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第11輪「前門の危機と、後門のおおかみ」
⑪-10 セシュールの隠れ里①
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洞窟からは所々から水滴が落ち、遠くの光は出口を指しているかのようだった。その静けさは先ほどの現場をより一層、異常なもののようにしていく。真っ暗なわけではなく、薄暗く気味の悪い空間は、一行にとって不安を増大させていく。
「皆いる?」
薄暗い中、目が慣れてきたマリアの声に、一行がそれぞれに声を上げる。
「皆いるみたいね。ティナ、先生、傷は⁉」
「大丈夫ですよ、マリア。止血はしてあるようです。ゲオルク……、レオンは足を撃たれていますので、体を支えてあげて下さい」
ティナはレオンを支える手を緩めない。そんな手に、優しく大きな手が重なる。
「アルベルトさん……」
「ティナさんも撃たれているんだ。大丈夫か。辛いなら俺が支える」
「……いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
アルベルトの差し出した手を、レオンは取ることが出来ずその視線を外していた。ティナはゆっくりとアルベルトを見つめると、首を横に振った。レオンの複雑な事情を考え、アルベルトは手を引く。
「ティナ、辛かったらいつでも行って欲しい。レオンも無理をするな」
「…………」
「はい。その時はお願いします」
ぎくしゃくした三人を見つめていたマリアは、その洞窟を確認した。その洞窟はひんやりとしており、湿度の関係から先ほどの場所、診療所からは離れているという点だけが推察できる。周囲の音やサイレンの音、そして銃声も聞こえてこない。
「ここはどこ?」
マリアの言葉に、ティナの眼が青く光る。
「ボーデン湖の地下のようですね」
「ボーデン湖の、地下⁉」
遠くの明かりがぼんやりと揺れ、それがゆっくり揺らめきながら近づいて来る。それがランプの光であることに気付いたのは、マリアだけではない。小さな足音が響いてきたのだ。
「何者だ!」
「待って、アドニスさんかも」
拳銃を構えようと、レオンから手を離すアルベルトに、マリアが腕で止め、その顔をのぞき込む。アルベルトの表情は暗がりでよく見えないが、酷い顔をしている事だろう。
「一人の足音ね」
「……子供の背丈です。銃を下ろしてください」
ティナの言葉は聞こえていたが、アルベルトは最大限の警戒をしていた。洞窟が明るく照らされ、目がくらむ。
「こちらに居ましたか」
少年のあどけない声だ。少年はランプを自分の背丈より上へ向けると、その正体を現した。
「良かった。撃たれてしまうかと思いました」
「お前は誰だ」
アルベルトの警戒に、少年は手短に話す。
「ヴァルク・ラダ・チェーニーです」
「ヴァルク、お前は何者だ」
「レスティン・フェレスから来た一族の末裔と言ったら伝わる、そう聞いていますけど」
ヴァルクと名乗った少年は、ポケットをまさぐった。警戒するアルベルトをマリアがなんとか止める。
「これを見せれば、少しは信じてもらえますか」
その手には銀に輝く銀時計があり、その時計には見覚えがあった。
「それ、レンの!」
マリアの声に、少年は反応する。アルベルトが拳銃を構えながら前屈みになり、マリアがそれを腕で制止ながら少年の言葉を待った。
「そうですよ。……レンの名前までご存じなんですね」
「お前は誰だ!」
「そうですねー。僕は認めていませんが、一応息子みたいな感じですかね」
「何?」
「ちょっと、アルベルト前に出すぎ、重たい!」
マリアの腕にのしかかっていたアルベルトは、慌てて体を起こした。
「わ、悪い!」
「まったく。ねえ、その銀時計、レンから受け取っていたの? 私たち、そのレンに撃たれたりして来ているの。わかる? 信用するには、その銀時計は逆効果よ」
「…………そうですか。間に合わなかったんですか」
『間に合わなかった』その言葉はラウルから発せられた言葉だ。アルベルトだけではなく、マリアもその言葉には反応した。
「間に合わなかったって、どういうこと?」
「何かあればここへ皆さんを飛ばすから、説明するようにと伺っています。俺は丸腰の子供ですから、撃ち殺したくなったらいつでも撃ってください」
「…………」
子供は奇妙な笑みを浮かべつつ、その笑みにかつてのアルビノの少年を思い浮かべたのはマリアだけではない。
「怪我人もいるのでしょう? ここはさすがに場所が悪いので、俺らの村に案内します。といっても、年下の弟みたいなのが居るだけで、もうほとんど絶滅しているのですが」
少年のトゲのある言葉に、一行は顔を見合わせた。そして黙って聞いていたティナが一つの言葉をかける。
「その村の名を教えてください、ラダの子よ」
すぐさま反応し、振り返ったヴァルクは慌てて説明を始める。
「驚いた。ラダって聞いて、ラダの子って言われるなんて。久しぶりだなあ。セシュールの隠れ里って、俺らは呼んでます。ちゃんとした名前はないんですよ」
少年はランプを掲げると、手招きした。その仕草は丁寧というにはほど遠く、雑だ。
「どうぞ、こちらです」
「皆いる?」
薄暗い中、目が慣れてきたマリアの声に、一行がそれぞれに声を上げる。
「皆いるみたいね。ティナ、先生、傷は⁉」
「大丈夫ですよ、マリア。止血はしてあるようです。ゲオルク……、レオンは足を撃たれていますので、体を支えてあげて下さい」
ティナはレオンを支える手を緩めない。そんな手に、優しく大きな手が重なる。
「アルベルトさん……」
「ティナさんも撃たれているんだ。大丈夫か。辛いなら俺が支える」
「……いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
アルベルトの差し出した手を、レオンは取ることが出来ずその視線を外していた。ティナはゆっくりとアルベルトを見つめると、首を横に振った。レオンの複雑な事情を考え、アルベルトは手を引く。
「ティナ、辛かったらいつでも行って欲しい。レオンも無理をするな」
「…………」
「はい。その時はお願いします」
ぎくしゃくした三人を見つめていたマリアは、その洞窟を確認した。その洞窟はひんやりとしており、湿度の関係から先ほどの場所、診療所からは離れているという点だけが推察できる。周囲の音やサイレンの音、そして銃声も聞こえてこない。
「ここはどこ?」
マリアの言葉に、ティナの眼が青く光る。
「ボーデン湖の地下のようですね」
「ボーデン湖の、地下⁉」
遠くの明かりがぼんやりと揺れ、それがゆっくり揺らめきながら近づいて来る。それがランプの光であることに気付いたのは、マリアだけではない。小さな足音が響いてきたのだ。
「何者だ!」
「待って、アドニスさんかも」
拳銃を構えようと、レオンから手を離すアルベルトに、マリアが腕で止め、その顔をのぞき込む。アルベルトの表情は暗がりでよく見えないが、酷い顔をしている事だろう。
「一人の足音ね」
「……子供の背丈です。銃を下ろしてください」
ティナの言葉は聞こえていたが、アルベルトは最大限の警戒をしていた。洞窟が明るく照らされ、目がくらむ。
「こちらに居ましたか」
少年のあどけない声だ。少年はランプを自分の背丈より上へ向けると、その正体を現した。
「良かった。撃たれてしまうかと思いました」
「お前は誰だ」
アルベルトの警戒に、少年は手短に話す。
「ヴァルク・ラダ・チェーニーです」
「ヴァルク、お前は何者だ」
「レスティン・フェレスから来た一族の末裔と言ったら伝わる、そう聞いていますけど」
ヴァルクと名乗った少年は、ポケットをまさぐった。警戒するアルベルトをマリアがなんとか止める。
「これを見せれば、少しは信じてもらえますか」
その手には銀に輝く銀時計があり、その時計には見覚えがあった。
「それ、レンの!」
マリアの声に、少年は反応する。アルベルトが拳銃を構えながら前屈みになり、マリアがそれを腕で制止ながら少年の言葉を待った。
「そうですよ。……レンの名前までご存じなんですね」
「お前は誰だ!」
「そうですねー。僕は認めていませんが、一応息子みたいな感じですかね」
「何?」
「ちょっと、アルベルト前に出すぎ、重たい!」
マリアの腕にのしかかっていたアルベルトは、慌てて体を起こした。
「わ、悪い!」
「まったく。ねえ、その銀時計、レンから受け取っていたの? 私たち、そのレンに撃たれたりして来ているの。わかる? 信用するには、その銀時計は逆効果よ」
「…………そうですか。間に合わなかったんですか」
『間に合わなかった』その言葉はラウルから発せられた言葉だ。アルベルトだけではなく、マリアもその言葉には反応した。
「間に合わなかったって、どういうこと?」
「何かあればここへ皆さんを飛ばすから、説明するようにと伺っています。俺は丸腰の子供ですから、撃ち殺したくなったらいつでも撃ってください」
「…………」
子供は奇妙な笑みを浮かべつつ、その笑みにかつてのアルビノの少年を思い浮かべたのはマリアだけではない。
「怪我人もいるのでしょう? ここはさすがに場所が悪いので、俺らの村に案内します。といっても、年下の弟みたいなのが居るだけで、もうほとんど絶滅しているのですが」
少年のトゲのある言葉に、一行は顔を見合わせた。そして黙って聞いていたティナが一つの言葉をかける。
「その村の名を教えてください、ラダの子よ」
すぐさま反応し、振り返ったヴァルクは慌てて説明を始める。
「驚いた。ラダって聞いて、ラダの子って言われるなんて。久しぶりだなあ。セシュールの隠れ里って、俺らは呼んでます。ちゃんとした名前はないんですよ」
少年はランプを掲げると、手招きした。その仕草は丁寧というにはほど遠く、雑だ。
「どうぞ、こちらです」
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