【完結】暁の荒野

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第12輪「暁の星はいと麗しき」

⑫-5 それが彼女の史実⑤

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「僕の前世では、妻がいました。彼女の名を詩阿。それが、ティナさんの前世です」

 ティナは俯いていた顔を上げると、改めてレオンを見つめ直した。

「僕たちは、そのレスティン・フェレスに生きていたのです。レスティン・フェレスの人間であり、この世界の人間ではありませんでした。私はルゼリアという国の王族として生を受けました」
「私は詩阿しあという名で、景国という小さな島国で生まれました。心のざわつきを感じ、幼い時に大陸へ渡りました。そこでレンと再会し、レオンの前世と巡り合うことが出来ました。その時のレンは、ずっと想い人をずっと待ち続けていました」
「想い、びと……」
「ミュラーさんたちから、その話は一緒に聞いているわ。フリージアもいるから、その時の話も整理しましょう」

 何故か細目でニコニコしながら頷くアドニスを尻目に、マリアは語る。そして、フリージアを見つめた。

「レンはその昔レスティン・フェレスに存在していた、精霊に近い存在だった。彼女はレスティン・フェレスで、詩阿であるティナ、そしてリオンであるレオン先生と巡り合わせたのね」
「そうです」
「巡り合わせたというからには、意図的だったの?」
「今となっては、そのように思います。レンは私たちの、更に前世を知っていましたから」
「更に、前世……」

 レオンは笑むことなく、口に力を入れると俯いた。そして目線を上げると、アルベルトへ向かった。

「ああ。私たちは前世で結婚し、子供も居たんだ。ずっと忘れていたなんて、薄情だろう」
「…………」
「僕は薄情だったが、ティナはずっと覚えていた」

 レオンは言葉に詰まり、黙り込んでしまう。ティナはそんなレオンを気にかけ、言葉を紡ぐ。

「通常、前世の記憶など残らないそうです。私たちはレンの加護を受けていたからこそ、思い出すことが出来ました」
「レンの、加護?」
「彼女の加護には記憶を保たせる力を持つそうだ。確かに、私は彼女から加護を、祝福を受けていましたからね」
「ティナも?」
「はい。前世での仕事の前に、祝福を賜りました」

 レンの祝福と、それによる加護。いよいよレンが精霊に近い存在であるということが明白になっていく。その度、マリアはレンとの距離を感じ、寂しさを覚えていく。

「当時のレスティン・フェレスでも、レンは待っていました。いまだに帰らぬ想い人を。レンは約500年程昔に、とある人物の乗った船を見送った。それがヴァルクやコルネリア、そしてミュラー夫妻の祖先たちの乗った船です」
「出発時の、当時の技術で、片道200年。500年もあれば余裕で往来出来る、そう計算されていた」

 名前の出されたヴァルク、そしてコルネリアが姿勢を正した。二人とも何も驚いていないことから、知っていた事実であることを語っている。

「想い人も、精霊に近い存在だったと聞いていたが」
「……そうだ。ところが話した通り500年が過ぎようと、彼らは帰って来なかった。誰一人としてね。僕らは彼女が単身で地球へ渡るよう、彼女を説得しました。それに5年を費やしましたが、レンは漸く頷き、力のほとんどを使って、一人で地球へ渡ったのです」
「私たちは、ただレンを見送っただけでした。きっと地球で再び会うことが出来、一緒に帰って来られるのだと。でも、レンも帰って来なかった。私たちはレンの行方も分からず、人としての寿命を迎えたのです」

 レスティン・フェレス。それは遠くタウロス星圏にあるという、遠い遠い世界。

 途方もない孤独を生き、ずっと待ち続けていたレン。そして地球へ渡り、真実を知る。

 想い人の死を。

 レオンはショックを受け言葉に詰まっているマリアを見つめた。
 
「レンは、地球へ渡れていた。それは、当時の僕たちにはわからなかった。ですが、僕はレスティン・フェレスで再び生まれ変わると、黒龍を信仰するアンチ・ニミアゼルに拉致され、魂を地球へ送られた」
「え⁉」

 驚くマリアに、ティナが頷いて見せた。その表情は暗い。

「私も生まれ変わると、奴らに拉致されました。レオンと同様に、地球へ送られました」
「なッ…………」
「ティナの前世を人質に、私は生まれ変わるたびにレスティン・フェレスの技術を呼び起こさせ、その技術の提供を余儀なくされていました。そうやって何年、何百年も掛け、地球へ技術が渡った。マリア、君が改造されたのも、レンに起こった悲劇も、全て私の責任だ」
「そんな……」
「何なんだ、その、黒龍。アンチ・ニミアゼルってのはッ!」

 アルベルトがフリージアを抱きしめる手を強くすると、その手をフリージアが優しく撫でた。一瞬正気に戻ったアルベルトだったが、すぐにその表情が崩れる。

「君には判る筈だ」

 レオンの言葉に、アルベルトはフリージアを忘れると、レオンへ食って掛かった。眠れぬ日々を過ごしてきた男に、冷静な判断など出来やしなかったのだ。

「何がッ!」
「記憶がない、覚えがないなどと言わないでいただきたい。レオンでも思い出せたというのに、君が彼女を忘れるなど、在ってはならない」

 アドニスの言葉に、レオンは手に力を入れて立ち上がる。ゆっくりとアルベルトを見据え、レオンは震えながら言葉を紡いだ。

「君も、いや。……君がレスティン・フェレスから来ているからだ。アルベルト」
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