【完結】暁の荒野

Lesewolf

文字の大きさ
上 下
175 / 257
第10輪「白銀の涙を取り零ス」

⑩-6 夜汽車①

しおりを挟む
 アルベルトは柔らかな温かみを感じ、その微睡の虚ろから目を覚ました。目の前で寝息を立てて眠る女性を抱えたままなのだ。

「なんだ、これは…………」

 一瞬で覚める頭で、状況を整理する。魘される彼女に寄り添い、抱き寄せたまま頭を撫でていた筈だ。落ち着いてく彼女の寝息を耳に当て、眠ってしまったというのだろうか。

 あどけなく眠る女性はすうすうと寝息と立てている。美しく跳ねる金髪を撫でながら、そっと吸い込まれるように唇へ触れた。

「ん…………」

 ティニアの声が漏れるのを聞いて、慌てて手を引いた。ティニアの美しい長いまつ毛がゆっくりと動き、青く輝く瞳の輪郭がはっきりとする。

「……あれ、起きたんだ。おはよう」
「起きたんだって……。寝てたのはお前だろ」
「いや。少し前に一度、目が覚めたよ」

 隣で添い寝する男に違和感も感じず、そのままもう一度寝たというのだろうか。この腕を振りほどこうとは思わなかったのか。それ程までに、自分は男として見られていないのか。アルベルトの頭には様々な思いが巡っては消えていく。

「おい、体の具合は?」
「問題ないよ。ごめんね、よく覚えてないんだ。僕は倒れたの?」
「ああ。気を失ったから、診療所に……」

 ゆっくりと髪をかき上げて起き上がる女性は襟元がはだけており、下に着ている下着の紐やレースが露わとなる。アルベルトは男であり、その胸元へ目を奪われてしまうのはどうしようもなかった。だが、その会話を忘れて黙り込んでしまい、ティニアは何故なのかがわからずに首を傾げ、更に胸元が露わになる。

「まだ寝ぼけてるの?」
「いや…………」
「眠れた?」

 突拍子のない言葉に、気の抜けたアルベルトは自然とその唇へと視線をうつしてしまう。

「あ、ああ……。悪い、こんなとこで、寝てしまって」
「眠れてないんでしょ。少しは寝た方がいいよ。でも、僕が起き上がれないから、一回起きてもらえない?」

 そこでアルベルトは、自分の体でティニアを拘束していたことを知り、慌てて起き上がった。アルベルトはシーツや布団を引っ張ってしまい、ティニアがバランスを崩す。

「わわっ」
「すまん!」

 アルベルトは慌ててティニアの腰に手をついた。不覚にも、ティニアを至近距離で抱きしめる形となったのだ。

「わ。悪い! これは、その……」
「いきなり動き過ぎだよ。びっくりするじゃない」

 目の前の、数センチに迫る瞳。そして、その唇から目が離せず、挙動不審のアルベルトの眼に、ティニアのまっさらな瞳が襲う。

「まだ、ぼんやりしてる?」
「え、いや。ああ、まあ……」
 
 曖昧な返答をすると、ティニアは片膝を付くと、ゆっくりとベッドにしゃがみこんだ。そしてそのまま、無造作に前髪をかき上げると、アルベルトの額へ近づいた。触れた二人の額に、アルベルトは息を飲んだが、それはすぐに離されてしまった。

「まだちょっと熱っぽいね」

 口づけを期待していたアルベルトは、目の前の女性が顔も赤らめず淡々と熱を測った上、冷静に判断したのに肩を落とした。それは寂しく、そして虚しく。過去にあった出来事を思い出すかのようだった。昔もこうやって誰かに熱を測られたのだ。母親だろうか。


「何度触れ合っても、熱が出るのは俺だけだ」
「うん?」

 アルベルトは無意識にティニアを抱き寄せた。そのぬくもりには覚えがあり、そして悲しくもあった。そのままティニアの首筋に口を添わせるが、反応は一瞬だけであり、体を緊張させるだけだった。

「んんん。なに? 人肌が恋しいの?」

 その言葉は、まさか首筋にキスをされたのだとは気付いていないかのようだ。それはティニアらしく、虚しくもある。

「人肌って、……どういう意味だよ」
「いや、僕は抱き枕か何かなのかなって思って」
「なんだよ、それ」
「だって。君は僕を抱き寄せたらすんなり寝ちゃうじゃない」

 アルベルトは目を見開くと、その首筋から顔を離した。数センチ前の女性は、未だに頬を赤らめる事もなく、キョトンとした瞳で男をじっと見据える。

「そうだとしたら、どうする」
「どうするって? 僕を抱き枕にしてもいいかってこと?」
「察しがいいじゃないか」
「うーん」

 ティニアは首を傾げるものの、淡々としており、そして意味がよくわかっていないかのようだ。
 となれば、きっと。恐らく。彼女の回答はこうだ。


「君が眠れるなら、僕は構わないよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】暁の草原

Lesewolf
ファンタジー
かつて守護竜の愛した大陸、ルゼリアがある。 その北西に広がるセシュール国が南、大国ルゼリアとの国境の町で、とある男は昼を過ぎてから目を覚ました。 大戦後の復興に尽力する労働者と、懐かしい日々を語る。 彼らが仕事に戻った後で、宿の大旦那から奇妙な話を聞く。 面識もなく、名もわからない兄を探しているという、少年が店に現れたというのだ。 男は警戒しながらも、少年を探しに町へと向かった。 ===== 別で投稿している「暁の荒野」と連動しています。「暁の荒野」の続編が「暁の草原」になります。 どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。 面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ! ※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。 ===== この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。 ===== 他、Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しておりますが、執筆はNola(エディタツール)で行っております。 Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...