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第12輪「暁の星はいと麗しき」
⑫-1 それが彼女の史実①
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スイスのシャフハウゼン、シュタインアムラインはライン川が流れる美しい町である。そのライン川はボーデン湖へと繋がっている。
先ほどまで、一行はシュタインアムラインの診療所内に居たが、今はアドニスという神父の魔法というもので洞窟へ飛ばされ、このボーデン湖の地下にある隠れ里を訪れていた。
隠れ里は、セシュールの隠れ里と呼ばれているというが、名前はないという。
そこはボーデン湖の底が見える不思議な空間だったのだ。
「はてさて。どこから話したものか……。バラバラに知っている事もあるでしょうからね」
細身の若い男の姿で言葉を零すのは、アドニス神父だ。初老であった筈の神父は突然若い姿で現れ、自らがアドニスであると語った。アドニスは天井を眺めながら、唸りだした。
マリアは髪を結い直すのを忘れ、驚きの声を上げる。
「ねえ、ティナ。ここ、本当にボーデン湖の地下なの?」
「はい。恐ろしく下層、ここは遥か下の地下です。天井は特にボーデン湖に通じているわけではなく、実際のボーデン湖の底を映し出しているだけに過ぎないのでしょう」
ティナと呼ばれた女性は長い金髪を靡かせ、上を見上げながら淡々と語った。
空というべきか、天井に広がるボーデン湖の水面は時に美しい螺旋を描き、光はあまり差し込まない。淡い光が差し込むと、それらは荒れ果てた里を薄暗く照らす。水面は時々コポコポと泡が立ち込め、天井一体を支配する。
隠れ里の緑と言えるもののほとんどは苔であり、それらは険しい岩石を覆っていた。若草は殆ど見受けられない。大きな空間に、少年が2名しかいない寂れた悲しい隠れ里は、その名の通り存在しているのだろうか。
時が止まっているかのような光景が広がっていたのだ。
まるで異世界のような寂しさが里の全体に広がっている。
「なるほど、入ってしまえばこの場所が何であるのかわかってしまうのですか。なるほどなるほど。優秀なわけですね。ティナの言う通り、あれは天井にボーデン湖の水面を映しているだけで、実際に見えるほど湖は近くありませんよ」
飄々と語るのアドニス神父、を名乗る年若き青年。幼い風貌を残した、気味の悪さを誇る少年にも見える。瞳だけは細目ではなく、見開いており、まるで別人のように青く輝いている。
「で。本当に、アドニスさんなの?」
マリアは朱色の髪をリボンで結い直しながら、その謎の男を睨みつける。疑いの眼だ。
「私の様なものが他に居たら、どうです? 気味が悪いでしょう。えぇえぇ、気味が悪いこと。これが私の真の姿ですよ、マリア」
「神父って、そんなキャラだったの?」
「失敬な。失礼じゃありませんか。この方が優雅でしょう?」
マリアはお道化て突っ込みを入れるものの、表情には疲れが見て取れる。それ以上に狼狽した表情のアルベルトを見つめると、アドニスはニヤリと嗤った。アドニスの言葉にアルベルトは表情を変えはしなかったが、腕に抱く少女を支える手に力が込められる。
「君はまた酷い顔ですね。愛しきものに振られたんですから、当然ではあると思いますが」
「…………」
「どうして、傷をえぐるようなことを言うの!」
「ほう。人形と言われて落ち込んでいたとは思えない言動ですね!」
「なッ…………」
絶句するマリアに対し、洞窟から里へ案内していた少年ヴァルクが呆れた顔でフォローを入れる。
「気にしない方がいいですよ。アドニスさんは、そうやって心をえぐる事を言った後に、救いの言葉を述べて心を掻っ攫おうって人ですから」
「ヴァルク、君も言うようになりましたね」
「レンが苦労するわけだよ」
レン。その名を発せられるたび、小刻みに震えるのはアルベルトだ。マリアはその姿を見る度に、胸を押さえつけられていた。それは小さな幼い少女、フリージアとて同じだった。
「その辺にしておきなよ。アドニスさんは話が長いから、話が逸れたら指摘した方がいいよ。でないと、この人は永遠にしゃべってる」
「ほっほう。ヴァルク。君は本当に言うように……」
「ヴァルクはいいけれど。ここに、この人たちを飛ばしたのは、アドニスさんでしょ? どうして説明しないのですか?」
コルネリアと名乗った幼い少年は、まだ5,6歳くらいであり、ほんの子供であった。それでも言動はしっかりしており、彼らの過酷な状況が窺い知れた。
先ほどまで、一行はシュタインアムラインの診療所内に居たが、今はアドニスという神父の魔法というもので洞窟へ飛ばされ、このボーデン湖の地下にある隠れ里を訪れていた。
隠れ里は、セシュールの隠れ里と呼ばれているというが、名前はないという。
そこはボーデン湖の底が見える不思議な空間だったのだ。
「はてさて。どこから話したものか……。バラバラに知っている事もあるでしょうからね」
細身の若い男の姿で言葉を零すのは、アドニス神父だ。初老であった筈の神父は突然若い姿で現れ、自らがアドニスであると語った。アドニスは天井を眺めながら、唸りだした。
マリアは髪を結い直すのを忘れ、驚きの声を上げる。
「ねえ、ティナ。ここ、本当にボーデン湖の地下なの?」
「はい。恐ろしく下層、ここは遥か下の地下です。天井は特にボーデン湖に通じているわけではなく、実際のボーデン湖の底を映し出しているだけに過ぎないのでしょう」
ティナと呼ばれた女性は長い金髪を靡かせ、上を見上げながら淡々と語った。
空というべきか、天井に広がるボーデン湖の水面は時に美しい螺旋を描き、光はあまり差し込まない。淡い光が差し込むと、それらは荒れ果てた里を薄暗く照らす。水面は時々コポコポと泡が立ち込め、天井一体を支配する。
隠れ里の緑と言えるもののほとんどは苔であり、それらは険しい岩石を覆っていた。若草は殆ど見受けられない。大きな空間に、少年が2名しかいない寂れた悲しい隠れ里は、その名の通り存在しているのだろうか。
時が止まっているかのような光景が広がっていたのだ。
まるで異世界のような寂しさが里の全体に広がっている。
「なるほど、入ってしまえばこの場所が何であるのかわかってしまうのですか。なるほどなるほど。優秀なわけですね。ティナの言う通り、あれは天井にボーデン湖の水面を映しているだけで、実際に見えるほど湖は近くありませんよ」
飄々と語るのアドニス神父、を名乗る年若き青年。幼い風貌を残した、気味の悪さを誇る少年にも見える。瞳だけは細目ではなく、見開いており、まるで別人のように青く輝いている。
「で。本当に、アドニスさんなの?」
マリアは朱色の髪をリボンで結い直しながら、その謎の男を睨みつける。疑いの眼だ。
「私の様なものが他に居たら、どうです? 気味が悪いでしょう。えぇえぇ、気味が悪いこと。これが私の真の姿ですよ、マリア」
「神父って、そんなキャラだったの?」
「失敬な。失礼じゃありませんか。この方が優雅でしょう?」
マリアはお道化て突っ込みを入れるものの、表情には疲れが見て取れる。それ以上に狼狽した表情のアルベルトを見つめると、アドニスはニヤリと嗤った。アドニスの言葉にアルベルトは表情を変えはしなかったが、腕に抱く少女を支える手に力が込められる。
「君はまた酷い顔ですね。愛しきものに振られたんですから、当然ではあると思いますが」
「…………」
「どうして、傷をえぐるようなことを言うの!」
「ほう。人形と言われて落ち込んでいたとは思えない言動ですね!」
「なッ…………」
絶句するマリアに対し、洞窟から里へ案内していた少年ヴァルクが呆れた顔でフォローを入れる。
「気にしない方がいいですよ。アドニスさんは、そうやって心をえぐる事を言った後に、救いの言葉を述べて心を掻っ攫おうって人ですから」
「ヴァルク、君も言うようになりましたね」
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「その辺にしておきなよ。アドニスさんは話が長いから、話が逸れたら指摘した方がいいよ。でないと、この人は永遠にしゃべってる」
「ほっほう。ヴァルク。君は本当に言うように……」
「ヴァルクはいいけれど。ここに、この人たちを飛ばしたのは、アドニスさんでしょ? どうして説明しないのですか?」
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