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第11輪「前門の危機と、後門のおおかみ」
⑪-9 アリオーソ③
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「レン様!」
現場に神父アドニスが駆け込んで来たが、そのアドニスがすぐ現場へ現れなかったことに誰もが疑念を抱いていた。アドニスは銃口を向けられても気にしない様子で突き進み、アルベルトやマリアの前へ立ちふさがった。
「ラウル、もうその辺にしてください‼」
「チッ、面倒な奴が来たな」
「アドニス、こいつと知り合いなのか!? お前今まで何してた!」
「今はそんなことを気にしている場合ではありません! ……レン様も、どうか退いてください‼」
普段は大人しそうにしていたアドニスの叫ぶ姿に、アルベルトは違和感を覚える。レンは呼びかけられても無反応であり、マリアはティナを腕に抱きとめると、レンに銃口を向ける。
「動かないで、レン! 逃がさないわよ」
「もういい、充分だよ。姉さん」
ラウルは一瞬で間合いを詰め、マリアを蹴り上げた。マリアは拳銃を手にしたまま蹴り飛ばされ、その腕に抱えられていたティナは床に崩れ落ちる。
「グッ、ラウル……!」
マリアの睨みをあざ笑うかのように、ラウルはレンのいる後方へ飛ぶと、熱い眼差しで彼女を見つめた。
「上出来だ。退こう」
ラウルの冷たい声が部屋に響き渡る。それでも、レンはアルブレヒトを見つめたまま動かない。アルブレヒトは懇願するようにレンを見つめ返した。
「どうした。先に退け」
ラウルの冷たい声が響き、レンは踵を返した。ラウルがアルベルトへ拳銃を向けると、レンは軽やかに窓枠を超えた。レンが再び拳銃を向け、その後をラウルが追った。拳銃は金属特有の鈍い光を放つ。レンはアルベルトをじっと見つめたままだが、表情に変化はない。
「どうした、退けと言っている」
「待ってくれ……」
ラウルはアルベルトの声に反応するかのように、無表情のレンを抱き寄せると、彼女の額へ軽く口付けた。再び頬をすり合わせると、アルベルトをあざ嗤ってみせた。
「てめえ……」
「アル、やめるんだ!」
決死のレオンの叫びに、アルベルトはぐっと歯を食いしばる。安っぽい挑発だが、不眠の続いていたアルベルトに冷静な判断は出来ない。
ラウルはレンの腕を掴むとそのまま後退した。拳銃を向けたレンは、そのままラウルと共にその姿をくらませてしまったのだ。
絶望がアルベルトを支配していく。
マリアは、慌ててその後を追いかけようとするが、アドニスが慌てて腕を引く。
「何をするの! いかせて!」
「何を言っているんですか、この惨状を見て下さい! 怪我人もいるのに、どうやって逃げるつもりですか!」
アドニスの言葉が言い終わらぬうちに、遠くから耳を劈く、けたたましい警報音が、響いてくる。
「軍だ、銃声を聞きつけたのです! すぐに移動しなければ、面倒なことになりますよ!」
「アドニス! あいつはなんなの! 何を知っているの⁉」
「今そんな事を、仲間内で争っている場合ではありませんよ! それぞれ事情がある筈です、一時この場を離れましょう」
「アドニス、お前には聞きたいことが山ほどある」
呆然と立ち尽くすアルベルトは窓へ体を向けたまま、アドニスを睨みつけた。激しい形相からは殺意に似た感情が見て取れる。
「ええ、私もです。皆さん、お互い逃げずにいきましょう。レオン先生。貴方も、もう日常へは戻れないと思ってください」
「わかっています」
「レオン先生……」
レオンが右足の痛みに顔を歪めた瞬間、アドニスは短い呪文を唱えた。
すぐにアドニスから眩い光が放たれ、レオンとティナが金色の光の泡に包まれた。温かな感触が広がると、傷口はみるみる塞がった。
驚いたレオンが声を上げる。
「これは、レンの治癒魔法……。そうか、フリージアの出血を止めたのは貴方か。アドニスさん、貴方は一体…………」
「説明は後です、先生。止血と、それからティナさんのガラスの破片は除去致しました。さあ、まずは私の影に、全員入ってください。ちょっとだけですが、別の場所へ飛ぶことが出来ます。ささ、僕を信じて影を踏んでください。さあ早く」
けたたましい警報音は近くまで来ている。レオンとティナは見つめ合うと、お互いの身体を支えながら影を踏み込む。その瞬間、二人は影へ吸い込まれると姿が見えなくなった。一瞬の出来事であった。
「マリア、君は転がっている拳銃を拾ってください。さあ、あなた方も」
「わかったわ……」
マリアはアルベルトが蹴り落したラウルの拳銃を拾い上げる。その重量感のある拳銃は両手でなければ支えられず、軽々と片手で握っていた男を思い出し、歯がゆくなる。
「ッ……‼」
「どうしたのです、さあ! 早く」
マリアは決死の覚悟で影を踏みぬき、中へ吸い込まれた。その場に取り残されたのはアルベルトと、アドニスだけだ。
「君も早く影へ入ってください」
「お前はどうするんだ」
「先ほどの治癒魔法で、私の力は尽きています。最近、どうも魔法を使い過ぎていてね。なあに、適当な事を呟いて、姿くらましですよ」
「魔法? ……おい、逃げるなよ」
「それは君もですよ、アルベルト」
レンの去った窓を見つめたまま、アルベルトは影へ足を踏み入れた。瞬時に闇に包まれ、そこは冷たい湿気のある洞窟のような場所へ変わった。
湿った空気や冷たさが全身を包み、絶望をより一層強めていく――。
現場に神父アドニスが駆け込んで来たが、そのアドニスがすぐ現場へ現れなかったことに誰もが疑念を抱いていた。アドニスは銃口を向けられても気にしない様子で突き進み、アルベルトやマリアの前へ立ちふさがった。
「ラウル、もうその辺にしてください‼」
「チッ、面倒な奴が来たな」
「アドニス、こいつと知り合いなのか!? お前今まで何してた!」
「今はそんなことを気にしている場合ではありません! ……レン様も、どうか退いてください‼」
普段は大人しそうにしていたアドニスの叫ぶ姿に、アルベルトは違和感を覚える。レンは呼びかけられても無反応であり、マリアはティナを腕に抱きとめると、レンに銃口を向ける。
「動かないで、レン! 逃がさないわよ」
「もういい、充分だよ。姉さん」
ラウルは一瞬で間合いを詰め、マリアを蹴り上げた。マリアは拳銃を手にしたまま蹴り飛ばされ、その腕に抱えられていたティナは床に崩れ落ちる。
「グッ、ラウル……!」
マリアの睨みをあざ笑うかのように、ラウルはレンのいる後方へ飛ぶと、熱い眼差しで彼女を見つめた。
「上出来だ。退こう」
ラウルの冷たい声が部屋に響き渡る。それでも、レンはアルブレヒトを見つめたまま動かない。アルブレヒトは懇願するようにレンを見つめ返した。
「どうした。先に退け」
ラウルの冷たい声が響き、レンは踵を返した。ラウルがアルベルトへ拳銃を向けると、レンは軽やかに窓枠を超えた。レンが再び拳銃を向け、その後をラウルが追った。拳銃は金属特有の鈍い光を放つ。レンはアルベルトをじっと見つめたままだが、表情に変化はない。
「どうした、退けと言っている」
「待ってくれ……」
ラウルはアルベルトの声に反応するかのように、無表情のレンを抱き寄せると、彼女の額へ軽く口付けた。再び頬をすり合わせると、アルベルトをあざ嗤ってみせた。
「てめえ……」
「アル、やめるんだ!」
決死のレオンの叫びに、アルベルトはぐっと歯を食いしばる。安っぽい挑発だが、不眠の続いていたアルベルトに冷静な判断は出来ない。
ラウルはレンの腕を掴むとそのまま後退した。拳銃を向けたレンは、そのままラウルと共にその姿をくらませてしまったのだ。
絶望がアルベルトを支配していく。
マリアは、慌ててその後を追いかけようとするが、アドニスが慌てて腕を引く。
「何をするの! いかせて!」
「何を言っているんですか、この惨状を見て下さい! 怪我人もいるのに、どうやって逃げるつもりですか!」
アドニスの言葉が言い終わらぬうちに、遠くから耳を劈く、けたたましい警報音が、響いてくる。
「軍だ、銃声を聞きつけたのです! すぐに移動しなければ、面倒なことになりますよ!」
「アドニス! あいつはなんなの! 何を知っているの⁉」
「今そんな事を、仲間内で争っている場合ではありませんよ! それぞれ事情がある筈です、一時この場を離れましょう」
「アドニス、お前には聞きたいことが山ほどある」
呆然と立ち尽くすアルベルトは窓へ体を向けたまま、アドニスを睨みつけた。激しい形相からは殺意に似た感情が見て取れる。
「ええ、私もです。皆さん、お互い逃げずにいきましょう。レオン先生。貴方も、もう日常へは戻れないと思ってください」
「わかっています」
「レオン先生……」
レオンが右足の痛みに顔を歪めた瞬間、アドニスは短い呪文を唱えた。
すぐにアドニスから眩い光が放たれ、レオンとティナが金色の光の泡に包まれた。温かな感触が広がると、傷口はみるみる塞がった。
驚いたレオンが声を上げる。
「これは、レンの治癒魔法……。そうか、フリージアの出血を止めたのは貴方か。アドニスさん、貴方は一体…………」
「説明は後です、先生。止血と、それからティナさんのガラスの破片は除去致しました。さあ、まずは私の影に、全員入ってください。ちょっとだけですが、別の場所へ飛ぶことが出来ます。ささ、僕を信じて影を踏んでください。さあ早く」
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「マリア、君は転がっている拳銃を拾ってください。さあ、あなた方も」
「わかったわ……」
マリアはアルベルトが蹴り落したラウルの拳銃を拾い上げる。その重量感のある拳銃は両手でなければ支えられず、軽々と片手で握っていた男を思い出し、歯がゆくなる。
「ッ……‼」
「どうしたのです、さあ! 早く」
マリアは決死の覚悟で影を踏みぬき、中へ吸い込まれた。その場に取り残されたのはアルベルトと、アドニスだけだ。
「君も早く影へ入ってください」
「お前はどうするんだ」
「先ほどの治癒魔法で、私の力は尽きています。最近、どうも魔法を使い過ぎていてね。なあに、適当な事を呟いて、姿くらましですよ」
「魔法? ……おい、逃げるなよ」
「それは君もですよ、アルベルト」
レンの去った窓を見つめたまま、アルベルトは影へ足を踏み入れた。瞬時に闇に包まれ、そこは冷たい湿気のある洞窟のような場所へ変わった。
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