【完結】暁の荒野

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第11輪「前門の危機と、後門のおおかみ」

⑪-5 G線上の歪み①

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 ティナは瞳を潤わせ、ティニアを見つめながら立っていた。硬い表情のティナは一見無表情のようで、重い空気をまとっている。

「ティナさん、君はどうやってここに……」
「先生、思い出せませんか? 似たような光景を」
「思い出す? ティナさんを保護した時に似ているという事がですか……?」
「貴方は彼女を知っています。そして、今彼女に何が起こっているのかを、知っている筈なのです。そして、彼女本来の姿も……」

 ティナはティニアを見つめていた視線を、そのままレオンへ流した。ティナと視線が合わさり、緊張がレオンを襲う。思わず一歩、後ずさりするレオンへ、ティナは怯むことなく前へ出る。

「貴方は、思い出せるはずです」
「ティナさん? 一体何を……」
「貴方は、私が人間ではないことを知りながら、それを隠し続けていました」
「なっ…………」
「それは無意識に、私が何であるのかを知っていたからです」

 レオンの絶句は予想の範囲内であったかのように、ティナはレオンを静かに見つめた。その瞳は潤んでおり、いつもの淡いブルーの瞳はより一層透明感が強くなる。

「私を他の医師から匿った上で、遠いスイスまで連れてきた。記憶が曖昧ながら、私を知っていた。だからこそ、傍においておきたかった。違いますか?」
「………………」
「胸が痛みますか? そして、心が痛みませんか。思い出せませんか……。恐ろしい記憶を」
「………………」

 レオンは医療措置の手を止めたまま、ティナを見たまま立ち尽くした。そして胸につかえた錘に気付いた。

「う…………」

 レオンは頭を抱えると、その場に崩れ落ちる。見下ろすティナを恐ろしくも美しいと見つめたまま、そしてその光景を鮮明に思い出したのだ。

 以前にも同じ光景を見ていたのだと。

 
 ◇◇◇


 それは広い講堂であり、ステージだった。レオンはそこに立っており、天井を見つめていた。天井は吹き抜けとなっており、空高くがある月の幻影が見て取れる。

 女性が駆け付け、レオンにいくつかの言葉をぶつける。憧れの彼女は激しく激高し、そして自身を宥めるように微笑んだ。

 近づいて来る彼女を拒むことが出来ず、狼狽えていた時だった。彼女が胸を押さえて苦しみだしたのだ。

 彼女は手を伸ばし、その手を掴んだ瞬間、彼女は意識を失い、ずるずると崩れ落ちていく。

 彼女は突然目を覚まし、立ち上がるとその冷たい視線で自身をじっと見据えた。
 青く、それでいて機械的な瞳が、自身を映しだす。



 その場で途方に暮れているとき、一つの考えが浮かんだ。


 ウイルスに侵されたのだと――――――。



 ◇◇◇


「なんだ、これは……。どういう…………。これは…………」
「思い出してください。貴方はこの光景を見ています」
「君は一体…………」

 ティナは目を閉じると、すぐにその眼をレオンへ向けた。

「知っている筈です。私が、誰なのか……」
「………………」
「思い出して、リオン…………」


 リオン。


 心臓の音と共に、その名が頭へ流れゆく。
 その言葉に呼応する形で、一気に記憶が流れ込んでくる。


 そして、恐ろしく愛しい記憶は再生される。


 ◇◇◇

 巨大な試験管に眠る白い少女、桃色の髪を持つ人外の少女と機械人形。

 時はさかのぼり、塔の上に築かれた自身を拘束する部屋と、多くの書物。異文化の文字に彩られた本を解読するように、何年も閉じ込められては死んでいく。

 彼等はアルビノの少女を見せ、そしてその研究を強制した。



 更に時はさかのぼる。
 遠く、遠い日々だ。
 それは愛しき女性との日々。
 女性は妻であり、子供もいた。

 巫女継承の儀。それは彼女の地位を確たるものにする。そして、自らは王となった。

 白銀の女性が涙を流し、それを見送る。
 憧れた女性と再会しできたことを知り、そして迷った挙句に彼女へプロポーズを伝える。



 そして最初の時へ。
 友との別れ。それは見送りではなく、今生の別れだ。自身が生きているうちに二度と会えることはない。

 時はさかのぼる。講堂への襲撃、そして憧れの彼女の抵抗と、彼女の意識の喪失。
 そして、抵抗する彼女の爆散。
 それでも尚、自身を守り抜いた彼女は、何も残さなかったという。


 惨たらしい記憶の後、目の前には赤毛の男と初めて相対した場面だ。

 王族であった男は気取らず、自身の生涯に欠かせない、唯一の友となった。

「アルブレヒト…………」



 ◇◇◇

 崩れ落ち、頭を抱えるレオンを、ティナは静かに見下ろしていた。口元に力が入り、自分の事のように苦しんでいるかのようだ。

「ハァ…………はぁ………………」
「お願いします。気をしっかり持って、ゲオルク」
「あ、ああ……………………‼」


「私は、僕はなんてことを…………。レスティン・フェレスの技術を、彼らに渡していたのは、僕……?」
「…………」
「君なのか、ティナ。君がティニアで、詩阿なのか…………」
「そうです、ゲオルク。思い出して、今ティニアとして眠る彼女が、誰なのか」

 レオンは恐る恐るティナから視線を移す。そして目の前に横たわるティニアという名の女性を無言で見つめる。アルベルトと親しくじゃれ合う彼女を、自身は知っていた。それだけではない。過去に幾度となく自身を助けてくれたのだ。孤独な彼女は、それでも自身を責めようとはしなかった。

 彼女はティニアの来世であろう詩阿しあとして生まれ変わった女性と再会させ、そして廻らせた想いを。
 白銀の女性は孤独であり続け、そしてずっと待っていた。わが友を。

 そう、白銀の女性は常に微笑んでいた。お道化、そして無邪気に。

 そして、彼女はケーニヒスベルクと呼ばれていた。セシュールという国の聖獣、守護獣である。

 レオンはベッドに力なく横たわる女性を狼狽したまま見つめる。


「まさか、彼女がレン……?」


 その時、待合室が騒がしくなり、女性と男の甲高い声が響く。
 マリアとアドニスだ。
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