の精一杯であった。
ティニアの、レンのアルベルトへの反応だ。最初の頃、家まで押しかけてきたアルベルト相手に、レンは恐怖で震えていた。それが引っ掛かるのだ。
となれば、ティナやレオン。そしてアドニスがまだ話していないことがあるのではないか、と。
「ちょっと、頭整理してくる。フリージアも無理しないで、休めるなら休んでね」
「はい」
部屋を後にしたマリアは一人、外へ向かった。
◇◇◇
外はオレンジ色の天井が広がっており、それが夕日を示しているのだと気付くのに、さほど時間はかからなかった。オレンジ色の光が差し込み、美しい青とのコントラストを演出している。
「きれい……」
「きれいでしょ~。俺もあれは綺麗だと思うよ」
気の抜けた声の方向には、野菜の入った木箱を運ぶヴァルクだった。
「その野菜どうしたの?」
「どうしたのって、アドニスさん経由で調達した野菜ですよ。皆さん昼はおろか、朝から騒動だったでしょ? さすがに俺らもお腹空いたよ」
「…………そ、そうよね。」
「おねーさんも、人形だのなんだの言われてたけど、補給は必要でしょ? レスティン・フェレスの技術で作ったなら、食事は必要なはずだよ」
「…………」
思わず俯いたマリアに、少年はため息をしながら語り掛ける。
「あのさ。悪いけど、人形ってそんな悪い意味だと思ってないから、俺ら」
「え?」
「人間も動物も、人形も同じでしょ? ただの個体とか複数を示す言葉なんじゃないの? 俺はそこまで学はないけど」
「………………」
「ここで動いてくれてる機械は、全部先祖が残してくれてったものです。俺らは彼らを整備することはおろか、修理する事も出来ません。皆、個々に修理して自活してますよ。心もあると思ってるから、敬意も払ってる。それに、あなたは食事を必要としているんだから、人形でも俺らとそんな変わらないじゃん」
ヴァルクは重そうに木箱を下ろすと、その中のジャガイモを手に取った。
「これはジャガイモでしょ。これは人参。で、これらは野菜。俺はラダの子で人間、おねーさんは人造人間だけど、人形でしょ。なんか違ってる?」
「…………繊細過ぎてわかんないわ」
「わかんないのかよ」
「でも、君の気持ちは伝わったわ。ありがとう」
「ん」
ヴァルクは恥ずかしそうに、再び木箱を持ち上げようと手をかけた。その反対側に回ったマリアも、手をかける。
「重たいんでしょ? 手伝うわ」
「ありがと。でも、俺ら料理まだできないんだ。ゆでるだけならいいけど、危ないからって包丁とか握らせてもらってなくて。皮引きの道具がやっとなんだけど」
「私も料理はそこまで自信ないわ。ティナの方がずっと上手い」
「ティナさん、怪我してるんだっけ。アドニスさんも人が悪いよな。完治させないんだもん」
「あの魔法はすごいけれど、君たちも使えるの?」
その言葉に、ヴァルクは首を横に振った。その動きに合わせ、木箱が揺れる。
「まさか。生まれ持った属性が合わないからね。あれは水とか地を持ってないと使えない。あとはレンの魔法だろうから、風かな」
「魔法かあ。一気にファンタジーね。私も使えたらなあ」
微笑むマリアに、ヴァルクは考え込むと頷いた。何か提案があるようだ。
「おねーさんの属性は、多分。火が強くて、それから風も割とあるから、使えるんじゃないかなとは思う」
「ええ! 私にも、属性があるの⁉」
「わわ。しっかり持ってよ」
木箱がよろけ、慌てて抑えるヴァルク。それを笑ってごまかすマリア。
「ご、ごめん。だってびっくりしちゃって」
「普通の機械人形ならないよ」
「それは、私が人間を使って作られたからかあ」
「そうなんじゃないかな。気に障ったならごめんね」
台所に到着し、木箱をゆっくり降ろしたところで、ヴァルクは続けて話した。
「だって、ラウルさんは属性ないもん」
「ラウル……。ラウルも、ここには来ていたの?」
「まあ、時々ね。ラウルさんはスパイやってるから、レンへ会いに来るときに来てた感じだよ」
「ラウルって、レンが好きなの……?」
一瞬だけ、ヴァルクの手が止まった。そのままマリアを見据えると、ジャガイモを持ったまま話した。
「そりゃーね。あの竜の兄ちゃん、アルブレヒト様に仕えていた時代から好きだったって聞いてるよ」
「…………それ、私が聞いていい話だったの?」
「いいんじゃない。ラウルさん隠しごと下手だし、今更隠す気ないでしょ」
ヴァルクはジャガイモを更に手に取ると、その泥を指で払った。すぐに台所で野菜を洗おうと、荷台の上に上がる。マリアは野菜を流し台まで運んでやると、一緒に隣で泥を流しだした。その水は現実であることをマリアに知らせるかのように、酷く冷たい。
「ヴァルクも、レンの事が好きなのね」
「なんで、そうなるかなあ。安直だよ。ジジじゃあるまいし」
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