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第11輪「前門の危機と、後門のおおかみ」
⑪-11 セシュールの隠れ里②
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洞窟を抜けると、眩い光で目を奪われる。マリアはすぐにその里の風景を目で確認した。
天空には水のような青い空が広がり、大地は削られ、いやえぐり取られたかのような隠れ里が、目の前に現れた。建物の多くは廃墟であり、その一角からヴァルクより更に小さな、幼い少年が駆け寄ってくる。
「あいつは弟みたいなやつで、ジジっていいます。コルネリアでも構いませんけどね」
「もう! ヴァルクったら、ジジだなんて呼ばないでよ!」
あどけない少年は全力疾走していたのか、息切れをしながら一行を見つめた。
「初めまして! 僕は、コルネリア・タウ・シュタインです」
「タウ⁉ あなた、タウ族なの?」
「タウ族を知っているんですか⁉」
少年、コルネリアは眼を輝かせると、マリアに駆け寄った。ヴァルクと同じで丸腰だ。
「あ! 朱色の髪の毛ってことは、あなたがマリアさん?」
「どうして、私の名前を……」
「レンお母さんから聞いてるんだ! 一緒に住んでるんだって」
レンという名に反応したのはマリアであり、お母さんという呼称に反応したのはアルベルトだった。
「そう、レンから……」
「お、お母さん…………?」
「あ、お母さんって言っても。本当のお母さんじゃないんです。僕のお母さんは、僕が赤ちゃんの時に死んじゃって」
淡々と語るコルネリアは涙を浮かべる。そんなコルネリア少年に、ヴァルクはニヤニヤしながら揶揄った。
「大変だったんだよ、こいつ。おむつの交換なんて、俺わかんなかったし」
「ヴァルク! その話いつまでするの!」
ティナに体を支えられたレオンに気付き、コルネリアは激しく動揺を見せる。
「もしかして、お母さんに撃たれたんですか⁉ それとも、ラウルお兄ちゃんに⁉」
「あぁ?」
「ひい!」
アルベルトの反応に、コルネリアは何歩も後ろへ後退した。
「ジジ、多分だけど。レンは間に合わなかったんだ。暴走してたのを、ラウルさんが止めにいったんだ」
「暴走? 止めに、だと?」
「怪我人がいるんですよね。ひとまずこちらに座ってください。えっと、ちゃんとお話ししますし、ここにレンとラウルは来ませんから、そうあがあがしないでください。あなたが、アルベルトさん?」
「…………。そうだが?」
「これを、お渡ししておきます」
差し出されたのは、先ほどの銀の懐中時計。ところどころに細かい傷が入ったそれは、まぎれもなくレンの懐中時計であった。
「…………時計なら、持っている」
そこまで話したアルベルトはハッとしてポケットを探し出す。
「しまった、銀時計を家に置いてきた! フリージアも!」
「なんですって、フリージアは安全なのですか?」
レオンの言葉に、目が泳ぐアルベルト。そんな一行に、冷静な若い男の声が響いた。
「フリージアは無事ですよ」
「アルおにいちゃん!」
神父の服装の若い男がフリージアを抱えており、フリージアを下ろそうとすると、フリージアはその腕から急いで出るように駆け出した。
「わっと」
「アルおにいちゃん!」
泣きじゃくるフリージアにアルベルトは腕を広げると、駆け込んできたフリージアを受け止めた。その手に拳銃が握られているのに気付き、慌てて拳銃を捨てた。カシャンという軽い音が鳴ったが、フリージアはその音に気づかず泣きじゃくった。
「悪かった。置いていってしまった」
「ううん……! 良かった、お兄ちゃんが無事で。ティニア様のこと、ちょっと聞いたよ」
「…………」
泣きじゃくる少女に、後ろに居たマリアが声をかける。
「…………もう娘が?」
「そんなわけないだろ。この子はあいつが保護した…………」
アルベルトはそこまで話すと、細目でニヤニヤし始めた若い男に素っ頓狂は声を上げる。
「お前まさか、アドニス⁉」
「おや、今更ですか? まったく、何というか鈍いというか。君は本当に鈍くて鈍感の中の鈍感で鋭いですね」
アドニスは初老の白髪交じりな男だったはずである。目の前にいる男はアルベルトより年若く、それでいてあどけなさを残していた。
「あ、アドニス神父⁉」
マリアの一歩出遅れた反応に、アドニスは声を高らかに大笑いをして見せた。
「はっはっは。いやあ。驚きましたよ。思った以上にレンの暴走が早かったものですからね。ラウルがあの場に駆け付けなければ、三人くらいは死んでいたでしょう」
「暴走って、どういうこと?」
早口で恐ろしい事を言ってのける男は、アドニス神父そのものだった。あまりの展開に驚く一行であったが、ティナの発言にその笑いは収まる。
「アドニス神父。貴方は、全てを知っていたのですか」
「……そうですねえ。そう、ぜーんぶ知っていました」
「説明しろ、アドニス! あいつは、どうなっちまったんだ」
「そうですねえ。あ、あなた方の怪我は枷として完治させませんから、あしからず!」
アドニスはティナとレオンへ向かって笑みを零す。その異常な行動はまるでレンそのものであると、マリアは感じていた。
フリージアがそっと差し出した銀に光るものに、アルベルトの視線は釘付けとなった。それはレンの懐中時計だ。先ほど渡そうとしていたヴァルク、そしてコルネリアはその銀時計をじっと見つめていた。
アルベルトは迷いながらもその銀時計を受け取り、胸に抱きしめた。その光景をマリアが胸を掴みながら辛そうに見つめる。
「白銀のねーちゃんが持ってるその銀時計、レンが持ってたやつだね」
「レンって、ティニア様の事ですよね」
「そうそう。フリージアっていったっけ? あのさ、ティニアって呼ばない方がいいよ。レンはその呼び名、嫌がるから」
「え…………」
全ては元に戻らない。時計の針は戻らず、刻々とその時間を刻み続けている。
「そろそろお話しましょうか。とおい、遠い日々の話を」
アドニスが静かに語る。
「レスティン・フェレスの悲しき御伽噺をね…………」
天空には水のような青い空が広がり、大地は削られ、いやえぐり取られたかのような隠れ里が、目の前に現れた。建物の多くは廃墟であり、その一角からヴァルクより更に小さな、幼い少年が駆け寄ってくる。
「あいつは弟みたいなやつで、ジジっていいます。コルネリアでも構いませんけどね」
「もう! ヴァルクったら、ジジだなんて呼ばないでよ!」
あどけない少年は全力疾走していたのか、息切れをしながら一行を見つめた。
「初めまして! 僕は、コルネリア・タウ・シュタインです」
「タウ⁉ あなた、タウ族なの?」
「タウ族を知っているんですか⁉」
少年、コルネリアは眼を輝かせると、マリアに駆け寄った。ヴァルクと同じで丸腰だ。
「あ! 朱色の髪の毛ってことは、あなたがマリアさん?」
「どうして、私の名前を……」
「レンお母さんから聞いてるんだ! 一緒に住んでるんだって」
レンという名に反応したのはマリアであり、お母さんという呼称に反応したのはアルベルトだった。
「そう、レンから……」
「お、お母さん…………?」
「あ、お母さんって言っても。本当のお母さんじゃないんです。僕のお母さんは、僕が赤ちゃんの時に死んじゃって」
淡々と語るコルネリアは涙を浮かべる。そんなコルネリア少年に、ヴァルクはニヤニヤしながら揶揄った。
「大変だったんだよ、こいつ。おむつの交換なんて、俺わかんなかったし」
「ヴァルク! その話いつまでするの!」
ティナに体を支えられたレオンに気付き、コルネリアは激しく動揺を見せる。
「もしかして、お母さんに撃たれたんですか⁉ それとも、ラウルお兄ちゃんに⁉」
「あぁ?」
「ひい!」
アルベルトの反応に、コルネリアは何歩も後ろへ後退した。
「ジジ、多分だけど。レンは間に合わなかったんだ。暴走してたのを、ラウルさんが止めにいったんだ」
「暴走? 止めに、だと?」
「怪我人がいるんですよね。ひとまずこちらに座ってください。えっと、ちゃんとお話ししますし、ここにレンとラウルは来ませんから、そうあがあがしないでください。あなたが、アルベルトさん?」
「…………。そうだが?」
「これを、お渡ししておきます」
差し出されたのは、先ほどの銀の懐中時計。ところどころに細かい傷が入ったそれは、まぎれもなくレンの懐中時計であった。
「…………時計なら、持っている」
そこまで話したアルベルトはハッとしてポケットを探し出す。
「しまった、銀時計を家に置いてきた! フリージアも!」
「なんですって、フリージアは安全なのですか?」
レオンの言葉に、目が泳ぐアルベルト。そんな一行に、冷静な若い男の声が響いた。
「フリージアは無事ですよ」
「アルおにいちゃん!」
神父の服装の若い男がフリージアを抱えており、フリージアを下ろそうとすると、フリージアはその腕から急いで出るように駆け出した。
「わっと」
「アルおにいちゃん!」
泣きじゃくるフリージアにアルベルトは腕を広げると、駆け込んできたフリージアを受け止めた。その手に拳銃が握られているのに気付き、慌てて拳銃を捨てた。カシャンという軽い音が鳴ったが、フリージアはその音に気づかず泣きじゃくった。
「悪かった。置いていってしまった」
「ううん……! 良かった、お兄ちゃんが無事で。ティニア様のこと、ちょっと聞いたよ」
「…………」
泣きじゃくる少女に、後ろに居たマリアが声をかける。
「…………もう娘が?」
「そんなわけないだろ。この子はあいつが保護した…………」
アルベルトはそこまで話すと、細目でニヤニヤし始めた若い男に素っ頓狂は声を上げる。
「お前まさか、アドニス⁉」
「おや、今更ですか? まったく、何というか鈍いというか。君は本当に鈍くて鈍感の中の鈍感で鋭いですね」
アドニスは初老の白髪交じりな男だったはずである。目の前にいる男はアルベルトより年若く、それでいてあどけなさを残していた。
「あ、アドニス神父⁉」
マリアの一歩出遅れた反応に、アドニスは声を高らかに大笑いをして見せた。
「はっはっは。いやあ。驚きましたよ。思った以上にレンの暴走が早かったものですからね。ラウルがあの場に駆け付けなければ、三人くらいは死んでいたでしょう」
「暴走って、どういうこと?」
早口で恐ろしい事を言ってのける男は、アドニス神父そのものだった。あまりの展開に驚く一行であったが、ティナの発言にその笑いは収まる。
「アドニス神父。貴方は、全てを知っていたのですか」
「……そうですねえ。そう、ぜーんぶ知っていました」
「説明しろ、アドニス! あいつは、どうなっちまったんだ」
「そうですねえ。あ、あなた方の怪我は枷として完治させませんから、あしからず!」
アドニスはティナとレオンへ向かって笑みを零す。その異常な行動はまるでレンそのものであると、マリアは感じていた。
フリージアがそっと差し出した銀に光るものに、アルベルトの視線は釘付けとなった。それはレンの懐中時計だ。先ほど渡そうとしていたヴァルク、そしてコルネリアはその銀時計をじっと見つめていた。
アルベルトは迷いながらもその銀時計を受け取り、胸に抱きしめた。その光景をマリアが胸を掴みながら辛そうに見つめる。
「白銀のねーちゃんが持ってるその銀時計、レンが持ってたやつだね」
「レンって、ティニア様の事ですよね」
「そうそう。フリージアっていったっけ? あのさ、ティニアって呼ばない方がいいよ。レンはその呼び名、嫌がるから」
「え…………」
全ては元に戻らない。時計の針は戻らず、刻々とその時間を刻み続けている。
「そろそろお話しましょうか。とおい、遠い日々の話を」
アドニスが静かに語る。
「レスティン・フェレスの悲しき御伽噺をね…………」
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