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第12輪「暁の星はいと麗しき」
⑫-4 それが彼女の史実④
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手をつないでいるフリージアがアルベルトを見上げるが、その視線には気づかない。アルベルトはショックを振り払うように、マリアへ向かって顔を上げた。
それでもフリージアを抱く腕や手には力が込められており、その想いが届かなかったレンへと繋がるのだろう。
マリアは深く深呼吸すると、アルベルトをじっと見つめながら語りだした。
「ラウルも人間じゃないわ。あいつは異世界で作られた存在だから、人造人間ではなく、あえて機械人形と言わせてもらいます。彼ら機械人形は材料に人間は使わず、無から作られた存在だそうよ。だから最初から人間ではなかったけれど、個々の意思を持った。そうよね、ティナ」
「……はい。だからこそ、ドイツからイタリアへ渡ることが出来たのです。襲撃は0時近かったわけですから、ポツダムから高速で空を移動したのでしょう。ラウルは空を移動する術を持っています」
「レスティン・フェレスの技術か、魔法か何かなんでしょうね」
異形の存在であることを受け止めているマリアにとって、魔法という超常現象など大したことではない。そんなマリアを見て、ティナは表情を歪めてしまった。
黙って聞いていたヴァルク、そしてコルネリアは顔を見合わせる。人間ではないことをその眼で見たことで動揺したのだろうと、マリアは思ったが、不思議と悲しくはなかった。
「私たちが人間じゃないってわかってくれた? それに、レンが誰であったのかも」
「…………」
アルベルトは悲痛な面持ちで地面を見つめている。レンが自らを語ることなどあったのだろうか。もし、そんな余裕もなかったのだとしたら。
「では、そろそろ私めの説明をいきましょうかぁ? それは、悲しき御伽噺。それが、彼女の史実。信じたくなければそこまでです」
アドニスは紳士のように細めのまま胸へ手を当て、丁寧にお辞儀して見せた。それはまるで道化のようだ。気味が悪いほどに笑んでいる。
「レン様はレスティン・フェレスから西暦1105年の地球へ降り立った、精霊に近い存在です。彼女はそこで一度寿命を迎えます。1882年まで生きていましたからね。ですが、そのまま死んでいるわけには参りませんでした。そこで、レスティン・フェレスの技術を不正に使う奴らの組織を暴くために、1920年にドイツにて生まれ変わった。そして人柱として彼らへ売られた幼い少年でした。それが、ティニアとして存在する彼女のひとつ前の前世と言えるでしょう」
「それがあいつの……」
アルベルトの言葉に、ティナが重い口を開く。
「ラウルによって、確実に。それでいて故意に売られた少年レンは、私たちのように、売られた子供たちと共に人造人間に改造され、それは成功しました。それが1932年。レンは12歳でした」
「12歳って、まだ子供じゃないか」
同じ歳くらいのフリージアが体をすくめる。慌ててアルベルトが駆け寄り、フリージアを抱き留めた。フリージアはアルベルトの胸の中で顔を埋め、首を振った。
「ごめんなさい。続けてください。あたしは、大丈夫」
「すまない、お前の事を考えていなかった」
「ううん。知りたいの、あたしも。だから、話して……」
フリージアの力強いその言葉に、ティナは俯きながら語りだした。その表情には躊躇いが見えるものの、強固な決意が見て取れる。同じ子供であるヴァルク、そしてコルネリアはお互いの顔を見合わせると、フリージアを心配そうに見つめた。
「改造から、2~4年ほどで体の成長が止まります。レンは2年後の14歳、1934年にはラウルと意図的に相棒となることで、その人道を反する奴らの組織を秘密裏にかく乱させ、崩壊させていきました」
「崩壊って。そんな事をしていて、只じゃ済まないだろ」
「そうです。その結果、1936年にレンは無能の烙印を押され、廃棄処分が決定されたのですから」
「…………」
アルベルトは見るからに狼狽え、フリージアを力強く抱きしめた。フリージアは泣いているのか、浅い呼吸を繰り返していた。
「レン様は」
アドニスは俯いたまま、アルベルトに向き合うと悲しそうに呟くように語りだした。俯いているわけではないものの、あまりいい表情ではない。細目を見開き、青い瞳でまざまざと真実を語る。
「レン様は最期にブランデンブルクを、バレンシュテットを、それからアッシャースレーベン。出来ればハルツゲローデ、ヴェルニゲローデが見たいと我儘を言っていました。当然ですが、そんなに回ることは出来ませんし、大戦の影響と、奴らの眼を背けさせるためにベルリン、そしてポツダムで精一杯だったそうです。どういう経由でそこへ行ったのかは、本人に聞くしかありませんがね」
「…………」
アドニスは振り返り、アルベルトを凝視した。その青い瞳が、アルベルトをえぐる。
「その折、君に出くわしたのでしょう」
「じゃあ、あの子は」
「ええ、レン様本人ですよ。本人がそう言っていましたからね」
アルベルトは絶句し、息を飲んだ。マリア、そしてティナも俯き、その後の襲撃を語った。
「何なんだよ、その、非人道的な行為をしてたやつらってのは」
アルベルトは震えるフリージアを大切そうに抱き寄せると、声を荒げた。その言葉に反応したのは――。
「黒龍を信仰する、アンチ・ニミアゼルを名乗る、レスティン・フェレスの反聖教会です」
「レオン? お前、なんでそんな事を知って……」
「レスティン・フェレスは遥か離れた世界に存在する星です。そこ世界には女神も居ました。彼女は元々とある土地の守り神のような存在で、その後に人々に崇められ女神となった。それがニミアゼルという事になっています」
「なんで、お前がそんな事を知っているんだよ」
レオンは手でアルベルトの言葉を遮ると、マリアへ向かった。レオンは足を抱えており、撃たれた痛みがまだ残っているのだろう。
「マリア、君は私が何者であるのか、わかっていないのですね」
「……診療所に居たのもティナが先だったし、先生も関係あったんじゃないかって。ただの憶測にすぎないわ」
「そうですか」
「レオン? お前も、人間じゃないのか?」
「奇しくも、私が人間なのですよ。アル」
レオンは眼鏡を外すと、その眼鏡を投げて破壊した。音に驚いたフリージアが顔を上げるが、アルベルトが優しくフリージアを見つめる。
「眼鏡が割れただけだ」
「……うん」
「驚かしてすまないね。……私は、僕の前世はリオンであり、ゲオルクという人間でした」
「…………」
「あの眼鏡は伊達です。僕はもともと、孤児を装う必要があり、たまたま孤児で亡くなった子が眼鏡をかけていた。その子の身分を借り、イタリア人孤児を名乗りました。すぐに孤児院に拾われて、レオンという名を得ました」
ティナがレオンの腕を手で優しく掴むと、レオンは大丈夫だという様に視線を合わせた。
「僕はその組織から逃げ出した、いわば拉致されていた子供でした」
それでもフリージアを抱く腕や手には力が込められており、その想いが届かなかったレンへと繋がるのだろう。
マリアは深く深呼吸すると、アルベルトをじっと見つめながら語りだした。
「ラウルも人間じゃないわ。あいつは異世界で作られた存在だから、人造人間ではなく、あえて機械人形と言わせてもらいます。彼ら機械人形は材料に人間は使わず、無から作られた存在だそうよ。だから最初から人間ではなかったけれど、個々の意思を持った。そうよね、ティナ」
「……はい。だからこそ、ドイツからイタリアへ渡ることが出来たのです。襲撃は0時近かったわけですから、ポツダムから高速で空を移動したのでしょう。ラウルは空を移動する術を持っています」
「レスティン・フェレスの技術か、魔法か何かなんでしょうね」
異形の存在であることを受け止めているマリアにとって、魔法という超常現象など大したことではない。そんなマリアを見て、ティナは表情を歪めてしまった。
黙って聞いていたヴァルク、そしてコルネリアは顔を見合わせる。人間ではないことをその眼で見たことで動揺したのだろうと、マリアは思ったが、不思議と悲しくはなかった。
「私たちが人間じゃないってわかってくれた? それに、レンが誰であったのかも」
「…………」
アルベルトは悲痛な面持ちで地面を見つめている。レンが自らを語ることなどあったのだろうか。もし、そんな余裕もなかったのだとしたら。
「では、そろそろ私めの説明をいきましょうかぁ? それは、悲しき御伽噺。それが、彼女の史実。信じたくなければそこまでです」
アドニスは紳士のように細めのまま胸へ手を当て、丁寧にお辞儀して見せた。それはまるで道化のようだ。気味が悪いほどに笑んでいる。
「レン様はレスティン・フェレスから西暦1105年の地球へ降り立った、精霊に近い存在です。彼女はそこで一度寿命を迎えます。1882年まで生きていましたからね。ですが、そのまま死んでいるわけには参りませんでした。そこで、レスティン・フェレスの技術を不正に使う奴らの組織を暴くために、1920年にドイツにて生まれ変わった。そして人柱として彼らへ売られた幼い少年でした。それが、ティニアとして存在する彼女のひとつ前の前世と言えるでしょう」
「それがあいつの……」
アルベルトの言葉に、ティナが重い口を開く。
「ラウルによって、確実に。それでいて故意に売られた少年レンは、私たちのように、売られた子供たちと共に人造人間に改造され、それは成功しました。それが1932年。レンは12歳でした」
「12歳って、まだ子供じゃないか」
同じ歳くらいのフリージアが体をすくめる。慌ててアルベルトが駆け寄り、フリージアを抱き留めた。フリージアはアルベルトの胸の中で顔を埋め、首を振った。
「ごめんなさい。続けてください。あたしは、大丈夫」
「すまない、お前の事を考えていなかった」
「ううん。知りたいの、あたしも。だから、話して……」
フリージアの力強いその言葉に、ティナは俯きながら語りだした。その表情には躊躇いが見えるものの、強固な決意が見て取れる。同じ子供であるヴァルク、そしてコルネリアはお互いの顔を見合わせると、フリージアを心配そうに見つめた。
「改造から、2~4年ほどで体の成長が止まります。レンは2年後の14歳、1934年にはラウルと意図的に相棒となることで、その人道を反する奴らの組織を秘密裏にかく乱させ、崩壊させていきました」
「崩壊って。そんな事をしていて、只じゃ済まないだろ」
「そうです。その結果、1936年にレンは無能の烙印を押され、廃棄処分が決定されたのですから」
「…………」
アルベルトは見るからに狼狽え、フリージアを力強く抱きしめた。フリージアは泣いているのか、浅い呼吸を繰り返していた。
「レン様は」
アドニスは俯いたまま、アルベルトに向き合うと悲しそうに呟くように語りだした。俯いているわけではないものの、あまりいい表情ではない。細目を見開き、青い瞳でまざまざと真実を語る。
「レン様は最期にブランデンブルクを、バレンシュテットを、それからアッシャースレーベン。出来ればハルツゲローデ、ヴェルニゲローデが見たいと我儘を言っていました。当然ですが、そんなに回ることは出来ませんし、大戦の影響と、奴らの眼を背けさせるためにベルリン、そしてポツダムで精一杯だったそうです。どういう経由でそこへ行ったのかは、本人に聞くしかありませんがね」
「…………」
アドニスは振り返り、アルベルトを凝視した。その青い瞳が、アルベルトをえぐる。
「その折、君に出くわしたのでしょう」
「じゃあ、あの子は」
「ええ、レン様本人ですよ。本人がそう言っていましたからね」
アルベルトは絶句し、息を飲んだ。マリア、そしてティナも俯き、その後の襲撃を語った。
「何なんだよ、その、非人道的な行為をしてたやつらってのは」
アルベルトは震えるフリージアを大切そうに抱き寄せると、声を荒げた。その言葉に反応したのは――。
「黒龍を信仰する、アンチ・ニミアゼルを名乗る、レスティン・フェレスの反聖教会です」
「レオン? お前、なんでそんな事を知って……」
「レスティン・フェレスは遥か離れた世界に存在する星です。そこ世界には女神も居ました。彼女は元々とある土地の守り神のような存在で、その後に人々に崇められ女神となった。それがニミアゼルという事になっています」
「なんで、お前がそんな事を知っているんだよ」
レオンは手でアルベルトの言葉を遮ると、マリアへ向かった。レオンは足を抱えており、撃たれた痛みがまだ残っているのだろう。
「マリア、君は私が何者であるのか、わかっていないのですね」
「……診療所に居たのもティナが先だったし、先生も関係あったんじゃないかって。ただの憶測にすぎないわ」
「そうですか」
「レオン? お前も、人間じゃないのか?」
「奇しくも、私が人間なのですよ。アル」
レオンは眼鏡を外すと、その眼鏡を投げて破壊した。音に驚いたフリージアが顔を上げるが、アルベルトが優しくフリージアを見つめる。
「眼鏡が割れただけだ」
「……うん」
「驚かしてすまないね。……私は、僕の前世はリオンであり、ゲオルクという人間でした」
「…………」
「あの眼鏡は伊達です。僕はもともと、孤児を装う必要があり、たまたま孤児で亡くなった子が眼鏡をかけていた。その子の身分を借り、イタリア人孤児を名乗りました。すぐに孤児院に拾われて、レオンという名を得ました」
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